第67話 同じ顔 5月29日冒頭付近に描写追加
先ずは、離れにある死体から確認する。
レイスが殺した奴隷が、メリーである可能性を排除しなければならない。
「師匠。どうして獣人を逃したの……?」
川に沿って歩きながら、アイネは尋ねみる。レイスは罰が悪そうにしていた。
「あ、彼奴が景色を見たいと言うから……俺は別に、逃したつもりじゃなかった。首輪があればどうせ生き残れない……だったら、まぁって。ただの気紛れだよ」
「そっか。景色が見たいだなんて、メリーがそんなことを……」
アイネはメリーのことを思い出し、笑みを浮かべる。そんな彼女の笑顔に、レイスの心は痛くなる。
「アイネ。その……あんまり、期待しない方がいい。生きている可能性は高くないからさ」
魔力の使えない奴隷が1日間生き残る可能性は60〜70%程度ある。
これは昔、トッドが「お咎め様の森の危険と生存率の相関について」という資料に記載されている。王国はこれを元に、奴隷をカタリナ村に送っていたそうだ。
奴隷の死亡率は、それから時間を追うごとに、加速度的は上昇していった。
これには一部、異物を排除しようとする森の呪いも関係しているという。
「うん、分かってるよ師匠。でも、メリーは外の世界に興味があったんだなって。ちょっと嬉しくなっちゃって」
「そ、そうか」
それでも心配そうにするレイスに、
「大丈夫だよ、師匠。アタシは、一応覚悟してるから。あはは」
アイネはニッと歯を見せた後、レイスを真剣な眼で見つめる。
「でも、何で言ってくれなかったの……? 師匠が逃したことを言ってくれたら──」
獣人達が大勢死ぬことは無かった。
そのことについては言い止まった。あれが起きたのは、決してレイスの所為ではないのだ。
「ねぇどうして?」
アイネは詰め寄るようにして聞く。レイスはやはり罰が悪そうにした。
「悪かった。逃したのはさっき言った通りだが、まさかお前達が来るなんて思わなくて……俺が奴隷を逃したなんてバレたら──」
「怖かったの?」
「ああ、そうだ。全く情けないよな」
じっとレイスの顔を覗くアイネに、彼は眼を合わせない。合わすことが出来なかった。
「でも、最終的には言ってくれたじゃない」
「それはお前達が眩しかったからだ。誰に否定されようとも足掻き続けるお前達がな」
「え? アタシ達が……?」
「俺は世界のルールに縛られている。つまりあれだ。皆んなが黒と言えば、俺も黒に見えちまう。例えそれが白だろうとな──お前達は違うだろ?」
アイネは正直に頷いた。
「白だったら、白だよ……」
「そうだな。だが、大人は諦めてしまうんだ。戦うのはしんどいし、結局勝ち目なんかないってな」
身の程を知らない子供だからこそ、強大な敵に挑めることもあるのだ。
「師匠のちょっとした抵抗が、今のアタシの希望になってるよ。アタシは師匠を尊敬してる」
そんな希望でさえ、レイスは辛かった。
「アイネ。さっきも言ったが──」
「うん。大丈夫だよ師匠」
「そ、そうか……」
アイネはレイスを励ますように、自分を鼓舞するように笑顔を作るのだった。
「レイスさん。死体が無くなった件については、分かっていることを教えて下さい」
次に、キャビーがレイスに尋ねた。
死体が無くなったのは、本当だった。
キャビーが漁った死体の山は、綺麗さっぱり跡形もなく消えていたのだ。
「呪い、だとしか……」
「呪いというのは、森の意思だとアイネから聞きましたが。異物である私達を、排除しようとしているとか」
生きている人間ならともかく、死体を攫う理由があるのだろうか。と、キャビーは不審に思う。
「実際、それもまだ分からん。そういう振る舞いをする呪いもあれば、意図の分からない呪いもある」
「意図の分からない呪いっていうのは?」
アイネが言う。
「お前らが拠点に来た時にも言ったが、同じ人間を作ったりとかだ。徘徊するだけの呪い、らしきものだって居る」
「レイスさん。では、私達が乗っていた馬車を襲撃したのも、呪いですか?」
馬の上半身が無くなっていた。切断面は非常に綺麗で、人間技とは思えない。
「恐らくな。突然、黒いトゲトゲしたものが現れてな。だが、それを知覚出来たのは、一部の兵士だけだった」
