第62話 可能性


 アイネの奴隷──メリーはこの場に居なかった。



「アイネ、よく探せ」



「居ない……居ないよ、キャビー。嘘、何で。どうして──」



 アイネはもう一度、最初から奴隷を見渡していく。人数もしっかりと数える。



 しかし、間違いなく、間違えようがなく、メリーは何処にも居なかった。



 思わず、地面にへたり込んでしまう。


 

 それに寄り添うミミは、心配そうにアイネの身体を支えた。



「アイネ様……」



 キャビーは、そんなアイネの状態を見て、舌打ちをする。



「どうして居ない。拠点に居た死体は全部で何人だった……? 離れに居たのは6人。ここに10人とミミ──」



 ブツブツと、爪を噛んでキャビーは考える。



 今更慌て始めた子供達を見て、キンキは遂に吹き出してしまった。



「お、お前らさぁ……え、人間のガキってこんなに馬鹿だったの!?」



「救いようがありませんね」



 やれやれと、ハオも肩を竦めて笑った。



「知ってると思うが、大半の奴隷はお前らの兵士が殺したんだぜ? その中に居たんじゃねぇのか!?」



「まさか死体を確認せず、ここまで来たのでしょうか……?」



「確認してる訳ねぇだろ。こんな、馬鹿なガキなんだから。だはははっ」



 キンキの笑い声が拠点に響く。



 それは他の獣人達を誘い、嘲笑の声となってキャビー達を包み込む。



「そんなどうして……じゃあ、何処に居るの!? ミミ……ミミぃ」

「アイネ様……」



「お兄様ぁ。クィエ、あれ達皆んな嫌い……クィエ、どうしたらいい?」

「黙っていろ」

「はぃ……」



 メリーがここに居ないとするならば、



 残る可能性は、兵士の誰かが奴隷を逃したか、又は脱走したか──



 もしくは、確認出来ていない死体があるかだ。



「アイネ」



 キャビーがアイネを呼ぶと、不意に彼の前を誰かが通り過ぎた。



 ミミだった。



 彼女は、たった今嘲笑の的となっているキャビーよりも前に出て、自ら矢面に立った。



「あまり笑わないであげて下さい!!」



 傷だらけの顔は赤く、片眼は開いていない。しかし、もう一方の黄色い瞳は強い輝きを帯びて、キンキを見つめていた。



 その様子が気に触ったのか、キンキはつい言葉を荒げる。



「んだと、こらぁ!?」



「この子供達は、私達を助けてくれました。少なくとも3つの命が救われたのです。交換は兎も角として、どうか協力してあげてくれませんか……?」



 そんな訴えに対して、キンキの眉がピクリと動く。



「お前は俺達の味方だろうが!! なんでそっちの肩を持ってんだぁ!? あぁんっ!?」



 凄まれ、ミミは脚を引く。

 小さな耳が垂れた。



「で、ですが……」



「お前、本当に獣人かぁ!? 小せぇ耳だが、作りモノじゃねぇだろうなぁ!?」



「ぁぅ……」



「キンキ様。彼女は歴とした獣人ですよ」



 ハオは割って入ると、ミミに語り掛ける。



「お前は農園育ちで間違いないな?」



「……は、はい」



「なら、お前は何か勘違いしている。命を助けられたと言うが、そもそも奴隷制度が無ければ、このようなことは起きていない」

  


 ハオは続けて、



「何故、アルトラル王国が強大な国になったのか、お前は知っているか?」



「い、いえ……」



 お咎め様の森から流れる命晶体が、王国を強くした。それを知ったのは、王国もつい最近のことだ。



 今回ハオが伝えたいのは、魔王討伐後の話である。



 魔族領から比較的遠方に位置している王国は、各国と同盟を結び、当時兵士を派遣して魔族を迎撃していた。しかし、王国は同時にスパイを各国に潜ませ、地理的情報や国家機密などを盗んでいた。



 魔王討伐後──疲弊した各国との同盟を、王国は一方的に破棄し、攻め入った。



「今や、獣人を孕ませて奴隷化させる農園なんてのも、王都で秘密裏に行われる始末だ。獣人は身体能力が高く、人間よりも早く生まれるからな」


「そんな非人道的な王国を、許せると思うかのか?」


「言ってしまえば、全ての奴隷は我らのモノだ。3つの命が救われたのではない。奪われたものが返ってきただけだ。恩を感じることなど、あり得ない」



 ハオはミミだけでなく、未来ある人間の少年少女にも語り聞かせ、



「奴隷制度がなければ、お前達が苦しむこともなかった。死ぬこともなかった。勿論、我々もだ」



 そんなふうに締め括るのだった。



 更にキンキは、キャビー達に向けて指をさした。



「分かったか!? 奴隷制度なんて、他のどの国もやっちゃいねぇ。魔王を倒したってのに、次は王国だ。そのガキ共は、悪魔の子供なんだよ」



 悪魔の子供。そんな言葉を聞いたミミは、今一度彼らを確かめる。


 

