第66話 死体の行方


 ミミと別れて、3人は帰路に着いた。



 時間は10時から12時の間だろうか。太陽がやや傾いた位置で、彼らを照らしている。



 眠ってしまったクィエは、大百足に抱かせることにした。



 戦利品として食糧を入手しており、彼らは昼食としてそれを食べた。また、落ちていた弓矢を拾い、持って帰ることにした。



 帰路の半分を歩いた辺りで、アイネは口を開いた。



「ねぇキャビー。一応、ちゃんと話しておこうと思って」

  


 そのように言うと、キャビーはやや身構えて返事をする。



「何」



「どうしてクィエちゃんに、獣人達を殺すよう命じたの? それと、どうして5人も──」



「ああ、そのことか」


 

 キャビーはあっさり、「腹が立ったから」と回答した。対してアイネも、あっさりとそれを了承する。



「うん、分かった」



「何だ、それだけか?」



 拍子抜けしたキャビーは、そう返す。



「うん。あはは、あれはムカつくよね」



 アイネは大袈裟な笑顔を作る。



「キャビーはさ。ちゃんとミミを守ってくれたから。取り敢えずはそれでいいかなって──」



「偶然だ。死んでいい人間と、生きていい人間が分かりやすかっただけだ」



 相変わらず傲慢だな、とアイネは思う。



 ただ、



 人間嫌いな彼が、「生きていい人間が分かった」という点については、成長といえるかも知れない。



「アタシもハオって人、殺しちゃったからなぁ」



 しかし、何処か晴々しいアイネであった。それはミミが生きているからか。それとも、単に殺せて嬉しかったからか。



 今となって分からなかった。



「あの髪の長い人間か。お前、単独で倒したのか?」



「うん。ボコボコにされたけどねー」



 アイネは身体に出来たアザを見せびらかす。



「褒めていいんだよ? 凄いでしょう!?」



「ああ、凄い。少なく見積もっても、お前100人分の強さはあった」



「それアタシを少なく見積もってなぁい?」



 だが、確かに強かったと、アイネは振り返る。



 倒すことが出来たのは、レイスが教えてくれたからだ。自分より強い敵の倒し方を。



 ひたすら自分を弱者だと思わせる。そうすれば、敵はその少し上の強さで戦ってくれる場合がある。


 

 今回は正にそうだった。



 ハオに攻撃した際に発した「掛け声」は、アイネのオリジナルだ。敢えて声を出し、必殺の一撃を悟らせないようにしたのだ。



「キャビーに貰った緑のコアの欠片と、風魔法の特訓も役に立ったよ。ありがとう!」



「そうか。それは何より」



「あ、そうだ。もうひとつ。どうしてミミ以外も助けたのか、聞いてなかった」



「それは私の妹を守る為だ」



 アイネはよく分からず、聞き返す。



「どゆこと?」



「生き残りが反撃してきたら面倒だからな。ミミを助けた後、全員連れて行かせただけだ」



「ふーん。え、どうして百足に殺させなかったの?」



「約束したろ。積極的には殺さないと」



「へぇ。アンタって、約束守るんだぁ」



「お前は私を何だと思ってる」



 カタリナ村を出て、約58時間が経過した。



 ようやく、3人は人間側の拠点に帰って来れた。それに伴い、眠っているクィエはアイネの背中に移された。



 そこでアイネの気持ちは一気に落ち込み、脚が竦んでしまう。



「アタシ、どういう顔で帰ればいいの……」



 キャビーはそんなアイネを鼓舞するように言う。



「止まっている暇はない。メリーを助けるには、こいつらの力がいる」



「う、うん……」



 真っ先に兵士がやってきて、剣を突き付けられるかと思ったが、そんなことは無かった。



 彼らは、別のことで忙しくしているようだ。



 出迎えもないまま、キャビー達は拠点に侵入していく。すると、トッドとばったり出会ってしまった。



「ひぃっ」


 

 誰よりも早く気付いたアイネは、身体を硬直させ、後退る。その後、何も言わない父に対し、自ずと謝罪が出た。



「ご、ごご御免なさい……お父さん」



 だが、トッドは直ぐに血相を変える。眼が吊り上がり、白い歯を剥き出しにする。そして、近くにあった剣を引き抜くと、アイネに向かって振り下ろた。



「きゃっ──!!」



 トッドの剣は刀によって阻まれた。キャビーが、刀越しに彼を睨み付ける。



「今、本気で殺そうとしましたね」



 剣が止められたことで、トッドは更に苛立ちを露わにする。



「お、おお前達は……またお前達がっ! 捕虜と奴隷は何処へやった!?」



「私達が獣人の元へ返した」



「なんだと──っ!?」



 トッドは眼をカッと開き、またアイネに向けて剣を振り下ろす。



「お父さん、違うの!! メリーを取り戻そうとしただけで──」



「黙れっ!!」


 

