第81話 第1章のエピローグ(的な何か)

※現在、王都編のプロットを練っています。この話に出てくる設定は変更の可能性がありますが、変更した際はまた冒頭でお知らせします。




「ねぇ、アレが……?」

「ああ。13歳で特務隊隊長だってよ」

「でも、殆ど訓練に参加してないって聞いたけど」

「まだ未成年だしな。どうやらオエジェットさんが特別扱いしてるって」

「それで有事の際は私達の上官って……」

「来たぞ。挨拶しねぇと」



 カタリナ村に新しく補充された2人の兵士──ウェルズとダリア。彼らは今日から特務隊の隊員として配属されることとなった。



 特務隊は5年前から出来た新たな部隊であり、基本的に有事以外では活動しない。



 先刻まで隊員はたったの1人で、その目的はある少年を兵士として迎える為の措置であった。



 今回彼らが配属された理由は、その少年が将来部下を持った際の訓練のようなものである。



 少年──キャビネット・クラインは、現在13歳。メニァレィビスとの戦いから5年が経過している。



 その彼は右手に虫網、左手に虫籠をぶら下げ、自宅の傍で待機する2人の兵士の前に現れた。



 虫籠の中には数匹の虫が入っており、たった今まで虫を捕まえて遊んでいたことが分かる。それについて、キャビーに聴こえるよう鼻で笑ったのは、ダリアだった。



 そんなダリアをウェルズは肘で小突いてから、1歩前に出て姿勢を正す。



「お、おはよう御座います。ウェルズ・シークとダリア・ダレットです。本日付けで特務隊に配属されました。あの……キャビネット隊長でお間違いなかったでしょうか」



 大きな声で挨拶をしたウェルズだが、キャビーからは「ふーん」と空返事が返ってくる。



「……? あのキャビネット隊長……ですよね?」



 ウェルズがもう一度問うと、キャビーは頷いた。取り敢えず、人違いでは無かったらしい。



「よ、良かった。それで──」



「キャビネット隊長は、もしかして虫取りで遊ばれていたのでしょうか」



 ウェルズの言葉を遮り、ダリアが薄らと笑みを浮かべて言う。



「お、おいダリア……」



「コミュニケーションよ。緊張されてるみたいだし──」



 彼女はまた鼻で笑い「どうなんですか?」と問い直す。



「そうだけど」



「フフッ──それはまた楽しそうですね。ところで、後ほど剣術の指導を頂きたいのですが」



「ダリア……頼むからあまり──」



「キャビネット隊長、如何でしょうか? 虫網を振るよりはその……ふふっ。為になるかと」



 皮肉をたっぷりと込めたダリアの顔はニヤついていた。キャビーが何も答えずにいると、家の扉が開いた。



 現れたのは、美しい色白の女性だった。白銀の髪に淡い青の瞳は、少年と同じだ。



「あら、えっとぉ? ねぇキャビーちゃん、この方達は?」



「知りません」



 キャビーは母親──ファイを一瞥して答える。



「えっ!? キャビネット隊長。先程ご挨拶申し上げたではありませんか!?」



「隊長……? あぁ、もしかしてキャビーちゃんの。いつもお世話になっております」



 ファイは手を揃え、深々と頭を下げた。



「い、いえそんな。というより、まだお世話になってないというか……昨晩到着したばかりでして」



「そうだったのね。どうぞ、上がっていって下さい」



 ファイが手を招いた。ウェルズとダリアは顔を見合わせた後、断るのも失礼かと思い、彼女の提案を受け入れる。



「そ、それでは……」



「はい、どうぞぉ」



 兵士2人が家の中に入ると、取り残されたキャビーにファイが言う。



「もしかして、エィルちゃんの為に虫取りしてくれたの!?」



「はい。まぁ、昨日約束したので」



「有難う、キャビーちゃん。エィルちゃんったら、まだお布団の中なのよ」



「母上が甘やかすからです」



「えーだってあの子、超可愛いのよぉ?」



 ファイは自分の身体を抱き締め、頬を染めながら眼を閉じる。そんな彼女に、キャビーは機嫌を悪くして鼻を鳴らした。



「ふんっ」



「もぅヤキモチ妬かないの。お兄ちゃんなんだから」



「兄だから何だって言うのですか。早くご飯を用意して下さい」



 キャビーは鼻息を荒くし、玄関を跨ごうとする。その際、ファイに髪を触れられそうになって、彼は彼女の手を払った。



「ちょっと! 恥ずかしいです」



