第58話 決闘



 大百足を橋代わりにして、川を渡る。



 そのまま東へ真っ直ぐ進んでいく。



「キャビー。道は分かってるのよね」



「私の蝶が待機している。そこを目指して歩くだけだ」



 大体2時間程度は歩く必要があった。到着するころには、朝の日差しを拝むことが出来るだろう。



「どうして獣人達は、まだ残ってるのかなぁ」



「コイツらを助けに来るつもりだったのか、怪我の手当て等で明日に持ち越したのか。それとも首輪を外してるのかもな」



 奴隷に付けられた首輪は、魔力で形を変えるとても硬い金属が用いられている。融点が高く、加工するには専用の溶解炉が必要になるとのこと。加工の際に、別の金属を混ぜると、魔力に反応して収縮を始めるようになる。首輪は最終的に球体となり、停止する。



 これを外すには、相当時間が掛かるらしい。



 何にせよ、危険な森を進むには万全の状態で挑むのが良いだろう。



「どうせ兵士が攻めて来ることはないしな」



「そっか。じゃあ、急いで逃げる必要もないのか」



 今回はそれが功を奏した。10人の奴隷を国に持ち去られていたら、かなり厄介なことになっていた。



「クィエちゃん。眠っちゃったね」



 クィエは大百足の脚に抱かれて眠っていた。拠点で早めに就寝したはいいものの、限界が来たらしい。



「到着すれば戦闘になるかも知れないし。それにいざとなれば、人間どもを皆殺しに──」



 キャビーはそこで言葉を切ると、立ち止まった。



「ん……? キャビー今、何て言ったの!?」



 詰め寄ってくるアイネの口を閉ざす。



 何かが、つけて来ている気がしたのだ。



 キャビーは、闇魔法の探知範囲を広げる。

 幾つかの蝶を顕現させ、飛ばした。



「んんんー」



 口を塞がれたアイネは抵抗して、腕を振り回す。



「アイネ。お前、本当に誰にもバレていないだろうな!?」



「ん……!?」



 アイネは頷いてみせるが、キャビーの探知には映っている。木の背後に、人間サイズの塊があった。



 放った蝶が、その対象を発見する。



 やはり人間だったようだ。蝶は激しく暴れ、それを伝えてきた。



 拠点の方角から、つけている。

 兵士に違いない。



「アイネ」



 キャビーはアイネを間近に、睨み付ける。



「殺していいんだったよな」



 ブルブルと彼女は首を振る。

 キャビーは舌打ちをし、アイネを離した。



「迎え討つ。これ以上つけられるのは、面倒だ」



 獣人の拠点の位置を兵士は知らない。尾行されれば、最悪増援が来ることもある。



 今は捕虜を連れている為、歩くスピードは遅い。だが、兵士らが馬を走らせれば、ものの十数分で追い付かれるだろう。



「キャビー……ごめんね」



「分かったから、失せろ。戦闘の邪魔だ」

 


