飛将軍降臨
軍需物資を焼き払われ、支柱となっていた顔良、文醜の戦死により袁紹軍は大混乱に陥った。
曹洪が混乱に乗じて攻勢をかけたことで、さらに被害を拡大していった。
「淳于瓊将軍、討ち死に」
「呂威廣殿が討たれました」
袁紹のもとには配下の将たちが次々と討たれていく報告が入り、顔色は蒼白になっている。
「なぜだ。どうしてこうなった……」
袁紹が率いていた兵は十万を数え、対する曹操の率いる兵は二万に満たない。兵力は圧倒的で一気に兗州を併呑し、黄河から南を制圧する手はずだったのだ。
それが一つの砦を抜くことができずに苦戦したどころか、背後に回り込まれて物資を焼かれ、今全軍崩壊の危機に陥っている。
「我は袁本初だぞ、こんなことがあって良いはずがない」
「殿! ご命令を!」
郭図が必死に呼びかけるが自失している袁紹の眼はうつろでぶつぶつと何かをつぶやいている。
「ひぃ!」
郭図の足元に矢が突き刺さった。曹操軍のあげる鬨がすぐそばまで近づいている。
「殿、落ち延びるのです! ここは儂が引き受けます故」
「おお、馬延殿。すまぬ」
「なに、適当に時間を稼いだら降ります故、気になさらず」
袁紹は兵によって馬に乗せられ、西に向かって走る。陽擢に入ればそこにいる兵を糾合して立て直しが効くとの判断だった。宛には袁紹の甥である高幹が駐屯している。事態を知れば兵を派遣してくるに違いない。
そして転機は東から訪れた。
「突撃!」
呂布率いる騎兵が曹操軍の側面を突いたのだ。
「なにっ!」
さすがの曹操も虚を突かれた。袁紹の本隊に目が行くのは仕方ないがほぼ根こそぎの戦力を北に振り向けていると考えていたからだ。
呂布は袁紹のもとに保護された後、対袁術の前線である宋の地で駐屯していた。袁術の軍と何度か小競り合いを繰り広げていたが、袁紹が一気に前線を押し上げたと聞き、賈詡が懸念を覚えた。
「将軍、袁紹殿は前軍を北に押し上げたと聞きます。背後にはかの許攸が守っているとのこと」
「ふむ、曹操と言えどこれは苦しかろう。兗州の制圧は目の前ではないか?」
「それが官渡の砦に現れた後、曹操の消息が不明なのです」
「普通に考えれば陳留などで迎撃の準備を整えるとみるべきであろうが」
「酸棗にも兵が攻め寄せています。洛陽との連絡を絶たれれば兗州は孤立しじり貧になるだけです」
「……まさか!」
「そのまさかです。袁紹軍の背後に回り込み補給線を断つ策でしょう」
「であれば袁紹殿が危ういな。公台、此処の守りをゆだねる。宋憲、魏続を預ける」
「ははっ!」
陳宮、字は公台といい、揚州会稽郡の出身である。袁術のふるまいに腹を立て、それと敵対する袁紹のもとに身を寄せようとするが、客将である呂布に付けられた。
袁紹の器量の無さに愛想をつかしており、呂布の監視の任をごまかして続けつつも、呂布に心を寄せていた。
賈詡もその智謀を評価しており、主力を預けるに足ると考えていた。
「続け!」
呂布は騎兵を率いて西へと向かう。その動きを察知した袁術の配下が兵を動かすが、陳宮の伏兵の策に敗れた。
後方の状況を気にすることなく呂布は兵を進め、そしてついに長社の戦場にたどり着く。
目の前では猛火を上げて崩れ落ちる長社の陣と、大混乱に陥り崩壊しつつある袁紹の本隊があった。
「突撃!」
呂布は間髪入れず命を下し、曹洪の部隊を攻撃する。
主将の気合が乗り移ったかのような攻勢によって曹洪の部隊は混乱し、袁紹本隊への攻撃が中断された。
「ぬうう、なんということだ! ここで貴様が現れるか、呂布!」
虎牢関から洛陽への進撃の途上、幾度となく干戈を交えその強さを思い知っていた。
「ほう、曹操か。貴様の首を取りたいところだが今は袁紹殿の救援が先決。ここで退くならば命までは取らんぞ」
「……仕方あるまい。戦果は充分だ、退くぞ」
曹操は素早く軍をまとめると官渡の方角へ向けて撤収した。この戦いで袁紹軍の将が数多く討たれ、その被害は甚大であった。
袁紹は成すすべなく大敗を喫し、軍を見捨てて逃げることとなったことで、大きくの声望を落としたのである。
「見たか、あの武勇を」
「うむ、凄まじい強さであった」
「わずかな騎兵で曹操軍を追い払ったぞ」
「我らは呂布将軍に命を救われたのだな」
賈詡も呂布の強さに舌を巻いていた。覇王項羽の再来と言われるのも納得の強さである。
そして呂布を訪ねてくる一人の男がいた。
「我が名は許攸と申す。曹操に囚われておったが戦の混乱に乗じて脱出に成功したのだ。呂布将軍に保護を求める」
賈詡はこの胡散臭い男をどうすべきか考えた。
「ふむ、良かろう。もともと文官であるようだし、我らにはその手の仕事ができる者がおらん」
「……はっ。許攸、汝を呂布将軍の客分として迎える。いくつか仕事をしてもらうが、万が一裏切ろうものならば、わかっているな?」
許攸は賈詡の眼光に震えあがりながら首を必死に縦に振っている。曹操に取り入ったつもりで利用され、袁紹を裏切った彼にはもはや寄る辺がなかった。
「袁紹殿は陽擢に逃れられたか、されば使者を発し許に戻っていただこう」
兵の一部を長社の陣の修復に置き、呂布は軍を率いて許に向かう。そんな中、東から早馬がやってきた。
「袁術が揚州を糾合し、当塗の地で王を自称しました!」
漢の皇帝が不在の現状で、調子に乗った袁術がやらかしたわけである。
「西で劉焉が漢中王を自称いたしました!」
劉焉は望み通り蜀の地で独立を果たそうと動いている。群雄は各地でその勢力を伸ばし、漢は分裂の危機に瀕していた。
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