二正面作戦

 長安はあっさりと陥落し、李確らがその支配権を手にした。董卓がため込んだ財貨や物資で籠城を続ける目論見のようで、童関を制圧した張飛が先陣となって戦いを繰り広げている。

 主力の呂布の軍が抜けたため弱体化は免れないが、ここで董卓の遺徳が示されることになった。

 西方の騎馬民族である羌・胡らは過去に董卓の討伐を受けたことがある。そこで示された董卓の武勇が彼らの中に残っており、また先年討伐を受けた韓遂らの勢力も加わったのである。

 馬援の系譜を継ぐといわれる名族の馬騰は武威郡に駐屯しているが、様子見の姿勢を崩さなかった。

 とはいえ、董卓が集めた十万に届こうとする兵力は鮮卑や長安内部の内戦で目減りしたはずだが、韓遂らの助力を得て逆に童関に攻め寄せるほどの勢いとなっているのである。


「あの騎馬が厄介だのう」

 張飛のつぶやきはその場にいる諸将の意見そのものだった。

 下手に出撃すれば一撃離脱で大きな損害を受ける。かといって関に籠っていれば負けはしないが時間を失う。


「南で袁紹が動き始めたとのこと」

 張飛の参謀を務めるのは鍾繇で、長安から脱出してきたところを童関で保護した。そのまま張飛の補佐に収まっている。

 劉表は荊州南部の制圧を急ぐため、袁紹とは不可侵条約を結んだ。東では袁術が揚州に勢力を拡大せんとしており、互いに進行する向きはぶつかっていない。

 長安方面に軍勢を振り向ければ北上を目指す袁紹が攻め入ってくる。しかも弁皇子を擁しているためこちらに従う諸侯が動揺する可能性がある。故に早急に長安を攻略し、協皇子を立てて対抗しなくてはならない。


「のう、元常殿、何かよい知恵は無いかな?」

「敵の敵は味方にございます。まずは長安内部で内応する者を見つけましょう」


 王允の一派はすでに李確らに族滅に等しい扱いを受けていた。今は息をひそめているが機が来れば長安内部で蜂起してくれるであろう。


「ふむ」

「敵は背後に敵を抱えております」

「馬寿成殿か」

「はい。彼の将軍は漢室に心寄せること篤いと聞き及んでおります」

「されば兄貴に力を貸してくれるであろうか」

「はい」

「では手配を頼んでよいか?」

「はっ、すぐに使者を仕立てましょう」


 長安内部の事情に明るい鍾繇はそれまでの伝手で身をひそめている者たちに連絡を取ることに成功した。

 同時に馬騰との連絡にも成功し、馬騰は嫡子である馬超を先頭に武威郡を出陣したとの情報が入ってきたのである。

 そして童関に援軍がやってきた。関羽は袁紹の動きに対するため洛陽を動けない。河北の兵も同様である。孫堅の活動で江東から送られてきた人材の中には河川上でいわゆる海賊行為を行いような者もいた。彼らはまず黄河で運用されている舟に乗り込むといくつかの改修を施したのち、そのまま黄河をさかのぼったのだ。


 弘農の津から上陸した孫策の部隊は洛陽経由で補給を受けそのまま童関に入った。


「張飛将軍、お久しぶりにございます」

「おう、伯符ではないか……また腕を上げたか」

 孫策は劉備の身辺を守る兵として武官見習いをしていたこともあり、張飛とも昵懇の間柄であった。孫堅の子と言うこともあり、族子のような扱いであった。


「はっ、さらなる高みに登り、殿の助けとなるために日々精進しており申す」

 太史慈を見た張飛は思わず血が騒ぐのを感じた。

「お初にお目にかかります。太史慈と申します」

「おう、兄貴から話は聞いておる。洛陽の戦いでは見事な腕を振るったとな」

「はっ、ありがとうございます。伯符殿と共にこのいくさでも戦い抜く覚悟にございます」

「おう、頼もしき武人よな。期待しておる」


 鍾繇とは周瑜と諸葛瑾が話し込んでいる。鍾繇の持つ周辺の地形の情報を地図に書き込み軍略を練っている様子だ。

 鍾繇は将としての才も持ち合わせているが、どちらかと言えば政治家としての才が優れている。戦術指揮官としてはこの中で周瑜の力量が群を抜いていることは間違いないであろう。

 諸葛瑾は補給や兵員の補充などの軍政面に力を発揮している。兵法も修めており作戦立案にも加わっているようだ。


「これは、俺の出番はないかも知れんなあ」

 張飛のボヤキは苦笑いと共に吐き出された。


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「集めも集めたりといった感じだな」


 目の前を埋め尽くす雲霞のごとき敵兵に曹操の側に控える夏侯惇がつぶやいた。


「青州党のような感じだな。豫州で黄巾の残党がいたのを吸収したんだろ」

「ふむ。しかしあの布陣では……」

 劉備軍における青州党は正規兵としての役割と、放棄された耕作地を整備する屯田兵としての役割を担う。

 劉備麾下の民として正式に認められており、法による保護も与えられていた。

 

 しかし袁紹配下の兵は、民兵とほぼ変わらないような装備で前線に立たされており、率いる旗も袁家ではなく、元黄巾の楊奉らの旗印が上がっていた。


「ありゃあ使い捨てだな。奴らと噛み合わせてこっちの兵が消耗したころ合いで子飼いを投入って算段だろ」

「ああ、そのようだな」

 吐き捨てるように告げた夏侯惇の言葉に曹操は怒気をはらんだ声で答えた。

「孟徳?」

「ふん、袁紹とは顔なじみだがな。あれほどまでに恥知らずな策を弄するやつではなかったはずだ。袁家の貴公子としての誇りはどこに捨ててきたんだろうな?」

「それはわからんがな。あいつにゃあいつの事情があるんだろうぜ」

「ああ、そうだな。顔なじみだからと手加減する必要もないからな」

 曹操から立ち上った殺気は他の将にも伝わって行った。


「孟徳殿、官渡を守る曹仁殿から早馬です」

「うむ」

 それは官渡に袁紹軍の主力が現れたという報告であった。


「袁紹は井欄を組み、衝車を蹴立てて迫っております、か」

「官渡を抜かれたらちとまずいな」

「うむ、かといってここを手薄にもできん」


 長安と兗州で二つの戦線の戦いが幕を開けた。

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