 アイネと眼が合った。



「ミミぃ……もういいよぉ。ミミがここに居られなくなっちゃう」



「……アイネ様」



 しかし、ミミはもう一度キンキに向き直った。



 「間違っております!」と、彼女は言い放つ。



「あぁ!?」



「この子達が悪魔とは思いません。奴隷制度は、少なくとも彼らの所為ではありません。もし過去の過ちを正したいのなら、このように次の代へ繋げてはなりません。彼らにとっては、今日が過去となり、憎しみへ変わるのですから」



「ちっ!! ペラペラと何も知らねぇ奴隷が、語ってんじゃねぇぞ!!」



 ミミは、今度は引き下がらない。



「そもそもの話をするのであれば、奴隷制度がなければ、私は生まれておりません」

 


「お前は奴隷制度を認めてんのかぁ!?」



「いえ、そうではありません。私はただ──」



 ミミは、



 耳の無い人種に憧れ、無数の理不尽に心を痛め、矛盾に悩まされることもあった。



 奴隷であることは、間違いなく嫌であった。



 しかし、奴隷として生まれ育った彼女だからこそ、それの輝きが分かる。



 生まれ、生きるという崇高な光が、彼女の心に一本の希望として、深く根を伸ばし咲いているのだ。まるで明かりに吸い寄せられる羽虫の如く、単純ではあるが──



 彼女はただただ、健気だった。



「私は今、ここで生きているのです」



 ミミが両手を広げ、そう言った。

 場に静寂が戻ってくる。



 キャビーは、彼女を見上げていた。



 傷だらけで、下等な存在にも関わらず、誰よりも力強く直立する彼女に、つい見惚れてしまったのだ。



 キャビーは初めて、「美しい」という言葉の意味を理解したような気がした。



「馬鹿馬鹿しい。奴隷に成り下がった獣人は、まるでペットになった犬みてーだな。ハオ、俺たちの同胞は、これの為に死んじまったってのか!?」



「きっと彼女が特別なのでしょう。それに良いじゃありませんか。同胞として、私は誇り高いと思います」



「ハオてめぇ。カッコ付けておいて、結局それかよ」



「こんな綺麗な心を前にしたら、何も言えないですよ」



 面白くなさそうにキンキは、眉を顰める。



「良いだろう。この奴隷に免じて、命だけは助けてやる──」



「あっ、有難う御座います」



 ミミは喜んで礼を返した。



 望んだ答えではなかったが、子供達の命が助かるのなら、それでいい。



 その上で、力が及ばなかったことをアイネに謝罪する。



「アイネ様。申し訳御座いません。お役に立てず……」



「ううん、そんなことない。有難う、ミミ……」



 アイネはミミに、「カッコよかったよ」と言って飛び付いた。人間と獣人の奴隷が抱き締め合う。



 そんな物語の終わり──それもハッピーエンドな雰囲気に、キンキの苛立ちは更に加速する。



「おい、話を戻していいかぁ?」



 彼女は落ち着いた口調で言うと、ミミとアイネが顔を向けた。



「確かさぁ。3人の命を救ってくれたって話だったよなぁ?」



 わざとらしくキンキはハオに問う。



「ええ、その通りです。我々はそれに対しての礼を、まだしておりませんね」



「おっと、そうだった。そうだった──いや待てよ。確かこのガキは、俺達の同胞を5人殺してるよなぁ!?」



「ええ、そうですね。間違いなく」



 言い終えるや否や、キンキとハオの眼がキャビーに向けられた。



 続いて、アイネとミミも彼を見る。

 


「つーことはよぉ。3人救ったんだから、つまり……残り2人分、こっちに貸しがあるって訳だ」



「え、ちょっと──」



 アイネが口を挟むが、彼女らは気にせず話を進める。



「全く持って、その通りですね」

 


