武関の戦い

 馬騰に命じて陳倉に城を築かせた。郿の資材を流用し、急速に堅固な砦が築かれたのには訳がある。

 すなわち陽平関からの攻勢を受け止めるためであった。同じく武都、陰平にも砦を築く。こちらの経路は背後にある天水の防備を向上させる目的があった。


 漢中の張魯は五斗米道という宗教の指導者で、教えに帰依する信者たちが死を恐れぬ兵として仕えていた。

 それだけに窮鼠と化せば実に厄介な相手として、元譲では進軍経路になりそうな地点を押さえ、防ぐ。

 そして長安から一軍が南下して武関を攻撃することとなった。


「雲長、軍備は充分であるがくれぐれも油断などせぬようにな」

「はっ。お任せください」


 関羽は洛陽を出陣し、童関を出て南下、あらかじめ先遣隊が陣を築く商の地で布陣した。

 袁紹軍の指揮官は高幹で、袁紹の甥にあたる人物だった。


「閣下の援軍は必ず来る。門を閉ざし守りを固めよ!」

 武関の兵は五千余り、関羽軍は三万を数えた。


「ふむ、さすがというか、見事なる防備であるな」

「将軍、いかがなさりますか」

「うむ、正攻法で攻め寄せる。盾兵を前に、衝車を出せ! 井楼を組み上げよ!」

「はっ!」


 関羽は兵を幾段にも分け、波状攻撃を仕掛けた。敵軍も頑強に抵抗し、戦いの趨勢は見えない。

 

「童関を抜き、宛を攻め落とすぞ! 者ども、奮え!」

 関羽の叱咤に応え配下の将兵はさらに激しく攻撃を加える。しかしながらお互いに決め手を欠き、戦いは長期化していった。


「おかしい」

 高幹は違和感に気づいた。すでに関羽の攻勢はひと月にもわたる。関羽の背後はいうなれば敵地で、これほどまでに戦いが長引けば増援が来てしかるべきだ。

 それは味方にも言えた。宛の方角からは一切の援軍が来ない。それどころか……。


「将軍、大変です!」

「なんだ!」

「宛が、陥落しました!」

「なんだと!?」


 劉備軍は陳留から南下、曹操率いる一軍が官渡から南下して長社に布陣した。許から出撃した軍は曹操軍とにらみ合う。そこで長躯した別動隊が陽擢を落とし、宛と許の連絡を絶った。


 

「そろそろであるな。者ども、総攻撃だ!」

 関羽は武関の敵兵が動揺しているのを見て取ると、総攻撃を命じた。この攻勢の勢いはすさまじく、関羽は先頭に立って兵を叱咤する。

 矢の届く位置に立って馬上で声を張り上げる関羽の姿に、兵たちは喊声を上げて突貫していく。


「だめです。もう持ちません!」

「くっ、仕方あるまい、退却だ!」

 だがその命令は遅きに失していた。背後から迫る宛を落とした軍勢の別動隊が武関の背後に迫っており、高幹はわずかな兵と共に落ち延びる羽目となったのである。


 関羽は門を開け放って城内に入ると劉備軍の旗を立てて勝鬨を上げた。宛を落としたのは劉備自ら率いる一軍である。

 孔明の奇計がここで発揮された。 


「武関への援軍として許からやってまいりました!」

 薄暮の時間帯で、城兵もよく確認せずにいた。そしてまんまと門を開かせたのである。


「かかれ!」

 趙雲はここで先陣に立って兵を叱咤した。魏延率いる一隊が一番乗りを果たす。


「我が名は魏文長なり!」

 魏延の名はもともとこの宛の地では知れ渡っていた。いつの間にか故郷を出たことしか知られておらず、今回劉備軍の先陣に立つほどの将として帰ってきたことをこの時はじめて知れ渡ったのである。


「魏延だ! 魏延が帰ってきたぞ!」

「劉玄徳様は仁に篤い方と聞いておる。袁紹の悪政から逃れるはいまだ!」


「正統の帝を擁する燕王閣下に降れ! 今なら寛大な処置をこの魏延の名において奏上してやる!」

 その一言で大勢は決した。魏延のもとには降伏を願い出る人々が殺到したのである。


「はい、こちらに順番に名を記してください。武器はこちらで預かりますねー」

 孔明率いる文官が戦場のただなかに現れて降伏者を城外に誘導して受付を始める。周囲は兵が展開し、いまだ抵抗を続ける袁紹子飼いの兵たちを次々と討ち取って行った。


「殿、政庁を制圧しましたぞ」

「よし、勝鬨を上げさせよ!」

「はっ!」


 兵たちの上げる勝鬨にいまだ抵抗をつづける兵も士気をへし折られ、次々と武器を捨てて降伏していった。


「うむ、見事」

「はい。我が君の威徳によるものにございます」

「なれば文長の功もあるな。あ奴がこの地で顔が売れておらねばこうまで順調に幸福はしなかったであろう?」

「まこと左様にございますな」


 三千の兵をここで分け、文聘に率いさせて北上させた。武関の背後を突く形にすれば、関羽への援護になろう。


「市街の制圧、完了いたしました」

「うむ、よくやった。魏延、慎め」

「ははっ」

 拱手礼を取って膝をつく魏延に告げた。


「宛攻略の功、抜群なり。この時をもって騎都尉に任命する。趙雲指揮下で百騎を率いよ」

「ははっ!」

 この時をもって魏延の肩書から見習いの言葉が外れた。


「諸葛亮」

「は、はひ!?」

「城門を開かせるに至った機略、見事なり。燕王府書記官に任ずる」

「は、ははっ!」


 こうして宛を攻略したところで東から報告が上がってきた。曹操が長社で袁紹軍を撃破した。袁紹は汝南に逃れ、許の制圧に成功した。


「弁殿下はいかがした?」

「それが……」

「袁紹に連れ去られたか。やむなし、下手に攻撃を仕掛けて死なせてしまっては我らの名分が立たんようになるからのう」


 ここで関羽と合流する。関羽は新野を攻め取り上庸までを平定するよう動くこととなった。そして、東ではついに呂布が動いたとの報告が上がってきている。曹操が迎撃に動いているが、呂布の武勇は人間離れしている。

 

「孟徳の援軍に動くぞ、負傷者はこの地で待機せよ。出立じゃ!」


 劉備は手勢を率いて東へ向かう。曹操は許の防備に荀彧を置き、北上して兗州は陳留に帰還した。そのまま東へ進み濮陽の南、定陶の地に布陣する。

 呂布率いる三万は同じく定陶へ向け進軍していた。


 漢楚の時代から四百年の時を経て、再び定陶で会戦が行われようとしていた。

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