第68話 メリー


 ダークな桃色の裸体に輝く銀色の瞳は、アイネを鋭く捉えて離さない。その女性が宿す無機質な表情に、人間味を感じることは無かった。



「メリーなの……?」



 アイネがそう尋ねたのは、人かどうかも分からない裸体の女性が、メリーと全く同じ顔をしていたからだ。



 しかし、獣人であるメリーにはあって然るべきものが無かった。



 黒い頭髪の上に、獣耳が無かったのである。



「アイネお姉さん。あれがメリーぃ?」



 クィエの問い掛けすら聴こえないほど、アイネは困惑していた。



 彼女の正体として、



 真っ先に思い浮かぶのは『兵士が経験したお咎め様の呪い』や『ドッペルゲンガーの都市伝説』についてだが。そのどちらともと、今回のは様相が違っている。



 メリーと全く同じ顔をしているものの、明らかに人間の肌をしていないのだ。



 彼女が、敵であるか味方であるか。先ずはそれを探るところから始める必要がある。



「アイネお姉さん、無視ぃ?」



「クィエちゃん、周囲の警戒をお願いね。霧出していいから」



「ぶぅぅ」



 相変わらずアイネから返事を貰えず、クィエは頬を膨れさせる。



 霧を発生させたはいいものの、非常に視界不良であった。それには、クィエの不満が現れているのかも知れない。



 そんなこととは知らずに、



 赤い夕焼けが幾重にも屈折し、万華鏡のような輝きの中を、アイネは歩いて行く。



 メリーの眼は、今もアイネを見つめていた。



「メリー」



 優しく、問い掛けてみる。



「会いたかったよ、メリー」



 カタリナ村を出て、まだ3日目だ。



 メリーとやや疎遠になってしまったとはいえ、それ程時間が経過している訳じゃない。



 だが、アイネの口からは自然とそのように出た。



 まるで数ヶ月、いや数年ぶりにメリーと会った気がした。



「メリーはどう? 会いたかった?」



 笑顔でもなく、怒っているでもなく、メリーは無機質な顔のままだ。



 一見して敵意は無さそうだが……。



 アイネは更に歩み寄って、背負っていた鞄を下ろした。鞄の中に手を突っ込み、一番下に収納してあった衣類を取り出す。



「汚れてたら大変だと思って、貴方の分を持って来てたんだぁ。えへへ──取り敢えず、服を着なさい。虫に刺されちゃうよ」



 いつものメリーなら、きっと褒めてくれる。そう思って、撫でて貰える位置に頭を置いた。



 そして、これでもかと上目になって笑顔を向けた。



 やはりというか、メリーは無表情を貫いている。



 溜息を溢し、



 仕方なく取り出した衣類を差し出して、着るように言う。



「はい、どうぞ。赤ちゃんじゃないんだから、1人で着れるよね? え、着れるよね……?」



 衣類を持ち上げ、横目になってメリーを見る。彼女は小首を傾げていた。



「な、何よもう。ほら、こっちに来なさい。アタシが着せてあげる」



 服を受け取ろうとしないメリーの手を、アイネは掴んで、グイッと引っ張った。



 手の大きさから、形まで、メリーと同じだった。彼女の温もりに、思わず涙が出そうになる。



「先ずは下着、つけてあげるからね」



 先ずをもって裸の理由が聞きたいところだったけれど、



 下着を着せ、次にシャツを被せてあげた。



「腕くらい自分で通しなさいよね、全く」



 同様にして、ズボンを履かせる。



 トッドに捨てられそうになったメリーの衣類を、アイネは自分の部屋に匿っていた。



 そのどれも、今眼の前に居る彼女にピッタリのサイズだった。



 耳の有無や肌、眼、髪の色は違えど、アイネの記憶に居るメリーのままだ。



 思わず、お腹に抱き付いた。



 記憶喪失なのか、そもそも記憶を持ち合わせていないのかはよく分からないけれど。



「アタシのこと、分かる……? アイネだよ? 言ってみて、アイネって」



 言葉を理解しているようにも見えない。

 でも、どうしてだろう。



 こんなことはあり得ない筈なのに、直感が告げているのだ。



 彼女はメリーだと。



「メリー。どうして、喋ってくれないの? 貴方ともっとお喋りがしたいのに。ねぇ、メリー」



 解雇してからというもの、メリーは素っ気なくなってしまった。



 兵士の経験がない彼女に、軍隊の訓練はキツかったのだろう。



 会いに行くたび、元気が無くなっていた。

 そんな姿を見て、罪悪感で押し潰されそうになった。



 今まで悪態をついてきた所為で、きっと嫌われているのだろうと。勝手に思ってしまっていた。



 あれだけお世話して貰って、要らなくなった途端に兵役に就かせられ、死地に投入される。


 

