第71話 追ウモノ
メリーの凡ゆる所作は、生前と同じである。アイネを『お嬢様』と呼び、キャビーやクィエにも『様』と付けるのは、彼女の記憶がそうさせているのだろう。
ただ、こと人格においては、生前のそれと違っていた。
「メリー、お手!!」
医務室──丸太で出来た簡易的な建造物の中で眼が覚めたアイネは、隣で寝ていたメリーを揺すり起こした。
メリーは寝足りなさそうに開き切っていない瞼でアイネを迎える。
「ん〜、お手……?」
手を仰向けに差し出されているのを見て、メリーは首を傾げる。だが、アイネからの期待に満ちた眼差しを受け、何となく手を置いてみた。
「ふふんっ」
とても嬉しそうだ。
「うんうん。言葉の意味は理解しているのよね」
いや、何一つ理解していない。
なんて言える筈もなく、取り敢えず次の言葉を待つ。
どうやらアイネは、メリーの記憶を探りたいらしい。
「メリー。昔、夜寝る前に貴方にして貰っていた事はなーんだ」
メリーは少し思考し、答える。
「……よしよし?」
「正解! え、どうして分かったの!? もしかして、覚えてるとか!?」
「えっと……」
昨晩アイネにせがまれて『よしよし』をしたから、勘でそう答えたに過ぎなかった。
正直なところ、アイネが調査をするまでもなく、メリーは知っている。
自覚出来るだけの記憶は、持ち合わせていないのだ。
『お嬢様』と呼称したことについては、無意識でそう呼んだだけだ。もう一度それをやってみろ、と言われても出来る気がしない。
しかし、記憶が殆ど消失していることを、アイネに教えるのは気が引けた。
彼女は期待しているのだ。
メリーがメリーであることを──
「うーん。それじゃあ──」
「あ、あの!!」
「ん、どうしたの? メリー」
「お、お身体の調子は如何でしょうか」
メリーが前のめりになって、誤魔化すように聞いてみた。
昨晩。トッドから暴行を受け、アイネは半泣きで帰ってきた。眠っているミャーファイナルを起こす訳にもいかず、治療は済んでいない状況だ。
「すごく痛い。右手と左腕が特にヒリヒリするというか、曲げると痛いし……」
アイネは下唇を突き出し、顔を顰める。
「アイネお嬢様。もう一度、見せて下さい」
「えー。さ、触らないでよ。痛いから……」
「はい」
指に力を入れるだけで痛みが生じる。彼女は拙い手付きで、ゆっくりと袖を捲っていく。
露わになったのは、赤紫に腫れた腕だった。炎の灯りでは分からなかったが、はっきりとそれが映し出される。
「ひ、酷い……」
メリーは絶句した。
無数に出来た痣が、彼女の腕にあった。
同様に腹や脚にも痣があった。
顔を殴られていないのが、不幸中の幸いだ。
「ちょ、ちょっと。触らないでよ……」
「はい、触りません。触りませんが──」
メリーの震えた手が伸び、空中で止まる。
「こんな……ここまでするなんて──」
酷い。なんてことを──
その時だった。
メリーは何処からともなく出現した、奇妙な感覚に囚われる。抜け出すことが出来ず、ただ奥に進むしかない。
一つひとつの大小様々な痣。
彼女の意識はそれに吸い込まれていく。
「──っ!?」
「えっ? メリー、どうしたの……!? どうし──」
──────
トッドの殺意を孕んだ双眸が、メリーを見ていた。木刀が構えられており、降り下される。
左腕に衝撃が走った。更に右腕にも。
痛みがじわじわと大きく、そして再び受けた衝撃によって、それは一時的に打ち止めとなる。
だが直後に再開され、痛みの膨張は止まらない。
トッドの顔は口から涎を垂らし、まるで女性を犯す時のような快楽に満ちていた。
更に木刀の威力が上がる。
アイネのか細い両腕を掴み、今度は腹を殴った。既に彼女の両腕には激痛が伴っており、痛がっても止めてくれない。
やがて脚を殴られ、溝落ちに木刀が突き刺さった。
それから、トッドの声がボヤけて聞こえ──
──────
意識はアイネの痣から、戻ってくる。
「アイネお嬢様!!」
「い、痛い痛い!! 触らないでって言ったじゃん!! 痛いってばぁっ!!」
気付けば、メリーの手がアイネの腕を掴んでいた。急いで手を離す。
