曹騎都尉

「你好!!」


 恐ろしい勢いで騎兵を走らせているその指揮官は笑顔で俺に片手をあげて挨拶をし、そのままの勢いで黄巾の軍勢に突撃を仕掛けた。


「なあああああああああああああああああああ!??」

 横では張飛が度肝を抜かれた表情で叫んでいる。関羽も珍しいことにぽかんとした顔で声も出ないような有様だ。


「子廉(曹洪)、前陣を率いて敵を斬り裂け」

「承知!」

「妙才(夏侯淵)左陣を率い敵の側面を突け」

「御意」

「子孝(曹仁)右陣を率い敵の退路を断つように見せよ」

「かしこまった!」

「孟徳、俺はどうすんだ?」

「元譲は俺と共に有れ。お前が無事なら俺は無傷と兵が理解する」

「わかったぜ!」


 敵陣に向け真一文字に突貫する騎兵がいきなり分解した。

 子龍もかくやと言う勢いで敵前衛を蹴散らしたのち本隊がぶつかる。本隊を包囲しようと動いた側衛をさらにその後方から叩く。さらに右手側の騎兵は敵陣を迂回し背後に回り込もうとする動きを見せると前衛と後方との間で陣が乱れた。


「ぬうううううううん!」

 指揮官の側にいた騎兵の一人が槍を手に敵中に突撃する。馬上で敵の指揮官らしき者を討ち取るとそのまま指揮官の元へ戻る。


「なんじゃありゃあ……」

 騎兵の数は二千ほどだ。それが黄巾の一部隊とはいえ倍以上の敵をほぼ損害無しで蹴散らしてのけたのだ。


「ほほう……よほど息を合わせねばあの機動はできませぬな」

 横で趙雲がのんきにその用兵を見て嘆息していた。


「ってかよ、あいつらが立ち直ったらこっちに向かってくるじゃねえか。しゃあねえ。益徳、かかれ!」

「お、おう、合点だ!」


 張飛が槍隊を率いて前に出る。

 その動きに合わせて関羽が張飛に続いて兵を前に出す。


「俺らも行くぞ、あの塊を砕くんだ」

 真っ二つに分断された敵兵の群れを指さす。前後に分かたれた敵兵の片割れに向け一気に兵を前進させて叩き伏せる。


「うわちゃあ……」

 前方の敵兵は張飛の突撃を受けて見事に崩壊した。そして騎兵が突撃した方は……馬蹄に踏み荒らされ逃げる間もなく槍に突かれる。

 蹂躙される有様はいっそ無残ですらあった。


「見事なる用兵である」

「おう、あんたもすげえな。あんな見事に騎兵を操るとはただ者じゃあるめえ」

「うむ、我が名は曹孟徳。騎都尉である。上司たる朱儁将軍の救援に参った」

「おお、貴殿が曹孟徳殿か。我が名は劉備、字を玄徳という」

「河北の戦いでの勇名は聞き及んでおりますぞ」

 名乗ったことで少し態度を改める。今の俺は無位無官の身であるが、この戦いが終われば皇統の一員として迎えられるのが確実とされているそうだ。

 故に、重臣の孫という立場でも身分はこちらが上、という判断なのだろう。

 しかし……口調は改まったがこちらを探るようにねめつける目つきは変わらねえなと思った。

 

「孟徳殿、今叩いたのは先遣隊だ。おそらく陳留からの援軍を誘い込むための囮であろう」

「なるほど。されば敵はこちらを警戒しているということですな」

「であれば、敵の背後を断つように動くのが上策であろう」

「ほう?」

 官渡の砦をあえて迂回し、尉氏を奪う。そうすれば敵は補給線を断たれ孤立する。飯が無けりゃいくら大軍でも先細りになるのは間違いない。


「面白い」

「官渡の北西に潜まれよ。わが軍はあえて敵前に身をさらし、囮となって敵を誘い出す」

「うむ、見事なる策にござる。されば敵が誘い出されたころ合いで足背を突けばよろしいか?」

「そこは孟徳殿にお任せする。下手に私が指図するよりも貴殿の判断が確かであろう」

「なるほど、承知した。されば玄徳殿の期待に背かぬよう勤めるとしよう」


 そこでいったん別れることとなった。俺の軍が進むのを見せつけつつ、曹操の部隊が動くのを目隠しする。俺の軍は囮だ。敵が柔らかい腹を晒した瞬間、曹操という矢じりが敵を貫く。