 そんな身勝手が許される訳ない。



 やがて、アイネはメリーに会いに行かなくなった。



「ごめんね。今まで……アタシのこと、嫌いだったよね。それでも、アタシの面倒を見てくれて、有難う。ヨシヨシしてくれて、有難う。一緒に寝てくれて、有難う」



「アタシね、気付いたの──」



 そうだ。思い返せば、メリーが素っ気なかった訳じゃない。彼女はドジで、要領が良いとは言えないが、とても優しかった。



 ずっと優しい言葉を掛けてくれていた。



 上手く喋れていなかったのは、アイネ自身だ。



「アタシにとって貴方は──」



 突如、辺りが暗くなった。



「……え、何?」



 太陽が沈んで、夜が訪れたのかと思えば、遠くの木々はまだ夕焼けに染まっている。



 暗いのはこの場だけだ。



 まるで影が覆い尽くしたように、アイネ達の真上だけが真っ暗闇だった。



「メリー来て!!」



 アイネはメリーの手を取り、クィエの元に急いだ。



「クィエちゃん。気を付けて──」



「アイネお姉さん。何か居るよ」



「──え!?」



 クィエが指を差した先、アイネは手に炎を纏わせて覗き込む。



 暗い霧の向こうから、カクカクと左右に揺れ動く影があった。



 大人と同程度の大きさで、直立して迫ってきている。



「ア……アアッ──」



 そんな喘ぐような声を発し、それは徐々に姿を見せた。



「──な、何あれッ!?」



 その異形な生物を前にして、アイネの心臓が飛び跳ねる。



 ツギハギされたような縫目は痛々しく、黒く滲んだ傷跡が散見される。



 明らかに2つ以上の『生物』が組み合わされている。



 頭が横並びに2つ、並んでいるのだ。



 口は開き、乾き切った声を上げ、その絶望色に染まった顔は、まるで「殺してくれ」と訴え掛けているみたいだ。



 ──人間だった。



 あらぬ所に腕が生え、複数の脚を所持しているが、ひと目で人間であると分かった。



 人間同士を切って繋ぎ合わせた、怪物だ。



「な、何なのよ……」



 アイネはメリーの手を強く握り締める。



 ズサ……ズサ……



 周囲から地面を引き摺るような脚音が聴こえてくる。非常にゆっくりだが、近付いて来ている。



 それも1人や2人じゃない。無数に居る。



 アイネはひとり、前方に走り出した。



 置いて来てしまった鞄に、剣が括り付けてあったのだ。



 低い体勢を保ちつつ、鞄を掴んだ。



 その時、異形に繋ぎ合わされた2本の右腕がアイネに振り下ろされた。



「──っ!!」



 彼女は鞄を抱えるようにすると、身を翻してそれを避ける。その後、異形を押し飛ばした。



 異形は簡単に後退し、地面に倒れ込む。後天的に得た複数の脚を、上手く扱えていないみたいだ。



 まるで『神様』がお遊びで作った生物のように不完全だった。



 アイネは走って、メリーの元へ戻る。



 鞄に括り付けた剣を解きながら、クィエに伝えた。



「クィエちゃん。あれ敵だよ!!」



 視界が及ぶ全ての方角から、ツギハギの異形が迫って来ている。



「全部、敵!! クィエちゃん、やっつけて!!」



 本来ならば、真っ先に攻撃していそうだが、今回のクィエはただ見ているだけだった。



 そして、



「クィエちゃん……?」



 指示を出してみても、彼女は何もしてくれない。



 恐怖を与えんとする異形の姿に、慄いている訳でもなかった。



 クィエは、分かりやすくムスッとしてアイネを見返していた。



「嫌」



 クィエが言う。



「え……? ど、どどうして──」



「クィエ、メリー助けない。クィエ、嫌!!」



 腕を組み、不貞腐れたように言って、そっぽを向いてしまった。



