第76話 知らなかった


 アイネを中心に横一列で暗い森を歩く。メニァレィビスが暴れた所為か、周辺の動物は殆ど逃げてしまったらしい。



「おーい!! お父さん、何処ぉ〜!!」



 非常に静かな森に、アイネの呼び声が良く響いた。


 

 列の両端には、オエジェットとレイスが居た。



 「トッドさん!! 出て来て下さい!!」



 彼らも必死にトッドを探しているが、特にオエジェットは責任を感じていた。



 トッドは王国の未来でもあるのだ。本来であれば、彼を最優先に考えなければならない。



 イレギュラーがあったとはいえ、眼を離してしまった自分自身の責任だ。



 見つからなければ、一人ここに残ってでも捜索しなければ。オエジェットは、そんな覚悟でトッドを探した。



「お父さん、迎えに来たよー!! もう怪物は追い払ったから、出て来てー!!」



 呼び掛けを続けて、10分が経過した。



 しかし、それに応えるものは現れない。



 現れる筈が無かった。


 

 その理由をただ一人、キャビーは知っている。



「んもぅ、お父さん。怖がりなんだから──早く出て来ないと、秘密バラしちゃうよぉ」



 トッドの捜索に、意味はない。メニァレィビスがいつ襲ってこないとも限らない。


 

 早急にこの場を離れるべきだ。



 キャビーの任務は、アイネとメリーを無事にカタリナ村に帰還させることで。



 それ以外に興味は無かった。



 なのにどうして、こんなことに付き合っているのだろうか。



 キャビーはアイネの横顔を見る。



「寂しがり屋の癖に。お父さん、どれだけ遠くに逃げたのさぁ。ま、全くぅ。怖がりだなぁ、もう……」



「……お父さん!! ねぇってばぁっ!!」



 彼女は諦めず、必死に父を呼んでいる。木刀で打たれて、怒鳴られて、それなのに彼女は父親を求めている。



 ──何故? 