「ぷはあああああああああ!」

 背中は冷や汗でびっしょりだった。万の敵兵を相手にするよりもあの男が恐ろしかった。

 こちらの心底まで見透かそうとするような澄み切った、それでいて黄河の水底すら見通すような眼差し。

「あれだから怖いんだよなあ」

「兄者、かの男、計り知れませぬな」

「ああ、雲長と益徳に匹敵しそうな豪傑を付き従えてやがったぜ」

「ほう? しかし一騎打ちならばわしの方が」

「そうじゃねえ。同じだけの兵を預ければおめえらに匹敵する戦果を挙げてくるってことだ」

 関羽と張飛は顔を見合わせる。やはり理解していないようだ。


「いいか、益徳も聞いておけ。雲長もだが、おめえらを戦場で真っ向から倒せるような奴はいないだろうよ」

「おうよ。どんな奴が出てきてもこの矛の錆にしてやる」

「だがな、お前らがいくら強くても万の兵にはかなわねえ。そうだな、一対一を繰り返すならおめえらの相手はそれこそ一万回やっても負けねえだろうよ;。しかし軍勢を相手にするなら話は別だ。項羽もついには討たれた。そういうことだ」

「衆寡敵するに能わずといいたいのですな」

「そうだ。だからお前らは兵を扱える将となれ。韓信は項羽と一騎打ちをしたなら一撃で討たれるだろうよ。それでも勝ったのは韓信だ」

「兄者の言われること、最もなことと存ずる」

「しかし俺は兵を率いるってもよくわからねえや」

「そうだな、益徳、お前は兵の先頭に立って戦え、その背中で兵を連れていけ。そうしてもう一つは、兵を慈しめ」

「お、おう」

「兵が居なければ将軍でございってふんぞり返ってもよ、何にもできやしねえんだ。逆にどんな臆病者でも一万の兵に守られてりゃどんな豪傑でも手出しできねえんだよ」

「そういうものか」

「益徳、兄者の言うことは正しい」

「ああ、わかった」

「よく戦った者をほめてやれ、負傷した者を労わってやれ、戦死した者を弔ってやれ。まずはそれでいい」

「やってみるぜ!」


 尉氏の城市が見えてきた。街道沿いのこの要地を押さえれば許からの援軍は物資の輸送を断ち切ることができる。


「田豫、おめえは千でここを守れ、ここが落ちたら俺たちは袋のネズミだからな」

「承知、命に換えましても」

「馬鹿野郎、お前の命はこんなとこで引き換えにするほど安くねえんだよ。お前が逃げる時間くらい俺が稼いでやるからヤベエと思ったらすぐ逃げるんだぜ」

「承知!」


「益徳、おめえは陣列の最後尾にいろ。敵が釣れて曹操の軍勢が敵の側面を突いたらお前は反転して一気に敵を蹴散らせ」

「なるほど! わかった!」

「雲長、中軍を任せる。臨機応変に動け」

「お任せあれ」

「子龍は俺と共に行くぞ」

「御意」


 周辺の住民を慰撫し、尉氏の城の防衛に力を貸してもらうよう説得する。ここで黄巾の大部隊を叩けば乱の収束は早まることは間違いない。


「兄者、益徳より伝令。官渡の包囲は解かれたとのことです」

「おっしゃあ、敵さんが来るぞ。お前ら、気合入れろ!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」」」


 地響きをたて、まるで山津波でも起きたかというような勢いで、黄巾軍三万が押し寄せてきた。


「俺に続け!」

 張飛が配下の兵を率いて突撃する。戦いの火ぶたは切って落とされた。

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