定陶の戦い

「元譲、このいくさをどう見る」

「呂布の配下は精兵ぞろいだ。うちも練兵は重ねているが分が悪いだろうな」

「そうか。で、あるな」


 呂布の兵は并州の騎兵を中心として、徐州の歩兵を加えた二万。対する曹操の軍は兗州の兵、歩騎合わせて一万五千。


「孟徳殿、この戦いの胆は以下に騎兵を封じるかにかかっております」

「うむ、仲徳、さればいかがする?」

「はい。兗州の兵はここ数年孟徳殿が手塩にかけて鍛え上げた精兵です。必ずや呂布の軍を打ち破りましょう」

「うむ、おぬしの策にも期待しておる」


 濮陽を出撃し、南下した曹操軍に対して、川を挟んだ位置で布陣する呂布軍。自ら陣頭に立ち、騎兵の先頭に立っている呂布の姿に曹操軍の兵がざわめいた。


「呂布よ、いかなる仕儀でかようないくさに臨んでおるか! そも、貴様は我らがいただく帝の命に従い徐州牧の地位を受けたではないか」


「幼帝を担いだふりをして政治を壟断するのは使い古された手法である。劉備は皇族としての義務を果たさず、協皇子を担いだふりをして私腹を肥やしていると聞く。されば我、呂奉先は君側の奸を討つためここに兵を起こしたのだ」


「ふん、言い訳にしては苦しいな。あとは戦いで決着をつけるほかなかろう」


「ほほう、劉備の犬のわりに話が分かるな。今降れば兵卒の端に加えてやってもよいぞ」

「はっはっは、天下の呂布将軍の配下には我など務まるまいよ」


「「かかれ!」」


 互いに示し合わせたかのように攻撃の命を下した。


「徐公明参る!」

「高順が来たぞ! 道をあけい!」


 先陣では徐晃と高順が互いに兵をぶつけ合う。呂布自身もかなり前線に近い位置にいるが、部下に先陣を任せて命を降す位置にいた。


「いつも先頭で突っ込んでくる呂布にしては珍しい戦いぶりだな」

「自らを切り札にして徹底的な機に用いるつもりなのでしょう」


「文和よ。我はいつまで待てばよい?」

「奉先殿、わしが必ずや最も効果的な機を見つけます。今はこらえてくだされ」


 高順率いる騎兵の突撃を徐晃が奮戦して防ぎ続ける。


「前列交代! 張郃、進め!」

「応!」

 疲労が見えてきた前線に張郃を投入する。しかし高順の勢いは止まらない。


「ぬう、なんということだ。并州騎兵はこれほどまでに強いか」

「ふむ、では最初の策を用いましょうか」

「うむ、子孝。頼んだぞ」

「お任せあれ!」


 曹仁が親衛の兵を率いて布陣した。盾兵を並べ槍を構える、いわゆるファランクスの備えだ。


「徐晃、張郃、退け!」

 敵の攻勢に押され徐々に陣列を下げていた両将は陣列の真ん中を抜かれるかたちで敗走した。


「さすがは陥陣営ですな」

 高順の戦いぶりに賈詡がため息を漏らす。

「うむ、敵の前衛は破った。これより全軍突撃に移れ!」

 情勢はこちらに完全に傾いた。少なくとも賈詡にはそう見えた。普段の呂布ならばここで槍を振るって突撃に移っているところであろう。


「文和、どう見る?」

「高順殿の突撃は見事の一言に尽きます。敵前衛は崩壊しあと一押しでありましょう」

「なるほど。そうか。おぬしがそう申すならば行こう」

 呂布は槍をブンと振るうと砂煙が立った。

 そしてそのまま雄たけびを上げ、駆け出す。

 呂布の親衛をつとめる騎兵たちも同じく喊声を上げつつ突撃に移行した。


「なんだ、呂布殿は何を見ていた?」

 賈詡は呂布がちらりと見た方角を確認する。するとおかしなことに気づいた。


「なんだ……? あれはどういう意図がある?」


 徐晃と張郃の部隊が戦場の左右に別れ、曹操の本隊の両翼を形成しつつあった。寡兵の側が鶴翼の備えとするとは……?


「いかん、罠だ!」


 賈詡はその恐れに気づくとともに本陣の兵に命じて退き鐘を鳴らさせる。それと同時に馬にまたがって前線に飛び出そうとした。


「賈詡どの、またれい」

「む、陳宮殿か。しかし今行かねば。呂布将軍の兵は伏兵に左右から襲われるであろう」

「ですな、遅まきながらそれがしも気づき申した。しかし賈詡殿はこれからも呂布将軍に必要な方です。よってそれがしが参ります」

「お待ちなされ!」

「ふふ、今や前線は死地でありましょう。しかし、このくらいの窮地を切り抜けねば彼の将軍のお供をするなど無理というもの!」


 死を覚悟した陳宮はこれから戦いに身を投じようとするものとは思えないほどの穏やかな笑みを浮かべる。


「陳公台参る! 続け!」


 そして戦況は賈詡が危惧した通りのありさまとなっていた。曹仁の部隊は攻勢を受け止めつつじりじりと下がる。そうして誘い込まれた高順の部隊に呂布率いる本隊が合流して一時的に兵が恐ろしく密集してしまったのだ。

 そこに程昱の指揮による弩の一斉射撃が降り注いだ。


「ぐぬ、小細工を!」

 呂布は飛来する矢を槍で防ぎつつ、襲い来る曹操軍の兵を蹴散らす。


「薛蘭殿、討ち死に!」

「李豊殿、討たれました!」


「殿、これはいけませぬ。一度退いて態勢を整えましょうぞ」

「仕方あるまい。俺が最後尾を支える。高順は戦い詰めであろう。早く下がれ」

「なっ、殿を置いて逃げるとは武人にとっての恥辱にございます」

「有意な部下を犬死させるは主君の恥である」


 お互い折れることは無く、結局二人で馬を並べて殿をすることになる。高順は大きく息を切らしており、疲労はあきらかだった。


「ぬうう、まずいな」

「ふむ、武運もここに尽きましたか」


 背後を断たれ、付き従う兵も次々と討たれていく。そんな中、陳宮率いる兵が法衣の一角を突いた。


「殿! こちらへ!」

「陳宮! すまぬ!」


 陳宮と合流した呂布と高順は辛くも包囲網を突き抜く。


「陳宮よ、よくぞやってくれた。おぬしのおかげで命を拾うことができたぞ」

「はっ、殿がご無事でよろしゅうございました」

 馬にしがみついていた陳宮はごふっと血を吐く。その背中には数本の矢が突き刺さり、その一本が肺にまで達していた。


「陳宮!!」

 呂布の嘆きの声を枕に陳宮は満足げな笑みをたたえてその呼吸を止めた。

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