第5話
12日目
ミノルはいつものように。あのフクに着替えて。学校っていうところに行くじゅんびをしている。でも。今日はちょっととくべつ。ボクも学校に行くじゅんびをする。
やる事はカンタン。いつもお母さんからかくれる時みたいに小さくなるだけ。いつもは袋に入れるけど。学校に行くときの袋はたくさんものがはいっているらしい。だから今日は。ミノルのフクのムネに付いたポケットに入るらしい。ボクは小さくなれるからかんたんに入れる。
でも小さくなると悪いことがある。それは小さくなっちゃうと。色々なものが大きく感じてしまう事。とくに音はすごく大きく感じるから。しずかなところじゃないと。人間の声がぜんぜん何を言っているか分からない。人が多いところでも同じように。何を言っているか分からない。だから今日はあんまり人間の声が聞こえないかも。
じゅんびが出来たから。ミノルのむねポケットの中に入る。せまいけど。なんとかなりそう。
ミノルが階段をおりて。重い扉を開けようとすると。お母さんの声が聞こえた。
「実。お弁当忘れてる」
「あ、ごめんなさい」
周りがしずかだから。声がよく聞こえる。
「今日はまっすぐ帰ってきてね。あんまり心配かけないで」
「・・・分かってるよ」
「あなたがいなくなったら私・・・」
するとお母さんはまたワンワンと泣き始めちゃった。ミノルはそんなお母さんに近づいて抱きしめている。しんぞうの音はとてもしずかだった。
「ごめんなさい。もう心配かけない」
「私ひとりじゃ、私あの人に殺されちゃう・・・」
「うん大丈夫。大丈夫だよ。お母さんを一人にはしないから」
ミノルはいつもぼくと話すような話し方で。お母さんと話していた。お母さんはそれでもワンワン泣いている。
ミノルはそんなお母さんが泣き止むまで。ずっとそんな話し方をしていた。
*
ミノルはお母さんを泣き止ませて。やっと家を出られた。
「ミノルはお母さんが嫌いなんじゃないの?」
「え?」
ボクは気になったからポケットから顔を出して聞いてみた。
「シンゾウがうるさかったから嫌いなんだと思ってた』
「・・・まさか、嫌いじゃないよ」
「じゃあ好き?」
ボクがそう聞くと。ミノルのシンゾウが大きくハネタ。
「好きだよ」
ミノルは笑っていた。でもその笑い方は昨日の夜の笑い方と一緒だ。ぜんぜん笑ってない。
しばらくするとボクたちは学校に着いた。
ポケットごしにボクは目をこらしてよくその建物を見ると。ボクたちが住んでいる家よりもぜんぜん大きかった。そんな大きな建物の中に入るのは初めてだったから。ボクはすごくワクワクした。
ミノルは学校の中に入って。そのまま大きな階段をゆっくり上がっていく。
階段を上がっていくにつれて。ミノルのしんぞうがうるさくなってきた。
階段を上り終わって。またしばらく歩いていた。ボクが見てみると。長いろうかにたくさんの部屋が並んでいた。ボクたちが住んでいる部屋よりも一つ一つがとても大きかった。
そしてろうかや部屋の中に人間がたくさんいる。ボクはもううるさくて。みんな何を言っているかわからなかった。多分ミノルの声も聞き取れないと思う。
しばらく歩くと。ミノルは一つの部屋の前で止まった。扉に手をかけると。さっきよりもシンゾウがうるさくなっていった。部屋の中は色々な声がして。とてもうるさい。
ミノルが空気を吸って。扉を開けた。
すると。さっきまでうるさかったはずなのに。いきなりすごくしずかになった。それと同時に。ミノルのシンゾウが大きくはねた。
しばらくするとまたみんな話し始めたけど。なんだか声がこっちに飛んできている気がする。この感じ。あんまり好きじゃない。
ミノルは。ミノルが席に座っても何も話さなかった。みんなはたくさん話しているのに。ミノルだけぜんぜん話すことはしなかった。ミノルは袋からたくさんの本を出して。開いて勉強しはじめた。ボクはナットクした。ミノルはやっぱり勉強ねっしんなんだ。だからあんなに色々知ってるんだと思ったし。すごいと思った。
でもミノルのシンゾウはずっとドキドキしていた。
しばらくすると。部屋の中がまたしずかになった。それと同時に。ミノルのシンゾウもしずかになった。そうなった時から1人の人間の声がずっと部屋にひびいてる。何をしているかは分からないけれど。聞こえてくる声をよく聞いていると。多分勉強しているだと思った。きっとここはみんなで勉強する場所なんだ。
しずかにみんなが勉強していると。ミノルがたまにビクって体が反応する。体がビクッってなるのと同時に。シンゾウもビクッてはねる。ボクはそれが急におきるからいつもびっくりしたし。嫌いだった。次いつそれが起きるか。分からなくて怖かった。
しずかな時間のはずなのに。ミノルの後ろの方で。小さく笑っている声がした。こんなにしずかなのに何がそんなに面白いの?
