呂布の思惑
袁尚は呂布の力で勢力を盛り返しつつあった。曹操に大敗を喫したが、袁術との戦いで大勝したことで配下の豪族たちの蠢動は収まっている。
呂布は袁紹の配下となっているが、形式上のことで同盟者としての位置づけになり汝南に駐屯している。
袁術は呂布に敗れはしたが、揚州を南下して勢力を広げている。会稽郡を制圧し、現地の豪族たちを配下に収めて行っている。
しかし事前の策が生きており、有力者たちは孫堅の勧誘によって中原へと居を移しているのだ。
彼らは兗州の黄河沿いに居を移し、水軍の調練を中心に働いている。
「まずは宛を抜きましょう」
曹操の献策は真っ当なものだった。というかとかく奇策を弄するように思われているが、兵法書に忠実に正攻法をやれるのがこいつの凄みだ。
「うむ、武関を確保せねばな」
「長安を安定させれば関西もおのずと治まりましょう」
などと軍議を行っているさなか、事態が動いた。
「呂布が軍を発し、寿春に侵攻を始めました。迎撃の兵は破れ、その姿を見た袁術は呉に逃亡した模様です」
「袁紹はいかがしておる?」
「呂布の勝利に気をよくしておるようです」
「ふむ、寿春を取ったということはそこで独立する気か?」
「あり得ますな。呂布は袁術からの軍事的支援はほとんど受けておらず、仮に独立したとしても誹りを受けるいわれはありませぬ」
「ふむ、呂布にはよほど優秀な参謀が居るな」
曹操と使者のやり取りにいろいろと考えるが、この場ではよい考えは出ない。
「よい。ただ寿春は小沛に近い。徐州の防備を固めさせよ。孟徳、呂布を探れ。あ奴の武に智が加われば袁紹などとは比べ物にならん位厄介だぞ」
「おっしゃる通り。すぐに探らせますぞ」
呂布を挟んで袁紹と袁術は争いを続けた。呂布自身は袁紹の側に立って戦うが、都度袁紹から何らかの褒賞や援助を引き出している。徐州の陶謙殿は病状が持ち直し、政務に復帰しているが、いつ何時不予に陥るかわからない状況であった。
呂布のもとにいる名士と呼べる人物は、江東の出身で陳宮と、董卓滅亡時に鞍替えしたと思われる賈詡であった。
とくに賈詡は陳平と並び称されるような知恵者で、呂布の行動にも何らかの理由が着くように思われた。
呂布の思惑が読めない以上は宛攻略は棚上げとなった。仮に武関を攻めるなどすれば今度は徐州や兗州が攻められる。
こちらは黄巾の乱の影響と、そのあとの董卓の兵乱のあおりを受け、いまだ復興がなっていない地域であった。
呂布とは董卓との戦いで幾度となく干戈を交えた間柄であるが、敵意と呼べるものは実はあまりない。やつはやつなりに、董卓に忠義を誓って戦っていたということであろう。
なんやかやで一年ほどは大きな軍事行動を起こすことなく過ぎていく。河北は黄巾の乱の影響から復興し、大きく国力を回復させつつあった。
陶謙殿の病状がかなり悪化していると報告が上がってきた。
「徐州牧を新たに決めねばなりますまい」
「ふむ、適任は居るか?」
「呂布と戦えるだけの力量となると……張飛殿か関羽殿となりますでしょうなあ」
「うむ、下邳に関羽、小沛には孫策を入れるか」
「なるほど。それは良い考えでございますな……んん??」
廊下をどたどたと足音を立てて使者が駆け込んできた。
「申し上げます! 徐州牧、陶謙殿がお亡くなりになりました。混乱を呂布殿が収めそのまま徐州の領有を宣言しております」
「なんだと!」
思わず椅子から立ち上がり、声を荒げてしまった。これでは簒奪ではないか!
「……」
「孟徳、いかがした?」
「認めましょう」
「なにっ!?」
「混乱を収めたのは事実、その功には報いねばなりますまい。また呂布の戦力を袁紹から引きはがすことにもなりましょう。漢に従うとの言質を取ることができれば、ですが」
「なるほどな。勅使として徐州牧の印綬を発行するか」
「ええ、問題は呂布がこの手に乗ってくるかです。呂布本人が良くとも賈詡がどう考えるやら。いや、敵ながら我が幕下に欲しい人材ですな」
曹操の人材収集はほぼ癖と化している。元は曹操の祖父である曹嵩殿がそういった癖があったそうだ。党錮の禁の混乱の中で多くの人物が難を逃れられたのは彼の暗躍があったからだとも聞いている。
その縁もあって曹操のもとには多士済々の人物が集っているのだろう。下手に莫大な銭を残すよりもよほど有用な遺産であろう。
黄巾の乱のとき、青州党の面々を最初に養った元手は曹操の実家の資産だったと聞いている。無論その分は後程補填した。
だが全財産を投げうって自らを養ってくれたとして、彼らは曹操に命の恩人としての感謝を持っていた。
河北の復興があれほどまでに早く進んだのは彼らの献身があってこそだ。
「ふむ、勅令とあれば呂布も従うだろう。さもなくば逆賊だ」
「でありますな。されば文若!」
「はっ!」
「今の話を聞いていたな? すぐ手配を頼む」
「ははっ、孟徳殿の策はえげつなくて私めの好みにございますよ」
「くっくっく、文若もなかなかの策士であろう。陛下の側近を騙ろうとしていたやつの追い詰め方は実に見事であった」
「「フハハハッハハハハハハハ」」
思わずぶるりと震えが走ったのは気のせいではないと思う。
こうして呂布を徐州牧としてねじ込んだ。ほぼ前後して袁紹の方からも徐州刺史の辞令が来ていたようで、何やかやで両方の書状を受け取ったようである。
実にいやらしい対応だ。呂布はどちらかと言うと武人志向で、こうした策略めいた考え方はあまりしない。
そう考えると賈詡の影響力はかなり大きなものになっているのだろう。
「ふむ、俺の道に立ちはだかる最も厄介な相手は、実は呂布かも知れんな」
俺のつぶやきは目の前で繰り広げられる陰険漫才の声にかき消されて消えた。
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