第4話


 ミノルはボクを袋に入れて。すぐに部屋から出て。そのままかいだんをおりていく。

 ミノルはとても楽しみにしているんだなとボクは思った。


「どこいくの?」


 袋の中からじゃよく分からないけど。多分今は部屋じゃなくて。家のとびらの前にいるんだと思う。そこでお母さんの声が聞こえた。


「えっと。ちょっと遊びに行くの。友達と」

「勉強は?」

「勉強は毎日やってるから、たまにはいいかなって・・・」


 ミノルの声は元気が無さそうだった。袋の上からミノルのしんぞうの音がよく聞こえる。相変わらずうるさくてボクはきらいだ。


「高校受験はもう始まってるのよ?前のテストも3点下がってたじゃない」

「それは分かってるけど・・・」


「・・・あなたも私を悲しませるの?」


 お母さんがそう言ったとき。ミノルのしんぞうは今までよりもずっとうるさくなった。ボクはまたがまん出来なくなって。袋の中で動いちゃった。


「・・・!すぐ帰ってくるから」


 ミノルがそう言うと。ガチャっと少し重い音が聞こえた。そして袋がはげしく動き出した


 そして遠くからいつも家で聞く。高くて大きい声が聞こえた。お母さんの声だ。お母さんは楽しくなさそうだったのにあんなに大きな声を出すんだ。とボクはフシギに思った。


──でも。今思えば。ボクが動物をおそったとき。動物が死にかけた時も。動物はこんな声を出していた気がする。





 しばらく袋が大きく動いて。しばらくするとミノルがフクロのチャックを開けた。


「もう。動いたら駄目じゃないか」

「あの音嫌い」

「あの音?」

「しんぞうの音。ミノルはお母さんと話すときいつもうるさいよ」

「・・・ごめんね」


 ミノルは元気がなくなった。そんな悲しい事言ったのかな?


「なんでそんなに悲しい顔をするの?」

「ごめんね。ケダマがもう少し賢くなったら話すよ」


 ボクはけっこうかしこくなったつもりだけど。まだまだらしい。もっと勉強したい。


「チャックは開けておくよ。これで外が見えるでしょ。でも人に見つかったらいけないよ。見つかりそうになったらすぐにリュックの奥に隠れるんだよ」

「分かった」

「よし。じゃあ色んなものを見に行こう!きっとケダマも楽しめるよ」


 ミノルは元気になった。しんぞうの音もうるさいけどさっきみたいに。いやな感じはしない。


 ミノルは空が暗くなるまで。いろんなところに連れて行ってくれた。ボクが質問するとミノルはなんでも答えてくれる。


「ミノル。あれはなに」

「あれは犬だね。ペットだよ。可愛いね。」


「ミノル。あれはなに」

「あれは猫。野良猫かな?可愛い」


「ミノルあれはなに」

「動物園だよ。まだ1時間ちょっとあるから入ってみよっか」


「ミノルあれはなに」

「あれはパンダだよ。可愛いね。笹食べてるね」


「ミノルあれはなに」

「サル・・・かな?いろんな種類が居るね」


「フラミンゴ」

「タヌキ」

「ゾウ」

「キリン」

「ライオン」

「トリ」

「サイ」

「カバ」

「ウサギ」


「ケダマは動物が好きなんだね」

「うん好き。なんかね体が勝手に知りたいって思っちゃうの」

「へえ。そうなんだ」


「ミノルの事ももっと知りたい。ミノルの話を聞くと。頭でたまに声がするの」

「どんな声?」

「分からない。なんていうか言葉じゃなくて。意味だけが聞こえるの」

「へえ。不思議だね」


 そんな事を話していると。変な音が動物園中になりひびいた。


「閉園時間だ。いこっか」


 ボクらはそうして。動物園を出た。いろいろな生き物が居てかなり楽しかった。動物の種類はボクがやっつけた動物だけじゃなかったみたいだ。


 動物園を出ると。空が少し暗くなっていた。

 辺りを見わたしてみると。何人かの小さい人間と大きい人間が手をつないで歩いていた。

 ミノルはその人間たちを見ながら。動物園の前から動こうとしなかった。


「ミノル」

「ん?あぁ。ごめんね。ちょっと昔の事を思い出してて」

「帰らないの?」

「え?」


 ミノルのシンゾウがピクリとはねた気がした。


「早く帰らないと。いつものごはんの時間にまにあわないよ」

「・・・うん。そうだね」


 ミノルはそれでもその場所から動かなかった。おなかいっぱいなのかな。


「やっぱり、もう少しぶらぶらしよっか」


 そう言って。ミノルは歩き始めた。家とは反対方向に。


 しばらく何もなく。うす暗い町の中をボクたちは歩いていた。あんまり楽しくは無かった。ミノルもあんまり楽しそうじゃない。


 なんで帰らないの?


