白刃火花を散らし汗血は地を濡らす
「敵は逃げているぞ! 追い打ちをかけよ!」
張飛の大暴れで敵は完全に怖気ついている。賊軍からすればここで命がけで踏みとどまって戦う理由は無い。
砦に逃げ込めば助かるとばかりに尻に帆をかけて逃げて行く。というかなぜ俺は敵が踏みとどまって戦うと考えたのか。よほどの精兵でもなければそのような強さは発揮されないだろうに。
敵陣は大混乱に陥っていた。こちらが崩れれば砦からも兵を出しておびき寄せられるという目論見で、砦からも見える位置で戦闘をしていたが、今回は裏目に出た。
それでも崩れる見方を見て砦がざわついている。
「いかん、味方を救うのだ!」
「しかしあのままですと敵の付け入りを許しますぞ」
「なに、敵は我らの半分しかおらん。それより味方を見捨てたとあっては今後兵を集めにくくなる」
賊将は少し小知恵の回る男だった。ここで味方を見捨てて門扉を閉めればまだ持ちこたえようはあったのだ。しかし、賊ながら外聞を気にしたことが命取りとなった。
「続けい!」
関羽率いる別動隊がここで援軍に出た砦の留守居部隊の側面を突いた。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおお!!」
雄たけびを上げつつ大刀を縦横に振るう姿は軍神のごとき武威を示し、賊兵の士気を完膚なきまでにへし折った。
「化け物だ! 鬼神が出たぞ!」
「おう、兄貴はそこに在るぞ。者ども、続け!」
敵を追撃してきた張飛率いる先鋒は砦から出ようとする部隊と、逃げ込もうとしている部隊の混乱の真っただ中に斬り込んだ。
「何とか間に合ったな。俺らも行くぞ!」
「玄徳殿!」
「おう、田の字。はええな」
田豫は息を切らしつつこちらに追走してきた。
「我らも行きます」
「いや、西から雲長の部隊が突っ込んでるからな。おめえさんは益徳と雲長の間を繋いでくれ。そうすれば半包囲ができるだろ?」
「逆に東から蓋をすべきでは?」
「完全に包囲されたってなりゃあ敵も死に物狂いよ。余計な人死に出してる余裕はねえ。逆に開いてる方に敵が逃げてきたら砦からも逃げ出すだろ?」
「なるほど、承知つかまつった」
田豫は俺の言葉にうなずくと兵を取りまとめて関羽と張飛の部隊の間に兵をねじ込んだ。
これで真正面と側面からの攻撃に斜め前からも攻撃が加わる。さらに俺はあえてゆっくりと敵の退路を断つかの動きを見せてやった。
「ふん、多少頭が回るやつがいるならこう行けば……」
予想通り、包囲網が完成する前に敵の頭役が一部の兵をまとめて逃げ出した。
「ふん、てめえだけ逃げようったってそうはいけねえんだよ」
ゆっくり動いているので怖気たかと思い込みたかったのだろう。俺が駆け出すと兵たちも足並みをそろえて駆け始める。
「おおおおおおおあああああああああああああああ!」
宝剣を抜き放つと上段から真正面に振り下ろす。その刃は敵兵の持っていた槍の柄ごと敵兵を真っ二つにしていた。
「なんじゃこりゃ。とんでもねえ切れ味じゃねえか」
人間一人を両断しつつも骨に当たったような感触すらなく、血で曇ることもない。襲いくる敵兵に再び剣を振るう。同じく音もなく振るわれた刃はよくわからないくらいあっさりと敵兵を両断する。
「貴様が大将か、一騎打ちじゃ!」
「おうよ。劉玄徳、参る!」
賊の中でも多少身なりのいい奴が俺に戦いを挑んできた。こういういくさでは個人の武勇がかなり戦況を左右する。
「ふん、武官崩れかよ」
「賄賂ばかりを求め、民を顧みぬ朝廷に何の大儀あらんや」
「ほう、それでおめえさんは野に下って反旗を翻したってのかい」
「左様。貴様らほどの腕があって、この腐りきった国に何も思わぬか!」
「思うさ。だから兵を挙げた」
「ならばなぜに大賢良師様に従わぬ」
「ほう、おめえら黄巾かい。決まってる、黄巾に義がねえからだ」
「なんだと!」