「別に誰も見てないわよ?」



「遠くで誰かが見てるかも知れないじゃないですか」



「えー気にしないよぉ、私」



「母上が気にしなくても、私が気にするのです。もう子供ではないのですから、全く全く」



 キャビーは靴を脱ぎ捨て、そそくさと寝室に消えていく。



 ファイは嘆息し、彼の靴を綺麗に並べた。





 キャビーはテーブルに付き、昨晩の残り物であるシチューにありついた。彼の隣にはファイが座り、対面にはウェルズとダリアが座った。



「御免なさいねぇ。何も用意出来なくて」



 突然の訪問だった為、客人に出せたのは水と砂糖菓子だ。



「此方こそ、申し訳御座いません。しかし、美味しいですね、このお水」



 カタリナ村で採れた水には命晶体が含まれ、王都の水よりも仄かに甘く、美味しい。初めてそれを口にした彼らは、2人して眼を丸くする。



「ふふっ。お咎め様の森から流れた新鮮な地下水なの」



「そ、そうなんですね……おい、ダリア。お前も何か喋れよ」



 ダリアは席に着いてから、黙り込んでしまっている。彼女は、ガラス細工のような繊細さを誇るファイの美貌に、嫉妬してしまっているのだ。



 鋭く睨むダリアに対し、ファイは全く気にしていないのか、それとも勝ち誇っているのか、余裕のある笑みを浮かべる。



「気に入らないわ」



 キャビーとファイには聴こえないよう、ダリアが小さな声で呟く。



「え、何が」



「この女よ。後、この子供も。それに、あんたが鼻の下を伸ばしているのもねぇ!」



「えぇ……つか、俺は別に」



「白々しい」



 ダリアは肘を突き、あからさまな態度を取り始めた。



「ダリアお前、そんな態度は──」



「あら? どうかされました……?」



 と、ファイが此方を向いているのを確認し、ウェルズは慌てて誤魔化す。



「いやいやいや、何でも。ちょっと旅の疲れもあって──」



「ご、御免なさい。迷惑だったかしら」



「ちょっ──違います。そんなこと無いですから」



 シュンとしてしまったファイに、思わず立ち上がってしまうウェルズだったが、



 ズズズ──



 と、シチューを啜る音が鳴り響いた。



「うっ──」


 

 ウェルズは静かに席に着いた。キャビーがスプーンを握り締めて、ウェルズとダリアを睨み付けていたからだ。



「お行儀悪いよ、キャビーちゃん。後、スプーンはこうやって握るの」



 すると、キャビーは母親に嗜められ、スプーンの持ち方を教わる。



「ん」



「──そうそう、よく出来ました。うふふ」



「──は、母上。どさくさに紛れて頭を撫でないで下さい」



「今は家の中だよぉ? いつも撫でさせてくれるじゃない」

 


「いつも、とか言わないで下さい。恥ずかしいじゃありませんか」



 少し顔の赤いキャビーは、特に変哲のない思春期の子供だ。



 先程睨まれていた気がしたが、気の所為だったろうか。



 そうウェルズが眉を顰めていると、今度は子供の声が鳴り響く。



「ママぁあッ!! ママぁあぁぁーッ!!」



 壁の向こう側──寝室の方からだった。



「あっ、イケナイ!! ──ちょっと待ってぇ、今行くから!!」



 ファイは慌てて席を立つと、リビングから飛び出して行った。



 暫く口を閉じていたダリアが、怪訝そうに言う。



「な、何よ。今の……」



「子供がまだ何人か居るって、通達書にはあったな……あれそういえば、ここの父親って──」



「おい、お前達」



「──!?」



 突如として刹那殺意を感じる。



 シチューを食べ終えたキャビーが、今度ははっきりと睨み付けていた。



「あっ、え? な、何でしょうか、隊長」



 恐る恐る伺ってみる。



「人間如きが、私の母上をそんな眼で見るな」



「に、にんげ……はい? 何言ってるの?」



「た、隊長……そんな眼と言われましても──」



 キャビーがスプーンを投げ捨てるように置くと、皿から乾いた音がする。彼は自分の手を眼の高さまで上げ、蛇のようにねちっこく指を差した。



 ダリアに指を差し、



「その威圧感眼だ。下等生物が誰の許可を得て私の母上を睨んでいる」



「はぁっ!?」



 そしてキャビーは、指の向きを変え、ウェルズを差す。



「そっちのお前は、ただただ気持ち悪い」


 

