人間の母に溺愛される魔族の王子(転生済)は人類を滅ぼしたい

第61話 拠点へ

　ミレッタが持つのは、獣人の国──レイラット連合国の一部の地域に伝わる剣だ。やや刀身は長く、緩やかに湾曲しているのが特徴。通常の剣と違い、刃の裏には峰を有し、片刃の形状を取っている。

　刀と呼ばれる武器だ。

　物を斬る、という点に於いては、剣を凌駕する代物だ。

　キャビーの前に立ちはだかるのは、ミレッタと1人の剣士──

　内、ミレッタに狙いを定めたキャビーが、彼女へ肉薄する。

　一方の彼女は土魔法──振動魔法を使用し、それを刀に纏わせていた。切断に特化した刀と、破壊力を増強させる強化魔法だ。

　ブォォンと空間を震わせながら、ミレッタの刀はキャビーの剣と交じり合う。

　その瞬間、彼の剣は破壊された。

　同時に、彼の顔を刀が斬り付ける。

「キャビーっ！？」

　後方でアイネは口を塞ぐ──

　そして、ミレッタは期待する。

　いや、願う。

　今の一刀によって、この少年を倒せたと。

　少なくとも、深手を負わせることが出来たと。

　だが、背けた顔を戻したキャビーは、頬に切り傷を残しただけだった。

「ど、どうして……！？」

　狼狽するミレッタに、キャビーはナイフを取り出して接近する。刀が振るわれる前に、彼女の腕を掴み取り、胸にナイフを突き刺した。

「うっ──」

　ミレッタはそのまま押し倒され、

「動くな」

　少年の言葉に全ての動作を静止させる。

　息をするのさえ、彼女は諦めた。

　胸に突き刺されたナイフが、あと僅かで心臓──コアに達ようとしているのを、自身でも感じ取ったのだ。

「キャビー、後ろっ！！」

　だが突如、アイネが叫ぶ──

　大きな影が、彼に覆い被さった。

「貰った──」

　キャビーの背後を取った獣人の剣士が、勝利を確信したのも束の間──

　少年の影から黒い突起物が生じ始める。それは徐々に形を成し、赤い三つ眼の黒い狼へと遂げる。

「な、何だこいつは！？」

　振りかぶった剣を大浪の迎撃に当てられず、巨大なそれは大口を開けて、剣士の肩に噛み付いた。

　そして、最後に──

　穿たれたのは雷を纏う高速の矢。最初に倒した獣人の弓士が、力を振り絞って放ったのだ。

　それは、キャビーの側頭部で小さく開かれた裏世界の入り口で消え──彼を通り過ぎた後、地面に姿を現した。

　決死の一撃も、不意打ちも、全て少年に対処されたことで、獣人の戦意が喪失する。

　戦闘は、ここで終了となった。

　キャビーはミレッタの心臓にナイフを突き付けたまま、得意気に言う。

「剣を振るった後の隙が、どいつもこいつも大きい。多勢で挑んだ結果の驕りだな」

「勝っ、手なこと……をっ──」

「ん？　──ああ、頬の傷が気になるのか？　その剣の形状は初めてだが、切断に特化しているのは目に見えていたからな。お前の妙な爆発力も、私は一度食らっている」

　構えていれば、避けるのは容易だ。

　勝利の余韻はとても心地良く、キャビーは雄弁と語り聞かせた。ミレッタは地面を強く叩き、彼を睨み付ける。

「さぁ、遊びは終わりだ──私達を先へ進ませろ。いちいち薙ぎ倒していたら、キリがない」

「くっ──」

　ミレッタは、押し黙る。

　ここで彼女が考えるのはやはり、拠点に居る同胞の身の安全だ。化け物のような少年を、通すわけにはいかないのだ。

　しかし、大浪が今も尚、同胞の骨を砕いている。その他も、黒い生物に襲われている。

「くそっ──」

　ミレッタは悔しさを吐き捨てる。胸の痛み以上に、それは辛いものだった。

　その上で、彼女は地面を3度叩いた。

　拠点に合図を送ったのだ。

「悪かっ、た……先に行け。誰も、殺すな」

　涙を溜め、彼女は言う。

「それはお前達次第だ──」

　キャビーは薄ら笑いを浮かべると、ナイフを引き抜いた。

　その後、ミレッタの所持していた刀と鞘を奪い取る。

「これ、凄くカッコいい。貰っておこ」

　優美な刀身を眺めていると、ふと試し斬りがしたくなった。キャビーは、地面で横たわるミレッタの頭蓋へ照準を定める──

「キャビー、もう辞めて」

　そこへ走ってきたアイネが、彼を勢いよく抱き締めた。

「有難う、キャビー。もう大丈夫だよ。だから、酷いことは辞めてあげて」

　2人の心臓の音が重なり合う。

