謁見

「そなたが劉玄徳であるか」

「ははっ」


 都の中心、天子のおわすその場所に、今俺はいる。

 敷物の先にはいくつかの段があり、その先に玉座が見えた。玉冠をかぶり顔色は見えにくくなっているが、先ほどお会いした方と同じだ。

 影武者という可能性は考えないことにした。さすがにそこまで疑うのは今はやめておこうと思う。


「そなたは我が宗族であると聞き及んであるがまことか?」

「はっ、我が祖先は中山靖王と聞いております」


「陛下! 皇族を名乗る胡乱なものは後を絶ちませぬ。軽々に信じられませぬよう」

 宦官の一人が陛下の言葉を遮って叫んだ。曹操が殺気のこもった目で見るがその宦官は鈍いのかまったく気にした様子もない。


「ふむ。であれば問おう。玄徳よ、そなたのこの剣はどこで手に入れたものだ?」

「はっ、父祖より伝わる宝剣で叔父の子敬より受け継いだものにございます」

「うむ、この柄の意匠は宗族にのみ伝わるものじゃの」

「盗品でないという証拠はあるのか?」

「張譲よ、ならばお前も確かめよ」

「ははっ……これは確かに皇族の印章ですな」

「うむ、そしてな。この剣の持ち主にしか分からぬ仕掛けがあるのだ。玄徳よ、抜剣を許す」

「ははっ」


 仕掛けってえとあれか。叔父上に教わったやつだ。

 柄頭を回すとその中で留め金が外れる手ごたえがある。剣を抜くと同時に柄の真ん中の留め金を外すと……双剣になった。


「おう、これぞまさしく雌雄一対の剣よ。皇室に伝わる武具の一つじゃ」

 そうだったのか。当家に伝わる宝剣とは聞いていたが……。


「グぬ、しかし……」

「くどい、玄徳は我が弟とする。よいな?」

「ははっ」

「書記官、史に記せ。中山靖王の子孫たる劉備を我が宗族と認め、義弟とするとな。


 おお、怖い怖い。視線で人を殺せるなら俺なんぞ無間地獄に落ちそうなほどだ。にしても陛下もなかなかに食えないお方だ。それこそ百年も前に分かれた家の家宝についてよく覚えていらっしゃったものだ。というか、叔父上の宣言は張ったりじゃなかったということか。


「さて、玄徳よ。朕はそなたの功にどう報いればよい?」

「はは、されば。黄巾討伐の際、平原の民に大いなる恩を受けました。その恩を返すためかの地に善き太守を派していただきたく」

 俺の言葉に場が静まり返った。陛下は目を見開いているし曹操は口元を押さえて震えている。ありゃあ笑いをこらえてやがるな。あとで問い詰めよう。


「違う、玄徳よ。そなた自身の望むものは何か?」

「漢の民草の平穏にございます」

「うむ、それは朕も……いやだからそなた自身が着きたい官職とかはないのか?」

「もとが幽州の属尽に過ぎず、非才の身なれば……」


 その言葉にうなずく者もいれば偽善者めと吐き捨てる者もいた。陛下のご好意を無駄にする気かとまで言われているような気がする。


「だがそなたを支える臣下は見事なる猛者と聞いておるぞ。如何?」

「はっ、わたくしには勿体ないほどの家臣にございます」

「なればその家臣に報いるにはそなたが栄達すべきであろう」

「いや……しかし……」

 視界の端で関羽が笑みを浮かべていた。張飛がうなずいている。

「玄徳よ、改めて中山の王に封ずる。南皮、鄴、平原を治めよ。合わせて冀州刺史とする」

「はっ、ありがたきお言葉。謹んでお受けいたします」


 ここで劉焉殿が意見を具申した。


「陛下、よろしいか?」

「君郎殿、なにか?」

「されば、此度の乱の原因は地方の官の腐敗がそもそもの原因と思われます。されば、皇族をしかるべき地に配し、綱紀を引き締めるべきかと」

「なるほどな。腹案はあるか?」

「わたくしの後任には劉虞殿を、南は劉表殿を、漢の興りの地たる益州はわたくしにお任せ願えればと」

「ふむ、冀州から青州は玄徳に任せた。あとは豫州か」

「名士と名高い袁術殿はいかがでしょうか?」

「よかろう。ならば袁紹は司隸校尉として都の警備を担ってもらうか。兗州には劉岱、徐州は陶謙を配する。おのおの滞りなくその地を治めよ」

「ははっ!」


 おそらく事前に根回しはされていたのだろう。あまりによどみなく話が進んで行った。そして宦官どもは平然としているように見えるが互いに目配せを送っている。ここにもなにがしかの暗闘があったのだろう。


 こうして論功行賞と謁見は幕を閉じた。


「玄徳、俺はこれより西へ向かう。張温殿に従い西涼の叛徒どもを討つのだ」

「玄徳殿、それがしもその補佐に任命されたので、しばしの別れとなりますな」


 公孫瓚殿と孫堅がやってきた。長安よりさらに西の地で韓遂らが興した反乱討伐に参加するらしい。後方支援に陶謙殿も参加することになり、徐州への赴任は遠征から帰還後となるそうだ。


「っと、中山王たる貴殿にこのような口をきいてはなりませんな」

「なに、身分は変わったようですがまだ実感が追いついていないのです。それに以前よりの友誼は変わりませんぞ」

「ははは、では今後ともよろしく頼む」

 そう言い残して公孫瓚殿らは出征の準備を整えるため長安へと向かった。


「玄徳殿、わたくしこの度魏郡の相に任じられましてな」

 曹操がなんかへんてこなことを言ってきた。魏郡だと? 鄴の近くじゃねえか。

「ほう、それはめでたい……ってぇ!?」

「これより部下としてよろしくお引き立てのほどをお願い申す」

「ええええええ……」

 こんな明らかに上司より有能な部下ってのは扱いに困る。困るがこいつが有能なのは事実だ。


「よし分かった。ならば中山国の丞も兼任してもらおう。いきなり河北の過半を任されることになっても人が居ねえ。お前さんは人材登用を頼む」

「ほほう、意見が合いますな。ならば我が伝手と合わせて……、ああ、仲徳殿をお貸し願いたい」

「よきにはからえ」

 物凄い棒読みで答えると曹操はすごくいい笑顔をして去って行った。


 これより俺は寝る暇もない状況に陥る。なぜなら昼夜問わず曹操のやつが報告に現れるからだ。こいついつ寝てるんだよ。

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