しばらくすると。また部屋がうるさくなった。そしてミノルはまた本を開いて勉強していた。そして。またしずかな時間がやってくる。
学校はそれのくりかえしだった。
*
何回かしずかな時間が終わると。なんだか良い匂いがしてきた。食べ物の匂いだ。すると。また部屋がうるさくなった。
そして。ミノルは本を開かないで。次は布に包まっている物を持って。立ち上がった。そのまま部屋を出て。階段を上っていく。けっこうたくさん上がっていった。けっこうたくさん上っていくと。すごくしずかになった。ここからミノルの声もよく聞こえるかも。
「いいよ。ケダマ」
ミノルがそう言うと。ボクはポケットから身体を出して。いつもの大きさに戻った。そして。かたまった体をうーーんっと伸ばした。
周りを見ると。そこは階段だった。階段の上の方には机や椅子がたくさんつまれていて。その奥に見える扉からは光が差し込んでいる。あの向こうには外がつながっているんだと思う。階段の下の方には何もなくて。誰もいなかった。すごく落ち着く場所だった。
「良い子にしてたね」
「・・・学校ってつまんない」
「そんな事ないよ。勉強は楽しいよ。ケダマも好きでしょ」
「ミノルは楽しいの?」
ボクがそう聞くと。ミノルはまた困った顔をしていた。
「楽しいよ」
ミノルは笑った。
まただ。またあの笑ってない笑った顔してる。
「そういえば。ボクはここで何をすれば良いの?」
ボクはずっと気になっている事を聞いた。
ボクがそう聞くと。ミノルはまじめな顔をした。
「ケダマはさ。まだあの電気出せるの?」
「デンキ?」
「そう。僕と初めて会った時のあのビリビリだよ」
「出来るよ」
そう言ってボクは自分の体にピリピリを流した。全身の毛が立っているのを感じた。
「すごいね」
ミノルは笑った。
「ケダマはさ、僕にその電気を使って。人を殺してくれって頼まれたら、やる?」
「いいよ」
ミノルはおどろいていた。
「・・・けっこうあっさりやっちゃうんだね」
「うん。だって。お願いを聞かなくちゃいけないんでしょ」
そう言うとミノルは少し悲しそうな顔をして。僕の事を優しく抱きしめた。
「ケダマ。嫌なら嫌って言っちゃって良いんだよ」
「・・・?嫌じゃないよ?」
「そっか。そうだよね。分からないよね」
ミノルはボクをむねから離して。上に抱き上げてくれた。
「人を殺しちゃうとね。ケダマはきっと酷い目に遭うんだよ。だから。簡単に人を殺しちゃいけないの」
「そうなの?」
「そうだよ」
ボクは首をかたむけた。
「ケダマは酷い目に遭いたくないでしょ?」
「ひどいめってなに?」
「悪い人に痛い事されるんだよ」
「それは嫌かも」
「そうでしょ?なら断ってもいいんだよ」
ボクは分かったけど。でも一つ気になることがあった。
「じゃあボクは。ミノルに何をしてあげればいいの?」
ミノルはすごく驚いた顔をして。笑った。その笑い方はいつもの優しい笑い方だった。
「本当に、君は良い子だね」
「・・・?ボクは何もしてないよ?」
「ううん。何をしなくて良いんだよ。ごめんね」
「どうしてあやまるの?」
「ごめんね。ごめんね」
ミノルはそうやって何度もボクにあやまってきた。そして泣いちゃった。ボクは意味がよく分からなかった。
「ミノル。泣かないで」
「ごめんね。・・・ごめん」
ボクはミノルの目をなめた。どんどん水が溢れてくるから何回もなめた。
何回も。何回も。
*
ご飯の時間が終わると。ボクらはまたあの大きい部屋に戻った。またしずかな時間が始まった。
