それぞれの妻たち
「玄徳さま。趙将軍がご結婚されるとか」
「うむ、孟起の妹御が素晴らしい女丈夫でな。ともに馬を並べて戦うと勇ましいことを申しておったぞ」
「おお、それはようございました」
妻の笑顔に心が癒される。麋竺の妹だけあって書をたしなみ計数にも明るいので、書類の確認などを手伝ってもらうこともある。
そして今その腹には我が子が宿っていた。
「楽しみじゃ、男かのう、女かのう?」
「ふふ、出来れば跡継ぎを生みたいものですが」
「なに、姫ならば婿を迎えて跡継ぎとすればよい。それこそ孔明などが良いかも知れぬ」
「ふふふ、気が早いですよ」
この会話を聞いたわけではないが、馬の世話をしていた孔明はくしゃみを連発していたそうである。
「そうそう、ご結婚と言えば弟がたはいかがなさいますの?」
「ああ、そうだのう。あやつらもそろそろ良き妻を探してやらねばならぬか」
趙雲結婚の報は諸将の息女たちに悲報として伝わっていた。武勇の誉れ高く劉備の信頼も篤い美丈夫であり、常山に所領を与えられた列侯でもある。
ただ、今回は相手が悪かったとしか言えない。馬援将軍を祖とする一族出身で自らも馬を駆って槍を持って戦うほどの女丈夫である。またその美貌も初めて兜を取ったときに目撃した将兵からうわさとなり、趙雲の相手として申し分ないという評判であった。
趙雲自身も自らの置かれた状況を理解し、今では雲緑との交流を楽しんでいるようである。
「子龍さま、いかがですかこの仔は」
「ほう、良い目をしている。これは名馬となるに違いない」
「父上から送っていただいた引き出物にございます」
「お、おう」
西涼の馬は遠く大秦国から伝わった汗血馬の血を引くという。
「おー、いい馬だな」
「これは殿!」
「ああ、すまぬ。邪魔をする気はなかったのだ。うむ、良い面構えじゃ。子龍が名馬を駆ればいかなる敵軍とてかなうまい」
「はっ、ありがたきお言葉にございます」
「世辞ではないぞ」
そこに使者がやってきた。
「殿、報告にございます」
「うむ、聞こう」
「これを」
二通の書状があった。差出人は……張飛と、夏侯淵?
その書状には、夏侯淵の一族の娘を張飛の妻としたいと申し出があった。
「なんと!」
「殿、如何されましたか?」
「これを読んで見よ」
「拝見いたします……ほほう」
趙雲がニヤリと笑みをこぼした。おそらく仲間ができたと喜んでいるのだろう。
「益徳と妙才に伝えよ、許可すると。祝いの品を選んで送らせるともな」
「そのことなのですが、すでに両名と花嫁がこちらに向かっておりまして」
「ふむ、孔明」
「はっ!」
どこからともなく現れた孔明は懐から木簡を取り出し何やら書き付けている。
「頼む」
「かしこまってございます」
孔明がひらりと身をひるがえし、ぱきっと指を鳴らすとこれまたどこからともなく現れた文官が木簡を受け取り四方に散る。どこかで見た光景だ、と思っていたら思い出した。
「丸っ切り孟徳じゃねえか……」
「ええ、孟徳様は我が師父にございます故」
「ああ、もういいや。任す」
「はっ、それとこちらを」
孔明が差し出してきた木簡には徐晃と張遼、そして関羽の名があった。
「なになに、故郷に残してきた元妻に子供がいたのが分かったので引き取りたいと。良いことではないか」
「徐晃将軍が保護しておられたようですね」
「なるほど。徐晃に褒美を与えよ。それと掛かった費用を関羽の禄から引いて徐晃に渡しておくように」
「はい。すぐにでも」
孔明はまた木簡を取り出して何やら書き付けると文官に手渡す。
「関羽にも婚礼をさせてやりたいな」
「はっ、そうおっしゃられると思い手配を進めました」
「うむ」
そういえばふと気づく、趙雲をほったらかしにしてしまったなと。
「ぬううん!」
「甘い!」
通りがかった魏延が趙雲に稽古をつけてもらっていた。
「子龍さま! そこです! いま!」
「こうか!」
最小限の払いで槍を弾き飛ばされた魏延の鼻先に趙雲の槍の穂先が付きつけられる。
「素晴らしいですわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
雲緑の黄色い悲鳴は止むことは無かった。
「なるほどのう。殿のおっしゃる意味が分かった気がするわ。妻が見ていると思うと力がどんどんと沸いてくるようじゃ」
「うふふ、素敵ですわ子龍さま」
趙雲夫妻のいちゃつく出汁に使われた魏延は肩を落とし、孔明に肩を叩かれ慰められるのだった。
鄴の城門にて一組の家族が再会を果たしていた。徐晃によって保護されていた関羽の妻子である。
事情を聞いた関羽はこの度洛陽から鄴へとやってきていた。
「徐晃殿、この度は本当に助かりましたぞ」
「雲長、水臭いではないか。おぬしの妻ならば儂にとっても身内同然よ」
「ちちうえ、はじめまして!」
美しい女性に手を引かれてどこか関羽に面差しの似た少年がピシッとした姿勢で挨拶をしている。関羽が故郷を出奔したいきさつは聞いているがまさかその時点で妻子がいたとは聞いていなかった。
「雲長よ、我が甥を紹介してくれぬのか?」
「おお、これは殿! わが長子平にございます」
「関平と申します。伯父上!」
「おお、おお。雲長に似て良き面構えではないか。我が子もよろしく頼むぞ」
そこに張飛が一人の女性を連れて現れた。
「おう兄者! ってそちらの方は?」
「益徳か、久しいな。我が妻と子である」
「ああ、いつぞや聞いた話の! ああ、こっちはうちの嫁でな」
ふと見ると、女性同士挨拶を始めている。かたや名門夏侯氏の息女であったが、気さくにやり取りを始め、すぐに意気投合しているようだ。
「な、いい女だろ。名門意識とか無くて誰とでも仲良くなれるんだ」
張飛は柄にもなく表情が緩んでいる。
「うむ、善きかな善きかな」
この後、鄴はお祭り騒ぎとなった。王たる劉備の媒酌のもと、配下の筆頭格である関羽、張飛、趙雲が妻を迎えたことで、より一層の充実を迎えるものと思われたのだ。
めでたい空気をよそに、南の方角では戦乱の空気が再び漂いだしているのだった。
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