「え……?」



「言わせておけば、このガキ──」



 ダリアが席を立つ。



 しかしその直後、ウェルズに腕を捕まれた。



「ダリア。それは止めよう」



「何でよ!! こんな生意気な子供に──」



「彼は俺達の上官だ」



 もし上官に刃向かえば、除名処分になりかねない。特にオエジェットが目に掛けている少年だ。どのようなことがあろうとも、少年が最優先となるだろう。



「失礼致しました。以後、気を付けます」



 ウェルズは素直に謝罪を申し上げた。



「この臆病無し」



 ダリアは掴まれた腕を振り払うと、席にドサッと座った。テーブルに肘を付き、不服そうにする。



 キャビーの方は何事も無かったように、皿を洗い始めた。



「怒って無さそう……? よく分からんな」



 ウェルズは溜息を吐く。この場は一時、皿を洗う水の音だけが流れた。



 少しして帰ってきたのは、「5人」だった。



 ファイと、彼女に抱かれたキャビーよりも小さな子供。そして、幼い顔を残した身長の高い少女が1人。更に2人の幼児が、最後に入室する。



 沢山の子供を引き連れたファイに、驚いたウェルズは、また立ち上がった。



「こ、これ全員ファイさんの子供ですか!?」



「え、ええまぁ。狭くて御免なさいね」



 恥ずかしそうに肯定した後、ファイは苦笑した。



「母上」



 すると、キャビーに呼ばれた彼女は、飛び跳ねるようにして身構える。彼の声には、少しトゲのようなものが含まれていた。



「キャ、キャビーちゃん」



「どう考えても生み過ぎです。まるでラットみたいに」



「うっ──だ、だってぇ……」



 すると、ファイの背中から顔を出した、やたらと癖っ毛の少女が言う。



「お兄様。そんはこと言っちゃ、めっだよ」



 少女──クィエがキャビーの元に向かう。



 クィエは8歳でありながら、既にキャビーよりも身長が高い。見下ろすまではいかないが、キャビーに接近した彼女は目線を下に下げた。



「何だ、クィエ」



「皆んな、クィエ達の家族なんだから」



「だからどうした」



「だから、お兄様も皆んなのこと好きでしょ?」



「……え、全く意味が分からん」



「クィエ知ってるんだからね。エィル達が生まれるの、一番楽しみにしてたのはお兄様だって」



「クィエ。お前、兄に向かって最近生意気だぞ」



 それからキャビーとクィエの問答が暫く続く。止めようとする者は居らず、ファイは絨毯にしゃがみ込んで、いよいよ本格的に抱っこした子供をあやし始めてしまった。



 多分それが、先程泣き叫んでいた子供だ。



 唖然としたウェルズは一旦席に戻る。



 すると、計ったように肩を叩かれ、振り返れば2人の女児が顔を向けていた。



「え?」



 肩を並べて直立するウルフカットの2人には、寸分違わぬ同じ顔が据えられていた。



 だがそれよりもウェルズが驚いたのは、2人の瞳の色だった。



 所謂、オッドアイだ。母親譲りの青い瞳が片方、もう片方は何処からやって来たのか黄色い瞳をしていた。



 彼女達、双子を見分けるとすれば、その黄色の瞳が右眼にあるか左眼にあるか。それくらいだろう。



「えっと……何か、用かな?」



 ウェルズが双子に問う。



「おじさん達、誰……?」



 言葉を返したのは右眼に黄色を宿した子だ。もう片方──左眼に黄色を宿した子は、口を閉ざしている。



 容姿は同じだが、性格は少し違うらしい。



「俺はウェルズ。こっちがダリアだ。俺達はキャビネット……君達のお兄さんの部下でね」



「ぶか……? 家来ってこと?」



「え? あ、そうだよ。そんな感じ。君達の名前を聞いてもいいかい?」



 ウェルズが問うと、同じく右眼が黄色の女児が返事をする。



「ウチがメルチー。こっちがシルビー」



「そっか。凄く可愛らしい名前だね」



 そう伝えると、飛び跳ねて喜び始める。



「可愛いって! 良かったね、シルビー」

「そうだね。メル姉さん」



 ハツラツとしたメルチーが姉で、無機質で静かなシルビーが妹らしい。



「お母さんが付けでくれたの。いいでしょ」



 と、ウェルズに向かってメルチーが言う。彼はファイを一瞥し「ああ。凄く羨ましいね」と答えた。



 次に、ダリアが問う。彼女の不機嫌は治っていないが、それについてはどうしても気になっていたらしい。



「その瞳の色、なんで違うの?」



 問うと、双子は同じタイミングでそれぞれ黄色の眼に触れた。



「これ。キャビーお兄さんが調べてくれたんだぁ。奇眼って言うらしいよ」



「奇眼……? それ、何かの病気?」



「ううん。魔眼って知ってる?」



 魔眼。それは魔力を宿した眼のことだ。



 生物であれば誰しもが所有するコアと、全く同じ役割を果たす。つまり、魔眼に魔力を通せば、対応した魔法を発動することが出来る。



 だが不思議なことに、仮にその魔眼をくり抜いたしても、コアと違い、決して奪い取ることは出来ない。



 魔眼は、その人物に与えられる固有の力だ。同じ魔眼を持つ者は存在しないと言われ、所有者が死亡すると、世界中の他者に移るとされる。



 つまり、後天的に魔眼を得る場合もあるのだ。



 彼女達はどうやら生まれ付き魔眼を宿していたらしい。



「奇眼というのは、魔眼の一種なんだね」


 