激高した敵将は剣を突き出してくる。こちらの剣でそれを受けるとキーンと甲高い音を立てて相手の剣が折れ飛んだ。
「なにっ!」
「天運は俺にあったようだな。悪く思うなよ」
すっと踏み込み剣を水平に払う。何の手ごたえもなく敵将の首が宙を舞う。
「敵将、この劉玄徳が討ち取ったぞ!」
この一声で大勢は決した。武器を捨てて地面にへたり込む者。悲鳴をあげながらバラバラに逃げ散るもの。自棄になって斬り込んできてそのまま討たれる者。少なくとも組織的な抵抗は完全に崩壊した。
「降る者は討たぬ。武器を捨てよ!」
「抵抗すれば討つ!」
俺の一言に関羽がうまく合わせてくれた。
「憲和、投降した奴らをひとまとめにしておいてくれ。奴らの武器で使えそうなのはうちの兵たちに配るんだ」
「兄者、砦の兵糧庫を接収しました。1000の兵を二月ほど食わせられますぞ」
「おう、重畳だ。降った奴らも好き好んで賊軍に入ったわけじゃないだろ。帰りたい奴は解き放ってやれ」
「しかし……野盗になったりはしませぬか?」
「ああ、そこはあれだ。雲長、ちとお前さんの顔を借りるぞ?」
「は、ははっ」
討ち取った数は200ほど、頭役は俺が叩き斬った一人と関羽が真っ二つにしたやつだ。
返り血を浴び真っ赤な軍装そのままの関羽を従えて降伏した者の前に出る。
「さて、貴殿らに問う。我らは大義のために戦っているがいまだ軍は弱小。よってこれより罪を悔い改め、我らと共に戦うつもりがあるものは手をあげよ。また故郷に帰りたい者は帰ってよい」
俺の言葉に賊たちは互いに顔を見合わせる。反乱を起こした者は皆打ち首が相場だ。まさか助命されるとは思っていなかったのだろう。
「俺はあんたについていくぞ! こんな豪傑がいる軍じゃ、気っと手柄を立てるに違いなし!」
「俺は故郷に帰りたいだ。無理やり連れてこられたんじゃ!」
「故郷は焼かれてしもうた。ならば俺は軍に加わるぞ」
うつろな表情をしていた者たちの目に光が戻る。それでもニヤリと笑みを浮かべ、濁った光を目に宿す者もいた。
「二手に別れよ。わが軍に加わるものは矛を持った男、張飛の元へ。帰りたいと願うものはこちらの関羽の元へと集まるのだ」
半数以上のものがわが軍に加わることとなったのは思った以上の成果だ。故郷に帰れるとほっとしている者の中でやはり悪だくみをしている者もいる。
「なお一つだけ言っておく。ここな関羽は泰山府君の現身でな。悪人はすべて地獄に叩き落とす。地の果てにおろうと関係ないぞ」
俺の言葉に関羽は驚きの表情を浮かべそうになって無理やり笑みを作った。その顔はまさに地獄の獄卒と言ったような迫力がある。
「関羽に従って義のために戦うならばその罪は濯がれるであろう」
すっとぼけてつぶやいた言葉に反応したものが少なからずいたのは思わず笑ってしまいそうになった。
「雲長、あやつらはお前に任す。性根を叩きなおしてやれ」
「はっ、承知しましたぞ」
再び笑みを浮かべる関羽に悪だくみをしていた者たちはぶるりと震えあがる。それでも関羽が鍛えればいっぱしの兵になることであろう。
故郷へ帰る者には劉玄徳が兵を募っていると広めるように伝えおいた。項羽の再来のような豪傑が二人もいると伝われば少しは宣伝になるだろう。
そうして砦に入り、野営の疲れを癒していると、見張り台に立っていた張飛が俺のもとにすっ飛んできた。
「兄貴、官軍がやってきた」
「ふむ、旗は?」
「公孫って書いてあるようじゃ」
「ん? そりゃあ伯珪殿じゃねえか」
公孫瓚、字を伯珪は琢郡のとなり、北平に本拠を置く将軍である。俺が叔父上にいわれて従兄弟たちと共に盧植先生のところで学問を学んだ時の学友でもあった。
「出迎える!」
俺は寝床から起き上がると、すぐさま砦の外へと駆け出して行った。
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