第6話

ミノルは空が真っ暗になっても帰ってこなかった。


 部屋に何回もお母さんが入ってきてそのたんびにボクは小さくなってかくれてた。しばらくそうしていると。お父さんが帰ってきたっぽい。また低くて大きな声を出している。めずらしくお母さんも高くて大きな声を出していた。すごくうるさかった。

 これが楽しいものじゃないって分かってきた。


 ボクはミノルのベッドに向かって匂いをかいだ。いつものミノルの匂いだ。匂いを覚えたから。ボクは部屋の窓から外に出た。

 暗い空の下を走る。ミノルの匂いが少しだけする。それだけを頼りにボクはただ走り続けた。

 この方向は知っている。この前ミノルが連れて行ってくれた学校だ。ミノルは多分学校にいる。

 急いで走ると。すぐに学校についた。ミノルの匂いが強くなった。やっぱりここにいるらしい。ふと学校を見ると。建物の一番上に人が1人居た。ボクはすごく目をこらして見た。


 それはミノルだった。でもなんだか変だ。


 そう思ったしゅんかん。ミノルは両手を広げて。学校の一番上から落ちようとしていた。


 ボクは全身にピリピリを流した。

 体が軽くなってすごく強くなった気がする。その体でボクは学校の入り口から建物まですごい早さでたどり着いた。そして建物のかべをボクの足あとが付くくらい強く踏んだ。かべに足がくっつくから落ちない。そのままスピードを落とさずにいきおいよくミノルの元まで急ぐ。