 敵はゆっくりでありながら、そこまで迫っているというのに……。



「そ、それどころじゃないでしょ!? ア、アタシを助けると思って──」



「わかた」



「よ、良かっ──」



 すると、アイネの脚元が大きく揺れる。真下から氷が生じ、アイネとクィエの身体を持ち上げたのだ。



「わぁっ!? ク、クィエちゃん!?」



 だが、メリーは地面に取り残されたままだ。



「ク、クィエちゃん!! メリーも!! メリーも持ち上げて!!」



「嫌。クィエ、あれ嫌い。メリー、嫌い!!」



「そ、そんな……」



 ここに来て、クィエが強情だった。



「クィエちゃん……」



 アイネはひとり決心し、氷から飛び降りる。メリーの傍に立ち、剣を両手で構えた。



 火を剣の先に移動させ、松明のように周囲を照らす。



「メリー、安心して。貴方はアタシが守ってあげるから」



 異形の1体──複数の手を脚代わりにして、ペタペタと近付いて来る。



 先程の様子であれば、この生物に大した強さはない。



 最初に到達してきたその異形に、アイネは迷わず剣を振るった。



 身体を斬り付けると、ツギハギの黒い糸が解れ、繋がった胴体が開いた。そのままバランスを崩して倒れ込み、手元に落ちてきた頭部を切断する。



 そこまでして漸く、それは動かなくなった。



「た、倒せる!? こ、これ生きているんだわ」



 意思の無い人形であれば、動き続けたのかも知れない。だが、幸いなことに──不幸ともいうが、それらは生きているのだ。



 生きているからには、殺すことが出来る。



「全部アタシがやっつけてやるんだから!!」



 そう意気込んで、次に来た芋虫のように這う異形を叩き斬った。



 敵の数は分からない。霧の向こうからは、今だに新手が現れ続けている。



 例え無限に湧いて出ようとも、アイネの意思は固かった。絶対にメリーを守るというその意思が、彼女を強くするのだ。



 下半身が上下に2つくっ付いただけの異形や、4人分の人間を材料にして作られた異形、長い腕を振り回す異形。



 姿形も違うそれらを、アイネは次々と斬っていく。



 そうしている内に、ふと分かったことがあった。



「これ。やっぱり兵士達だわ」



 見たことのある顔があった。

 その中には獣の耳が付いた個体もいる。



 それらは、拠点で消えてしまった死体達だ。



「貴方達……ごめんね。でも、容赦はしないから──」



 これは呪いだ。



 森に侵入し、共に斬り合い、沢山の異物を出してしまった。



 彼れらは、お咎め様の罰が当たったのだ。



「はぁああっ!! これで9体目──」



 恐怖を煽る見た目の割に、戦闘力は低い。



 しかし、その代わりに数が多く──



 順調に倒していても、徐々に囲われつつあった。メリーを守りながら戦っている為、思うように剣が振れていない。



 このままでは、いずれやられてしまう。



「メリー、逃げるよ!!」



 アイネはメリーの手をもう一度握った。



 当の彼女は、やはりアイネのことを見ていた。



 アイネは迫り来る異形を剣で薙ぎ倒しつつ、この場を離れようとする。



 その時になって、思い出す。



『私の妹を頼んだ』



 そんなキャビーの言葉を。



 霧はまだ持続している。

 つまり、クィエは近くで待っていてくれているのだ。



 一時的な撤退とはいえ、彼女を置いて行く訳にはいかなかった。



「……っ」



 アイネはメリーの手を離し、もう一度剣を構えた。



「クィエちゃん。今何処に居るの……?」



 ポツリ、またポツリと、異形は暗い霧の奥から現れる。



 光源の代わりとして、剣に纏わせた炎が揺らいだ。

 