「はっ──も、もも申し訳御座いません!!」
頭を下げて謝罪するも、アイネの涙目がメリーを睨み付ける。
「メリーのば──」
言い掛けて、アイネは眼を閉じた。
そして、首を振る。
「触っちゃダメ。もう、どうしたの? らしくないよ」
アイネは落ち着き、問う。
「本当に申し訳御座いません。ですが、アイネお嬢様……? その、気を遣わなくても大丈夫ですよ。ご無理をされているような──」
「ううん。メリーに気を遣うのは当たり前だよ。幾ら親しくても、そこは大切なの。それにアタシのケジメでもある。偶に言っちゃうかも知れないけどね……」
「そ、そうですか……でも有難う御座います」
「うん!」
アイネは以前、メリーに悪態をついていた。別に本心ではなく、彼女の性格というか、コミュニケーションの一環であった。
嫌い。馬鹿。
そんな言葉が今になって後悔に変わったのだ。もう2度と言わない。メリーを大切にする。
そう誓っているのだ。
それから、メリーは不思議な感覚についてアイネに教えた。
「え、それって、アタシの記憶を追体験したってこと……!?」
「た、多分ですが……」
「メリーが他人の感受性に強く影響を受けやすい、とか? いや、それにしては──やっぱり魔法なのかな?」
アイネは記憶に関する魔法について、ブツブツと考える。
「闇か光なのは確かだけどぉ。あ、そうだ。光は『真実』を司っている筈。だから、その類いの魔法なのかな?」
もう一度やってみて。とアイネから指示を受ける。
メリーは深呼吸をして、アイネの腕に手を翳した。
痣に集中する。
しかし、魔法は発動されなかった。
「だ、駄目です」
「駄目かぁ。やっぱりさっきは意識してなかったから、自然に出来たのよね。今度、コア写しをやってみよっか」
「は、はい。そうですね」
「新しい身体。それも呪いがもたらした、祝福とも言える不思議な身体だから。何が起きても、おかしくない。異変があったら誰にも言わず、真っ先にアタシに言うのよ!!」
「はい。分かりました」
話は戻り、記憶についての問いをアイネから受ける。
「メリー。黒い化け物に襲われた時のこと、覚えてる?」
「い、いえ。気付いたら森を彷徨っていて」
「ふーん。じゃあ、その身体になれたことについてはどう思う? 良かった?」
「よ、よく分かりません。元々の身体の記憶が有りませんので──あ、でも。耳が無いなってのは、直感的に」
メリーは両手を頭の上に付けて、ひょこひょこさせる。その様子がおかしかったのか、アイネは笑った。
「あははっ。そっか。それは割と良い情報じゃない?」
「あの、アイネお嬢様こそ、どうなのでしょうか」
メリーは改まって尋ねる。
「殆ど記憶がない私ですが……それは私と呼べるのでしょうか。身体も違いますし──」
対してアイネは難しい顔になる。
やはり、即答は出来なかった。
気にしない、とは言えない。
「うーん。そりゃ勿論、前のままだと一番良いけど……あ、今の貴方が嫌って意味じゃないよ。ただ、記憶や身体、全てをひっくるめてメリーだからさ」
「そう、ですよね」
「記憶を失う病気ってのがあってね。でもその家族や恋人は、決して当人を他人だと思わないの。まぁ身体はそのまんまだけどね。きっと、他人とは思えない不思議な何かがあるのよ」
「はい」
「そしてそれは、アタシにもある。今のメリーが、少なくとも前のメリーと同一であることを、アタシは知っている。メリーもそうでしょ」
アイネはニッと笑った。
メリーも静かな笑みを浮かべる。
「はい。アイネお嬢様は、何と言うか私の所有者に相応しいというか──」
「へへっ。メリーは一生アタシのものなんだかり。だから、アタシがメリーを守ってみせるからね」
「はい。有難う御座います」
キャビーがオエジェットとの交渉を終え、医務室に戻ってきたのは、アイネ達が目覚めて30分後だった。
彼は非常に不愉快そうにしていて、戻るや否や毛布に包まった。
「キャビー……? 今まで何処に、っていうかどうしたの!?」
すると、キャビーは蛹のような状態から身体を左右に回転させた。