 ウェルズが答える。



「うん。奇禍の眼だって」



 奇禍の眼。で、奇眼か。



「奇禍の眼か。何だか凄そうだね」



「でしょ。お母さんから貰ったの」



「貰った……? あー、ははは。そうだね」



 貰った、というのはメルチーの勘違いだろう。だが、敢えてそれを正すような真似はしない。



 魔眼が片方ずつに宿るというのは、非常に稀有な例で、確かに言われてみれば、まるで母親が分け与えたようにも見える。



 しかし、魔眼が他人に譲渡出来た例は聞いたことがない。



 ウェルズとダリアは双子と会話を続け、メルチーが唐突に「外へ行きたい」と言いだしたところで、暫しの談笑に終わりが告げられた。



 メルチーが部屋を出て行った後、シルビーが振り向き、初めて話し掛けて来た。



「私のは奇怪の眼──おじさん達、メルチーに嫌われたね。呪われてなければいいけど」



 微笑を浮かべたシルビーも、直ぐに部屋を出て行ってしまう。



「な、何なのよ今の。感じ悪い子」



「分からない。でも嫌われたってどうして……?」



 メルチーは凄く楽しそうに話していた気がしたが。



「私が知る訳ないでしょ。ただの子供の言葉だ、気にする必要なんてない」



「ただの、ね。まぁそうだよな」



 そうしてまた時は経ち、ウェルズとダリアはクライン家を出た。



「お昼、食べていけばいいのにぃ」



 子供を抱っこしたファイが、彼らを見送る。



「いえ、そこまでご迷惑は掛けれません」



「そう……? じゃあ、これからもキャビーを宜しくお願いしますね」



 ふふっとファイが笑う。彼女の瞳に見つめられたウェルズは、少し張り切って答える。



「は、はい。此方こそ!! ──ところで、その抱いている子は……?」



 寝室で母親を呼び、泣き叫んでいた男の子だ。



「エィルって言うんです。とても甘えん坊なのよねぇ、エィルちゃん」



 エィルと呼ばれた男児は、此方に眼を向けることをせず、母親に顔を埋めてしまっている。



「御免なさい。恥ずかしがり屋さんなの」



 年相応の普通の男児、といった印象だった。



 キャビーやクィエ、メルチーにシルビー。普通とは違う彼らに対し、エィルには安心感さえ覚える。



「とても可愛らしいです。ファイさんに似ていますね」



「あら? それって私が可愛いってこと?」



「え?」



 ファイは顎を引いて、上目遣いでウェルズを見る。彼は思わず、頬を赤くした。



「冗談、ふふっ。私はもうオバサンだからねぇ」



「そんな。まだ全然お綺麗ですよ」



「そぅ? ふふっ、有難う」



 鼻を伸ばすウェルズに、ダリアは呆れて溜息を吐いた。彼女は2人の会話を遮り、先程シルビーに言われた一言、



「メルチーに嫌われたね。呪われてなければいいけど」



 について、ファイに尋ねてみた。



「本当に御免なさい。あの子達は特に私の……ううん。瞳の色が違うでしょ? キャビーちゃんが言うには、見えないものが見えているみたいで」



「魔眼だと聞いたわ。有名なモノだと、魔王が所有していたと言われる魔王の眼、ね」



「本当に魔眼だとすれば、宮廷魔法使いどころか、勇者に匹敵する逸材ですよ」



「そ、そんなに凄いの……!? そう……あの子達が成りたいのなら応援するけど。多分勇者は嫌がりそうだなぁ、あはは」



「ど、どうしてですか!? 勇者ですよ? あの勇者ハイルと──」



「それはきっと私の所為ね。勇者のお話は聞かせないし……」



「では、どんなお話を?」



 ファイはエィルを抱いたまま、人差し指を口に当てる。片眼を閉じてウィンクをし、



「それは秘密」と可愛らしく言うのだった。





「2人纏めて掛かって来い」



「宜しくお願いします」

「ちっ、舐めんじゃないわよ」



 今朝、ダリアがキャビーに剣術の指南を申し込んでしまい、休日にも関わらず、実戦形式で打ち合うこととなった。



 それについては、まだいい。



 上官であるキャビーの実力を確かめることが出来るからだ。しかし、剣術の指南といいつつ、実際に行われるのは、殺し合いに近い何かだ。



 ダリアはそれを望んで指南を申し出た訳だが、何故かキャビーの方もそれを受け入れている。というか、彼は進んで殺しに来ているというべきだろうか。



 ウェルズの眼前に立つ子供は、13歳とは思えない殺気を露わにしていた。



 荒々しい殺気の割に、キャビーの構えは非常に静かだった。洗練された熟練の剣士、という意味ではない。どちらかと言えば、所謂剣術の「型」というものを彼は持ち合わせていない。