 不意に、上空から不快な視線を感じる。



 アイネが上を向いた。



「え……!?」



 視線の正体は、上空を覆い尽くした暗闇だった。そこに現れた無数の銀色の眼が、アイネを見下ろしていたのだ。



「なっ、何なの……!?」



 僅かに狼狽したアイネに、一瞬の隙が生まれる。メリーを守るという意識が僅かに途切れ、上空の恐らく『この呪いの元凶』たる眼に思考を重ねてしまった。



 背後から異形が迫っていることに気付けなかった。その異形は偶然にも脚が2本であり、バランスの良い個体だった。



 生まれ持ったままの脚で、唯一走って来たのだ。



 異形の接近に気付いたメリーが、初めて自らの意思で動いた。



 何かに逡巡するように、彼女はアイネと異形を往復して見る。



 記憶が無くとも、知識が無くとも分かる。



『目前に居る少女が敵を倒している』ということを。



 メリー自身に守られている自覚はないのかも知れない。



 しかし、伝えようと思った。



 敵が接近していると──



「あ……」



「あっ……いっ……」



 上手く声が出せない。

 喉から掠れた息だけが吐かれる。



 それでも声を発した。



「あ……アイっ──」



「アイ──!!」



「おじょう、ま──!!」



 途切れ途切れの声だった。

 しかし、アイネの元には届いたのだ。



 彼女が振り返った時、異形は手を振り上げていた。



「嘘っ──!?」



 剣を頭上に構え、アイネはそれを防ぐ。



 力強く振り下ろされた腕に力負けをし、剣がアイネの顔に押し戻される。



 鋭い爪が寸前で止まった。

 獣人の腕だ。



 その顔を覗けば、キンキにそっくりだった。心臓がくり抜かれている。



「くっ──ア、アンタ、こんなところまで!!」



 アイネは身体を左にズラしてやり過ごすと、剣先を地面に落とした。そして身体を大きく捻り、右から左方向に剣を薙ぎ払った。



「うおりゃぁあああ!!」



 その刃は弧を描き、異形の首を捉える。



 キンキの頭が吹き飛び、それは崩れ落ちた。

 


「はぁはぁ……ど、どんなもんよ──」



 今のは少し危なかった。メリーが名前を呼んでくれなかったら、大怪我を負っていたかも知れない。



 それでも休んでいる暇はない。

 異形はまだ沢山存在しているのだ。



 死と隣り合わせの状況にも関わらず、しかし、アイネの心は高揚している。



 直感は正しかったのだ。



「貴方、やっぱりメリーだ。そうなんでしょ!?」



 敵を警戒しつつ、近付いて来るものは全て斬り倒した。



「見た目はちょっと違うし、記憶が無かったとしても──」



 メリーに笑みを向ける。



 もう僅かな疑いも抱いていない。理性ですら、彼女をメリーだと告げている。



「ずっと一緒だったもん。貴方の立ち振る舞いや、息遣いに至るまで──やっぱりそうだよ。全部同じ。全部、メリーのまんまだよ!!」



 10年もの長い時間は、アイネにとって人生の全てだ。



 人生の全てを掛けて、メリーを見て来たのだ。彼女の癖を知らない訳がない。



 解雇してから、少し離れてしまっていても、忘れる筈がない。



「メリー、メリーぃ!! もぅ心配掛けて……」



 敵を斬り裂く。持ち得る全ての魔力を使い、メリーを守る。



 敵は一向に減らず、次から次へと霧の向こうから現れる。ぎこちない動きで、ゆっくりとアイネを包囲していた。



「アタシ、強くなったでしょ!? 貴方に見て欲しくて、頑張ったんだよ!! 褒めて欲しくって──」



 異形の軍勢が10メートル付近まで接近して、アイネ達を追い詰めた。順番ずつ倒してみたものの、やはり数が多過ぎた。



 どちらかだ。



 クィエを置いて逃げるか、メリーを置いてクィエに助けて貰うか──



 アイネは、メリーの手を掴んで走っていた。



 その先に居た異形を斬り倒して、包囲に穴を開ける。



 メリーをその向こう側へ行かせた。



「行って!! 貴方だけで、逃げて!!」



「ごめんね。今までごめんね!! きっと大丈夫。また見つけるから!!」



 しかし彼女は進もうとせず、戻って来てしまう。



「ど、どうして!? 時間が無いの。メリーは──」



 すると、メリーの口は開かれた。



「ア、イネ様……アイネ様──」



 無機質な顔に色が宿っているような気がした。ピンク色の唇が、僅かに吊り上がっていた。



 記憶の奥底──深層意識にこびり付いた10年間の習慣が、呼び起こされたとでもいうのだろうか。



「もぅ。アイネ様じゃないでしょ!! アイネお嬢様!! メリーは今でも、アタシのものなんだから!!」



「──メリーはアタシの『お母さん』みたいなものなんだから!!」



 一時的に異形の包囲を抜けることには成功した。だが、更に霧の奥から異形はやってくる。



 死亡した兵士や獣人の全てが異形と化しているのであれば、50人近くになる。



 それがツギハギされて、2人で1体になったとしても25体の異形が現れることになる。



 やっぱりこのままでは、負けてしまう。



 すると、ドスンッと何かが落ちてきた──



 上空の暗闇から放出されたように見えた。



「こ、今度は何なの……!?」



 異形の群勢の中心に降り立ったそれは、今までの集大成ともいえる個体だった。



 長い髪を有した頭部と、2本の腕がツギハギされ、計4本の腕で剣を握り締めている。



 大男の身体は、他の異形よりも大きい。 


 

