長安陥落

「馬騰軍が李確の背後を突きました!」

 斥候の報告に鍾繇がほっと息をつく。

「貴公の仕込みか」

「はっ、馬騰将軍は元々漢朝への忠義篤いと聞いておりました。此度の反乱にも加わらず、中立として機を伺っていたものと思われます」

「なるほどな。見事である」

「ははっ!」


 李確の軍に騎兵を率いて突撃していく若武者がいた。白い戦袍を纏い、槍をかざして戦う姿は素晴らしい武勇だ。


「関羽の部隊を下げよ。張郃、徐晃、おぬしらの出番だぞ」

「はっ!」

 河北より引き連れてきた部隊を進発させる。背後を突かれ大混乱に陥った李確、韓遂らの軍は馬騰軍の若武者に良いように攻撃されていた。


「我は馬孟起なり! 良き敵はおらぬか! 出会えい、出会えい!」

 名乗りを聞いた周囲の諸将が、彼の武者の名は馬超と教えてくれた。


「うむ、見事な武勇であるな」

「はっ、あの槍術に馬術、見事でありますな」

 趙雲も彼の将の戦いぶりに感嘆している。


 本陣の前衛の地点に軍を配備して休息の命を下した関羽と張飛が本陣に戻ってきた。


「関羽将軍、張飛将軍、貴殿らのいくさ、実に見事であった。いにしえの韓信すらしのぐのではないかと思うたぞ」

 劉協殿下の言葉に関羽らは膝をついて礼を取る。


「さすが余の股肱である。お前たちの奮戦によって余の面目は大いに保たれたぞ」

「ははっ、ありがたきお言葉にござる」

「これからも先陣はこの益徳めにお任せくだされい」

「うむ、して彼の若武者のいくさぶりを見よ。実に見事な戦いぶりではないか」


 関羽は馬超の戦いを見て渋面を作った。張飛は腕試しがしたいのか矛を握り締めている。


「歩兵と騎兵、率いる兵は違えど、雲長の武勲は並ぶものはおらぬ。無論、武の力量においても彼の武者に劣るとはみじんも思わぬ。だがな、あの気持ち良い若者の躍動を見て心が躍ったのだよ」

「なるほど、後進を育てるのも年長者としての責務にござるな」

「ああ、いっぺん稽古をつけてやりたいものだな」

「馬騰殿はこれより我が味方となろう。さすれば彼の武者は我らの朋輩となる。そこをわきまえ、お前らも接してやれ」

「かしこまってござる。されば一息つきましたので、これより取って返して李確めの首を取って参ろう」

「ああ、そうだな。では俺は郭巳を討ち取って参る」

「いかんいかん。お前たちだけで手柄を独り占めしてはならぬぞ。緒戦の見事な戦いぶりでお前らの武勇と武勲は世上に登ろう。されば、ほどほどにするが大人たるもののふるまいではないか?」

「なるほど、承知仕った」

 関羽は機嫌よさげに眼下の戦いを見守る。


「韓遂は馬岱が討ち取った!」

「程銀召し取った」

「梁興討ち取ったり!」


 次々と馬騰軍の将が敵を討ち取って行く報告が上がる。もとは同輩で仲が良かったと聞くが、もはやこうなっては仕方ないとばかりに情け容赦なく刃が振るわれる。


「叔父上、戦いとは無残なものなのだな」

「さよう、故に戦いはなるべく避けねばなりませぬ。そしてひとたび戦いを起こすときはその一度で全ての方をつけねばならぬのです」

「うむ、我にそれが能うであろうか……」

「殿下はまだ経験が足りておりませぬ。いずれできるようになりますとも。それに臣が支えますゆえご安心を」


 野戦の趨勢は決した。しかし長安に立てこもっている兵力があり、そこに李確らが入れば今度は城攻めとなる。市街戦となれば住民にも被害が出る。なんとしてもここで決着をつけたかった。


「者ども、なんとしても李確、郭巳を討ち取れ。首魁を討てばこの戦いは終わりだ!」

 休息を取った関羽らが再び出撃し、長安へ向かって進軍する。

 容赦のない追撃が行われるが、李確、郭巳の両名は配下の兵を捨て石にしてひたすら逃げて行く。


「開門せよ!」

 そしてついに城門にたどり着いたとき、城壁上から矢の雨が降り注ぎ、二人は断末魔を上げて倒れた。


「逆賊どもはこの孫伯符が討ち取った!」

 あらかじめ迂回させていた孫策の兵は強行軍の末、長安に一番乗りを果たしていたのだ。

 長安の城門が開かれ、中からは歓呼の声を上げる住民が万歳を斉唱している。


「叔父上、終わったのか?」

「はい、ようやく」


 こうして長安は陥落し、童関から西の地は漢へ服属する形となった。安西将軍に馬騰殿を任命し、武威郡をそのまま任せる。割拠していた豪族の領土もひと均しにしてそのまま馬騰殿に押し付け……預けた。

 長安太守には鍾繇殿を抜擢し、洛陽とのつなぎをしてもらう。最初は張飛を置くべきと言われたが、そこは東が片付いてからであろう。


 こうして戦後処理を終え、洛陽に帰還すると、さっそくと言うかよくない知らせが飛び込んできた。


「袁紹が弁皇子を擁立、皇帝継承を宣言いたしました!」

「呂布は長期戦を嫌い、袁術の侵攻を撃退したのち一度帰還。そのことで呂布を破ったと思い込んだ袁術が皇帝を自称しました」


 いろいろ情報量が多すぎて頭がくらくらした。


「協皇子に即位していただくほかありませぬな」

 どこからともなく現れた曹操がとんでもないことを言い出す。しかしよく考えると、袁紹の弁皇子即位を認めるのはすなわち、袁紹の言うことに従わなくてはいけなくなる。

 しかし今の袁紹は曹操に敗北したことでだいぶいろいろと危いらしい。


「孟徳、袁紹の状態は?」

「夢と妄想と現実の区別がもともとあやふやな奴でしたが、今はもっとひどいようですな。丞相を名乗っておりますぞ」

「……それは簒奪を企んでるってことでいいのかい?」

「王莽の例を出せばよいですかな?」

「ああ、よっくわかったぞ。袁紹も袁術も生かしちゃあおけねえってことがな」


 曹操は少しこちらを労わるような目で見る。ただそんなのは余計なお世話ってもんだ。

「閣下、であるならばすぐにでも協皇子の即位のご用意を」

「ああ、まだ子供なんだがな。重荷を背負わせちまうな」

「皇帝の直系に生まれたということが全てでありましょう。閣下が気になさることでは」

「それでもだ、情けねえ大人で済まんなあ」


 気持ちは重いがしかたない。そういや殿下は孔明と同じ年だったなあとぼやきつつ、協皇子に今の出来事を伝えるため、席を立った。

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