 しかし、熟練の「戦士」と相対しているかのような錯覚を覚えてしまう。



 緊張が走った──



 ウェルズはダリアと呼吸を合わせ、地面に脚裏を這わせながら、キャビーににじり寄っていく。



 ウェルズがダリアを一瞥すると、互いに頷いた。



 そして、2人同時に木刀で斬り掛かる。



 高さの違う攻撃を、彼らは繰り出した。



 膝に目掛けて掬い上げるような一刀と、首から侵入して胸に抜ける一刀。攻撃位置の高さを変えることで、数の有利を活かす算段。



 これをたった1人、たった1本の木刀で対応しなければならない。



 キャビーは前者の一刀について、先に対応するようだ。



 彼は木刀を前方に突き出し、代わりに右脚を1歩後方に下げた。切先を地面に向けて木刀を斜めにし、片手を峰に据えて構える。



 木刀は地面に対し、45度傾いている。



 キャビーの膝を狙ったダリアの一刀──地を這ってから急激上昇してくるそれは弾かれ、キャビーの頭上に抜けようとした。



 刹那、ウェルズの放った一刀がそれに交わる。丁度キャビーの眼前で、ウェルズとダリアの木刀が交差した。



 キャビーは頭を下げて回避しつつ、前進する。彼は即座に振り返り、2人の背中を斬り付けるのだった。



「ぐぁっ──」

「くそっ!?」



 倒れた彼らを冷たく見下ろしたキャビーは、力の差を見せ付けるが如く、口角を上げる。



「弱い。オエジェットさんはどうしてこんな人間を私に──」



 ボソリと呟く。



「ウェルズ、立って」

「あ、ああ」



 2人はもう一度構え直し、まだ戦えることをキャビーに伝えた。



 キャビーは了承し剣を振ると、その風圧が2人を威圧する。



「さっさと打ち込んでこい」



「ウェルズ。囲むのよ」

「分かった」



 ダリアの提案により、2人はキャビーに対し対角線上に並ぶ。



 キャビーの背後を取ったのはダリアだ。しかし、キャビーが彼女を確認することは無かった。



 ダリアの手に力が籠る。



「舐めやがって──はぁっ!!」



 彼女が勢いよく、襲い掛かる。



 合わせて、ウェルズがキャビーの正面から剣を振るった。



 しかし、キャビーはダリアの動きを正確に探知している。



 彼女の攻撃を身体を傾けるだけで回避した。



「な、何でなのよっ!?」



 その後も剣を打ち込み続ける。キャビーから受けた攻撃はいざ知れず、彼に与えた攻撃は今だに無かった。


 

「こ、こうなったら──」



 もう一度、ダリアが木刀を振るった。



 それを受け止めたキャビーの手から木刀が離れた。まるで力負けしたみたいに、彼の木刀は地面に落ちる。



 直後ウェルズの放った一刀が肉薄する。



 ゴンッ!!



 鈍い音が鳴った。



 キャビーの側頭部に命中する筈だったウェルズの一刀だが、しかしキャビーは片腕で木刀を受け止めていた。



「な、何なの。この子供は──!?」



 木刀を目視せず受け止めたことにも驚いたが、それよりも、少年の右腕が怪物のように変形していた。



 ブレードのようなもので木刀が受け止められている。



 キャビーはすかさず落とした木刀を拾い、愕然としたダリアの顔面に向け、それを振るう。



 彼女は反応さえ出来ず、容赦のない一撃を頬に受けた。衝撃で吹き飛び、彼女は地面に伏す。



 次にキャビーはウェルズを睨み付けた。


 

 悪魔の右手を納め、言う。

 


「お前達は、この私と魔法で殺り合いたいのか?」



 ダリアが振るった木刀は地面と衝突して、小さな爆発跡を残していた。彼女の木刀は半分に折れている。



「こ、これは……!? 何か魔法でも使わないと」



「レイスさんと似た力だが、これは重さを変える土魔法だ」



 木刀での打ち合いにおいて、強化系統の魔法以外は使用禁止が暗黙のルールだ。



 今回もそれに乗っ取り、行われていた。その為、ウェルズは頭を下げて謝罪する。



「も、申し訳御座いません……降参です」



 そして木刀を投げ捨て、ダリアを担いでこの場を去ってしまった。



 これ以上キャビーの前に居ては、多分殺されてしまう。そんなふうに思ったのだ。



「やはり人間はクズばかりだ」



「お兄ちゃん」

「お兄様」



 エィルとクィエが模擬戦を見ていたようで、話し掛けてきた。



「お兄ちゃん、カッコよかった」 



「カッコいい? ふ、ふーん。エィルは良い子だな」



 キャビーはエィルの頭を撫でてあげる。すると、クィエがしゃがみ込んで、エィルと頭を並べた。



 キャビーは敢えて、クィエの頭を撫でなかった。


 

「エィル、こんなところに来てどうした?」



「お兄ちゃんが戦うって聞いて。あの人間は、何なの? 敵?」



「エィルは気にするな。お前は私だけを見ていればいいからな」



「うん、分かった! ねぇねぇ、僕もお兄ちゃんみたいに強くなりたい」



「お前は既に私よりも強い、が。そうだな……じゃ、じゃあ、構え方から──」



 クィエを無視し、2人が歩き去る。



 彼女は頭を下げたまま、キャビーに突進し、頭突きをして抗議するのだった。





 5年前──



 キャビー達がカタリナ村に帰還した数ヶ月後。



 オエジェットはトッドを死亡させた責任を問われ、王都に戻された。彼はその後、王都で兵士の育成をしつつ、お咎め様の森に於ける遠征作戦の相談役を務めることとなっている。



