南方の動乱

「閣下、知らせが入りました。益州の劉焉殿が亡くなられたそうです」

「なんと!」

 

 孔明のもたらした知らせに思わず椅子から立ち上がった。

 劉焉殿には世話になった。旗揚げのときには……あれ? 特に援助も受けてないしなんなら利用されただけだな。まあ俺が名を上げた後はこっちからも利用したしな。

 まあ世話になった格好の方が外聞はいいか。


「すぐに弔問の使者を整えよ」

「はっ、後任の益州牧ですが」

「ふむ、腹案はあるか?」

 半ば冗句のつもりで聞いてみた。


「劉表殿はいかがでしょうか? 荊州の発展ぶりは実に見事と聞いております」

「なるほどな。陛下に奏上してみよう」

「開いた荊州は豫州から袁紹を移しましょう」

「ほう?」

「領地の掌握のため袁紹はしばらく戦いを控えるでしょう」

「豫州にはだれを置く?」

「孫堅殿はいかがかと」

「ふむ、面白いな」

「若輩者の戯言とお聞きください」

「なに、意見としては面白かったぞ。さっそく議題に上げるとしよう」


 弔問の使者としては孔融が選ばれた。孔子の子孫であり、名士の中の名士である。

 また領土の入れ替えの話は孔明の策がそのまま取り上げられ、ひと月ほど後には勅命が出た。

 問題は……誰も従おうとしなかったことである。


「劉焉殿の御子息らは洛陽に帰還いたしました。ただ末子の劉章殿のみお父上の棺を守っているとのことです」

「うむ、殊勝な心掛けであるな」

「劉表殿の先触れとして兵を出しましたが、前の領主が亡くなったばかりですぐに異動はできぬと現地で混乱が出ているようです」

「ふむ、本年中は猶予すると伝えよ」


 そうこうしているうちに荊州と益州の境目で衝突が起きた。劉章自身は成都を動かず、漢中の張魯が反乱を起こしその鎮圧にかかりきりになっていると報告が上がっている。

 鍾繇からは管仲で騒ぎが起きているとの報告は上がっているが陽平関は固く閉ざされそのから先の情報が入手できないということだ。

 間道伝いに間者を送り込んではいるが戻るまでに時間がかかる。


「ふむ、大体予想通りですな」

「お前、こうなるのを分かっていたのか」

「それはそうです。袁紹は弁皇子を担いでおりますので豫州を動きません。がら空きになった荊州を狙って動くことでしょう。そこで荊州牧に任命されたとの名分を持ってですな」

「世間ではそれを二枚舌と呼ぶと思うんだがな」

「袁紹の面の皮を貫くにはいささか言葉が弱いかと」

 

 シレっと曹操が現れた。いつも通りの神出鬼没だ。


「武関に兵が増派され守りを固めております。また張魯は袁紹に通じておるようですな。陽平関と武関を固めれば関西の我が軍が侵攻することは難しくなります」

「どちらも天険の要害だからな」

「はい。故に兗州であからさまに動員をかけてみました」

「おい、聞いてないぞ」

「今お伝えしました」

「ああ、まあいいけどよ。名分は?」

「徐州と揚州の間で緊張が高まっております。袁術は長江を盾に南方に兵を進めております。しかし呂布の方でも長江を根城とする賊を討伐して水軍を整えつつあるのです」

「ふむ、となれば定陶当たりに兵を集めるか」

「はい。呂布はなにやらかの地に思い入れがあるようでしてな」

「ほう?」

「現在は交戦関係に無いので、たまに使者が行き来するのですよ。とはいっても何か込み入った話ではなく、州境のごたごたの調整とかですな」

「その時に呂布自らが出張ってきたとかかい?」

「はい、定陶の地を見ておきたかったとか言ってましたな」

「へえ、何かあるのかねえ」

「そういえば彭城に居城を建てたようですな」

「なんだそりゃ。項羽にでもあやかろうというのかねえ」

「かも知れませぬな。あやつの武は当代きっての強さにございます」

「益徳も勝てねえとか言ってたしなあ」

「わが配下でも張飛殿に匹敵するものと言いますと……許褚くらいですかねえ。ただ本人は張飛殿を兄と慕って会うと酒を酌み交わしておりますが」

「あー、気が合いそうだよなあ」


 その後、袁術の一軍が交州に侵入したと報が入った。ただ距離もあって実際に侵攻した時期からひと月も立ってからの話で、すでに南海郡は制圧されたであろうとの見立てであった。


「すまぬ、玄徳殿」

 そして俺は洛陽に来ている。俺の目の前では荊州牧であった劉表殿が頭を垂れていた。

 寿春から呂布が侵入し、黄祖を撃破した。援軍を出そうとしていたところに新野から南下した一軍が襄陽を落とした。劉表殿は何とか逃れたが、江陵で長子の劉碕殿がなんとか抗戦しているという。

「景昇殿、同族が危難にあったとき助けるは当然のことにございます。今曹操が軍を整えておりますでな」

「すまぬ。しかしこのようなことがあった以上荊州牧の職は返上申し上げる」

「そのことについても、此度のいくさが片付いてからお話ししましょうぞ」

「ああ、すまぬ、すまぬ……」


 劉表殿を逃がすためにかなりの数の家臣が身を挺して戦ったらしい。黄祖、蔡瑁、張允など名が知れた豪族の戦死者だけでもこれだけの数を数える。


「文聘と言ったか。わが軍に加わりたいと聞いたが」

「はっ。それがしは殿の御身を守るため側に付き従っておりましたゆえに命を長らえました。戦友たちを弔うため彼らの墓前に袁紹と呂布の首を捧げねば死んでも死に切れませぬ!」

「わかった。ならば先陣に加わってもらおう。まずは宛を落とす」

「はっ!」


 俺の横で報告を上げる孔明は顔色を悪くしつつもぐっと唇をかみしめて立っていた。

 自らの献策で多くの人が死ぬ。そのことを実感し、その重圧に必死に耐えているのだろう。

 

「宛には伝手がございます。俺も参陣させてくださいませ!」

「うむ、そなたは宛の出身であったな。では先陣に加わって文聘の補佐をせよ」

 まだ年若い魏延が先陣を願い出たことに驚きはあった。武官の列に並ぶ趙雲は口元に笑みを浮かべて頷く。であればいっぱしの将として扱ってよいということであろう。


「諸将らは出陣の支度を急げ!」


 俺の命にパッと群臣は動き始めた。そこに急報を告げる使者が現れる。


「呂布が彭城を出陣。兗州に兵を向けております!」

「曹操は?」

「定陶に布陣した兵をそのまま迎撃に向かわせるとのこと」

「ならばよい。こちらはこちらで袁紹を討つ」

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