　キャビーは殺気だった自分に気付く。

　彼は溜息を吐き、

「分かったから、退け──」と。

　アイネは言われた通りに身体を退ける。

「お兄様ぁ」

　今度はクィエがキャビーに頭を押し付ける。

「御免なさい。クィエ、なんかちょっと怖くて──」

「お前はここに居る誰よりも強い。人間如きに怖気付くんじゃない」

「うん。お兄様が倒してくれたから、もう平気ぃ」

　お兄様、好き。とクィエは笑みを浮かべる。

「ボスとやらに会いに行く。お前たち顕現体は、人間どもを見張っていろ。但し、これ以上傷付けるな──おい、犬。そろそろ噛むのをやめろ」

　顕現体に指示を出すと、それぞれが牙を仕舞う。キャビーは奴隷と捕虜を呼び付け、先へ進んでいく。

★

　巨大な木の根元に、獣人の本隊が集まっている。助け出された奴隷を含めて30人程度が、そこに居た。

　拠点内にある細い木は全て切断されており、椅子や机代わりに使用されている。

　各々が食事を作り、洗濯をし、武器の手入れを行なっている。奴隷達は首輪を付けたまま、怪我を負った獣人の介抱を手伝っているようだ。

「重症の者が2人居る。あれの所為で、ここに居座っているみたいだな」

「そうだね……」

　集団の最奥に、一際異彩を放つ女の獣人を発見した。大きな垂れ耳に、無造作に跳ねた短めの黄色髪──キンキは切り株に腰を落ち着け、訪れた少年少女をニヤリと見つめている。

　傍に立った紺色の長髪をした獣人──ハオも、彼らをジッと観察している。

　キャビー達は、そのまま拠点の奥へ進む。

　あらゆる方向から獣人の敵意が向けられ、居心地の悪さを覚えたアイネは、ミミの手を握る。

「ミミ……」

「大丈夫ですよ。アイネ様」

　一行が拠点の中央に辿り着いた時、キンキは立ち上がる。

「マジにガキだな」

「キンキ様。早まった真似はしないで下さいよ」

「分かってるってーの」

　そうしてキンキは、人間の少年少女と対面する。

「お前がここのリーダーだな」

　早速、キャビーは彼女に尋ねる。

「ああ、そうだとも。この俺様こそは四神闘気が一人。キンキだ」

「キャビネット。こっちがクィエ。後ろがアイネ──」

　キンキが得に注意を払っているのは、1番前の少年──キャビーだ。しかし、その白髪の少年にそっくりな、白髪の少女もまた妙な雰囲気を纏っていた。

　キンキに睨まれたクィエは舌を出して、挑発する。

「いい度胸してんなぁ、クソガキが……」

「アタシたちは相談があって来たの！！」

　すると、飛び出したアイネが目的を伝える。

「捕まっていた獣人を3人、拠点から連れて来たわ。だから奴隷を1人、返して欲しいの」

　しかし、キンキはハオと顔を見合わせ、「馬鹿なのか、お前は」と。

「え……？」

「何の為に俺たちがこんな森に来たと思ってる。クズでゴミのお前らから、同胞を解放する為だ。それを1人返せだって？　笑わせんじゃねぇよ」

「お、お願い──ア、アタシのなの。お父さんが間違えて連れて来ちゃっただけなの……」

「だぁっはっはっは。おいハオ、聞いたかよ？　こいつら本当にガキだぜ」

「そのようですね」

「そ、そんな──」

　2人の獣人に馬鹿にされ、アイネは声を詰まらせる。

「此方は3人。そっちは1人だ。損はしていない」

　変わって、キャビーが言う。

「たった今、3人手に入ったんだ。お前達がわざわざ運んで来たからなぁ──1人返せば、損しちまうだろ」

「やはりレイスの言った通りか」

「あぁ？」

　キャビーはアイネを呼びつけると、耳打ちする。

「アイネ。こいつらとは話にならない。先ずはメリーを見つけろ」

　アイネはコクリと頷いて、怪我人の介抱をしている奴隷達を確認する。

「なんだぁ？　相談は終わったのかぁ？」

「そもそもの疑問だが、お前達の奴隷とやらは、この中に居るのか……？」

　ハオが言う。

「今、探している──」

　奴隷の耳には、大きな穴が空いている。この場に居る奴隷は、ミミを除いて全部で10人だ。

　それらの顔をじっくり探して、アイネは血の気が引いていくのを感じた。

「居ない……メリーが居ない……！？」

『作者メモ』

　今日全然書けなかった……。眠気が凄過ぎて、集中出来なかったんですよね。

　取り敢えず、短いですが投稿します。

　案の定、メリーは居ませんでしたね……。