「え、何。首を振ってるつもり? 何があったのよ……」
しかし、彼は何も喋らず、そのまま寝てしまった。
すると、ミャーファイナルがむくりと起床する。眼を擦り、耳を垂らした。
「あ、みゃーさん、おはよう!」
縦に引き伸ばされた獣人の黒眼が、恨めしそうにアイネ達を捉える。
「朝から煩いにゃ。全く」
「みゃー様!!」
と、メリーが身を乗り出した。
「な、なんにゃ。ってか、お前。改めて見るとキモい肌をしているにゃ」
「アイネお嬢様の怪我を治して下さい!! 今直ぐにお願いします」
「メ、メリー……!?」
「うーん……? なんにゃ、怪我をしたのかにゃ?」
治癒魔法は決して万能ではない。
当人の身体が保有する治癒能力を強制的に促進させ、発動者の魔力でそれの助力を行うだけである。
例えば、10人の治癒魔法使いで1人の剣士を治癒しようと、永遠には戦えない。自身の治癒能力には限界値があるのだ。
限界を越えてしまえば、致命傷でなくとも死に至る。本来はあり得ないが、治癒魔法の使い過ぎによる弊害だ。これは非検体である奴隷が証明している。
また、何度も治癒魔法を使用すれば、一時的な怠さも報告されている。
結局のところ、治癒魔法を使用しないのが一番良いのだ。
「酷い怪我にゃ。どうして起こさなかったのにゃ」
「え? だ、だってぇ」
「怒るとでも思ったのかにゃ?」
「えっと、うん」
ミャーファイナルは深く溜息を吐く。
「みゃーは悪態をついているけど、一度も怒ったことないのにゃ。それに時と場合くらい弁えてるにゃ」
「う、うん。えへへ……有難う、みゃーさん」
右手首と左肘の骨にヒビが入っていたことが分かった。それを真っ先に治癒し、次に痣の治癒に掛かる。
みるみると傷が治っていく。内出血等、赤紫に変色した箇所が、薄くなっていく。
「終わったにゃ。これ以上治すのは、治癒魔法じゃ無理にゃ」
「わぁ、有難う。みゃーさん」
アイネは両腕を振り上げて、痛くないことに喜ぶ。
しかし、傷跡が完全に消えることはなかった。痣によって出来た赤い色素は沈着し、アイネの身体に一生刻まれる。
残念ながらそれは、女性として不利益を被ることになる。白いドレスを着れば、拷問でも受けたのかと錯覚する程、傷跡は目立ってしまうだろう。
少女である現在はいい。大人になってから、コンプレックスとして顕在化する。
それをこの場で一番理解しているミャーファイナルは、健気に笑顔を浮かべるアイネを不憫に思うのだった。
★
クィエはメリーの脚に抱き着いて寝ていた。眼を覚ました彼女は、メリーを見つめる。
「お前、誰」
首をくらくらとさせて、クィエは言う。
「え!? メ、メリーです。メリー!! 昨日助けて頂きました」
クィエは寝ぼけている。
沈黙が続き、漸く口を開く。
「アイネお姉さんの、お母様?」
「え? た、多分……?」
クィエはニンマリと笑う。
「じゃあクィエ、メリー好き」
「は、はい。私も大好きです……?」
「うむ」
医務室には、メリーとクィエしか居ない。他は各々でやることがあるのだ。
「メリー。一緒にお出掛けする」
「え……? わっ、ちょっと──」
腕を掴まれ強引に引っ張られる。
メリーはクィエと共に医務室を出る。
外では何やら忙しくしていた。アイネはオエジェットと話しているようだ。キャビーは何処に居るのか分からない。
「こっち」
クィエはメリーと手を繋ぎ、拠点の外に脚を踏み入れた。
木の棒を拾い、振り回しながら歩いていく。
「クィエ、クィエ。クィエはクィエ」
メリーと一緒で、クィエはご機嫌だった。
空中に漂う浮遊体のエンミを突いたり、叩き落としたり。
脚を踏み出す度に跳ねる小さな昆虫を捕まえようと、自分も跳ねてみたり。
「わっ、クィエ様。落ち着いて下さい」
「捕まえたっ!」
片手はメリーと繋がっている為、クィエはもう片方の手を地面に被せた。中を確かめる。
脚の発達した昆虫が手の中から飛び出して、クィエの額に命中する。
「ぐぅえぇっ」
「ク、クィエ様!?」
クィエは霧を展開し、細い氷を地面に撃ち込んだ。昆虫の身体はバラバラに壊れ、死んでしまう。
