長安へ

「閣下! 張飛将軍より早馬にございます。劉協殿下の保護に成功したと!」

「おお、おお! 先帝の忘れ形見を守ることができたか! 張飛に征西将軍の位を与えると伝えよ!」

「はっ!」

 

 張飛がやってくれた。童関まで確保しつつ長安を攻撃していなかったのは袁紹のこともあるが、殿下を質にされ、ことによって死なせては非常にまずいということがあった。

 

「閣下、これで憂いは無くなりましたな」

「うむ、南の守りは孟徳に任す。余は河北の兵を率いて長安へと出陣する」


 長安はその昔、咸陽のあった地のそばに作られた、漢の都だ。高祖たる劉邦の作り上げた都市はいまや政争のさなかにあり、混迷を極めていた。

 さらに西には韓遂らの諸豪族が割拠しており、形式上は漢に従っているが、事実上の独立勢力となっている。


「さーて、どうしたもんかなあ」

 周囲にだれもいないことを確かめたうえでぼやく。張飛の働きで李確らの先陣を叩いたとはいえ、董卓の鍛え上げた精兵はいまだ健在だ。

 長安の西、郿にため込まれた財貨と物資は数万の兵を養うに足ると言われている。

 東では袁紹と袁術が直接戦い始めた。曹操がかなり派手に袁紹を破ったので袁術が色気を出したのだろう。

 実際に顔良と文醜を討ち取っているからな、うちで言えば関羽と張飛がやられたのと同じくらいの打撃だ。


「殿下はお心のままに兵を率いられませ。大儀は我らにあらば必ずや道は開けましょう」

 どこからともなく孔明が現れた。子供らしくない澄ました顔をしているが、この前すっ転んで涙目になっていたのを見て、やっぱガキだなあと安心してしまった。


「お心のままにって言うけどなあ」

「魯粛殿が軍備を整えております。兄上も洛陽にあって関羽将軍と共に出陣のときを待ちわびておりましょう。わが軍はいわば引き絞られた弓にございます。放つときを過てば逆に敵に勢いをつけさせることとなりましょう」

「ふむ、お前さんは今がその時だって言いたいのだな?」

「はい」

「そう思ったのはなんでだ?」

「東は曹操殿が袁紹を打ち破り、袁紹にはしばらくこちらに目を向ける余力はありませぬ。また叔父上に依頼して袁術のもとに情報を流しました。袁紹は曹操に敗れて大損害を受けたと」

「やけに袁術の動きが速いと思ったらそういうことか!」

「はっはっは」

「はっはっはじゃねえよ! おめえ、そんな小さいころから謀略とかに染まってるとろくな大人にならんぞ!」

「ふふ、清廉潔白な無能よりも、清濁併せ持つ能臣になりたいと思うております。孟徳様からもそのように教えを受けました」

「孟徳……子供になに吹き込んでるんだ……」

「さあ、出陣の支度を、徐州には田豫殿を派しております。万が一巻き込まれようともあの方ならば防いでくださるでしょう」

「おう」

「李確の悪政は諸国に聞こえております。それを正すためと、協皇子を先頭に立てて進軍すれば阻むものはすなわち逆賊。遠慮なく殲滅できますな」

「殲滅って軽々しく言うなよ……」

 孔明の将来が本気で心配になってきた。ちょい頭でっかちになり過ぎじゃねえか?


「殿の御心配もわからぬではありませんがね」

「うわっ!?」

 曹操が現れた。かなり唐突にだ。


「ふむ、孔明よ。我の教えを守り、良く学んでいるようだな」

「はい。郭嘉殿、程昱殿、荀彧殿、荀攸殿、戯士才殿、劉曄殿、皆様良くしてくださいます」

「うむうむ。漢の将来はお前にかかっているぞ」

「はい」


 和やかに言葉を交わす二人に開いた口が塞がらない。

「殿、その顔はいささか見栄えが良くないぞ」

「士大夫たる者、常に泰然とあるべきです」

「お前らが言うんじゃねえ!」


 曹操が見つけてきた人材は本当に優秀だ。夜討ち朝駆けで仕事を持ってくるし、こいつらいつ寝てるんだって勢いで仕事をして行く。

 見つけてきた奴がそもそも仕事が面白過ぎて寝るのを忘れてましたとか抜かすしな。

 まあそんな彼らの尽力の甲斐あって、出陣の支度は順調に進んでいた。


「殿、兗州の軍備は使い果たし防戦が手一杯にございます故、我は陳留にて南ににらみを聞かせましょう」

「うむ、よろしく頼む」

「そういえば文台殿から文が来ておりました」

「ほう?」

 からからと木簡を開くと、嗅ぎなれない匂いがした。

「ふむ、南方の香木ですな」

「ほーん」

「乾燥させて処置を施せば、同じ量の黄金を超える価値となりますな」

「ブバッ」

 口に含んだ茶を噴きだした。幸いにして木簡にはかかっていない。隣にいた孔明が手巾で顔を拭いているだけだった。

 今度は何があってもいいように先に茶を飲み干す。そして内容を確認すると……うん、先に茶を飲んで正解だった。


「交州にいるとか何やってんだあいつ」

 そういえば手紙と前後してまた何人か人が来てたっけな。魯粛が取りまとめしてるので丸投げしているが、一度顔を合わせておかないとまずいと思いいたる。


「この前孫堅の紹介で来た連中ってどうなってる?」

「魯粛殿の所と孫策殿の所で割り振っております。淮南の情勢に詳しい者もいましてな。すでに調略の手はずを整えておりますぞ」

「ああ、ああ、良きにはからえ」

「はっ! 殿の信頼にこたえるため、この曹操は粉骨の覚悟をキメておりますゆえ!」


 曹操は南へと帰還した。官渡の一連の戦いの報告は都度上がってきていたが、やはりすさまじい戦いで、官渡の砦に籠っていた兵たちの損耗は激しかった。

 かの地で戦い抜いた兵は漏れなく昇進させ、また戦死者には十分な見ない金を出すよう伝えている。


「さあ、行こうかい! まずは洛陽で雲長と落ち合うぞ!」

「ははっ!」

 久しぶりに外に出ると風が気持ちいいもんだ。軍装を纏い、馬にまたがると先導の兵に従って行軍する。


 黎陽から船に乗る。すでに手配が進んでおり、待つことなく出港した。数日河をさかのぼり猛津に着く。すると関羽が軍を率いて出迎えてきた。


「おう、雲長。久しいな!」

「閣下に置かれましてはご健勝のお姿を目の当たりにし、臣らは喜びに堪えませぬ」

 膝をつき、礼を取る関羽に少し寂しさを覚えるが、肩書を考えると仕方ないのだろう。

「うむ、出迎え大義。これより長安を落とす。そのまま関西を一気に制圧するぞ」

「ははっ、閣下の先手として恥ずかしくない戦いぶりをお見せしましょうぞ」


 洛陽に入ると、兵に休息を与える。河北の兵は二万、洛陽から出る兵は一万だ。

 孫策や周瑜も加わり陣容はすさまじいことになっていた。


「函谷関には徐晃が待機しております。食料も備蓄がありますればご安心を」

「うむ、童関の益徳はいかがしておるか?」

「はっ、協殿下をお守りしつつ閣下の着陣を心待ちにしております」


 地図を広げ、進軍経路を確認する。すでに幾度も検討を重ねられた跡が見え、俺が口出しするようなことは一切と言っていいほどなかった。

 こうして洛陽の夜は更けていく。翌日は函谷関へと向かうことになるのだろう。そんなさなか、東から早馬が飛び込んでくるのだった。

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