董卓死す

 敵の追撃を振り切ったと判断した呂布は兵をまとめ長安へと急いだ。董卓が率いていた一門は混乱の中でことごとく戦死しており、当主たる董卓自身も背中に突き刺さった矢が肺を傷つけ、もはや死を待つのみと言う状況だ。


「閣下!! お気を確かに!」

「う、ごほっ、奉先か、助けられたな。礼を言う」

「我が閣下を助けるは当然のこと! 礼など言われる筋合いはございませぬ」

「ふ、そなたは聡い、それを知られれば丁原などはそなたを生かしてはおかなかったであろう」

「そのような……」

「うむ、そなたを解き放つとしよう。わしはもはやおしまいのようだ」

「閣下! 閣下!!」

「そなたの武は彼の覇王項羽にも引けを取るまい。この腐りきった漢の世を終わらせよ」

「閣下……」

「これを汝に託す。蔡陽によれば項羽の刀ということだ」


 刀を握ると妙にしっくりとくる。その時呂布の脳裏に初めて聴いた、それでいて懐かしい歌が聞こえた。腕には一人の美女がいて、自らの愛馬とうり二つの駿馬が寝息を立てている。


「楚の歌か……」

 

 気づくと董卓は安らかな顔でその命を終えていた。呂布は董卓の遺骸を守り、そのまま長安へと帰還した。


「なんだと!?」

 董卓が戦死したという報告に長安は大混乱に陥った。董卓の専横を憎んでいた人々が王允を中心に結束し、董卓派とみなされた者を攻撃し始めている。

 

「閣下よりお言葉をいただいております。呂将軍を助けよと」


 呂布は董卓派からは董卓を死なせた責任を問われ反董卓の陣営からは董卓の権力を武力で支えたとされてどちらからも攻撃される立場に陥った。

 子飼いの兵は騎兵二千のみで、王允のもとに集った兵は万を数える。また李確や郭巳といった将軍たちは董卓が城外に築いていた城の兵を率いて長安に攻め寄せた。


「将軍!」

「高順か!」

 長安城外に逃れた呂布は童関を捨てて脱出してきた高順ら諸将と合流し、武関を抜けて宛へと逃れることとなった。


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「殿、歩度根より董卓の軍を撃破したとの報告が上がっております」

「なに!?」

 長安周辺でけん制するだけのはずだった歩度根がまさか董卓の軍を破ったとか何事だと思った。

「その際に董卓と思しき将を負傷させたと」

「なんと……」

 そのまま次々と情報が入ってきた。董卓は重体と言うものからすでに死んでいるというものまで複数の経路から入ってきた。

 確定していることは長安は今大混乱に陥っていることだ。その混乱を納めるべき董卓が死んだか、少なくとも身動きできない状況だからこそそうなっている。


「早馬を走らせよ、孟徳に伝えるのだ。洛陽へは船を出せ」

 にわかに事態が動き出した。周囲では文官たちが各地から入る情報をまとめ始めている。

「確定報をすぐに前線に送れ! 洛陽に物資を集めよ」

「壺関の徐晃将軍に伝令、函谷関の張飛将軍と合流せよ」

「張飛軍、弘農を制圧したとのこと」

「曹操殿は尉氏に駐屯。袁紹の北上に備えるとのこと」

「晋陽より張遼将軍が洛陽に向かうと伝令が来ました」


 鄴の政庁は蜂の巣をつついたような騒ぎだ。

 次から次へと使者が飛び込んできて、そして各地に報告と命令の使者が走り出す。董卓との戦いに備え各地に物資と軍備の集積をしてきた成果がここで発揮されようとしていた。


「殿、俺たちの出番ですな!」

 鄴で近衛に加わって練兵を指揮していた孫策がやってきた。


「うむ、孫家の精兵の出番である」

「子義よ、腕がなるのう!」

「若、貴殿は次代の孫家を継ぐものです。ご自重ください」

 太史慈は孫堅の家臣となっていた。なんか横からかっさらわれた気がしなくもないが、本人が満足げなのでそれでいいか。

 諸葛玄のもとで養育されていた長子の諸葛瑾も孫策のもとで周瑜の補佐に入ることになった。


「子喩」

 周瑜の短い問いかけに即座に応える。

「公瑾殿、食料は備蓄地点に。矢は船で洛陽に向け進発しており申す」

「うむ」

「輜重を切り離し、軍のみで走れば洛陽へは十日ほどかと」

「見事だ」


 この四人は実によく互いを補い合っている。彼らが一軍を率いれば非常に大きな力になるだろう。


 孫堅が江東に出立して早一年以上が経とうとしていた。時折便りが届く。その中には袁術の暴政による民の疲弊と、袁紹との小競り合いが絶えないことが書かれていた。

 そして便りを持ってくるのは大体江東の有力者である。


「お初にお目にかかります。魯粛と申します」

「ほう、貴殿があの」

「あの魯粛にございます。食客を養うのに家財の半分を食いつぶした放蕩者にござる」


 魯粛は富裕な家に生まれたが、世が乱れたのを察知して家財を投げうって兵を集め、自らそれを率いていた。そのうわさを聞き付けた孫堅に会った際に、路銀を所望され、多額の銭をぽんと渡されたという。

 その度量の大きさと率いる兵の練度、さらに魯粛自身も兵法を修め、人を扱うことが巧みであると書かれている。


「ふむ、されば鄴にあって孫家の軍への補給をお願いしたい。権限は……これでいかがか?」

「なるほど、過不足なしかと」

「うむ」


 魯粛は実に話の分かるやつで、私財を投じる事にも躊躇は無かった。ただ出されっぱなしではこちらの沽券にかかわる。孫堅に渡した分も含め、褒賞として銭をわたし、すぐに官職にも任命した。


「あと字は変えずともよい。おぬしのような者が名乗るにふさわしいと思うのだよ」

「ははっ、ありがたいお言葉にございます」


 魯粛の字は子敬と言った。叔父と同じ名を名乗るこの男に何かを感じたのだった。


「張飛殿が童関を制圧したそうです!」

「呂布が袁紹を頼って落ち延びました。董卓は死去、配下同士が長安の支配権をめぐって争っております」


 そんな中、最悪の知らせが飛び込んできた。


「大変です! 弁皇子が呂布に連れ去られ、そのまま袁紹の陣営に入ったとのことです!」

「なにっ!?」


 皇帝の位はいまだ空位だ。そんな中、先帝の長子がよりによって袁紹のもとに入った。


「長安に兵を進めさせよ、協皇子を保護するのだ」

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