 レイスは退役し、一時的に家族の元に帰ったそうだ。元奴隷のミャーファイナルに選択肢は与えらない。彼女は今も変わらず治癒魔法要員として、カタリナ村に居座っている。



 アイネは父親であるトッドの後を引く継ぐと、自ら訴え出た。しかし若過ぎるが故、先ずは王都の教育機関にて学ぶよう、オエジェットが上層部に掛け合った。



 メリーについては、存在自体を隠蔽している。彼女を知る者は、カタリナ村の一部の人間だけだ。



 建前上、アイネとメリーが共に過ごせるようにするオエジェットからの措置であるが。



 アイネからメリーを取り上げれば、「彼女達が」何をしでかすか分からない。これが本音であった。



 「彼女達」というのは、アイネとキャビー、それにクィエのことを指している。



 アイネがひとたび助けを求めれば、キャビーとクィエが全力で彼女を守ろうとするだろう。



 彼女達と良好な関係を築く為、オエジェットは、命晶体の鍵ともいえるメリーの存在を隠蔽することにしたのだ。



 そんなアイネとメリーが、カタリナ村を引っ越す当日のこと。



 ファイとキャビー、クィエが彼女達を見送る。



「アイネちゃんに、メリーちゃん。寂しくなるわね」



「うん……ファイさん、今日まで有難う」



 アイネは昨日まで、ファイの家で寝泊まりしていた。自宅には父と過ごして思い出が詰まっており、その中には後悔──口喧嘩等が多く含まれている。



 アイネの小さな身体には、余りに重く苦しかったのだ。



「そんな、いいのよ。それに最後じゃない。また会える。会いに行くから──」



「ほんと?」



「ええ。約束ね」



 アイネは慣れない手付きで、ファイに抱き付いた。ファイはギュッと抱き締め返す。



「アイネお姉さん、行っちゃやだぁ」



 クィエが下唇を出して、いじけていた。



「ごめんね、クィエちゃん。アタシも離れるのは寂しいよ」



「離れたくないよぉ……」



 クィエがアイネに頭を擦り付ける。



 やがて泣き出してしまったクィエは、ファイが引き取った。


 

