白馬義従
「常山の趙子龍、敵将程遠志を討ち取った!」
前線から聞こえてきた宣言に全軍が驚いた。軍の総大将は討たれたら終わりの存在でその戦死は即座に敗北である。故に十重二十重に守りの兵が配され、よほど軍が崩壊しない限りまず戦うこと自体があり得ないのだ。
「趙子龍ってやつをこちらへ招くのだ」
追撃がひと段落した時点で側仕えの兵に先ほどの殊勲をあげた騎兵を呼ぶことを命じた。
呼んで来いは扱い軽い。今回の手柄は兵から隊長格への昇進があってしかるべきだ。
敗残兵を収容し、城門は固く閉ざされている。東西南北の門にはそれぞれ兵を配し、鹿砦を連ねて敵兵が出撃した時に持ちこたえられるよう防備を固める。といっても、頭を押さえていた程遠志は討たれたので、城内の黄巾に対する求心力はがた落ちであろう。
「雲長よ、かの趙子龍という武者、欲しいな」
「はっ、見事なる騎馬の技量でしたな」
「ああ、言っちゃあれだが指揮官にゃむかねえ。兵を置き去りに突進するのはまずい。しかし」
「益徳と並ぶ先駆けの武者となりましょうぞ」
「ああ、俺も見たが精兵の騎馬を付ければどんな敵陣でも貫くだろうぜ。一本の槍のような男だ」
関羽と張飛さえも感嘆するほどの腕前を見せた武者が本陣に出頭してきた。
兜を脱ぐとそこに現れたのはまだ少年と言ってよい年の顔だ。年を聞くとまだ18とのことだった。
「趙子龍、お呼びと伺い参上仕った」
若年ながら非常に堂々とした態度に関羽が相好を崩す。張飛も何やらうなずいていて、好印象を持っていることが分かる。
「ああ、子龍殿。此度の戦功、必ずや伯珪殿に伝えよう。つっても俺から伝えるma
でもないかもしれんがね」
「ははっ、ありがたく」
「なにか褒美に欲しいものはあるか? 私も口添えするが」
「であれば、公孫瓚殿にお話しする際に、後押しをいただければと思います」
「いいだろう、ただ貴殿の功績を貶すわけではないが、可能な限りとさせていただくがね」
「構いませぬ。ありがたく存じます」
そう言い残し、一礼すると趙雲はくるりと身をひるがえして去って行った。
「益徳の言うことは的を射ておりますな。年若きながら研ぎ澄まされた槍のような男にござる」
「でしょうが、ありゃあ良い先駆けになるぜ」
「それについては同意見だ。伯珪殿の部下であるのが残念だな……」
「まさか引き抜くわけにもいきませぬな」
「ああ、見たところ義理堅い性質だな。一度決めた主の元からは万金を積まれても離れないだろうよ。ああ、そうか。伯珪殿の笑みの意味がよくわかるわ」
「兄貴、どういうことだい?」
「そりゃあ、あれよ。雲長と益徳を見たときの伯珪殿は俺たちの義盟を聞いて少し苦い笑みを浮かべただろ?」
「なるほど。欲しくても手に入らないということですか」
「そういうこった。まあ、しゃあねえ。天下は広い。まあ、広いからこそあんなすげえ奴がいるってことだな」
包囲すること数日、見張りの兵が城内から放たれた矢文を持ってきた。
拾ったのはうちの兵で、報告を上げるために伯珪殿の幕舎に出向く。
「城内の古老たちが明日の夜、反乱を起こして門を開くそうだ」
「なるほど、であれば南門の包囲は緩めておきましょう」
「それでは敵を逃がすことになるが?」
「囲師は窮すべからず」
「なるほど。むしろ逃げる敵を追撃するか」
「それが上策かと、また兵には狼藉を固く禁ずることを告知いたしましょう」
「うむ、我らは賊ではない。また兵を御せぬと先生からおしかりを受けてしまうな」
「ええ、この年になってお説教は勘弁願いたいものです」
南皮攻略の目途が付いた伯珪殿の笑みは軽やかだった。
頭役を集めて事情を説明するが、兵たちには夜襲の警戒のみを伝えることにした。内応策で門が開くと知っていれば浮足立つ者も出てくる。ちょっと目端の効いた者が城内にいればそれだけでこちらの策を見破られることもあるだろう。