「なら1人だけだ。1人だけ見逃してやるよ!!」



「お待ち下さい……!!」

「そ、そんなのズルいじゃない!!」



 ミミとアイネは異議を唱えようと必死に訴え掛けるが、キンキに「うるせぇ」と一蹴される。



「文句があるなら、そこのガキに言うんだな。さぁ誰が生きて、誰が死ぬかぁ──さっさと決めろやぁっ!!」



「そ、そんな……」



 慌ててキャビーを見たアイネだが、彼は黙ったまま何かを考えている。



「うぅ、どうしよぉ」



 このままでは戦闘になってしまう。

 一先ずは、今後の方針を考えたい。



 アイネはどうにか時間を稼ごうと、キンキに喋り掛けていた。



「あのぉ!!」



 鋭い眼差しがアイネに向けられた。

 しかし、彼女は怯まずに言う。



「そ、そんないきなり言われても決められないから……その、じ、時間を頂戴!!」



「いいだろう。誰が死んで、誰が生き残るか。じっくり考えろ」



 キンキは面白そうに嘲笑し、それを許可するのであった。




 そうして得られた時間は、1時間だった。



「本当に申し訳御座いません。私が余計なことをしたから」



 拠点の隅で集まり、ミミが深々と頭を下げた。



「ううん。ミミは悪くないよ! それにしても、彼奴ムカつくぅ〜」



「クィエ、話よく分かんない……」



「あははっ、クィエちゃんにはちょっと早いか」



「うむぅ」



 キャビーは、黙ったまま何かをまだ考えているようだ。心配したアイネが、肩に触れてみる。



「キャビー? 大丈夫……?」



「うん、まあまあ」



「そ、そっか……」



「誰が残るか、決めるか」



 ボーっとして、キャビーは言う。



「んな訳ないでしょ! 全員で一緒に行くの! ねぇ、さっきからどうしちゃったのぉ?」



「なんか大浪が変……」



「え、何……? どう変なの……?」



「別の意思が紛れているような」



「えぇ、ちょっと怖いこと言わないでよ……それでさっきから黙ってたの?」



 キャビーは頷く。現在、ミレッタ達を見張っている大浪だが、他の誰かからの干渉があった。



 まるで乗っ取ろうとしているような──



「でもさ、キャビー。あれが森の呪いなんだったら、それは森の意思なんじゃない?」



「森の意思……?」



「うん。呪いは、森の異物を排除しようとしているって……まるで意思があるみたいに」



「ふーん。確かにそうかも」



 そう言ったものの、いまいち納得していないキャビーだった。アイネはその話を一旦切り上げて、本題へ急ぐ。



「ねぇそれより、メリーなんだけど」



 今一番気にしていることは、メリーの居場所と、彼女の生死についてだ。この時間は、決して誰が残るかを話し合う為に得た訳ではない。



「何処に居るかな……」



「アイネ。お前は、死体の数を数えているか?」



「え……?」



「行きしなの馬車道の道中で1人、拠点の離れに居た死体は6人だった。そしてここに居るのが10人とミミ。全部で18人だ」



「連れて来たのは、38人だっけ」



「ああ。アイネ、残り20人だ。拠点にあった死体は何人だった」



 アイネは両手の指を折って、思い出す。



「20人……そんなに居なかった気がするけど。アタシの数え間違いじゃなければ……」



「なら、仮に19人でも合計で37人だな」



「1人足りない……ってこと?」



「後、もうひとつ。生き残っている兵士は、オエジェットを含めて4人。兵士1人に対して奴隷が2人付くみたいだから……」



「拠点に残った兵士は全滅しちゃったんだよね? ってことは、離れに行ったのは、その4人ね。じゃあ、離れの奴隷は本来8人居る筈……り、」



 離れにあった死体は6人分しか確認出来ていない。



「2人足りない……?」



「ああ、見落としが2人居る」



「アタシ達が知らないだけで、他のタイミングで死んじゃってたり……とか。6人しか持って行ってないとか……」



「知らん。無い可能性を考えても仕方ないだろ」



「そ、そうだね……確かに」



 兵士が奴隷を見逃すとは思えない。だとすれば、メリーはもう既に死んでいる可能性が高いだろう。



「ねぇ、ミミ」



 しかし、生きている可能性が僅かでもあるなら── アイネの中には、そんな絶望よりも希望が強く、心に現れていた。



「アイネ様……?」



「メリーは今、他の場所で生きてるかも知れないって!!」



「そうみたいですね!! 良かったですね、アイネ様」



「うん!」



 アイネはミミに飛び付いた。ミミは彼女を受け入れ、抱きかかえて笑い合う。それを相変わらず、恨めしそうにクィエは見ていた。



「アイネ。しかし、悠長なことは言ってられない」



「あっ、そ、そうだね……」



「死んでいれば、死体が食われている。生きていれば、森でたった1人──今も彷徨っている可能性が高い」


 

 生存率は時間経過に伴って低くなる。特に奴隷は首輪によって、魔法が使えないのだ。



「どちらにせよ──」



「早く行かないとってことね」



「ああ」



 メリーの生存が僅かでも有り得るなら、彼らの作戦は終わらない。



 どうやって捜し出すかは一先ず置いておいて、問題はまだあった。



 この状況を、先ずは抜け出す必要があるのだ。素直に返して貰えるとは思えない。



「アイネ。もう一度、あの人間と交渉しにいく」



「う、うん。行こう」




『作者メモ』



 どんな感じにしようか悩み、眠気で気付いたら寝てしまい、それを繰り返して全然書けなかった……


 ちょっと見直しが甘いですが、これで。


 次回は、月曜日に!

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