 体色はメリーと同じく暗い桃色だった。



「ハオ。アンタ、ちょっと大きくなったんじゃない……?」



 その大男が有した頭部は、ハオのものだった。他の異形と違い、静かな表情をしている。



「手は……抜いてくれそうにないね。そう、今回は本気ってわけ──」



 ハオはアイネを認めると、近くの異形を斬り殺し、全ての剣を構える。



 アイネも両手で剣を構えた。



 勝てる気がしない。



 直感的にそう思える程、それの立ち振る舞いは力強かった。



 恐怖が湧き上がってくる。

 異形が現れて、初めてそれを感じた。



 メリーを守り抜くという強い意思よりも、強大な敵ということだ。



 竦んだ脚を落ち着ける為、アイネが求めたのはメリーだった。



 メリーに不安な様子はない。状況が分かっているのかは定かでないが、微笑み掛けている気さえした。



 そんな彼女を見ると、不思議と勇気が湧いてくる。



「有難う、メリー。アタシ、勝ってみせるから──」



 そして、アイネはハオに向かい合った。



 遂に、ハオが走り始める。



 進行方向の異形を吹き飛ばしながら、アイネに突っ込んで来る。



「うぉおおおおおっ──!!」



 アイネは口を大きく開け、全力で叫んだ。



 剣を顔の横で構え、



 左右全ての方向から斬り付けてくるハオに、全身全霊で応える。



 ──白い冷気が頬を掠めた。



 ハオの4本の剣が迫り来る。

 それはアイネの頭部と胸部を捉えている。

 


 美しい銀色の曲線を暗闇に描いて、彼の剣がアイネを挟み打ちにした。



 しかし、彼の剣は全て停止する。



 逆にアイネが振り下ろした剣が、ハオを斬り裂いた。



 更に剣を切り返して、追撃する。



 その2度の剣技を持って、ハオの胴体は分断された。



 アイネは剣を振り抜いたまま、崩れ落ちるハオを見る。



「……ク、クィエちゃん?」



 ハオの肘辺りが氷結している。

 クィエの魔法だ。



「お母様なんだ」



 不意に、クィエの声が暗闇に響いた。



 可視化出来る程の冷気が漂い始め、



 それはアイネの周囲をぐるぐると旋回し、優しく肌を撫でていく。



 緩やかな竜巻のように、白い靄が回る。



 ピキンッ──!!



 小気味良い音に反して、凍てついた冷気が瞬時に全てを凍らせた。



 刺々しい氷塊の中で、異形達は活動を止めている。



「クィエちゃん!?」



 すると、クィエがアイネの前に降り立った。



「た、助けてくれたの……? どうして!?」



 彼女の不機嫌は影もなく、満面の笑みで答える。



「メリーが、アイネお姉さんのお母様だから」



「え……?」



「違ったぁ?」



 純粋な眼で聞いてくる。

 アイネは笑顔で返した。



「ううん。違わないよ」



 クィエを抱き寄せる。



 ハオの剣を止めてくれなかったら、間違いなく死んでいただろう。



 命が続いているのは、クィエのお陰だ。

 この冒険で何度彼女に救われただろう。



「有難う。クィエちゃん」



「もっとクィエ、見て欲しい……」



「え……?」



 クィエはギュッと腕を絞めて、アイネのお腹に顔を押し当てていた。



「ミミばっかり嫌。メリーばっかり嫌」



 そんな苦しみの伴った声が、アイネのお腹に響いた。



「御免なさい。そんなつもりじゃ──ううん。ごめんね、クィエちゃん」



 クィエを蔑ろにし、ミミに甘えていた自分が思い出される。



 姉が取られたと感じるのは、ごく自然なことだ。



 だというのに、当時のアイネはその考えに至らなかった。



 お姉さん失格だ。



「本当にごめんね。クィエちゃん」



「うぬ……」



 一息吐き、アイネは上空を見上げた。



 既に闇は祓われ、いつの間にか星空が瞬いていた。



 あれは一体何だったのだろう。



 でも、今はもういい。



 クィエとメリー。この2人が居るだけで、他は何も望まない。



 静かな夜に包まれ、アイネはもう一度クィエを抱き締めるのだった。



『作者メモ』


 30万字で、漸くメリーと再開を果たしましたね。長すぎます。


 一応本作品は、家族愛をテーマにしているのですが、冒険が6割になってしまいました。


 後、ほんの少しだけ、お付き合い下さい!!


 クィエの魔法がインフレしているのは、成長しているからですね。単色のコアを所有しているので、水に関する全ての事象を感覚で分かるようになります。


 多少の癖はありますが、くっそ最強になります。


 

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