新たな乱

 燕王の位を賜ってより三年が過ぎ、今は中平六年(189年)となった。前年に陛下が設立された西園八校尉は大将軍の何進のもとに兵権を集め、宦官に対抗する武力を得るためだ。任命された将には、袁紹をはじめとする名門貴族の将校や公孫瓚殿のような歴戦の将軍もいた。

 しかしながら宦官たちに引き立てられた者や、その権力にすり寄る者も一定数存在する。正面からの軍事力では太刀打ちできないとなると、宦官たちの取った方法はより闇に潜った形となった。すなわち暗殺である。


 何進殿は、洛陽を確実に制圧できる兵力を得るために、各地の諸侯に上洛して自らの助けとなるよう要請していた。そもそも洛陽において宦官は陰然たる勢力を持っており、宮中で突然暗殺された者もいるなど何処に刺客が潜んでいるかわからないという、疑心暗鬼の温床となっていた。

 心に野心ある者は都の郊外に駐屯し、火の手が上がるのを待っているような者すらいた。

 西方の反乱討伐に功のあった董卓である。西涼の騎馬民族と戦い続けた精鋭の騎兵がその配下にはおり、董卓自身も騎射と槍の達人であった。

 その野心を恐れた何進によって城外での駐屯を余儀なくされたのだが、結果として董卓自身を暗殺から防ぐという皮肉な結果になったのである。


「都の混乱はまだ収まらぬか」

「はっ、祖父の手の者が知らせてくれておりますが」

「伯珪殿の身が案じられるな……」

「騎都尉として実戦兵力を掌握しております。めったなことにはならぬかと」


 上洛の命に俺自身は動けなかった。そもそも北の守りを任されている身でうかつに動けようはずがない。

「丁原殿を派してはいかがか?」

 留守居には張遼という将を残すとのこと。また黄巾上がりの張燕という男が中々に目端が利くと聞いている。


「辛毘、辛評の兄弟を派遣しましょう。韓馥殿のもとで働いていた者たちです」

「それは良いな」


 丁原殿は、呂布、高順らの将を率いて洛陽へと入った。そしてついに破局の時が訪れる。

 

「なにっ! 何進殿が死んだと?」

「それも宮中に呼び出されての暗殺とのこと」

「漢の大将軍が権力闘争で暗殺など……世も末だな」

「いやまことに。しかし再び中原が荒れますな」

「そうはならぬようにしたいところだが……」

「張飛、張郃、張遼の三将に合わせて関羽殿がそれを統括すればいかなる大軍とて北の防備は抜けますまい」

「ふむ、されば再び孟徳に出張ってもらうことになるな」

「はっ、望むところにて」

「だが此度は漢室の問題でもある。先帝のころより宦官どもの増長は目に余る。皇族としてその務めを果たさねばなるまい」

「殿自身がでられるので?」

 頷くと曹操は瞬きすらせずに高速で考えを巡らせる。

「承知いたしました。されば北の防備の入れ替えを。薊に夏侯淵、南皮に夏侯惇を置きます。張郃はそのままで烏桓ににらみを利かせてもらいましょう」

「……よいのか?」

「子飼いの将はこういう時には便利ですな。はっはっは」


 鄴の留守居には曹仁を置くこととなった。こうしてあわただしく遠征の準備を整えていると更なる混乱が起きた報告が入る。


「なっ! 陛下がお隠れになられたと?」

 今上帝の崩御と、それに伴って宮中で武力衝突の情報だ。陛下には弁皇子と協皇子の二人の御子が居られる。そして陛下の死の状況はわからないが、宦官どもに毒殺された可能性を示唆していた。

 そしてその情報を鵜呑みにした袁紹が兵を率いて宮中に乱入し、宦官たちと先頭になったというのである。


「殿、子龍殿を率いて先発されるがよろしいかと。あとから河北の兵を率いてまいります」

「うむ、頼む」

 関羽、張飛の二人はまだ鄴に着いていない。引継ぎなどもあったろうが手勢を率いているためだ。

 

「では殿、参りましょう。この趙子龍がいる限り敵は近寄らせませぬぞ」

「ああ、頼りにしている。頼んだぜ」

「はっ!」

 最近王が板についてきたと思ったが、やはり俺は戦場にいるのが性に合っているようだ。戦装束に身を包み、兜を身に着けるといやおうなしに心が高ぶる。


「まずは洛陽に入り混乱を収める。者ども、行くぞ!」


 趙雲率いる騎兵一千に守られ、一路南下する。兗州には黄巾の乱のときの顔見知りが居るので力を貸してもらえるだろう。


 黄河を渡り延津の港に着くと更なる凶報が流れてきた。

 洛陽の混乱を目にした董卓が城内に入り、袁紹らを城外に追放した。皇子二人の身柄を確保した董卓は混乱の収束を宣言する。

 まずいことに丁原殿が宮中の戦闘のさなか、毒矢で命を失っており、その兵力は董卓に吸収されてしまった。

 危ないところを助けられたという名目で、呂布がその兵ごと董卓の配下に収まってしまったのだ。


「あやつの眼光は並ではなかった。それこそ武勇は楚の覇王に匹敵するやもしれん」

「たしかに」

 趙雲は言葉少なに同意した。武芸の心得があれば相手の身のこなしから大まかな力を推測できる。そうして趙雲が思ったこと、それは一騎打ちでは勝てないとの絶対的な確信だった。


「虎狼のごとき目をしておったあ奴は漢に仇を成すのではないか……?」

 丁原殿には心服しており、そのような振る舞いは見られなかった。しかしそのタガが外れた今はどうなるのか、先は全くわからない。

 ひとまず陳留に入り、劉岱殿ら諸侯を招集し、ひとまずの軍を整えた。汝南に逃れた袁紹は淮南にいる袁術と抗争を始めたらしい。度し難い阿呆どもだ。


「袁紹と袁術に使者を送れ。抗争はやめこの燕王のもとに集えとな」


 宮中を掌握し、洛陽の大兵力を握った董卓は十万の兵を動かせる。その根拠は董卓に囚われている皇子二人であった。いまは虎牢関を超えることかなわず、兵を退いたが、俺の激に応えた諸将が集まり始めている。


「我が甥を取り戻さねば漢に明日は無い。者ども、この玄徳に力を貸し賜え」

 陳留の政庁に集った諸将にそう告げると一人の男が進み出た。


「孫文台にござる。燕王殿下にはご無沙汰しておりました」

 西方の反乱鎮圧の後、長沙太守となっていた孫堅がここで現れた。

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