 トッドに死んで欲しかったのでは無かったのか。



「お父さん!! お願い、一緒に帰ろ!!」



「アイネ。どうしてだ──」



 人間に於ける、父親という存在を知らない。だって、会ったことがないから。



「もしかして、一緒なのか」



 ギィーラは実の父親に殺されている。転生魔法があったとはいえ、その事実は決して変わらない。



 だが、父親を今でも尊敬し、とても好いている。



 いいや、魔族と比べるまでも無い。



 人間に於いて、母親という存在が特別な意味を持つことを、彼は身を持って知っている。


 であるならば、父親という存在も母親と同等に特別だということは想像に固くない。



 父親という概念に、個人は関係ない。例え誰であっても父親というだけで、アイネにとっては大切な存在らしい。



 ましてや、彼女は母親を知らない。



 その分、唯一の肉親であるトッドが大切だとしたら。



「待て、私は悪くない筈だ」 



 魔族として人間を殺すのは、何も間違っていない。だから、キャビーのやったことは正当だ。



 先ずを持って、キャビーは殺していない。見殺しにしただけだ。



 だが、たった今感じているドロドロと流動する胸の響めきは──



 この、喉の痛みは──



 アイネの呼び声が虚しく闇に消える度、もう辞めてくれ、なんて思う。



「知らなかったんだ。アイネ──人間がそんなに……お前がそうだったなんて──」



「だって私は、父親に会ったことがない。知らなくても仕方ないじゃないか……」



 その時、突然アイネが走り出す。



「アイネお嬢様!?」



 彼女は数メートル先で停止した。地面にべたりと座り込んで、両手を地面に付けている。



 何かを弄っているようだ。



 メリーやレイス、オエジェットもアイネに続いた。



「アイネ。何をして──」

「──っ!?」

「嘘……」



 アイネの眼前に広がる地面に、食い荒らされた人間の死体があった。



 思わず、息を呑む。



 アイネが漁っていたのは、死体だった。



「アイネお嬢様……」



 アイネは飛び散った身体の部位を集めて、順番に並べている。まるでパズルのように、死体を元の形に戻そうとしているのだ。



 飛び出た骨と骨を組み合わせて、上手く繋がらないと首を傾げた。



 そもそも足りていないパーツがある為、死体を元に戻すことは出来ない。



 アイネは折角並べた肉片を掻き集めて、もう一度丁寧に並べ始める。



 そんな悲痛な彼女の姿に、



「アイネお嬢様。もうお止めください」



 メリーは飛び付いた。彼女の小さな背中を抱き締める。



「メリー? どうしたの?」



「もぅ……っ。止めてください」



 メリーは涙ながらに訴え掛ける。



「メリー、どうしてそんな事を言うの? これ、誰の死体なのかなって組み合わせてるんだぁ。でもね、上手く行かなくて──」



「アイネお嬢様……もう……」



「アタシね。獣人の死体を漁って、メリーを探したことがあるんだから。凄いでしょ?」



「アイネお嬢様……このお方は──」



「どうしたの? メリー、分かるの?」



「トッドさんです。貴方の……お父上です!!」



 メリーはグッと奥歯を噛み締め、詰まらせながら言う。途端、アイネの手が止まった。



 指の隙間から肉片が溢れる。



「あ、あはは。まだ分からないじゃない……ね? そうでしょ、メリー」



「……申し訳御座いません。だって──だってそこに、お顔があるじゃないですか……っ!!」



 アイネの傍に、頭部があった。



 血で濡れているが、はっきりと分かる。



 アイネであれば決して間違えようがない。それは、トッドの頭部だった。



「え……?」



 アイネは頭部を拾い上げ、見つめた後、振り返る。



「これ、お父さん……?」



 尋ねた先は、キャビーだった。



「ねぇ……キャビー。これどう?」



 アイネが手を伸ばして、トッドの頭部を彼に見せる。



「──ほら、もっとよく見て!?」



 しかし、キャビーは狼狽し、何も言えなかった。



「どうして黙ってるの!?」



 アイネの瞳から涙が生じる。



「お父さんな訳ないじゃない!? だって、これ……こんなになって──ねぇ、キャビー!!」



 鼻水が垂れる。吃逆のように、息が上がる。



 それなのに、彼女は不気味なまでに笑顔だった。



「ねぇキャビーってばぁっ!!」



「アイネ……それは──」



 すると、



 オォオオオオンッ──



 野太い咆哮が空に放たれた。



「またあの怪物が来るぞ!!」



 怪物の姿は決して見えないが、かなり高所からの咆哮だった。



「撤退するよ。アイネ君を早く!!」



「アイネお嬢様、行きましょう!! アイネお嬢様!!」



 メリーの声どころか、メニァレィビスの咆哮さえも、アイネの耳には届いていない。



 各自戦闘態勢に取るなか、アイネは座ったまま、キャビーに問い掛けていた。



「ねぇ、キャビー……答えてよぉ。どうして否定してくれないの……!?」



「アイネお嬢様、申し訳御座いません」



 メリーがアイネを持ち上げる。



 すると、腕に抱えていたトッドの頭部が転げ落ちる。



「あぁぁっ──!! 落ちたぁ。落ちちゃったぁぁ!!」



 その途端、彼女は玩具を取り上げられた子供のように暴れ出した。



「あれ頂戴!! あれ。落ちちゃったあれぇ!!」



「アイネお嬢様、ダメです……っ!!」



「なんで!? どうして!? ──離してよぉっ!! メリー!!」



「アイネお嬢様、逃げないと!! 敵が迫っております!!」



「やだぁっ!!」



 アイネは暴れ、メリーの腕から飛び降りる。地面を這いずっていき、トッドの額に合わさる。



「アタシがぁ。アタシがずっと一緒に居てあげるからね──お父さんっ!!」


 

「アイネお嬢様……御免なさい」


  

