奇貨居くべし
「ん……? おぬしは玄徳か!」
「伯珪殿。お久しゅうございます」
拱手礼を取り、膝をつく。公孫瓚は盧植門下で出会った兄弟子の一人だ。確か今は幽州刺史の劉焉殿のもとで兵を率いていると聞いている。
「ほほう、おぬしも相応に年を取ったか。作法が実に馴染んでおるように見える」
「はっ、叔父上の薫陶のたまものにござる」
公孫瓚はにこやかな笑みを浮かべ、旧交を温めることができて喜びの表情を浮かべている。
「して、おぬしはこんなところで何をしておる……?」
「はっ、義勇軍を率い賊を討っておりました」
「なるほどな。そういうことか。実はな儂は太守殿の命を受け、賊討伐にきたのよ。先日戦った黄巾の一隊がこのあたりに潜んでおると聞いてな」
「はい、首領はわたくしが討ち取ってございます。他はほぼ討つか捕えておりましてな。あの砦跡が根城になっており申した」
「うむ、してお主が率いる兵はいかほどじゃ? 儂が追っていた敵勢は千は下らぬ数だったはずだが」
「はい、500ほどにございますな。叔父上の縁で良き部下を持つことができておりまして」
「ほう、まことか。さればお主の手柄を太守殿に奏上せねばなるまい」
「それはありがたきことにございます。では部下どもを取りまとめますのでしばしお待ちを」
「うむ」
挨拶もそこそこに砦に戻ると、休息をとっている兵たちに出発の準備をさせる。
「兄者、公孫瓚殿はいかに?」
俺が一人で飛び出して行ったあと、万が一に備えて備えていた関羽も俺が戻ったことで警戒を解いていた。
「ああ、劉焉殿に紹介してくれるそうだ。賊討伐の功績も報告してくれるってよ」
「ほほう、それは素晴らしい」
なんの肩書もない布衣の俺が功績を奉じたとしても下手すれば劉焉殿に聞こえる前に握りつぶされるのがおちだ。そう考えると公孫瓚殿が後ろ盾となってくれることは非常にありがたい。
「伯珪殿、我が部下たちを紹介させていただけませぬか?」
「ほう……!?」
公孫瓚殿は関羽と張飛を見て目を見開いた。
「劉玄徳が義弟、関雲長と申す」
「同じく、張益徳にござる」
ただそこにいるだけで放つ威風は公孫瓚配下の将兵はすくみあがっている。
「はじめてお目にかかります。田国譲と申します」
「簡憲和にございます」
田豫と簡雍も挨拶をするが、公孫瓚殿の眼は関羽と張飛にくぎ付けだ。
「義弟というたか、さればわが配下に欲しいと言っても叶わぬことだのう」
「申し訳ありませぬ。雲長、益徳とは共に生き、共に死ぬと誓いを立ててございますれば」
「ああ、よい。栓無きことを言った。関雲長、張益徳と言ったか。玄徳は我が弟も同じと思うておる。我が弟をしっかりと盛り立ててやってくれい」
「はっ、我が身命に替えても」
「兄貴の前に立ちはだかる者は我が矛ですべて討って見せましょうぞ」
殺気を放ちながら宣言する弟二人に公孫瓚殿もわずかにひるんだ気配を見せる。
「はっはっは。実に頼もしき豪傑どもであるな」
公孫瓚殿の部隊に続き、行軍すること数日、薊の城市に入る。賊を数度にわたって破ったと喧伝がなされており、市民らの歓呼の声に迎えられた。
公孫瓚殿の好意で、頭役5人には乗騎が与えられており、これまで兵たちに混じって歩いていた状態から少しは格好がつくようになった。
そもそも軍馬ともなれば調教の手間もかかるので非常に高額だ。そんな金があったら食い物を調達するに決まっているだろう。
「太守殿。賊軍を討滅し、ただいま帰還いたしました」
「うむ、大儀。してそちらの者はどなたかな?」
劉焉殿は温和な君子然とした態度で俺たちを見やる。その目線の中にはわずかな嘲りの感情が見て取れた。
「はっ、中山靖王劉勝殿下の系譜を継ぐ家の生まれ、祖父は劉雄、父は劉弘、我が名は劉備、字を玄徳と申します」
「なにっ、それでは我が同族ではないか!」
やや芝居がかった口調で劉焉殿が声を上げる。実はここまでは事前に打ち合わせができている。
「劉雄殿のことは噂に聞いたことがある。孝廉に推され郎中にまで登られた方であったな」
「はい、父が早世したため属尽ではありますが、子敬叔父上の元で世に出るための修練を重ねておりました」
「劉子敬殿のことは残念であった。しかし玄徳殿のごとき後継者がおれば泉下でも安心しておることであろう」
「はっ、そのお言葉、ありがたく」
叔父上は幽州でもそれなりに名の知れた存在だった。だからこそ私財をなげうって兵を集めたときには千を超える数が集まった。
劉焉殿はその名声を利用しようとしている。俺もその権力を利用しようとしているのでお互い様ではあるが。
「奇貨居くべし。玄徳殿、我が客分としてその腕を振るってくれぬか?」
「はっ、漢のため、劉一族のおんため尽力したく存じます」
「ありがたきことよ。伯珪、玄徳殿を汝の副将に任ずる。また先の賊討伐の報奨も合わせて取らす」
州兵から一千が俺の配下に付けられた、その中で懐かしい顔と再会する。
「玄徳殿! 久しいな!」
「子経(牽招)ではないか!」
「うむ、我が部下を率いて貴殿のもとにはせ参じた。これよりともに戦おうぞ」
「ありがたい。君が居れば心強い」
新たな配下を加えて兵を整える。これまでの戦いで傷を負った者は報奨金を与えて郷里に帰らせ、後継の兵となる者を推挙させた。
同時に劉備軍としての体裁を整えるため装備を調達し、訓練を行う。
公孫瓚殿から軍馬を回してもらい、百ほどの騎兵を編成できたのは大きい。田豫にこの騎兵を預けることとした。
こうして二月あまり軍備に力を注ぐ。冀州では黄巾軍の本隊である張角率いる軍が勢力を拡大し、鄴をはじめとする大規模な城市も陥落の危機に陥っている。
南陽軍では宛に立てこもった軍が官軍の攻撃を退け続けていた。
そんな情勢のさなか、洛陽より雛靖将軍が派遣されてくる。劉焉殿は配下の軍を派遣する方針を固め、俺たちにも従軍の命が下った。
「おっしゃ野郎ども、劉備軍の旗揚げだ!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!!」」」
配下の兵の士気は天をも焦がさんばかりであり、ここで手柄を立てて世にその名をとどろかすのだとの思いを胸に、兵に出立を命じた。
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