師との再会

 雛靖将軍は洛中より二万の兵を率いて北上してきた。参軍として盧植先生がいると聞き及び、合流を楽しみにしていた。

 公孫瓚殿は北平に駐屯していたが、周囲の異民族ににらみを利かせたのち、こちらへ合流している。


「盧植先生とは何年ぶりになろうなあ」

「あの時の教えが今の私を形作っていると思うております」

「ほう? 講義を抜け出しては町中の無頼漢と酒を飲んでいたことの方が多く見えたがな」

「それでも、ですよ」

 過去の悪行をからかわれて思わず笑いが込み上げる。牽招などもあの頃出会った人物で、刎頸の交わりを誓った仲だ。あの頃は若く、その誓いの重みもよく理解していなかった。

 それでも牽招と共に死ぬのも悪くないと思える。ただ今の自分には関羽と張飛もいる。牽招のためだけに死んでやれない身となっていたことは、少し彼には悪いと思った。


 そうこうしているうちに高陽の渡しに差し掛かる。黄巾軍の一隊が布陣していたが、関羽、張飛の突撃で一気呵成に蹴散らすことができた。

 張飛が斬り込み、暴れまわって敵陣に穴をあけ、田豫率いる騎兵がその間隙をさらに切り開いた。とどめは関羽率いる一隊が敵将を討ち取るという見事な連携だった。


「玄徳よ、見事なる兵であるな」

「雲長と益徳が鍛え上げてございます」

「うむ、かの豪傑が味方におると思えば兵たちも奮い立つと言うものよ」

「ありがたきお言葉。これよりも励み申す」

「頼りにしているぞ」


 南皮からはそれ以上の兵を出すことなく様子見をしているようだ。おそらくは後から来る官軍の先遣隊だと思われているのだろう。実施にはそう外れているわけでもない。

 そうこうしているうちに鄴から壱郡が北上してくるのが見えた。信都の城で合流を果たすと俺と公孫瓚殿は雛靖将軍と盧植先生にあいさつに出向く。


「先生! 玄徳にございます」

 公孫瓚殿と並んで拱手礼をすると、師事していたころよりわずかに深くなった皺を顔に刻み、あの頃と同じ穏やかな笑みを浮かべていた。


「伯珪、玄徳。息災で何よりだ」

「はっ、先生もお変わりなく」

「何を言うか。最近はすぐ腰が痛くなっての。年は取りたくないものじゃ」


 旧交を温めつつ軍議を始める。本隊はここから南下し、南皮と平原の間を遮断すべく界橋より清河の郡県を抜く。そちらに目が行っているうちに幽州の兵は楽成を押さえる。

 こうすることで南北から南皮に圧力を加える軍略だ。南皮は城壁高く、規模も大きい河北でもかなり大規模な城市故に簡単に落とすことは難しい。

 平原郡との連絡を断てば兗州との連絡を絶つことができる。そうすれば黄巾の勢力の北端から押しつぶすことができるというわけだ。

 豫州方面は皇甫嵩将軍が兵を率いて転戦し、今は宛を包囲しているらしい。

 であれば平原で本隊がにらみ合いをしている現在、南皮は孤立無援と言ってよい。


「野戦で敵の兵を撃破する。さすれば住民は黄巾に服属しておらず、おのずと城門は開くであろう」

 公孫瓚殿の見立ては正しいと思えた。地方役人の苛政がもととはいえ、賊どもに都市を統治する知見などあるわけがない。

 であれば力づくで押さえつけるしかないわけだ。


「玄徳、うちの方から騎兵を百ほど回す。おぬしの見立てで敵を破る期に使え。委細は任す」

「はっ」


 公孫瓚殿の兵が約1万。劉焉殿より借り受けた兵が五千、さらに劉備軍が一千。南皮にいる兵は黄巾の賊どもが2万。数は劣勢であるが曲がりなりにもこちらは訓練を受けた兵士だ。練度で負ける事は無い。


「兄貴、門が開いたぜ」

「おう。益徳、ぬかるでないぞ」

「合点だ!」


 城門前に布陣した公孫瓚殿の軍でもあわただしく迎撃の準備が取られていた。


「横陣を組め、まずは敵の攻勢を受け止め引きずり込むのだ」


 先陣の公孫越殿が剣を振るって兵を督戦する。弩を持った兵が前に出て一斉に矢を放った。千の弩から放たれた矢は宙を斬り裂き、突進してくる敵兵の頭上に降り注ぐ。

 弩は並みの弓より威力が高い。駆け寄る兵のかざす盾を貫き、兵たちの悲鳴が風に乗ってこちらにも届く。


「弓箭兵! 前へ!」

 号令に従い弩兵が下がって弓を持った兵が前に出る。

「斉射三連、構え! ……放て! 次、放て!」

 公孫越殿の指揮下にある田楷が弓隊を指揮して矢を連射させた。それによって敵の前進が鈍る。

 その間に矢を装填した弩兵が再び、今度は距離が詰まっているので水平に矢を放つ。

 それによって敵の前衛が崩れた。


「いまだ、槍隊、突けえい!」

 弓兵の間を縫って長槍を持った兵が前に出た。矢を受け混乱している敵陣に一斉に突きかかる。


「益徳、行ってこい」

「おうよ! 張飛隊、出る!」


 前衛が崩れたのを見て敵の指揮官はすぐに応援を出した。戦闘中の正面は混乱しているので槍隊の弱点である側面から軽歩兵を走らせている。その正面に張飛の手勢が立ちふさがった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 万夫不当の雄たけびは万の敵兵を震え上がらせ、味方の兵はその声に励まされ一騎当千の働きを見せる。


「がふっ!?」

 先頭を走っていた敵将の鄧茂は槍を打ち合わせる間もなく張飛の矛に貫かれた。その姿を見た敵兵は多いに怯み本軍を率いる程遠志は怖気づく。


「かかれ!」

 そこに関羽の部隊が斬り込み敵の増援部隊は全滅状態となった。


「ここだ、全軍突撃!」


 公孫瓚殿の指揮は的確で、いくさの流れを見事にとらえていた。地を揺るがせて一万の兵が一斉に敵軍に襲い掛かって行く。前衛は何とか受け止めていたが、公孫瓚軍の虎の子である騎兵部隊の波状攻撃を受けてずたずたに陣列を斬り裂かれた。


「退け、南皮に立て籠もるのだ!」

 程遠志は後ろも向かずに逃げ始める。


「田の字、行け!」

 崩壊した敵本陣に向け、最後の一刺しをくれてやるべく自軍の騎兵を出撃させる。そんな中、ひときわ目を引く騎兵がいた。槍を手に馬を駆けさせるとぐんぐんと速度を上げ、単騎駆けになる。

 振り向いて迎え撃とうとしていた敵兵を突く手も見せぬほどの槍さばきで叩き落とすと、そのまま速度を緩めずに敵陣を斬り裂いていく。


「なんだありゃあ……どこかで見たような……」


 記憶に無い過去の戦場、単騎で敵陣を斬り裂きそして……。


 後続の騎兵が敵陣に到着し、敵本陣は完全に瓦解した。そこに関羽と張飛の兵が攻めかかり、逃げる間もなく敵兵が討たれていく。


 そして決着のときは訪れた。


「常山の趙子龍、敵将程遠志を討ち取った!」

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