 トッドの死体からアイネを引き剥がした。



「──っ!? 待って、やだっ!!」



「申し訳御座いません。アイネお嬢様──でも、私は」



「可哀想だよ、あんなところに1人で。アタシがずっと……だって一緒に居てあげないと、お父さん寂しがるもん!!」



 遠ざかるトッドを求めて、アイネは必死に手を伸ばす。



「私は絶対に貴方を死なせない。だって貴方は私の……」

 


「お父さん、いっつも泣いてるもん。お父さん!! やだぁっ、一緒に居るもん!!」



 メリーは尚も暴れるアイネを、力いっぱい抱きかかえ、脚を動かしたり



「こっちだ。急げ──」



 レイスの案内に従い、メリーは走っていく。



「キャビー!? アイツ、ついて来てないぞ!! 何やってるんだ!?」



 呆然と立ち止まって動かないキャビーに、クィエが引っ付いた。不思議そうな顔で兄を見る。



「お兄様ぁ。アイネお姉さん、どうしたの?」



「ん? あぁ、クィエか」



「ねー、お父さんって何?」



「……お前は知らなくていい。私だけを見ていれば……それでいいからな──」



「うん、分かったぁ。クィエ、お兄様好きぃ」



 クィエが無邪気に笑うと、釣られてキャビーも笑い返した。



「クィエ。お前は絶対に……さぁ、行くか」



「うん!!」



 キャビーはクィエを抱き上げ、走り出す。



「私の背後に居る生物は、全て殺せ」



「はい、お兄様」



 ドンッ、ドンッ、ドンッ──



 メニァレィビスが木々を破壊しながら、追って来ている。



「急がないと……」



 言っている間に、メニァレィビスが姿を現す。



 それは相変わらず、べっとりとしており、頭部以外の部位が定まっていない。蛇のように長い身体を蛇行させながら、追ってくる。道中、溢れ落ちてしまった身体はメニァレィビスの分裂体となって、森を疾走した。



 バリバリと雷鳴が鳴り、暗闇が明滅する。



 龍のように身体を曲げ、地面を叩き、木を倒し、



 メニァレィビスが大きな口を開けた。



「クィエ!!」



「はい!!」



 キャビーの声に従い、青白い球体がクィエの手から放たれる。それは核となり、周囲に空気の渦を形成した。



 氷は自ら肥大化し、それにメニァレィビスが巻き込まれる。



 頭部が捻れ、胴体から引き裂かれた。



「キィエエエッ──」



 頭部が無くなったことで、身体を大きく反らし、ブンブンと振って、キャビー達を追えなくなった。



「良くやった、クィエ」



 とはいえ、あれで死亡したとは思えない。



 キャビーはクィエを抱いたまま、走る脚を止めない。



 遅れて馬車に到着する。



「キャビー、遅いぞ! 何をしていた!」



 御者として手綱を握ったレイスを無視し、キャビーは荷台に乗り込んだ。



「レイス、出していいぞ!」



「はい!」



 オエジェットの合図でレイスは手綱を振り、馬車が出発する。





 メニァレィビスがまだ追って来るかも知れない。その為、馬車を通常よりも速く走行させている。



 平らで緩やかな曲線を描いた道のりではあるが、月日の経過により地面が隆起し、雑草も生えている。



 時々、大きく荷台を揺らした。



 荷台には主に武器が積まれており、重量のある鎧は全て降ろしたが、それでも未開封の木箱が幾つかあった。



 それを椅子代わりにして座るアイネは、心を何処かに置いて来てしまったように、放心状態でメリーにもたれている。



 涙はとうに枯れている。両眼の下に白い涙の跡を残して、彼女は遠くに思いを馳せていた。



 誰も彼女に声を掛けることが出来なかった。



 とても静かな荷台が、また大きく揺れる。



「くそ……」



 オエジェットは珍しく苛立ちを露わに、爪先で床を叩く。これ以上死者を出す訳には行かず、馬車の背後を注意深く見ている。



 ミャーファイナルは、メリーとアイネの真後ろで身体を横にしていた。仰向けに寝て、ただ天井を見ている。



 クィエは相変わらずだ。



 アイネのことを心配している様子を見せているが、父親という概念を知らない為、アイネの感情が良く分からずにいた。



 トッドは嫌いだし、人間も嫌いだし、良くも悪くもクィエは正直だった。

 