「知覚……闇魔法に関係があるのでしょうか」
「俺も見えたのは事実だ。だが、実際のところは何とも」
「見えない呪いなんて、最悪じゃん……」
そうしている内に、離れの死体に到着した。大体1時間程度掛かった。
こっちの死体は、そのままだ。
荒らされており、腐敗臭が既に漂っている。頭蓋骨や、肋骨が特に目立って残っていた。
「酷いな」
レイスは思わず言ったものの、直ぐに口を閉じた。これを殺したのは、自分達だからだ。
「師匠、次はどっちに行けばいい……?」
「あ、ああ。こっちだ」
そう言って、レイスは案内する。
川沿いから、5分程度離れた場所に、それはあった。
同じく荒らされた死体だ。もうそれが誰のものなのか、見分けが付かない。
にも関わらず、アイネは手を突っ込んで、死体を探り始める。
「お、おい。アイネ……」
「メリーと判別出来るものを探しているの。大丈夫、あっちでもやったから」
「あっちでもやった、って……」
正直に言って、その執念には引かざるお得なかった。だがそれ程、彼女は本気なのだ。
トッドに対しては弱気な彼女だが、
心身共に強くなったんだな、とレイスは関心する。
「違う。これ、メリーじゃない」
アイネはクィエが出した水で、肉片に触れた手を洗う。
「では、逃げた奴隷がメリーだ」
「ちょっと待て。お前ら、どうやって探すつもりだ」
レイスに聞かれ、
アイネはキャビーと眼を合わせた。
答えたのは、キャビーだった。
「別れて探すしか、ありませんね」
「お前正気か? この広大な森を、別々に探すっていうのか?」
メリーを逃して、1日以上が経過している。
その間に彼女が移動していれば、現在地はここから数十キロ離れているだろう。
探すのさえ困難だというのに、分かっているのは逃げた方向だけだ。
「正気です。私はあっち。レイスさんはそっち。アイネとクィエはペアで、動け」
「分かった」
アイネは不安な気持ちを抑え、頷いた。
しかし、待ったを掛けたのは、レイスであった。
「アイネとクィエが、組むのか!? お前、それ本当に大丈夫なのか?」
彼はアイネよりも、小さな幼女に眼を向けた。
女の子2人である点もそうなのだが、片方は3歳の子供なのだ。
「何かおかしいですか?」
「アタシもそれでいいよ?」
「クィエもそれでいい。こいつ、嫌い」
キャビーとアイネ、そしてクィエは、この組み分けに対して、何も心配はしていないようだ。
「待て、俺がおかしいのか!? というか、俺は無理だ。1人でこの森は厳しい」
「では、レイスさんはそっちでいいですよ。私は1人、そっちは3人で別れましょう」
「ちょっと待て!」
「もう何ですか、うるさいですねぇ」
「流石に子供1人には出来ない。メリーを探すのは大切だが、俺達の命はもっと大切だ。そうだろ?」
熱く語るレイスだが、その言葉は彼らに響いていない。
結局、子供を1人にさせられないという理由で、レイスはキャビーと組むことになった。
キャビーとレイス、アイネとクィエの2組だ。
「アイネ。これを」
キャビーは2匹の蝶を差し出す。それぞれは、アイネとクィエの元に飛んでいく。
「万が一逸れた場合に備えて2匹渡しておく。メリーを見つけたら、空を旋回させるよう命じてあるが、基本的にお前の指揮下にある」
「有難う、キャビー」
「お兄様、好き」
「私の妹を宜しく頼む」
「分かってるよ、キャビー。アタシに任せて」
キャビーはクィエの頭を撫でて、言う。
「お前は、アイネを守れ。私の任務達成条件だからな」
「はぁい!」
キャビーは少しだけ顔を緩めて、歩いて行く。
「キャビー、俺の分の蝶はあるのか?」
レイスが言う。キャビーは顔を顰めて返すのだった。
「貴方は私から離れないで下さい。全く」
そうして、2組は別々の方角に向かって脚を踏み出した。
キャビーとレイスは、メリーが歩いて行った方角に進む。全ての顕現体を扇状に放ち、捜索に当たらせた。
「お前、何だこの量は……」
顕現体の中には、戦闘に使えない獣も多数含まれている。それが全て放たれたのだから、辺りは黒に染まっていた。
「誰かにバラした殺しますよ」
「……い、言わないって」