 更にトッドは剣を振り下ろす。そのどれもが、子供を殺せるだけの力があった。



「お父さん、やめて……」



 全ての剣をキャビーに止められ、トッドはムキになって暴れ回る。何度も剣を振り回した。



 突然、氷の柱が伸びた──



 トッドは吹き飛ばされてしまう。



「え? ク、クィエちゃん?」



 クィエはアイネの後ろで大きな欠伸をしながら、眼を擦っていた。



「クィエ、天使ちゃうって言ってるのに、お母様が……」



「へ……?」



 すると、トッドから情けない声が上がる。



「ああああ、僕の眼鏡がぁ!?」



 掛けていた眼鏡が、クィエに飛ばされた際に落ちてしまったらしい。何かにぶつかったのか、その衝撃でレンズは割れ、折れ曲がってしまっていた。



「クソぉっ、あのガキ。また僕のことを──!!」



 見えない眼でクィエを睨み付けると、剣を投げ飛ばした。しかし、それは有らぬ方向へ飛び、医務室の壁に突き刺さる。



「トッドさん!! 危険です、落ち着いて下さい!!」



 騒ぎを聞き付けたレイスが仲裁に入ったことで、この騒動は一旦幕を閉じる。



 キャビー達はその後、医務室へ移った。ミャーファイナルから、治療を受ける為だ。



「しかし、酷い怪我だにゃ。この状態で四神闘気を倒したって? 俄かには信じがたいにゃ」



 彼女はキャビーの包帯を取った後、パックリと開いた傷を見て言う。



「みゃーさん。四神闘気のキンキって、何者なの?」



「当時はまだ、それに加入して無かったにゃ。みゃーが奴隷落ちした後の出来事だからにゃ。でも、確か14歳で隊長格を全員ぶっ飛ばしてたにゃ」



「とても強い相手でしたが、戦い方はイマイチでした」



「ここのオエジェット隊長の方が、多分何倍も強いにゃ。だから、彼奴らは隊長の居ない時に攻めて来たんにゃ」



 ミャーファイナルはキャビーの胸に触れ、治癒魔法を施す。みるみると傷が塞がっていく。



 だが、傷跡だけは大きく残ってしまった。



「ファイに怒られても、みゃーの所為じゃないからにゃ」



 次に彼女は、アイネの治療に移った。



 アイネの方は、打撲や擦り傷が主だ。ミャーファイナルは各所に触れ、治していく。



「みゃーさんはよく無事でしたね。やっぱり獣人だから、見逃して貰えた、とか?」



「いいや。みゃーは裏切り者って伝わっていたにゃ。そのミミっていう奴隷にナイフを刺して、脅したんにゃ」



「そ、そっか。でもみゃーさんが生きてて嬉しい。アタシ、みゃーさん大好き!」



 アイネは治療をしてくれたミャーファイナルに飛び付いた。



「ちょっ、鬱陶しいにゃ! 離れるにゃ!」



 そのように言うミャーファイナルだったが、何処か無理をしていそうなアイネに、仕方なく腕を添えた。



 少しして、キャビー達は医務室を出る。



 彼らは、オエジェットから呼ばれていたのだ。



 伺ってみれば、オエジェットとレイス、カイシン、ログの兵士4人。そして、トッドはやや離れた位置で座っていた。



 危険だという理由で、この場にクィエは呼ばれなかった。彼女は現在、医務室に残っている。



「クィエ、お前嫌い」

「ファイに言っとくにゃ」

「嘘! 嘘ぉ」



 そんなやり取りがあったのは、彼女らにしか知らない。



 キャビーとアイネは、正座させられ、たっぷりと叱られた。特に捕虜の脱走を手助けしたことは、子供であっても死罪に値する。重罪だった。



 トッドは子供達を殺すよう命じていたが、オエジェットはそれを拒否した。



「ご、御免なさい……」



 アイネが謝罪するが、キャビーは反抗的な眼を向けた。



「キャビー。お前も謝れ!」



 レイスに言われるが、キャビーは顔を背けた。



「嫌です。というより、こんなことをしている時間はありません。メリーの居場所を教えて下さい」



「お前なぁ──」



「レイスさん。どうして死体の位置が2箇所存在することを黙っていたんですか」



「お前何を」



 離れの死体は、6人分だった。もう2人分が何処かにあるのだ。それをレイスはアイネに伝えなかった。



「それを聞いていれば、このようなことは起きていない。まぁそもそも、お前達がメリーを連れて行かなければ良かった話だ」



「おい、お前。良い加減にしろ!!」



 レイスの隣で聞いていたカイシンが言う。



「奴隷なんだよ、そいつは。所有権はトッドさんだ、お前達じゃない!!」



 彼は剣を取り出して、威嚇する。



「カイシン、待て。止めろ。聞きたいことは他にもある」



 レイスが諌めた後、彼から告げられる。



「死体が全部無くなった。お前達は知らない、よな?」