 最後に、アイネはキャビーを見た。



 彼は地面に転がった石を爪先で弄び、つまらなそうにしている。



「キャビー?」



 アイネが名を呼んでも、眼を合わせようとしない。



「ごめんね。約束守れなくて」



「ふーん、別にぃ」



 彼はつーんとして、眼を閉じる。



 そんな彼の手を取り、アイネは語り掛ける。



「ねぇ、キャビー」



「なに」



 すると、キャビーの手を引っ張り、アイネ自身の胸に当てる。彼は眼を開いた。



「アタシはアンタのもの。この身体は全て、アンタのもの──そういう約束、でしょ?」



「まぁ、うん」



「それはアタシが何処に行っても変わらないから。だから、その……ちゃんと覚えておいてね」



 アイネは言ってから、キャビーが頷くのを待っていたが、返答は無かった。



 少し寂しそうに微笑んだ彼女が、手を離す。



 すると、離れていく彼女の手を、キャビーが掴んだ。



「アイネ」



「え……?」



「お前には私の子を生んで貰う。ちゃんと、元気でいろ」



 相変わらずキャビーは真っ直ぐ眼を合わせようとしないが、



 アイネはそれで十分だった。

 「うん」と恥ずかしそうに頷いた。



「メリー。言っておくが、お前もだからな」



「はっ、はぅぅ……分かりましたぁ」



 そうして、アイネとメリーは王都に旅立つのであった。





 そして、現在。



 キャビーが13歳になった頃、彼はどのようにして王都に行こうかと、悩んでいた。



 彼の任務はまだ継続中だ。



 任務とは、



 人類滅亡の為、アルトラル王国の王都ヘイリムに潜入し、内側から王国を疲弊させること。



 その為には、先ず王都に向かわねばならない。



 本当はもっと早く実行するべきだった。



 しかし、ファイが子を3人も生み、育児の手伝いをしている内に、5年が経過してしまった。



 王都に行くのは、決して難しくはない。



 幻影魔法を突破出来る馬を所有している為、今からでも直ぐに出て行ける。



 しかし、もう家族を置いて行く選択肢は取れない。



 どうにかして王都に引っ越さなければならない訳だが、その理由付けとして、



 父親を利用する。



 王都の王宮に住んでいるとされるファイの夫──名前すら知らないが、やはりその人物を当てにする他ないだろう。と考える。



「母上ぇ〜。父上に会いたい」



「会いたい、会いたい、会いたい〜」



 そんな感じでゴネること、更に1年──



 唐突にファイが告げる。



「そろそろ時間みたい。キャビーちゃん、王都に連れて行ってあげる。引っ越そっか」



「……?」



「あれ、嫌だった?」



「いえ。でも、どうして急に?」



「どうしてもこうしても。最初からこうするつもりだったよ?」



 どうやら、ファイの中では決定事項だったらしい。



「最初から? 最初って、いつですか?」



「キャビーちゃんが生まれた瞬間──もっといえば、お母さんが村に来た瞬間かな」



 それはまるで運命がそうさせているかのように。その時だけは、彼女の綺麗な瞳が沼地のように濁り、



「私達は、王都に行かないといけないのよ」