 そうしている間に。ミノルはついに一番上から落ちてしまった。


 ボクはさらに全身にピリピリを流した。もはや音はゴロゴロとなった。ボクは建物のかべを強くけった。

 あまりのスピードにボクはわけが分からなくなったけど。なんとか空にいたミノルのフクを力いっぱい噛んで。そのまま学校の一番上の階までボク達は吹っ飛んだ。


 すごく疲れた。


 しばらくミノルは動かなかったけど。ボクがミノルに近づいて体をゆすったらミノルは目をさました。


「・・・ケダマ?」


 ミノルからは血の匂いがしない。ケガとかは無さそうだった。


「ミノル」


 ボクはさっそく気になる事をミノルに聞きたくて仕方がなかった。でもミノルは頭を抑えて。ちょっとしんどそう。


「ミノル。ミノル」

「ちょっと待って。頭がキーンってするんだ」


 ボクは聞きたくて仕方がなかったけど。ミノルが止めるからがんばって待った。

 しばらくミノルがぐったりしていたけど。少し座ってゆっくりしたら。元気になったように見えた。ミノルは『もう大丈夫だよ』と言った。


 さっそくボクはミノルに聞いてみた。


「ミノルは空が飛びたいの?」

「え?」


ミノルは目を丸くしておどろいていた。


「さっきてを広げていたから。飛びたいんだと思った。でも無理だよ。ボク知ってるんだ。空って羽がないと飛べないんだよ。ここから落ちたらミノルは死んじゃうよ」


 ミノルはしばらく僕をじっと見つめていた。しずかな時間が少し経つとミノルは吹き出した。


「ふふふ。アハハハハ」


 ミノルは見たことない顔をしながら笑った。よく分からないけどとても楽しそうだ。


「ほんとにケダマには敵わないなぁ」


 ミノルは目をこすりながらそう言った。そして。微笑みながらボクにやさしく言った。


「死のうとしたんだよ」


 ミノルの言葉の意味がボクには分からなかった。


「・・・?なんで?」


 ボクは首をかしげながらそう言った。


「なんでかぁ、なんでなのかなぁ」


 ミノルも首をかしげてうーんっと考えていた。


「ボクがミノルと出会う前に。動物をたくさん見てきたけど。自分から死のうとする。動物はいなかったよ」

「そうだろうね」

「むしろウデが無くなっても。足が無くなってもがんばって生きようとしてたよ」

「・・・だろうね」

「ミノルはどこも怪我してないよ」

「・・・」


 ミノルはしばらく俯いて。ゆっくりと声を出した。


「多分、僕はここを怪我したんだと思う」


 ミノルはしんぞうがある場所をギュッと掴んだ。


「しんぞうをケガしたの?それは大変だよ」

「ううん。心臓じゃないよ」

「しんぞうじゃないの?」

「そう。心って言うんだ」

「ココロ?ココロってなに?」


 ミノルは困った顔をした。


「もう一つの体。みたいなものかな」

「もう一つ?すごい。すごい。それは人間にしかないの?」

「ううん。ケダマにもあるはずだよ」


 ボクは首をかたむけた。


「ボクにもあるの?」

「そうだよ。多分ケダマや僕たちだけじゃなくて、他の動物にもきっとあるんだよ」


 ボクには分からない事だった。


「でもその中でも人間はね。ココロがすっごく脆いんだよ。だからここを傷付けられると、どうしようもなく苦しくなって、死にたくなっちゃうの」

「それはなんで?」

「さあなんでなんだろうね」


 ボクはまたふしぎに思った。


「ミノルにも分からない事があるの?」

「はは。そらそうだよ。ボクなんて頭が良い人達に比べたらちっぽけなものだよ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 するとミノルはやさしい顔をして笑った。


「でもケダマなら分かるようになるかもね」

「そうなの?」

「うん。ケダマは天才だからね」

「てんさいって何?」

「とっても頭が良いって事だよ」

「ボクって頭良い?」

「うん。とっても賢いよ」


 ボクはかしこいんだ。初めて知った。

 そして。ぼくはある事を思い出した。


「ミノル」

「ん?」

「ボクがかしこいんだったら。ミノルの事をもっと教えてよ」

「え?」

「かしこくなったら教えてくれるって言ってた」


 するとミノルはまた困った顔をした。


「・・・そうだね。なら聞いてくれる?」

「うん」


 ミノルは地面に座った。そして深く息をすっていた。


「・・・僕ね、これでも小学校の頃は普通の子だったんだ。友達も居て家族も仲良かった。ほら、動物園行ったでしょ?僕お母さんとお父さんとも一緒に行ったんだよ。そんな感じで、ほんとにどこにでもいる普通の子」


「でも中学受験に受かってから、もう全部変わっちゃったの。友達はみんな離れ離れになったし、お父さんは仕事が帰るたんびにお母さんに暴力振るうようになったし、お母さんは毎日泣いちゃう様になっちゃったの」