「ク、クィエ様!!??」
霧はそのままに、クィエはまた歩き始める。
「あの、クィエ様。あまり離れない方が……」
「だいじょぶー。クィエ、魔族だから」
「ま、魔族……?」
「うむ」
すると、クィエの霧に何かが引っ掛かったようで、脚が止まる。
やや大きめの何かを、彼女は探知した。
「向こう。何か居る」
「え!? そ、それって──」
メリーは眼を凝らして、クィエが差し示した先を確認する。
特に何も見えず、首を傾げる。
「あ、あのぅ。何も見えませんが」
「来るよ」
「へっ!?」
霧の向こうから、のしのしと黒い巨体が歩いてくる。
それは徐々に姿を現し、6つの白い斑点が浮き上がっていた。
毛並みが逆立ち、非常に刺々しい輪郭をしている。
「あ、あれ何ですか!?」
6つの斑点は、全て眼だった。細長い口を囲うように縦に割れた眼が付いている。
まだ名称が付けられていない大浪と同じ種類の獣だ。
それの歯がガチンッと鳴らされると、空中に稲妻を残した。
「こ、これもしかして敵なのでは!? いや、もしかしなくても敵なのでは!?」
逃げましょう、とクィエに伝えるも、彼女は拒否する。
「クィエ様!?」
クィエは頭上に氷の槍を発生させた。
魔力の込められたそれを見た大浪は、早速戦闘態勢に突入する。
大浪の鼻先に向け、氷の槍が放たれた。
それは周囲の空気を凍らせながら、大浪に迫る。
大浪はクィエの攻撃に合わせて走り出していた。力強い疾走が、氷を寸前に迎えたその時──
ガシャンッと槍に生じた薄い氷が破壊される。
そこから6体に分裂した、狼が現れた。
「えっ!? わ、別れたの──!?」
だが、その狼を更に阻むものがあった。
球体状の氷だ。
まるで引力を持った氷の球体は、空気の渦を形成し、周囲を巻き込みながら巨大化していく。
その成長速度は、狼の疾走を凌駕していた。避けるのは困難だ。そう思われたが、彼らは、お得意の裏世界へ逃げた。
「き、消えた!? クィエ様ぁ!?」
「メリー。うるさい」
「クィエ様!?」
地面に出来た6つの影は、やがて集結し大きな1つになる。
魚が水面を飛び上がるように、裏世界から飛び出したそれが、クィエに襲い掛かる。
メリーは頭を覆い、しゃがみ込んだ。
一方でクィエは、それをじっと見上げている。
直ぐ後ろの地面から生成した氷の刃が、怪物を迎撃する。
これもまた避けるのが困難である為、怪物は6体に分裂し、互いを蹴り合って氷を避ける。
しかし──
クィエはニヤッと笑う、
突き出た氷の刃を柱とし、それから更に6つの刃が出現した。
高速で刃は伸び、それぞれが狼を貫いた。
「キュゥゥゥッ──」
甲高い叫び声を発し、串刺しになった6体は脚をばたつかせ、身体を捻る。
すると、狼の内部から幾つもの尖った氷が突き破る。
クィエが更に氷の刃を発生させたのだ。
狼は徐々に弱り、死に至った。
「え? や、やったの!?」
「こんなの余裕やし」
「クィエ様。凄すぎます……」
明らかに幼女なクィエが、異常な威力の魔法を連発していた。
メリーは若干引きつつ、クィエを賞賛する。
「あ、お兄様だぁ」
霧の向こうから人影があった。クィエは直ぐに兄だと気付いたが、
メリーはびくりと振り向く。
「お前、こんなところまで来て危ないじゃないか。私の傍から離れるんじゃない」
キャビーが手招きをすると、クィエはメリーから離れ、トタトタと走って抱きついた。
「この狼……私がストックにしたものと同じだな。6つに分裂したか──」
キャビーの大浪は3体までしか分裂することが出来ない。
6体の集合体は、キャビーのそれよりも大きな身体をしていた。
つまり、大浪は井の中の蛙だ。
もっと巨大な個体がいる。
分裂する行為は、彼らにもリスクがある筈だった。
そのリスクとは、思考能力が著しく低下することだ。
しかし、クィエと戦ったそれの頭は決して悪いとは言えなかった。
何者かによって統制されていたのだ。ちょうどキャビーのように、外部に頭脳がある。
「何か気持ち悪い……クィエ。今後こいつが出て来たら、全て殺していいからな」
「はい、お兄様!」