「狼藉については普段から言い聞かせてることだしな。益徳、もしそういうやつを見つけたら相手が誰であろうと斬れ」
「承知した」
「そん時は必ず俺の命令だというんだ」
「それでは兄貴が」
「兵に慕われるのは将としての資質だがな、畏れられねばならんこともある。琢から付き従ってきた奴であっても命令の届かぬ兵は結局軍を危うくすることにもなる」
「……承知した」
普段快活な張飛が固唾を呑み、改めて頷く。関羽はしきりに頷いており、俺の方針に賛同してくれているようだ。
「んじゃあ、頭役は休んでな。憲和、すまんが兵たちの様子を見てくれんか? 益徳みたいなこわもてが行けば兵もすくみ上っちまうからな」
「なんだそりゃあ!」
張飛が抗議の声を上げるが、まあ事実だ。こいつは下っ端に厳しいからなあ。
「はっはっは、まあ、俺は腕っぷしはからっきしですからねえ。わかりましたよ、殿」
「との??」
「うちも義勇軍の仲間ってわけにゃそろそろいかんでしょ。けじめは大事ですよ」
「ああ、わかった。何とかどっかに領地でも貰っておめえらに給料払わねえとな」
「なんならドカンと出世して、俺を将軍とかにしてくれていいんですぜ?」
「わかったぞ、よーくわかった」
ニヤリと笑みを浮かべると簡雍はさらに笑みを返し、兵たちの様子を見に幕舎を出て行った。
そして翌日の夜明け、城内に騒ぎが起き、四方の門が開く。黄巾兵たちが叩きだされ、門の外で待ち構えていた兵が矢を浴びせかけて次々と討ちとって行く。南門は手薄にしてあったので、次々と突破を許したがこれは元々そういう手はずだ。
日が昇り切るころには城内の黄巾兵は一掃され、古老たちが討ち取った将領の首を差し出してきた。ここに南皮は黄巾の手から奪還されたことが宣言される。
公孫瓚殿は南皮の政庁で功績のあった者に褒賞を与えていた。大きな功績を残した者は後の方で呼ばれる習わしだ。俺もそれなりの報奨金をいただくことになったが、官職とかの任命は無かった。権限の問題もあるからな。
そうしてついに最後の一人が名を呼ばれる。
「趙子龍殿」
「はっ!」
鎧を脱ぎ軍で支給されている礼装をまとった姿は見事なまでの偉丈夫だった。
「敵将程遠志を討った功により、これを授ける金50枚、名馬一頭、槍一本、剣一振り……」
目録が読み上げられる。その内容は手厚く、すでに褒賞を受けた者たちからもため息が上がる。
「子龍よ、これは儂個人からであるが、何か望みのものはあるか?」
「はっ、されば劉玄徳殿からも口添えをいただくこととなっておりますが」
「ほう?」
公孫瓚殿は俺の方を見てくるので頷きを返す。
「わかった、望みを述べよ」
「されば正式に劉玄徳殿の部下としていただきたく」
「なっ!?」
思わず驚きの声が出た。公孫瓚殿はややぽかんとしている。
「……よかろう。玄徳のもとで更なる武勲を立てよ」
「ははっ!」
これで論功行賞は終わった。もちろん黄巾討伐のいくさが終われば改めて褒賞の場はあるだろうが、まだ先の話だ。
「玄徳、お前どういうことだ!」
「いや、俺も知らなかったんですよ!」
胸ぐらをつかまれてがくがくと揺さぶられる。
「あんだけ大見得切ったから頷かざるを得んだろうが!」
「いや、見事な器量をお見せになられた」
「ちくしょおおおおおおおおおおおお!!」
「いやあ、はははは」
「玄徳、今日は南皮攻略の宴だ。朝まで付き合えよ」
「うっ……承知しました」
朝まで公孫瓚殿の絡み酒に付き合うことが決まったが、それでも趙子龍という得難い部下を持つことができたのだ。代償としてはお得だろう。そう考えて我が身を奮い立たせ、二人並んで宴の開かれる広間に入るのだった。
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