一方のアイネとクィエは、彼らと捜索位置が被らないよう、歩いて行く。
「クィエちゃん。メリーには首輪が付いてるから、霧を出しちゃ駄目よ」
「はい!」
クィエは元気よく手を上げて答える。人間の拠点に着くまで眠っていたからか、彼女の機嫌は良さそうだ。
聞いてみると、
「アイネお姉さんと一緒。クィエ、嬉しい」
彼女は頭をグリグリとして、言うのだった。
「ふふっ、アタシも嬉しいよ」
「ところで、メリーて何だけ?」
「え!? あ、あれ、教えてなかったけ?」
「忘れたー」
メリーのことを今一度、クィエに教える。
だが、獣人であると聞いたクィエは、先程までの笑顔が嘘のように消え、不機嫌になってしまった。
「クィエ、メリー嫌い」
「えぇ!? な、なんでよぉ……」
★
捜索はやはり難航していた。
「やっぱりそう簡単には、見つからないか」
レイスは注意深く、辺りを見回しながら言う。
森の様相は変わり、枝葉の付いた背の高い木々が連なっている。見晴らしが良いとは言えず、定期的にメリーの名を呼ぶしかなかった。
「私の探知は、動いているものしか判別出来ませんからね。隠れられていたら、どうしようない」
キャビーは自身の持ち得る感覚を研ぎ澄まし、広範囲を探知している。意識的に大きな動体に絞っているが、動いているものが多く、気分は悪くなってしまった。
「アイネ達は大丈夫だろうか」
「あっちには、クィエが居ます。私達よりも安全です」
「まぁ、お前がそう言うのなら……」
すると、キャビーが立ち止まる。
「キャビー……?」
何かを探知したようで、指をさしてレイスにその位置を伝えた。
「やや細長くて、大きいものが来ます。構えて下さい」
キャビーがそう告げた瞬間、側方から現れた。
地面をクネクネと這いながら、時々頭を上げる。その際に、縦に大きく割れた口が見せた。
それの両側には、4本の突起物が付いており、鎌の形をしていた。
「面倒なので、殺します」
「え? お、おい──」
本来ならば捕獲したいところだが、今は時間がない。
キャビーは低い姿勢を保ち、走っていく。右腕を腰に置き、手を丸めた。武器を構える姿勢を取ったのだ。
怪物が顔を上げた瞬間を狙い、彼は加速する。右手に刀を出現させ、振り抜いた。
それの身体は真っ二つに両断され、各々が斬られたことに気付く。
キャビーは、その後もウヨウヨと動き回るそれの頭に刀を突き刺し、レイスのところに戻った。
「さぁ、先を急ぎましょう」
「お、お前なぁ……」
レイスは呆気に取られながらも、キャビーの後を追うのだった。
アイネとクィエは、巨大な花を見付け、見惚れていた。それは人間を包み込める程度に大きく、周囲に幾つも群生していた。
花弁の先は赤く、中心に向けて白が混ざっていく。雄しべと雌しべが突き出ていた。
「クィエちゃん、綺麗だね」
「うん。凍らせて、お母様にプレゼントしたい」
「え? そ、それはちょっと。凍らせると、あんまり良くないかな」
普段ならじっくり観察するところだが、今は止まっていられない。
それらを通り過ぎた後、名残惜しく振り返り、アイネは思う。
──メリーも、これ見たのかな。
メリーが歩いた痕跡は一切見つからない。
死体があった場所から、そもそも足跡のようなものすら無かった。
本当に森を彷徨いながら、探すしかない。
キャビーから貰った蝶は、2人の周辺をパタパタと飛んでいる。それは通信機のような役割を果たす。
キャビー達がメリーを発見すれば、蝶は何かしらの反応示してくれるのだ。
だが、それから2時間程度歩いて、特に反応は無かった。
時間が経過する度、焦りが湧いてくる。
様々な生物が通り過ぎるも、それに一喜一憂している余裕が無くなってくる。
帰りの時間も計算しなければならないのだ。そしてアイネには、最優先で守るべきものがある。
それは、クィエだ。
もし、メリーとクィエのどちらかを助けるなら、迷わずクィエを選ぶだろう。
彼女は大切な妹であり、キャビーの妹でもある。その反面、メリーはアイネだけのものだ。
「クィエちゃん。平気? 疲れたら、休憩しようね」
「全然平気ぃ。えへへ」
「そう? なら良かった」