そうして、一先ずキャビーはクィエとメリーを連れて拠点に戻ることにした。
拠点では帰宅の準備が進められている。レイスも加わり、諸々の最終チェック中だ。
「アイネ君。おはよう」
オエジェットの元に赴いたアイネは、強気な姿勢で彼を見ていた。
「お、おはよう」
「昨晩はすまないね。怪我は、大丈夫かい?」
「うん」
オエジェットは「それは良かった」と笑うと、見透かしたようにアイネを見る。
「で? どうしたんだい?」
「……メリーを。メリーを連れて帰る。絶対に渡さないからね」
「ああ、了解した」
「……ん?」
聞き間違いではないだろうか。オエジェットがあっさり認めた。
「え? 連れて帰っていいの!?」
「いいよ。安心しなさい。別に取り上げたりしないから」
「そ、そう。ふんっ、当たり前だけどね」
正直拍子抜けだった。
そこそこの覚悟で直談判に訪ねたのだが、あまり余った気合いをどうすることも出来ず、何とか悪態に変換した。
「はっはっは。カタリナ村に住む子供は、本当に強いね」
彼は続けて、
「君達は勝ち取ったんだ。齢10歳にして、お咎め様の森を進み、そして獣人と戦い抜いた。四神闘気を1人、倒したそうじゃないか。凄まじい戦果だ。称賛に値するよ」
「うっ、え? そんなに褒められても……どうしたの急に」
「別に他意はないよ。素直に凄いと思ったんだ」
「ふ、ふーん。有難う……メリーの件も、認めてくれて有難う」
「別に構わないさ。私はこれでも罪悪感と戦っているんだ。アイネ君に話すことじゃないけどね」
「え、何それ。メリーを連れて行ったこと、悪く思ってるの?」
「さぁ、どうだろうね。しかし、嘘でもそう言った方が、アイネ君との今後の関係にヒビが入らないだろう?」
アイネは首を右に曲げ、左に曲げ、腕を組む。
「……もう。どっちなのさぁっ!!」
「はっはっは。これからも期待している、ということだよ」
「ふっ、ふんっだ。何か手のひらに乗ってる感じがして、ムカついてきた」
オエジェットは尚も大笑いをし、あっさりと話し合いが終わる。
最後に彼は、
「キャビネット君に礼を言うといい。彼は自分を犠牲にしてまで、メリー君を守ろうとしているからね」
「そ、そんなの言われなくても知ってるし。キャビーが居なければ、アタシは死んでるもん」
「はっはっは」
★
帰宅の準備が整った。
アイネはメリーと手を繋ぎ、乗り込む馬車を選んでいる。
すると、トッドが現れた。
眼が合い、憎たらしく舌打ちをするだけだった。オエジェットは彼を何とか説得したらしい。
トッドは4台ある馬車の内、2台目に乗り込むようだ。それには幾つかの資料や、今回の成果物が乗っている。
「じゃあ、アタシ達は4台目にしよっか」
「はい」
彼女達は自身の鞄を背負い、最後尾の馬車の荷台に乗り込んだ。
「お兄様ぁ。クィエも一番後ろがいい」
「そうだな。アイネとクィエを最後まで守る必要があるからな」
「やった」
クィエは飛び跳ねながら走り、同様に乗り込む。
「うーん」
キャビーは先程から、奇妙な感覚に襲われている。まるで監視されているような、気がして──
「やはり気の所為ではない、よな……」
「おい、キャビー。早くしろ。また長旅になるからな」
背後に悪寒を感じつつも、キャビーは彼女達が居る馬車に乗り込んだ。
そうして、4台の場所が出発する。
地中から這い出る黒い巨体──それは静かに佇み、背中にある複数の眼が馬車を追う。
「人間ドモ、逃スモノカ。恐怖ガ、オ前達ヲ囲ッテイル──」
「我々ノ名ハ『メニァレィビス』。オ前達ニ絶望ヲ与エルモノダ──」
『作者メモ』
誰がとは言いませんが、喋り方変更されました。前話の修正は1章が終わってからです。
さて、いよいよですね。
何が待ち受けているのか、楽しみですね。
1章、まもなく大詰めです。
実は幾つか伏線回収漏れありまして、というか伏線貼ったはいいものの、使わなくて良くねってなりました。大した伏線じゃないので、全く問題ありません。
申し訳御座いません。
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