洛陽燃ゆ
華雄を討つのに多少の無理をしてしまったため一晩兵を休ませることにした。成皐の城には最前線で戦い続けた孫堅の兵を入れ、休ませる。城外には陣を敷き、諸侯軍を置いた。
「殿、こちらの仁にぜひお目通りの機会を!」
孫策が息を切らせて俺の宿舎にやってきた。城の最も奥まったところにあるというだけで特に広いわけではない。
趙雲が前の部屋に詰めており、孫策自身も趙雲の指揮下にあって近衛として鍛錬を積んでいた。
「うむ、伯符よ、いかがしたか」
孫策の隣には見事な偉丈夫がいた。どこかで見たことが……。
「太史慈、字を子義と申します。燕王閣下には初めてお目通りいたします」
「ほう、これは……」
趙雲に匹敵するほどの猛者だった。
「先日青州より増援が来たのですが、その中でこの男を見つけたのです」
「はっ、こちらの孫伯符殿に知己を得まして、閣下の旗のもと戦いたく存じまする」
「ほう、貴殿ほどの猛者を配下に迎えられるとは有り難いことだ。よろしく頼む。孫家の部隊に配属しよう」
「やった!」
伯符は飛び上がって喜ぶ。そういうところはまだ子供っぽさが抜けない。
「太史慈よ。伯符は貴殿よりも年少だ。時には教え、導いてやってほしい」
「いや、すでに私などには及びもつかぬ大器にござる。伯符殿の下知で戦いに臨むことができればこの上もない武人の誉れにて」
「まあ、采を振るのは俺じゃなくて公瑾だけどな」
そこに周瑜が現れる。
「伯符、閣下はお疲れだ、ご迷惑になるz……おう。貴公、名を聞かせていただけないか」
周瑜も太史慈を一目見るやその才を見抜いたか。
「公瑾、太史慈殿だ。伯符のお目付け役とした」
お目付け役呼ばわりに太史慈の顔が驚きに染まる。
「うむ、これで敵中に突撃しても背後を気にする必要がなくなったぞ」
「伯符、お前は後々孫家の頭領となるのだ。そんな端武者のような戦い方ではいかん」
「推行の陣で先頭に立って突撃する親父の話か?」
「む……」
「それにだ。親父にできることは俺にもできるだろう」
若さとは眩しいものだ。彼らには輝かしい未来しか見えていないのだろうか。だが、若者たちを導き、そして彼らの未来を守るのは年長者たるものの務めでもあるな。などと年甲斐もなく考えてしまった。
『そういうことを言いたいのではない!」
「ああ、もううるさいぞ。おまえ黄蓋の爺に最近似てきたな」
「公覆殿ほど立派な武人はおらぬぞ、それこそ雲長殿に匹敵できるのは彼の仁であろうよ」
目礼で辞去のあいさつを済ませた彼らはそのまま宿舎へと向かった。今日の疲れを癒すのではなく、これから夜通しでも語り合うのだろう。
「殿、見張りから報告です。黄河を遡上する船団が現れました」
「雲長か?」
「はっ、曹の旗も掲げられているようです」
「なるほどな。延津ではなく虎牢関を抜くことを想定してこちらに向かったか。さすがだな」
「殿おおおおおおおおオオオオオオオオオ!」
久しぶりの曹操は相変わらず喜怒哀楽が激しかった。
「おう、久しいな」
「まずはこちらの仁にお目通りの許可を」
許可つって連れてきてるじゃねえか。まあ、胡乱な輩なら趙雲がひと睨みで退散させるだろうが……んんん??
「ほう」
「それがし河東郡の徐晃と申す。雲長殿とは同郷にて」
「ほほう。ならば我が身内として扱わねばな」
するとそこに関羽がなだれ込んできた。中山王になって任地が離れ、そのまま烏桓征伐など、なんだかんだでかなり関羽とは顔を合わせていない。
「ああああああにいいいいいいいいじゃあああああああああああああああああああああああ!!」
「うおっ!?」
もともとの赤ら顔をさらに紅潮させて俺の前で膝をつく。というか感情が暴発している関羽を見るのは初めてだった。
「雲長、久しいな」
「はっ、兄者のもとで戦えるこの日を待ちわびておりましたぞ」
「俺もいるぜ!」
「おう、益徳。変わりねえか」
「ああ、腕はなまっちゃいねえ。呂布とやら、この俺様が串刺しにしてくれる」
「はは、頼もしいな。だが油断はならん。彼の呂奉先は項羽に匹敵する猛将だ」
「ならば我は韓信となればよろしいか?」
「望むなら元帥に任ずるぞ?」
「いや、我は殿のもとにて補佐をさせていただきます。元帥にふさわしきは……孫文台殿でしょうな」
「ふむ、それなら呼ぶか?」
「居られるので?」
「ああ、長沙太守をぶん投げて参陣してくれたそうだ」
「おう、公明、久しいな」
「うむ、貴様が例の役人を叩き斬って以来だな」
「すまぬ、迷惑をかけたと思う」
「なに、よい。それに貴様の伝手で俺も良き主君に巡り合えた。孟徳殿の采配で戦う日が楽しみであるぞ」
「そうか、ならばよい。ともに良き敵に巡り合えると良いな」
「ああ」
なお、荀彧が劉曄と熱く語り合っていたが、内容を記すと膨大になるので割愛する。先任の荀彧の下に付ける形になるが、政治、軍事にも明るいという得難い人材となりそうだ。
陣営にも人が揃ってきた。領土も広がり、留守居を任せられる家臣もいる。こうやって力を付け、漢を復興させる礎になればいい。そう思って眼下に広がる景色を見下ろしていると……。
「なっ!?」
西の方、洛陽がある方角で黒煙が上がっている。
同時に見張の兵が報告にやってきた。
「洛陽の方角で火の手が上がっているようです!」
「偵察の兵を出せ!」
「出しております。また諸侯軍を先鋒に出立の準備を整えさせております」
曹操が手回しよく準備を整えている。
「うむ」
最初は狼煙のように上がっていた黒煙はもくもくと立ち上って行った。
「兄貴、董卓のやろう洛陽に火を放ちやがった。しかも東門付近に呂布が布陣してやがる」
「なん、だと」
漢の歴史で洛陽に都が置かれたのは二百年ほど前だ。その歴史が今、猛火と共に灰塵に帰そうとしていた。
「董卓は弁皇子の名で遷都を発表しています。長安に移ると」
「ということは陛下の御子を連れ去ったというのか! おのれ!」
先発して斥候を放っていた張飛に兵を率いさせて先行させた。徐晃には騎兵を付けて張飛の援護をさせる。
「文台、おぬしの兵は洛陽に入り住民の救助を行うのだ」
「承知! ついでに玄徳さまの名を広めてまいりましょう」
「まずは民の命を優先させよ」
「わかっております」
日は傾き、周囲の荒野を紅く照らす。闇に閉ざされようとしている往く手で、赤々と紅蓮の炎を上げる洛陽の城市が見えた。
その目前で張飛の兵が呂布の騎兵の突撃を受けていた。
槍衾で突撃を防ぐ方法は孫堅から共有されていた。故に牙突撃は必殺委はなりえない。そうして二人は最も手っ取り早い決着を選んだ。すなわち一騎打ちだ。
「我が名は燕人張益徳なり!」
「呂奉先だ。御託は良いからかかってこい!」
張飛は馬を降り、がっしりとその足で大地を踏みしめた。大上段に構えた矛はピタリと呂布の喉首に狙いをつけている。
そうして、戦いが始まった。
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