「死体が……? ど、どうして!?」



「それが分かったら、苦労はしない。肉食動物に食べられた形跡もなくてな」



 アイネはキャビーと顔を見合わせ、首を振る。



「アタシ達は何も知らない」



「だろうな……」



「うむ、分かった。それでは私達は、カタリナ村に帰るとしよう。不可解な出来事は、大体呪いの類だからね」



 オエジェットは髭を弄りながら言う。対して、アイネが抗議しようとした時、先に立ち上がったのはキャビーだった。



「駄目です」



 彼は刀をオエジェットに向けて言う。



「まだメリーが見つかっていない」



「だったら君はここに残って、その子を探すといい」



「隊長、それは──」



 レイスが言うのを、オエジェットは片手を上げて静止する。



「どうだね?」



「それはしんどいので勘弁して下さい」



「はっはっは。君は面白いな、全く」



 すると、アイネが立ち上がる。そして、深々と頭を下げた。



「お願いします。メリーを探すのを手伝って下さい」



「うーん。しかし、その奴隷は獣人の元に居なかったのだろう? であれば、もう死んでいるのでは?」



「それは……」



「死体を確認するまでは分かりません。昨夜、向こうの死体は獣に食い散らかされてました。もし私達が確認していない死体が2人分あるなら、荒らされた痕跡が見つかる筈です」



 オエジェットは弄った髭を伸ばして、頷いた。



「一理あるね。では、レイス。案内してあげなさい。『君の』奴隷だったよね」



「え? 師匠……?」



 アイネの視線を受け、レイスは苦い顔になった。



 何となく、そんな気がしていた。そう彼は思う。



 キャビーが死体を漁って、そこにメリーという奴隷が居ないと判明した時から、



 自分の手元に居た奴隷が、メリーなのだと。



 何となく、予感していた。



「はい」



 レイスは静かに呟いた。



「殺したの? 師匠……」



 アイネの悲しいとも、失望とも取れない眼が、レイスを見つめる。



 それは彼を無言にさせた。



「レイスさん。殺したか、殺してないかで、次の行動が決まります。早く言って下さい」



 全員がレイスを見る。



 彼は唇を僅かに開閉し、誰も居ない一点を見つめ続ける。



 見兼ねたオエジェットが彼の名を呼ぶと、びくりと身体を震わせた。



「はっきり言いなさい。ここまでやる子達なんだ、次に何をするか分からない」



「も、申し訳御座いません」



「師匠ぉ……」



 アイネが見守るなか、レイスはようやく口を開いた。



「1人は殺した」



「ひ、1人……? もう1人は?」



「……に、逃した」



 白状したことで、レイスの力は抜け、くったりと丸太に腰掛けた。自責の念に駆られているのは、兵士として命令に違反したからだ。



 そして、アイネに不必要な希望を抱かせしまっているからだ。



「だが、アイネ。そいつがお前の奴隷かは本当に分からない。言っただろ、俺は奴隷の顔を覚えない。他の連中もそうだ」



 いざとなったら殺せるよう、彼らは訓練されている。奴隷に名前を付けない。奴隷を覚えない。各自で、愛着を持たないような対策を取っている。



「それに、首輪も着いたままだ。死んでいる可能性の方が高い」



「うん、分かってる。でも有難う、師匠──キャビー?」



 アイネはキャビーを見る。



「私達はメリーを探しに行きます。戻ってくるまで、待ってて下さいよ」



 2人は勝手に話を終え、その場を離れようとする。すると、オエジェットが口を開いた。



「レイスを連れて行くといい。力になってくれる」



「隊長、それでは──」



 カイシンが言う。



「レイスは命令に背いたからね。本来なら斬首だが、私も部下を失い過ぎた。明日のこの時間までに戻って来なさい。それまでは待っていてあげよう」



 オエジェットはレイスに眼を向けた。彼は深く頭を下げ、「分かりました」と答える。



「師匠……」



「お前ら、急げ。タイムリミットまで時間がない」



 アイネの心配を他所に、レイスは走り去ってしまった。キャビー達もそれに着いていく。



 彼らが去った後で、カイシンが尋ねる。



「宜しかったのですか?」



「ああ。この時間を使って、呪いについて調べるとしよう。王国からの指示でもあるからね。呪いが本当に実在すれば、武器になるかも知れない」



「それは……」



「生まれた時代が悪いね。だが、私達の犠牲は積もり積もって次に繋がる。やってやろうじゃないか」



「はい」

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