虎牢関の戦い

 そのまま戦いは膠着状態に陥った。まさか虎牢関で足止めを食うとは思っておらず、攻城戦の準備ができていない。背後では梯子や櫓を作らせているが、そもそも食料が不足していて、長期間の対陣に耐えられるような状況ではなかった。


「むう、弱ったな」

「周囲で狩りをしても焼け石に水ですな」

「それでもかまわん。肉があるだけ兵の士気は上がる」

「はっ」

 俺の副将格に収まった孫堅は先陣に立ちつつも自らの部下を指揮して軍の維持に心を砕いてくれていた。


「腹が減っては戦どころじゃありませんからな」

「まったくだ」

 酸棗の砦に蓄えられている備蓄は思いのほか多く、聞くと曹操がここに駐屯していた時に有事に備えて備蓄させたものだという。

 実によくできた腹心である。


「殿! 敵が出撃してきました!」

「頼む」

「はっ!」

 呂布の騎兵も連日の出撃で疲労をため込んでいるが、嫌がらせのような攻撃をやめようとしない。その効果は徐々に表れ、偶発的に呂布とかち合わせて討たれる将が出てきていた。

 常に趙雲や孫堅が相手できればいいのだが、逆に自らとまともに戦える相手を避け、弱体の味方をつつきまわしている。


「兵法としては正しい。しかし、向こうさんには良い参謀がいるようだな」

 孫堅の軍が出ると呂布はさっと馬首を返して城へと退却を始めた。攻撃を受けた劉岱の陣では前線で指揮を執っていた将が呂布に討たれたそうだ。


「まいったな。決め手がない。攻城兵器が出来上がるまで兵の士気が持たんぞ」

 それについては孫堅自身もいい知恵があるわけではなく、俺と一緒に頭を抱えていた。


「殿、こちらに商隊と思しき一隊がやってきます」

「ほう?」

 劉の旗を掲げる一隊は食料を満載した牛車が連ねられており、精強な歩兵がその脇を守っている。


「燕王殿下にお目通り願いたい。我が名は劉曄、字を子揚と申す。阜陵質王・劉延の末に名を連ねております」

「おお、それでは我が同族か!」

「はっ、一門の長老たる劉虞殿より、玄徳殿をお助けせよとの書面をいただいておりましてな。家財を処分し兵糧に換えてまいりました」

 まだ幼さの残るような容貌ながら、諸侯の集う軍の前で畏れる色も見せず、堂々と名乗る姿はのちに名をはせると思わせるような才気を感じさせた。


「おう、助かるぞ。貴殿のふるまい、玄徳感じ入ってござる。どうか我が傍らにあって相談などさせていただけまいか?」

「それは客人として、ということですかな?」

「うむ」

「では殿下に申し上げる。わたくしは殿下と主従の契りを所望いたす」

 こいつもか。主従の契りってそんな軽いもんだっけ?

「……承知した。子揚の気持ち、嬉しく思う。此度の兵糧輸送について功を記載せよ」

「はっ、ありがたき幸せに」

「うむ、よろしく頼む」

「ところで殿、かの城にお困りですな?」

「うむ」

 見ればわかるよな? もったい付けて言うようなことか?


「されば……こんなこともあろうかと攻城兵器を作って持ち込んでござる。その名も霹靂車!」

 食料にしては荷車が多いと思ったが、その荷車をもとに丸太が組み上げられ、荒縄でくくられていく。あらかじめ鉄で補強した軸を噛ませ、斜めに括り付けられた先端に皿のようなものが括り付けられた。


「ほう、これは面白い。子揚殿と言ったか。わしは燕王の一の家臣である孫文台という」

「おお、江東の虎殿ですか。お会いできて光栄にございます」

「問うぞ、あれはどの程度先まで飛ばせる?」

「ふむ、うまく動けば……」

 孫堅と劉曄はひそひそと話し始めた。何やら周瑜に指示を出して兵を展開させようとしている。


 あらかじめ加工されていた部品を組み、五台の霹靂車とやらが組みあがった。周囲から荷車に乗せられて、ある程度大きさのそろった岩が集められる。


「前進!」

 孫堅の号令に従って歩兵が槍衾を組んで前進していく。側面には騎兵を配して回り込んでの攻撃を防ぐ構えだ。


 呂布の騎兵が迎撃に出てくるが、孫堅の布陣の背後にある櫓のようなものの意味が分からず遠巻きに矢を射かけてくるだけに終わる。

 こちらの部隊が攻城戦に使う梯子などを持っていないことを確認すると即座に退き城に入った。


「かかりましたな」

 劉曄がその動きを見てにんまりと笑みを浮かべる。


「放て!」

 皿に岩を乗せると反対側に括り付けられているひもを数人の兵が思い切り引っ張る。するとひものある側が下がり、反対側が上に向かって上がる。

 ブン、と鈍い音を立てて岩が宙に舞い上がった。


「お、おおおおお、おおおおおおおおおおおお……」

 あんなでっかいのが宙を飛ぶとかどうなってんだ?


 ほかの諸侯もその光景に目が釘付けになっている。放り上げられた岩はそのまま弧を描いて……城壁の上に落ちた。

 ずしんと腹に響くような音と共に血煙が舞った。おそらく運の悪かった兵が岩の下敷きになったのだろう。

「続けて放て」

 周瑜が指示を下すと、霹靂車から次々と岩が投げ込まれる。一つは城壁を飛び越え城内に落下する。

 ほかの一つは城門に当たって轟音を立てる。

 弓矢の射程の外から攻撃されるのを俺たちは呆然として見守っていた。


 再び呂布の騎兵が出撃してくる。孫堅の陣を抜かんと遮二無二突撃を繰り返すが、緒戦と同じようにしっかりと槍を構えて攻撃を防ぐ。


 そうして、何度目かの岩の投擲が……城門に直撃して倒れた。

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