 と、言うのだった。




『作者メモ』


 エピローグを書こうとしましたが、何かよく分からない話になってしまいました。まぁ後日談というか、登場人物の紹介というか、そんな話です。


 5年経過させました。やり過ぎですかね……? しかし、新しい3人の子供の成長過程を書く時間はないので、こうしました。因みに子供を追加するのは、最初から決まってました。


 エィル、メルチー、シルビー。客観的に見て微妙に変な名前ですが、それはファイのセンスの問題です。クィエやキャビーと似てますね。


 そうそう。メルチーとシルビーですが、作中最強です。もうこの時点で最強です。キャビーやクィエ、エィルが束になっても、倒せません。あ、光の翼顕現時のファイの方が強いです。しかし、あれは感情が昂っている時限定で、メルチーとシルビーも感情が昂ぶれば、多分もっと最強になります。


 ウェルズとダリアは、今後絡ませるか悩み中です。出て来なかったら、メルチーに呪われて死んだということで。ここで言う「呪い」は、お咎め様の呪いとは違います。



 最後に描いた、王都に引っ越すよ、って話は、決して面倒だから投げやりにした訳ではありません。


 当初は、キャビーが脱出する奮闘劇を描く予定でした。その時のキャビーは、遠征作戦から帰還していますが、幻影魔法の突破方法が分かっていません。


 何やかんやあってメニァレィビスと協力し、オエジェットの部屋にある幻影魔法を突破出来る地図的なものを盗む話でした。メニァレィビスはキャビーと結託し村を襲撃、可能であればオエジェットを殺害します。


 そこで初めて、オエジェットの戦闘を描き、彼の圧倒的な強さが分かる予定でした。


 結局オエジェットにメニァレィビスは瞬殺され、地図を盗むことも出来ず、何をどう頑張ってもカタリナ村を出れないキャビーは、ファイに「王都に行きたいです」と、拗ねながら頼み込み、あっさりと了承される。


 みたいなストーリーでした。


 あっさり、というところが私は好きでして。


 例えば、「宇宙戦争」という映画ありますよね。あれって人類がめちゃくちゃ頑張っても、最終的に宇宙人が勝手に自滅する話なんです。


 それの何処が好きかというと、


 これが最後の希望だぁ、って頑張った結果上手く行かず、すっごい簡単な別の方法で上手く行く。ってところですね。


 物語としては、頑張ってるので見所はありますし、それの解決策も意外性がありますし、で良いと思うんです。


 今回の場合、素直にファイに頼めば引っ越せた筈が、無駄にキャビーが頑張る。って感じです。


 最終的に採用したのは、全然違う話ですが、あっさりファイが引っ越しを了承するところは同じです。


 何を言ってるか分からないと思いますが、宇宙戦争を見れば、理解出来ます。子供の頃、怖くて見れませんでした。


 さて、現在プロット作成中ですが、新作もあげるので、今後とも何卒……。


 

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人間の母に溺愛される魔族の王子(転生済)は人類を滅ぼしたい 真昼 @mahiru529

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