 そしてキャビーは、荷台の床に座り脚を伸ばしていた。



 アイネの顔をじっと見つめる。



 何がどうしてこうなったのだろう。



 一体何を間違えたのだろう。



 そんなふうに思いながら──



 アイネの顔が僅かに動き、キャビーと眼が合った。



 眼が、合い続ける。



「どうしたの?」



 アイネにそう尋ねられ、キャビーは顔を荷台の出口に向けた。



 すると、遠方に黒い塊が見えた。



 それは上下左右に動き、馬車を追っているように見える。



「オエジェットさん」



 キャビーは立ち上がり、言う。



「うん、見えているよ。またあの怪物だね」



 メニァレィビスの大元である巨大な個体。やはり頭部を破壊したくらいでは死なないようだ。



「クィエ、迎撃準備だ」



「わかた!」



 クィエはいきり立って、荷台の入り口に移動する。



 馬車の揺れで開いた木箱から、ふとロープを発見した。キャビーはそれをクィエの腰に括り付けた。



 その端をメリーに手渡す。



「あの……これ。持っていて貰えると。クィエが落ちないように──」



「え? あ。は、はい。絶対に離しません」



 キャビーはアイネから逃げるように、踵を返した。



「クィエ、お前だけが頼りだ。私は遠距離に対して攻撃手段がない」



「任せて、お兄様」



「キャビネット君。君は弓矢を使うといい」



 スッと、オエジェットが弓を手渡してくる。木箱が1つ開けられ、そこに入っていたもののようだ。



 キャビーは弓を受け取ると、顔を顰める。



「こんな弱っちいもので戦うのですか?」



「無いよりはマシじゃないかな」



「まぁ。他に武器は?」



「木箱を漁れば、他にもあるかも知れないね」



「ふーん」



 弓を異空間に閉まった後、キャビーは木箱を漁ろうとする。すると、馬車が突然スピードを上げ、キャビーがバランスを崩してしまった。



 背中から倒れるように、荷台から放り出される。



「──っ!!」



 彼の腕を掴んだのは、オエジェットだった。



「こらこら、集中しないと。何か考え事でもしているのかな?」



「別にぃ」



 キャビーは荷台に戻され、意味もなく服を払ってか荷台の前方に移動する。



 アイネ達が座っている木箱を、彼は見た。



「えっと……木箱。その下のやつ、開けたい」



「は、はい! 直ぐに私も手伝います……」



 その時、クィエが戦闘を開始した。



 追ってくるメニァレィビスには頭部がなく、溢れ出るように身体を伸ばして、もうスピードで追いついて来た。



 クィエは鋭い氷の槍を形成し、放つ。



 それは空気を巻き込みながら直進し、巨大なメニァレィビスに命中する。



 しかしその直後、メニァレィビスは身体を幾つかに分裂させ、被害を最小限に抑えた。



 彼女達はまた合体し、巨体となって迫って来る。



 その後も氷の壁や刃で応戦するも、メニァレィビスはさして速度を落とさない。



「キャビネット君、駄目だ。流石に質量が有り過ぎて、太刀打ち出来ない」



「だったら何とかして下さい。私は忙しいんです」



「……あぁっ、お兄様ぁっ!!」



 クィエがキャビーを呼んだ。何事かと彼女を見れば、細長くなったメニァレィビスが氷の間を縫って、クィエの腕を引っ張っていた。



「クィエ様──っ!!」



 クィエの腰に巻かれないロープを、メリーが引っ張る。アイネとミャーファイナルも、それに加勢した。



 綱引き状態となったが、メニァレィビスの方が力は強く、徐々に引っ張られる。



「クィエ!!」



 キャビーは異空間から弓を取り出し、矢を引き絞る。躊躇なく、打ち込んだ。



 矢は風を切り、クィエを掴んだメニァレィビスに命中した。