アイネがクィエから眼を戻すと、
遠方に、白い浮遊体を発見する。
真っ直ぐ、向かってきていた。
「クィエちゃん。適性生物だわ」
念の為、武器を所持している。長くて使い難い大人用の剣だが、鞄に括り付けてあった。
アイネは鞄を下ろし、剣を構える。
「来た」
それは浮遊体ではなかった。糸のような細い脚が何本も付いている。それを木に引っ掛けて、身体を持ち上げているらしい。
近付いて来たそれは、意外と巨大だった。丸っこい白い身体の左右に、可愛らしい黒目が計4つ付いている。
敵なのかは、よく分からない。
その妙な愛らしさが、戦意を削いでくる。
しかし、問答無用だ。
「クィエちゃん、やっちゃって!!」
「はい、アイネお姉さん」
クィエは霧を発生させた。氷の刃がらクィエの傍から生えていき、それの身体を狙う。
しかし、それの身体は非常に柔らかかった。
突き刺さるより前に、それは凹んでしまい、氷の刃を綺麗に通り過ぎていく。
「クィエちゃん!!」
「大丈夫、任せて」
クィエは攻撃手段を変更する。両手を掲げ、空中に小さな氷の塊を生成する。
ギュッと氷を固めるような仕草を取ると、それからは白い冷気が発するようになった。
それで終わりなのか、クィエはアイネの方を向いた。
「いひひ、クィエの新技」
嬉しそうに言った彼女の背後には、小さな氷塊が出来上がっている。
氷塊から発する冷気は、刺々しく皮膚を刺激する。まるでブラックホールのように周囲の空気を凍らせていた。
敵はそれに巻き込まれてしまい、全身が氷結していく。
敵を巻き込んで尚、氷は巨大になっていった。
「クィエちゃん……? これいつまで続くの?」
「分かんない」
「逃げるよ、クィエちゃん!!」
アイネは鞄を持ち、クィエの手を取って走り出した。
彼女の出したそれは、彼女の意思に関係なく凍り続けるらしい。まるで無限魔力増幅のように──
キンキとの戦闘があった際に、思い付いたのだろう。練習も無しに、出現させられるのは、流石単色のコアといったところだ。
「クィエちゃん。あんまり、本気を出しちゃ駄目だからね」
「はぁい」
無気力な返事に、アイネは不安を覚えるのだった。
★
「レイスさん。見つけたようです」
夕暮れ。空は燃えるような赤に染まっている。それに伴い、森の木々も紅葉としていた。
キャビーの顕現体が、人間を発見したらしい。
「え、マジで?」
「ええ、マジです」
彼らは、その顕現体の元に向かっていく。
だが、そこにあったのは、死体だった。
食い荒らされた後も無ければ、腐敗もしていない。死後硬直により皮膚は硬く、冷たい。
だが、外傷すら見当たらない。
「レイスさん。これ、貴方が逃した奴隷ですね」
「あ、ああ。そうだ、間違いない」
綺麗な死体は、眠るように眼を閉じている。耳には奴隷の証である札があり、首輪もされている。
「そうですか。じゃあ、死んで──」
キャビーはそこで言葉を止めた。
「どうかしたのか? キャビー」
彼はまた何かを感じ取ったらしい。
「レイスさん。向こうでも、発見したそうです」
「向こう……? 向こうって、何だ」
「アイネとクィエです。メリーを発見したとのことです」
「は!?」
アイネとクィエは、前方から歩いて来る人影に見覚えがあった。
「え、メリー……? メリーなの?」
しかし、獣人特有の耳は付いておらず、身体が暗い桃色をしている。
明らかに人間の肌ではない。
でも、何故かメリーと同じ顔をしている。
「メリー!!」
呼ぶと、それは銀色の瞳を向けた。
『作者メモ』
前話で書き損ねたのですが、キンキとの戦いで、彼女は最初から全力を出してます。
よくゲームとかで、最初からそれ使えよ、みたいな描写がある(私はあった)のですが、やはり最初から奥の手を使うのはリスクがあるなって。
奥の手は必ず命中し、必ず倒せるタイミングで使わないと、避けられてしまいますからね。
それの例として、キンキ戦を書いてます。笑
で、今回の話ですが、メリーが普通に生きている世界線もあったのですが、こっちを選びました……。
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