陰謀と密談

 洛陽の街中は歓呼の声で沸き返っていた。直前で着替えさせられた理由を遅まきながら理解する。野良着に毛が生えたようなみすぼらしい服装でこの民衆の前に出たとすれば、熱狂の雰囲気に水を差す。

 そうしていつの間にかというべきか、俺の斜め後ろで周囲を睥睨するのは孫堅で、行列の前の方で先を見渡しているのは曹操だ。

 なお、関羽と張飛、趙雲らにもこれまで着用したことがないような上等な武具と、きらびやかな戦袍をまとい、しっかりと前を見据えて歩を進めていた。

 かくいう俺の格好もなかなかにすさまじいものだった。紫に染め抜かれた絹に銀糸で龍の刺繍を施され肩には四本の爪がかたどられた飾りが付いている。

 皇族筆頭としての待遇であった。


「いやあ、兄者に従っていつかは、と思うことはありましたが……わずか一年足らずでこのような晴れがましい場に出ることになろうとは」

「まったくだ。兄貴についてきて本当に良かったぜ」

「ああ、ああ、何か知らんけどな。分相応って言葉を忘れんじゃねえぞ」


 両脇を固める関羽と張飛、背後に影のように付き従う趙雲の姿を見た群衆は、その威風にため息を漏らす。


「なんと強そうな」

「あの関雲長という方は長社の戦いで黄巾の将を何人も斬り伏せたそうだ」

「隣の張益徳という男は一振りで百の兵をなぎ倒すと聞くぞ」


 なんか色々と盛られている気がする。まあ、これが勇名ってやつか。


「殿、前の方で騒ぎが起きているようですのう」

「ふむ、益徳」

「おう」

 張飛は俺の一言で走り出して行った。

 行列の足が止まった、そこでふと視線を感た方を見ると弓を構える男と目が合う。

 慌てて放った矢は俺の眼前で関羽が受け止めた。

「見事」

 俺の一言に関羽が照れ笑いを浮かべる。事態を理解した孫堅が周囲の部下に短く命を下す。ここで大騒ぎになれば混乱は周囲の群衆にも及ぶ。そうなれば曲者の接近を許すことになる。

 張飛が抜けた場所は趙雲が部下を配して埋めていた。実に優秀な家臣たちである。


「兄者、これを」

 関羽が差し出してきた矢を見ると鏃にべっとりと何かが塗られている。

「まあ、毒だわな」

「でしょうな」

 懐から引っ張り出した布で鏃をぐるぐる巻きにして万が一にも触れないようにして保管した。


 行列前方の騒ぎは落ち着いた。ちなみに原因は曹操の痴情のもつれであったとだけ言っておく。あいつ女好きだもんなあ。


「いや面目ない」

 こいつにしては珍しく少し落ち込んでいた。

「なに、男やってりゃそんなこともあるだろうよ」

「我が身の不始末を利用され、あまつさえ貴殿を危険にさらすなどあってはならぬこと」

「ふむ。んじゃあ、貸し一だ。いつか返してもらうぜ」

「承知した。寛大なお言葉に感謝する」

「ああ、おめえはそれくらいでいいんだよ」

 曹操は苦笑いを浮かべた。できたらこいつとは貸し借りなしでいたいもんだ。協力するにしろ殺し合うにしてもな。


「劉玄徳殿が参内された。開門されたし!」


 政庁から内門をくぐりいわゆる朝廷が執り行われる宮中に至った。先ほどの暗殺騒ぎで張飛は頭から湯気でも吹きそうな勢いだったが、今は表面上は落ち着いている。異様に目がぎらついていること以外は、だが。


「ここでしばしお待ちを」

 そう言い残して曹操はおそらく手続きのために待合の部屋から出て行った。武器は預けることになっていて丸腰だが、関羽、張飛、趙雲の三人は俺の側にいることを許されている。おそらく曹操の根回しだろう。


 趙雲は入り口付近、張飛は窓の外、関羽は俺の隣の椅子に腰かけている。ふと上を見ると、おそらく曹操の手のものと思われる護衛と目が合った。

 持ち込んだ竹筒から水を飲む。長期の行軍で水が十分に手に入らないことはよくあり、渇きには慣れているが、陛下の御前で咳払いなど不敬もいいところだろう。


「雲長、益徳、子龍、お前らのおかげで俺はここにいる。もちろん憲和とかもな。ありがとよ」

「兄者の徳と器量によるものです」

「兄貴はすげえって最初に会った時から思ってたぜ」

「殿の行く道が我が道にございます。これからもお側を離れませぬ」


 何やら感慨にふけっていると、どたどたと足音が聞こえてきた。歩き方からするに武術の心得は無いようだ。


「そなたが玄徳か」

 曹操を従え部屋に入ってきたのは皇帝のみ許されない意匠の衣服をまとっていた。

 反射的に椅子から降り膝をつく。俺の様子を見て察したのか関羽らも膝をつき頭を下げる。


「はっ、中山靖王の末裔、劉備と申します」

「ふむ、なるほどな。我が一族の面影がある」

 陛下は柔らかな笑みを浮かべ俺を見ている。


「世を乱した朕を民草は恨んでおろうな」

「叛徒どもは討ち破り、世は平穏を取り戻しております」

「世辞は良い。朕は即位してからもずっと宦官どもの操り人形であった。その中で少しでも帝室の力を取り戻そうとしたのだがな。力及ばずこの有様よ」

「そのような……」

「朕の子らを助けてやってほしい。玄徳よ、そなたを我が義弟とする。そのことを直接伝えたくてここに来た。漢をよろしく頼む」

「はっ」


 何も言えなかった。国を背負うということの重みをいまさらながらこの上もなく見せつけられた気分だ。


「玄徳殿、我が同志として共に戦ってはくれますまいか?」

「ああ、こちらこそ、だ」

 差し出された曹操の手を取る。その手は思ったよりもごつごつとしている武人の手であった。


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