 その瞬間、クィエは無事解き放たれた。



 強く引っ張っていたメリー達は、勢い相まって背後に倒れる。



「ク、クィエ様……無事ですか!?」



「うん!! クィエ無事ぃ」



「よ、良かったぁ」



 クィエは立ち上がり、ムスッとメニァレィビスを見返した。



 鋭利に尖った氷が、幾つも放たれた。



 だが、やはり馬車がメニァレィビスに破壊されるのは、時間の問題だった。



 オエジェットは迎撃を続けるクィエの傍に寄った。



 彼は遠距離攻撃の手段を持っている。だが、クィエのそれを見るに焼石に水だと分かる。



 かといって、何もしない訳にはいかない。



 クィエと協力出来るかどうかだ。



「やぁ、クィエ君。直接話すのは初めてかな?」



 オエジェットはクィエと目線を合わせる為、しゃがみ込み込んだ。



「クィエ、お前嫌い」



 彼女はオエジェットを一瞥することなく、低い調子で言った。



「私は君のことが好きだよ。ここは協力しようじゃないか。どうかな?」



「嫌っ」



 クィエはプイッと反対方向を向いてしまう。



 すると、木箱を開けるキャビーの手が止まった。クィエはそんな兄を悟って、顔を引き攣らせる。



「クィエ」



「ひぃっ……」



 キャビーの鋭い眼光に、クィエの表情が固くなる。彼女はオエジェットを眼尻で捉える程度に留めて、協力を受諾することにした。



「クィエ、何をすれば良い……?」



「ありがとう。クィエ君はお兄さんに信頼されているね」



「うん……? ……う、うん」



「よし。では先ず、私の魔力で生成した水を凍らせてみようか」



 言いながら、オエジェットは掌に水球を作り出す。クィエのブルブルと震えた指──怯えているのでは無く、アレルギー反応のように嫌がっている──を水球の中に入れた。



「凍らせてごらん。私の魔力のパターンを覚えて、手を繋ぐみたいに重ねるんだ」



「こう……?」



 クィエが触れたところから水球は直ぐに凍っていき、完成した青白い氷塊が落下し、砕けた。



「……速いな。これが水の単色──」



 オエジェットと話している間にも、クィエはメニァレィビスを迎撃しているから驚きだ。



「素晴らしい。君は素晴らし過ぎるよ」



「……そ、そうかなぁ。ふひひ」



「よし。では本番だ。このレベルなら、私も本気を出していいね」



 オエジェットはポケットから、青いコアの欠片を取り出す。それを握り締めると、閃光が放たれた。



「はぁっ──」



 彼が力を込めると、荷台の床が湿り始める。やがて、そこから水が放出され、滝のように馬車道へ流れ出した。



「何するの……?」



「ちょっと強引な手段だけど、合図をしたら凍らせてくれ」



「うい」



 荷台から流れ出した水は馬車道に広がっていく。水溜りというより、やたらと長い池のようになっていた。



 それがメニァレィビスの体長を超えた辺りで、オエジェットは更にもう一つ、コアの欠片を破壊する。



「クィエ君。水を持ち上げたら、凍らせるんだ。いいね」



 彼の額に汗が滲む。



 すると長い池と化したそれの水面が持ち上がり、持ち上がった分だけ水嵩が増している。



「今だよ」



 彼は水面を一気に上昇させ、メニァレィビスを水中に閉じ込めた。



 クィエは、瞬時に凍らせる。巨大な水槽のようなそれが、みるみる凍っていった。



 水から逃れようと外に飛び出した一部のメニァレィビスが、凍らせたその場所から徐々に溢れ出てくるが、



 少量のメニァレィビスであれば、クィエが作り出した新たな氷によって、直ぐに制圧された。



 巨大な四角い氷の檻が、メニァレィビスを完全に閉じ込める。



「はぁ、はぁ……ちょっとキツかったね。クィエ君、君は平気なのかい?」