 すると。ボクたちの目の前に見たことがある人間が来た。それも沢山いる。ミノルはその人たちを見たしゅんかん。しんぞうがうるさくなっていった。ぼくはその人間たちを何とか思い出そうとした。そして思い出した。


「あれ。ミノルが毎日着ているフクと同じだね。それにたくさんいる。ミノルはもっと早くにぬいでたのに。どうしてあの人間たちはまだあのフクを着ているの?」

「・・・そうだね。多分部活帰りなんじゃないかな」


 ミノルのシンゾウはとてもうるさかった。この音は嫌い。


 しばらくすると。ミノルと同じフクを着た人間たちがいなくなった。空はすっかり暗くなったけど。なぜか町はチカチカして明るい。それになんだかさっきよりも人間が多くなってきたし。さっきよりもうるさかった。ボクラの目の前で叫ぶ人が居たり。何かにぶつかったのか袋が大きくゆれるたびに。ミノルのシンゾウは大きくはねた。ボクはその音が嫌で。次いつその音がなるのか。怖くてシンゾウがどきどきした。


 これってもしかして。ミノルのどきどきと同じなの?


 さらに人間が多くなった。それになんだか。ガタンゴトン。ガタンゴトン。ていう大きな音も聞こえた。うるさくてボクは嫌だったけど。ミノルが歩くたびにその音が大きくなる。


ガタンゴトンの音が小さくなったと思ったら。チャックの上からすごく明るい光がさしこんだ。ぼくはまぶしかった。夜なのに昼みたいだった。ガタンゴトンは小さくなったけど。人間の声はまた増えたし。ピッ。ピッ。ていう音がずっとなっていた。うるさくて嫌い。そして怖い。


 ボクのシンゾウがドキドキすると。ミノルのシンゾウもどきどきする。


 ミノルはそのとてもうるさい場所で。しばらくなにもせずに止まった。何をしているか分からないけれど。多分ミノルは怖がってる。怖いなら早く帰ればいいのに。そう思ったけど。ボクは気づいた。


 ミノルは。きっと家が怖いんだ。


「ミノル。ミノル」


 ボクはミノルの名前を呼んだ。


「ミノル。ミノル」


 でもなぜか。ミノルは返事をしない。


「ミノル。ミノル」


 何回も呼んだけど。ミノルはじっとして何も答えてはくれなかった。

 聞こえるのは。人間のたくさんの足音と。声と。ピッ。ピッ。ていう変な音と。


────ボクたちのシンゾウの音だけ。





 けっきょく。ボクたちは家に帰ってきた。


 家の扉が開いた音が聞こえてすぐに。低くて大きな声が聞こえた。ミノルのシンゾウはとってもうるさかった。ボクはその音が怖かった。

 何回かその大きな声が聞こえると。袋が今までにないほどにゆれて。何かに強くぶつかったような感じがした。すごく痛かった。すると。ミノルの鼻をすする音が聞こえた。


 しばらくミノルは鼻をすすってたけど。時間がたつとミノルは立ち上がって。ゆっくり階段を上がる音が聞こえた。その足音はとてもしずかだった。


 部屋に入ると。ミノルは袋からボクを出して。そのまま机の上に置いた。そして。ミノルはベッドにたおれこんだ。


 ボクは帰ってこれてうれしかった。あの音はうるさくて怖かった。


 ボクはなんとなくベッドにいるミノルに近づいた。ミノルはベッドに顔を埋めていた。


「僕はなんて臆病なんだろう」


 ミノルが言った。ボクはなんとなくミノルに体をすりよせた。するとミノルは顔を上げて。ボクの体にやさしく手を置いてくれた。


 ミノルはボクの目を真っすぐ見た。ボクもミノルの目を真っすぐ見る。


 そして気づいたことだけど。ミノルの顔は全然優しい顔はしてなかった。その顔でじーっとボクの目を見つめている。手はこんなにやさしいのに。


「ケダマ」

「なに?」

「僕はさ、ケダマに色々な事を教えてあげたよね」

「うん。教えてもらった」

「何を聞かれても、なるべく教えてあげたよね」

「うん。教えてもらった」


 ミノルは少し笑った。でもいつものやさしい笑った顔じゃない。


「なら僕のお願いも聞いてくれる?」

「?なんで?」

「人に何かをしてもらったら。何かお返しをしなくちゃいけないんだよ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 しずかな時間が続いた。


「ならいいよ」

「ほんとうに?」

「うん。そうしないといけないんでしょ」


 ミノルは体を上げて。ボクの体を抱きしめた。


「ありがとう。君はいい子だね」

「それで。なにをすればいいの?」


 ボクがそう聞くと。またしずかな時間が続いた。ミノルのしんぞうがまたドキドキしていた。シンゾウの音が小さくなるとミノルは口を開いた。


「僕と一緒に、学校に来て」


 ミノルはそう言った。

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