でも今度は様子がちがった。しずかな部屋に扉を開けて。誰かが入ってきて。ミノルの事を呼んでいた。ミノルは呼ばれると。ミノルは立ち上がって。扉の方へと歩いた。とてもシンゾウがうるさくなった。
ミノルは。そのままミノルを呼んだ人の後ろをついて行った。ついて行った先にはまた大きな部屋があった。
前にいた人が部屋に入ると。ミノルもその後に続いて。部屋に入った。部屋は食べ物とは違った。シンゾウが落ち着くような良い匂いがした。でもミノルのシンゾウはとてもうるさくなった。その音と。良い匂いのはずのその匂いのせいで。ボクのシンゾウもうるさくなった。
部屋の中には1人の人間がいた。とても怖そうな人だった。そして。その怖そうな人が向こう側に座って。ミノルのとなりにはミノルを呼んだ人が座った。
そして何か話している声が聞こえる。シンゾウの音とボクが小さくなったせいで。声があんまり聞こえない。ミノルのシンゾウの音はどんどん大きくなってばくはつしちゃいそうだった。
すると。なんでかは分からないけどミノルのとなりに座っていた人が部屋を出ていった。
シンゾウの音は小さいけど。向こう側に座った人だけの声だからちょっと聞こえるかも
「ごめんね。やっぱり大人に囲まれると怖いよね」
「・・・いえ」
ミノルの声は元気がなかった。
「怖がらせるつもりは無いって事を分かって欲しい。私はただ、あの時あの場所で起きた事を少しでも良いから聞きたいだけなんだ」
「・・・」
「大丈夫。私は君を捕まえに来たんじゃない。むしろ君が捕まらないようにしたいだけなんだ。分かってくれるかい?」
「・・・はい」
その怖い人の声は。顔とは違って。とても優しい声をしていた。ミノルのシンゾウはすごく小さくなった気がする。
「でもこの話はご両親にも聞いてもらう。君が今まで嫌だと言っていたけど。君はまだ子供だ。君だけじゃどうしようもできない」
「・・・はい」
「ご両親に連絡させてもらうね?いいかな?」
「・・・」
その怖い人は。ミノルの肩に優しく手を置いた。
「ごめんね。でも必ず私が守ってみせる」
「・・・はい」
「辛くなったら言って欲しい」
「・・・」
「────君はあそこで何を見た?」
そこからミノルのシンゾウはとてもうるさくなった。
ミノルから怖さと不安がいっぱい伝わってきた。ボクはそれで頭がこわれちゃいそうだった。
『・・・こ・・・資料・・・危・・・生物』
何を話しているか全くわからなかった。
────頭がぐわんぐわんとして。ボクは真っ白になった。
*
「ケダマ?」
その優しい声でボクは目がさめた。
「おはようケダマ。大丈夫?」
ミノルは優しくボクの体をなでてくれた。
ボクは周りを見渡すと。そこはいつものボクたちの部屋だった。いつもの匂い。とても落ち着く。
「ミノルは?大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ」
ボクはミノルの手を舐めた。ミノルの顔はとても真面目な顔をしていた。
ミノルは何も言わず。ボクの体をなでてくれた。ボクもミノルのその手を何回もなめた。
こんなしずかな時間がずっと続けばいいのにってボクは思った。
13日目
その日の夜。ミノルはいつもの時間になっても帰ってこなかった。
空が真っ暗になっても。帰ってこなかった。
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