 ミノルの目が震えているように見えた。


「でもね。学校でまた友達作って遊んだりしてたらまた楽しくなるかなって思って、友達作ろうとしたんだ。でもそれも上手くいかなくって。 

中学は、内部進学の子が多かったから、もうとっくにグループ出来ててね。みんなもう仲良くってね。僕どうやって友達作ってたか忘れちゃったの」


 ミノルの目から水がたれている。


「でも勉強は頑張ったんだ。いい点数も取れるようになってきたし、先生から褒められたんだ。お母さんにも喜んでもらえたから、もっと頑張ろうって思えてたんだけど。

 今はもうなんでか分からないけど溜息つかれるようになっちゃった。

 学校では勉強ばっかりしてるから、どんどんクラスの居場所が無くなった気がしたし、いつの間にか笑われたり、消しゴムとか投げられるようになっちゃった」


 ミノルの目からたくさん水があふれていた


 ボクはがんばってりかいしようと聞いていたけど。やっぱり意味が分からない。


────でも。ミノルのしんぞうがいつも辛そうにしていたのは知っている。


 ミノルは僕を見て。目をゴシゴシとした。


「ごめんね。分からないよね」

「うん。分からない」


 分からない。分からないけど。ボクはがんばって考えた。考えたけっか。ある事に気づいた。


「ミノルは。お母さんやお父さん。そして学校の人におそわれてるって事?」


 ボクがそう言うと。ミノルはもっと元気が無くなった。


「・・・そうだね」

「じゃあさ」


 それはいけない事だと。昨日教わった。でもボクの口が勝手に動いちゃう。


「・・・ボクが学校の人やお父さんとお母さんを。真っ黒にしちゃえば。ミノルは助かるの?」


 ミノルはおどろいていた。そして。しずかな時間が長く続いた。


「・・・実はね。君と出会った時。君は僕の友達・・・人を殺したでしょ?」

「うん。真っ黒にしたよ」

「あの子。僕を虐めてた子なんだ。あの日も酷いことされていたんだけど、僕ずっと頭の中で『死んでくれ』『死んでくれ』って思ってたんだよ」


「そしたら君が現れてね。あいつを真っ黒にしてくれたんだ。君は僕を初めて助けてくれたんだよ」


 ミノルの顔はよく分からない変な顔をしていた。泣いてるような笑ってるような困ってるような。そんな顔だった。


「・・・それで思っちゃたんだ。君を使えば、みんな真っ黒に出来るかもって。僕を傷つける人全員殺しちゃうことが出来るかもって」

「なら。やっぱりボクが・・・」

「ううん。駄目なんだよ」


「そう・・・駄目なんだよ・・・」


 ミノルはそう言ってたけど。僕に言っているようには聞こえなかった。まるで自分に言っているみたいだった。


「あの子が死んじゃって、学校ではちょっと騒ぎになってるんだよ。テレビにも映ってた。怖い人に話は聞かれるし、お母さんやお父さんにも知られちゃった。先生は何も言ってこないけど、学校のみんなは僕が殺したって言ってるんだ」


「・・・?ミノルが真っ黒にしたわけじゃないでしょ?」

「そうだよ。そうなんだけどね。色々と複雑なんだよ」


 そう言うとミノルは僕を優しく抱き上げた。


「でも大丈夫。人間が人間を真っ黒にするなんて、そうそう出来ることじゃないしね。それに僕はまだ子供だし。きっと何も起きないよ」


 そう言ったミノルの手は震えていた。


「・・・でも、君がいたら駄目だ」

「どうして?」

「今君が見つかったら、悪い大人達にたくさん調べられるからね」

「そうなの?」

「多分ね。物語だとそうだよ。君は凄いからね」


 ミノルはすごく悲しそうにボクの目を見ていた。


「ケダマ。君と一緒にいれてとても、とっても楽しかったよ」


 ミノルはボクをいつもより強く抱きしめた。ちょっと苦しかったけど。ミノルの小さなしんぞうの音が少し落ち着く音になっていた。


 しばらくそうしていると。ミノルはボクを離して。地面にそっと下ろした。


「ケダマ。もう僕の家に帰ってきちゃ駄目だよ。君はもっといろんなところに行って沢山の事を学ぶんだ」

「どうして?」

「さっきも行ったでしょ?ここにいたらケダマはたくさん酷い目に遭うんだよ」

「・・・でもボクは強いよ」

「強いけど。多分それでもケダマは負けちゃうよ」

「そうなの?」

「・・・そうだよ」


 しずかな時間が続いた。


「どうしてもあの部屋に帰っちゃダメ?」

「駄目だよ・・・駄目」


 ボクはなんだか。それを聞いてムネに穴が開いたような気分になった。でもミノルが言うなら・・・


「・・・分かった」

「本当に、本当に君は良い子だね」


 そう言って今度はボクを抱き上げずに抱きしめてくれた。けっこう長い時間そうしていた。


 あたたかくてボクこれ好き。ずっとこうしていたい。


「さあ行って。君は強く生きるんだよ」


 そう言って。ミノルはボクをゆっくり離した。ボクもミノルから離れる。そして。ボクは建物から飛び降りようとする。


「あ、そうだ。ミノル」


「どうしたの?」


 ミノルは泣いていた。


「ありがとうね」


 ボクがそう言うと。ミノルは驚いていた。


 そして目をこすりながら今までで一番の顔で笑った。


 ボクは建物の一番上から飛び降りて。しばらく家とは反対方向にずっと走り続けた。


────声が聞こえる。


殲滅か。共生か。


 言葉の意味は分からないけれど。この声はあんまり好きじゃない。




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ボクたちの選択 米飯田小町 @kimuhan

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