「……? 凍らせただけだよ?」



「なるほど。キャビネット君よりも強い訳だ」



 オエジェットはばたりと荷台の床に寝転がった。



「まぁまぁ上出来ですが、もっといい方法は無かったんですか?」



「お兄様ぁ」



 倒れたオエジェットを、キャビーが見下ろす。そこへクィエが飛び付いた。



「ははっ、どうだろうね。あれに攻撃しても、分裂されて避けられるからね。全て囲える力があるのなら、出さない手はないよ」



「なるほど。理解しました。ですが、また来ますよね?」



「多分ね。肉厚のある氷だから、時間を稼げると思いたいけど──君の方は何か見つかったかい?」



「ええ」



 キャビーは頷き、クィエの頭を撫でた。





 キャビーが木箱から発見したのは、円筒状をした黄土色のダイナマイトだった。



「ダイナマイトか。そういえば、積んでいたね」



 奥行き1メートルの直方体の木箱に、それは満タンに詰め込まれている。



「これ、爆薬ですよね。どうやって使うんですか?」



「ここの導火線に着火すれば、後は時間経過で爆発するよ」



「全部纏めて爆発させれば、どうですか?」



「いいね。相当な威力になるだろう」



 問題はどうやって爆破させ、敵に命中させるかだ。



 あまり使う機会がないので不明瞭だが、ダイナマイトは凡そ20〜30秒程度で爆発する。



「恥ずかしながら、このレベルの爆薬を同時に使用したことは無くてね。爆風がどれくらいに広がるかが分からない」



「10メートルくらい?」



「いやいや。もっとだよ」



「そんなにですか」



 導火線に火を付けてから、投げ捨てても良いが、タイミングが非常に難しそうだ。



 近過ぎれば、馬車に重大なダメージを負ってしまう。逆に遠過ぎれば、敵にダメージを与えられない。



 確実に敵を倒し、尚且つ馬車の安全を守る必要がある。



「試しに……試しに1つ、爆破してみましょう」



「そうだね。何秒後に爆発するか、ちゃんと確認しておきたい」



「私がやります。私にやらせて下さい」



 キャビーが妙に興奮していた。そんな子供じみた様子に若干困惑しつつ、オエジェットはダイナマイトを1本手渡した。



「そこに火を着けて、投げ捨てるんだ」



 使い方を教えて貰い、キャビーは赤いコアを使って点火する。



 ジリジリと導火線が燃え、キャビーは慌てて投げ捨てた。



「はっはっは。そこまで急ぐ必要はないよ」



 放り投げられたダイナマイトは、慣性で地面を転がり、それでもかなり後方で爆発を引き起こした。



 大した威力はなかった。



 キャビーは不満そうにオエジェットを睨む。



「そんな顔で見られても……全部を合わせれば、ちゃんとそれなりの威力になるよ。それと解放的な空間だとどうしてもね」



 結果、ダイナマイトは約30秒で爆発した。


 

 20秒程度待ち、投げ捨てればいいだろうか。



 しかし、戦闘では何が起こるか分からない。



 もし敵の粘ついた身体にくっ付いて、馬車の近くで爆発すれば万事休すだ。



 さて、どうするか。



 すると、背後から突然名乗りが挙がった。



「アタシがやる。アタシに任せて欲しい」



 それはアイネだった。



 先程までぐったりしていた筈だが、今は決意を露わにしている。



「アイネ……」



「アイネ君。何か良い考えがあるのかい?」



 アイネは力強く頷いた。



「アタシの火は、必ず先端に灯るの」



 彼女の人差し指に火が灯る。



「ロープに導火線を巻き付けて、アタシが遠隔で直接発火剤に点火する。これで確実に命中させられる」



「なるほど。素晴らしいね、それでいこうか」



「うん。有難う、オエジェットさん」



 アイネは微笑み、早速準備を開始する。

  


