再会

 早馬の内容は、呂布が五千の兵で寿春を出撃した袁術を急襲し、大いに破ったという話だった。

 袁術は寿春に立てこもり、戦線は膠着しているそうだ。そして一つ懸念事項が生まれていた。徐州牧の陶謙殿が病に倒れたとの知らせだ。兗州は先の戦いで戦力を使い果たしている。何かあれば徐州の兵を頼る予定が覆ることになりそうだった。

 しかしながら現状では打てる手はない。州牧の代行は陶謙殿の息子が何とかやっているようだし、地元の有力者である陳登らがうまくとりまわしているそうだ。



「燕王閣下の出陣である!」

 

 関羽の宣言に見送りに来ていた民衆は沸き立った。董卓に焼かれ、食べるものも住むところも失った彼らは関羽によって救われたと思っている。洛陽で関羽の人気はすさまじかった。

 そして関羽は事あるごとに俺のことを話していたらしい。曰く「燕王閣下の徳により」だそうだ。

 それは良いんだがね。褒められて悪い気はしない。しかし、俺の実情よりも膨らんだ虚像の方が気になる。

 こういうことを言うとお叱りの声が聞こえそうだが、高祖もこんな気分だったのかねえ……?


「今となってはわかりませんが、そうかもしれませんね」

「ああ、そうだなあ……っておい」

「はい?」

「なんでおめえがここにいる?」

「閣下の身の回りの世話をするようにと孟徳様より言いつけられております故」

「おい、わかってるか? これから向かうのは戦場だ。ガキがいていい場所じゃねえ」

「はい、おっしゃる通りかと。しかし孟徳様はこう言われました。「そなたが成人するころには戦乱は終わっているだろう。されば戦場の空気を吸う機会は無い。ちと早いとは思うが、そなたなら大丈夫であろう」と」

「あんのボケがああああああああ!!」

 孔明はわざわざ曹操の口調をまねて話し、しかもそれが見事にそっくりなことにちょいとイラっと来た。

 しかもそれを分かっててやったらしい。いたずらを成功させた子供そのままの顔でけらけらと笑っていやがる。

「仕方ねえ。おーい、子龍」

「はっ!」

「孔明のそばに腕利きをつけてやってくんな」

「ああ、それでしたら許定殿をつけております」

「あん?」

「官渡の戦いで武名を上げた許褚殿の兄だそうです」

「お、おう。孟徳の手回しか」

「はい。孟徳殿は孔明をことのほか可愛がっておりまして」

「あー、まあいいや。こいつが安全ならそれでいい」

「ははっ」


 曹昂がやってきてこれからの予定を話してくれた。父親ほどぶっ飛んでないが、こいつも陰ひなたなくよく働く優秀な若者だ。早くこういうのに後を任せてのんびり楽隠居と行きたいねえ。


「閣下、明日には函谷関に到着いたします。徐晃将軍率いる五千と合流後、弘農へ進みます。弘農の港より孫策殿の手勢は河を進むため分離、我らはそのまま童関に入ります」

「ふむ、万が一長安で粘られた時に備えて孫策を分派するのは良いだろう」

「はっ。童関で張飛将軍の八千と合流したのち、長安へと進みます」

「わかった。よろしくやってくんな」

「ははっ!」


 すでに三万を数える軍勢は粛々と道を進む。沿道の民が歓呼の声で迎えてくれるのを見て兵の士気が盛り上がる。

 敵の間者と思われるのが走り去るがあえて見逃している。この威容を派手に宣伝してもらわんとなあ。


「反間の計ですな」

「そこまで大げさなもんじゃねえよ。隠すとこはしっかりと隠してるからな」

「なるほど、勉強になります」


 こうして数日の行軍ののち、童関にたどり着いた。関の門は大きく開き、張飛と共に協皇子が出迎えてくれていた。

 慌てて馬を降り、協皇子の前で膝をつく。


「臣劉備、ただいままかり越してございます。遅くなり、まことに申し訳ございませぬ」

「よい、叔父上はよくやってくれた。張飛将軍にも助けられた。それはすべて叔父上の功である」

「はっ、ありがたきお言葉にございます」


 普段目にすることがかなわない皇族の姿を目にして兵たちは熱狂していた。まだあどけない年齢の皇子を見て、義憤に駆られる者もいた。


「殿、ご健勝のお姿を拝見し、臣は喜びに堪えませぬ」

 張飛のあまりの変わりように思わずぽかんとしてしまった。

「益徳、どうしたんだ益徳」

 そのあまりの反応に、膝をつき礼を捧げていた張飛ががばっと立ち上がって俺につかみかかる。

「そりゃねえぜ兄貴! かしこまった場だからっていろんな人に教えを請うたのによお」

「そうか、うむ、あまりに見事な礼でな。驚きが過ぎたようだな」

「へへ、兄貴がそう言ってくれたなら頑張った甲斐があったってもんだ」

 そこで咳払いの声が聞こえた。おそらく鍾繇だろう。張飛を支え、協皇子の脱出の手はずを整えた智者と聞いている。

 咳ばらいを聞いて我に返った張飛は居住まいを正し、再び見事な礼を取る。その姿を見ていた周囲からは微笑ましいものを見たという様子で笑いが聞こえてくる。


「鍾繇殿とお見受けする。此度は見事なる働き、玄徳感服仕った。その功には厚く報いるであろう」

「はっ、燕王閣下のお言葉、ありがたく承りますぞ」

 こうして長安侵攻の準備は整った。


 関に入りきらない兵は門の前に陣を敷き、そこで駐屯する。通行を希望する者は通すが関の中では宿泊をさせない。前後に野戦陣を構築し、そこに寝泊まりさせることにした。


「まもなくこのあたりは戦場となる。難を避けたければ童関へ向かえ!」

 周辺を歩く旅人や行商人に斥候として出ていた騎兵が声をかけて回る。彼らはどんどんと関周辺に集まってきた。

 彼らをまとめて陣に収容し、護衛と称して見張りを付ける。あらかじめ打ち合わせていた内容で、敵の間者を隔離する意味がある。


「出陣!」

 関羽、張飛を従えて童関を出る。敵は騎兵を中心とした二万。ここに長安郊外で熾烈な野戦が繰り広げられるのだった。

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