違和感

 青州より濮陽、そのまま陳留に入る。酸棗の砦までくると曹操の迎えがやってきた。


「劉玄徳殿、お待ちしておりました……って、え??」

 俺の背後からやってくる人間の群れを見て目を丸くする。

「ああ、お迎えご苦労さん」

「……孟徳様がお待ちです」

 どうも対応は上に丸投げすることにしたようだ。なかなか切れるな。


 砦の中に入ると兵が通路の横にずらっと並んでいる。こいつは嵌められたかと思った矢先、鐘が鳴らされ号令と共に槍を掲げた。


「おお、玄徳殿。お待ちしておりました」

「ああ、すまねえな。なんかまるで偉いさんを迎えるような歓迎ぶりじゃねえかい」

「何を言っているのですか? 貴殿は黄巾の乱で鎮圧に大きな功績を残された。まさに英雄にござる」

「はあ!?」

「はっはっは、謙譲も度が過ぎるとかえって嫌味っぽくなりますぞ。さあ、胸を張ってくだされ」


 曹操の胡散臭い笑みにこちらもひきつった笑みを返す。こいつなにを企んでやがんだ?

「さあさあ、旅の疲れを癒してくだされ」

 曹操が俺の後ろに回って背中を押してくる。井戸で水を浴びて砂埃を落とすと、豪華な宴席へと案内された。

 そこに俺を出迎えたやつが来て、何やらひそひそと話している。曹操がため息をつき、じろりと俺の方を見たが口に出してはなにも言わなかった。


「こりゃあ……」

 皇族を歓迎するかのような食事に驚きを隠せない。

「ええ、貴殿は皇族として迎えられることが決まっております。故に相応の対応に慣れていただかなければなりません」

「あー、そういうことかい。だがよ、俺はもともとが幽州の田舎もんだ。そこは履き違えてくれるなよ?」

「ええ、承知しておりますぞ」

「それで、だな」

「申し訳ありませぬ。これより先には腹心の方のみとしていただきたく」

「んだな、陛下の宸襟を騒がせる気はないぞ。ただな、あいつらがどうしてもついてくるって言ってきかなかったんだよ」

「ええ、わかっております。ええ」

 数万の人間を食わすのは並大抵のことじゃない。もちろん泰山の集落からは持てるだけの食い物は持って出ている。中原は街道も広く、もともと大軍が行き来していた土地柄だからこそできたことではある。


「すまねえな、おめえらのことはこの曹孟徳閣下が面倒を見てくれる。俺の友人だからな、粗末な扱いは絶対にされんよ。なあ?」

「ええ、無論です。玄徳殿の配下ですから」

 曹操はけろりとしてやがる。まあ、こいつのことだから何かの目途はついたんだろう。


 翌日、砦を出て西の方角、虎牢関を通る。狭隘な山と山の間を巨大な城砦が扼している。一万ほどの兵を収容でき、その数倍の兵を差し向けても落とせないと感じるほど堅牢な造りであった。


「洛陽の東の守りを固める城にござる」

「なるほどねえ」


 城を通過してさらに西へと進む。関中と呼ばれる地の意味は、東西を関門となるべき城砦に守られ、南は険峻な山が、北は黄河に遮られた天険の要塞であった。


「西の函谷関を通り弘農の地を抜ければ童関の向こうに古都長安がありますな」

「なるほどねえ。高祖陛下が興した都にも一度は行ってみたいねえ」

「ええ、式典が終われば……」


 曹操が案内してくれるのは助かる。しかし終始貼り付けたような愛想笑いをして、何やら慇懃な態度も気になる。

 そもそもこいつの唯我独尊の性格は知れ渡っていた……はず?


「明日には都に着きましょう。今宵はここで野営となります」

「わかった。頼む」

「はっ!」


 まるで俺の部下であるかのような振る舞いに違和感がどんどんと膨れ上がる。

 それでも関羽、張飛、趙雲の三人がそばにいて、引き離されていないこともあって、ひとまず割り当てられた幕舎の寝台に横になった。


 翌朝、食事を終えるとすぐに馬に乗る。曹操の号令で一行は歩き始めた。俺の位置は行列のど真ん中、左右にも騎兵が置かれているが、姿勢を見るに相当の精兵だとわかる。

 曹操自身もまるで敵中を行軍しているかのような警戒ぶりで、たまに物陰や林などがあると兵を派遣して偵察させているようだった。

 俺の周囲は左右に関羽と張飛、さらに趙雲率いる騎兵が固めている。あとは曹操が派遣してきた典韋とかいう豪傑がいて張飛と意気投合したのか「がははははは」と笑いあっていた。


 洛陽の城壁は傾きかけた陽を反射し、その威容を見せていた。先ぶれの騎兵が走って行き、俺の来訪を告げたのか、城門周辺があわただしくなる。


「おう、玄徳よ。待っておったぞ」

「おお、伯珪殿!」

「うむ、やはりおぬしは大器であったな」

「いえいえ、運よく部下に恵まれたのです」

「その部下を使いこなすは主の度量よ」


 公孫瓚殿も百余りの騎兵を率いていた。それも盾を持った完全武装姿だ。洛陽周辺は複数の関門に守られ黄巾どもも侵入はできていなかった。故にここまで警戒する理由が思いつかない。と思っていると程立がやってきた。


「殿、お気づきかと思いますが何やらきな臭いですぞ」

「ああ、だよな。仲徳、どう見る?」

「乱の発端はひとまとめで言えば官吏の汚職です。そしてその元凶は宦官どもと言われております」

「ふーん、ってことはあれか。おそらくだが泰山に向かわされたのもそこら辺が理由だな」

「おっしゃる通り。殿の大仁によって彼らは降伏しました。それによって殿の威はさらに上がりましたが、それを命じたものにとっては計算外だったのでしょうな」

「……都にとどまるべきじゃあねえな」

「それが良いかと」


 そこに曹操がやってきた。

「仲徳殿、お久しぶりです」

「孟徳殿もお変わりないようで」

 お互いが目配せをしている。おそらく認識は同じなのだろう。ってことはあれか、万が一にも襲撃があった場合青州党の面々はその場で暴徒と化す。まして関門をくぐった後は洛陽までは遮るものは無い。もちろん洛陽自体も難攻不落の威容ではあるが首都を攻撃されたという一点が漢の威信を大きく下げることになるだろう。


「いつの間にやら大ごとになっちまってるな」

「些事は我らにお任せあれ。貴殿はいつものようにどんと構えていればよいのです」

「んー、だからって何も知らされんのはどうかと思うぞ」

「それは申し訳ありませぬ」

「知らせたらここまで来ないって思ったかい?」

「……ええ」

「叔父上の悲願は民草が穏やかに暮らせることだった。そのためになるというならこの一命を賭ける決意はあるぜ」

「申し訳ありませぬ」

「まあ、いい。まずは陛下に拝謁することだ。全部はそれからだな」


 そういうと俺は各地で戦場を共にした戦友たちと共に洛陽の城門をくぐった。

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