 先ずは、ロープからだ。

 彼女は手でそれを持ち、質感を確かめる。



「うん。大丈夫だね」



「みゃーも手伝うにゃ。導火線を括り付けるだけにゃ?」



「有難う、みゃーさん」



「私も勿論、お手伝いします」



「うん。有難う、メリー」



 彼女達は、アイネが用意した1本のロープにダイナマイトの導火線を巻き付けていく。



 巻き付けた後は、それを空の木箱に詰め込んでいく。



 結局、ロープは2本になり、それぞれに全てのダイナマイトを括り付けた。



 木箱の蓋は簡単に開いてしまう為、クィエの氷によって接着された。更に、地面を滑らせるように、木箱の下部が氷結している。



 そんな木箱は、2本のロープが飛び出た状態になり、準備が完了する。



「皆んな、有難う。後はあれを待つだけだね」



 アイネは木箱を押して、荷台の入り口で敵を待つ。その表情は彼女らしからぬ、狩人の形相をしていた。



 じっと敵を待ち続けるアイネに、キャビーがにじり寄っていく。彼女の隣で膝を抱くと、ツンツンと肩を叩いた。



「ん……? どうしたの、キャビー」



 アイネの顔が向いた。



 キャビーがぶっきらぼうに「別に」と返すと、アイネは首を傾げてから馬車の後方に顔を戻す。



 キャビーは彼女の顔を追いかけて、じーっと見つめた。



 一見平気そうにしているアイネの、本音を知りたかったのだ。



 元気そうだが、もう父親の件は立ち直ったのだろうか。



 ──やっぱり父親は嫌いだっとか?



 いや、そんな筈はないか。



 すると、アイネの顔がまた向いた。キャビーはビクッと肩を上げる。



「何驚いてるの? 変なの」



「……べ、別に驚いてないし」



「ふーん──わぁっ!!」



「うっ!?」


 

 アイネは両手を顔の左右に持ってきて、大きな声を出した。キャビーはしっかり驚き、身体を反らせた。



「あはは、驚いてるじゃん! ばーか」



「ズルい、今の無し。もう一回やれば、別に驚かない」



「やだね。ってか、分かってたら驚かないのは当たり前だし」



「くっ──」



 心底悔しそうにするキャビーに、アイネは呆れて溜息を吐いた。



「ほんと負けず嫌いよね」



「ふんっだ」



「うふふっ」



 アイネがお尻をぐっとキャビーの方に寄せ、肩が触れ合う。アイネは頭を倒し、彼の肩にもたれ掛かる。



 キャビーは、それを受け止めた。



「ねぇ、キャビー」



「なに?」



「これで終わり、だよね」



「さぁ。知らない」



「えー、そこは言い切ってよね。全く、頼り甲斐があるのか、ないのか……ふぅ。まぁでも、キャビーらしくてアタシは好きだよ」



「ふーん」



 キャビーは興味無さ気に言うが、



 すると、肩に乗ったアイネの頭に、彼も頭を寄せた。



「お父さんを殺したのって、あの怪物だよね」



「…………」



「アタシ、絶対に許せない。たった1人の家族だったのに──」



 許せない。たった1人。家族──



 彼女の言葉が何度も反芻する。



「キャビー。あれを倒すの、手伝ってくれる……?」



「アイネ……」



「分かってる。今はメリーも居るし、キャビーも居る。クィエちゃんだって──復讐に意味が無いことくらい……でも、あれがまたアタシの大切な人を襲うかも知れない。だから、ここで倒すの」



 手伝って欲しい。と、アイネはもう一度、キャビーに問い掛けた。



「分かった。お前がそう望むのなら、私は力を貸そう」



「有難う、キャビー。いつも、本当に」



 身体を寄せ合って、過ぎ行く道を眺める。空に響く野太い咆哮に、2人は手を取った。



『作者メモ』


 遅くなりまして、申し訳御座いません。


 アイネの叫びと、キャビーの後悔などの表現が難しかったです。如何でしょうか。


 遂に最終決戦……?


 カタリナ村まで、ほんの少しです。つまり、ファイが登場します。


 後少し、お付き合い下さい。


 

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