 尾行している人間は、かなり慎重に動いていた。キャビーの探知外で動き、基本的に動きを止め、木に化けて移動している。



 キャビーの能力をある程度知っている動き方だ。



 しかし、その兵士は尾行にバレたことを悟り、あっさり姿を現した。



「やはり貴方でしたか」



「えっ、し、師匠!?」



 月下に佇んでいたのは、彼らの師匠を務めるレイス・キャミラーだった。彼の瞳は夜風よりも冷たく、失望と嫌悪を讃えている。



 既に剣を抜いており、キャビー達を敵と見做しているようだ。鎧を身に纏い、完全武装で歩いてくるところを見るに、最初から戦う気だったらしい。



「まさかお前達がここまでするとはな」



「し、師匠っ……聞いて! あのね──」



「黙れ、アイネ!! 俺は言った筈だぞ!! 容赦はしないと。それにこれは立派な利敵行為だ。王国民として、直ちに処刑されても文句はいえない」



 レイスは言い放つ。そんな彼の怒りに触れ、アイネはおずおずと彼を呼ぶことしか出来ない。



「し、師匠ぉ……っ」



「お前達は、この獣人が何をしたのか分かっているのか!? 兵士14人を惨殺した。全員……俺の仲間だった……っ!! お前達はそれを逃そうとしている!!」



 彼は獣人3人を順に指を差した。



 戦いである以上、仲間を失うのは仕方がないことだ。王国の兵士として、彼は割り切っている。



 だが、それを無下に扱う輩が居る。

 許せる筈もなかった。



「言い訳があるのなら言ってみろ、アイネ」



「そ、それは……」



 確かにそうだ、とアイネは納得し、狼狽する。



 そう言えば、兵士らの想いを考えた事も無かった。



 父やオエジェットに怒られてしまう。

 自分のことしか、頭に無かった。



 言い返せない。

 だが、アイネは声を震わせながら、必死に伝える。



「ア、アタシは……こ、この3人と、メリーを、交換して貰いに……」



「な、何だそれ……」



 レイスは呆れて、言葉に詰まる。



「そ、そんなことを考えていたのか!? なんて幼稚な──っ!!」



 レイスは剣を振り、更に一歩近付いてくる。そんな彼の威圧が アイネを怯えさせる。



「お前はファイさんの子供を巻き込んで、俺達全員の気持ちを踏み躙り……自分勝手な行いに何の疑問も抱かなかったのか!? 年長者として、恥ずかしくないのか!?」



 アイネは口を動かし、想いを伝えようとするが、声が出なかった。脚も竦んでしまい、後はもう泣き喚くしかない。



 そんな時、キャビーが言う。



「それの何が悪いんです?」



 開き直った訳ではない。

 キャビーは純粋にそう尋ねているのだ。



「キャビー、お前……」



「私の目的はメリーの保護です。その為に全力を尽くしている。そもそも、遠征前にメリーを返してくれれば良かったんです」



「お前の奴隷じゃないだろ。何故お前がそこまでするんだ……!?」



 キャビーが普通の人間とは違うことを、以前からレイスは感じていた。あのファイから生まれたのだから、ある程度納得してしまっていたが。



 そんなキャビーが、他人の為にここまでするというのは、正直違和感でしかない。



 そして、案の定キャビーは言い放つのだ。



「ええ。これはただの予行演習です。まぁ勿論、それだけではありませんが」



「な、何の話をしている。よ、予行演出……? つまりお前にとってこれは、遊びか!?」



「訓練といってください」



 人類を滅ぼす為の、リハビリ代わりの訓練だ。



 レイスは背中から倒れるように後退り、首を横に振る。



「い、い意味が分からん。これが訓練……? こ、これは命が掛かった本番なんだぞ!?」



「貴方に分かって貰う必要はありません」



「奴隷の命は軽いって話をしたよな!? 俺達の行動は確かに非情に見えたかも知れないが、全ては王国の為に行っている。国や家族、民を守る為に行っている。お前は俺達や王国、ファイさんまでも裏切るつもりか!?」



「知ったことか」



 キャビーは一蹴する。



「私は元より、お前達の仲間ではない」



 とんでもない発言だ。これを聞いているのが自分1人で良かった、とレイスはこの期に及んで思う。



「キャビネット・クライン。お前は一体、何なんだ!?」



「レイスさんが知る必要はありません。ここで殺します」



 平然とキャビーは言っているが、それが虚言ではないとレイスは知っている。



「この俺と、本気でやる気なのか。キャビーっ!!」



 レイスは剣を構え、キャビーも戦闘態勢に移る。そこでようやくアイネの仲裁が入る。



「ま、待ってキャビー!! 師匠も!!」



 彼らの真ん中に立ち、両手を広げて、止めに掛かる。



「お、お願い止めて!!」



「アイネ。捕虜を返せ!! メリーは獣人のところで生きているんだろ!? 何故それじゃ駄目だった!!」



 アイネはまた迷ってしまう。皆んなに嫌われてまで、自分勝手に生きるなんて出来ない。



 だが、メリーに会いたい。念の為、生きていることを確認しておきたい。



 もし見に行くだけなら、この捕虜は必要無いのかも知れない。そう思い至る。



「キャ、キャビー……あ、あのさ」



 すると、いつの間にか隣に立っていたキャビーに、肩を叩かれる。



「キャビー……?」



「メリーを取り返す。これは私のプライドに賭けて絶対だ。この人間如きに阻まれて堪るものか。もし捕虜を返すというのなら、私とクィエで獣人どもを皆殺しにする──それでもいいのか?」



「え……? そ、そんなの駄目」



「だろうな。邪魔だから退け」



 キャビーはアイネを突き飛ばす。彼女は背中から倒れ込み──



 地面から突然姿を現した大浪に、裏世界へ引き摺り込まれていった。



「なんだ、今のは……」



 レイスは小さく呟く。



「邪魔は居なくなりました。容赦しませんよ」



 キャビーは空中から剣を抜き出すと、力なく腕を下ろした。剣先が地面に刺さり、ずるずると引き摺られて、レイスに近付いていく。



「こっちもだ──」



 レイスは右手で剣構えた後、左手を地面と平行に横へ伸ばした。



 すると、手首の「内側」に装飾されたコアが輝く。地面から小さな石が浮き上がり、凡ゆる方向に広がっていく。



 レイスが作った簡易的なフィールドが出来上がった。



「何ですかこれ」

 


「俺の魔法は見たことが無かったろ。土魔法──重力魔法だ」



 レイスの体内に宿るコア──僅かな土魔法適性。それを手首に装飾したコアで強化したのだ。



 キャビーは目前にある小石に触れる。すると、レイスが込めた魔力と強く反発し、それは飛んでいく。



「なるほど。指定したエリアを石限定で無重力にするのではなく、石に直接付与しているのですね」



 浮かせている間、継続して魔力消費を必要としないのが強みのようだ。その証拠に、レイスの手首にあるコアが光っていない。付与した時に体外のコアが必要であるなら、維持する時にも必要になる筈である。



「これを私に飛ばして来るのですか?」



 レイスの強い魔力が込められている。彼が威力を強化する為に、追加で付与したものだ。



 もっと大きな石であれば、あえて追加魔力を付与する必要もない。その代わり、浮かす際の魔力が増えてしまう。



 威力と消費魔力の相関関係が出来ている。



 当然、石を飛ばすにも魔力を消費する。重力を受けない分、安く済む筈だが。



「もの凄く効率、悪くないですか? 確かに沢山あって何処から飛んで来るのかは分かりませんが」



「勝手に言ってろ」



「ただの小細工ですね」



 レイスは両手で剣を握り、摺り足でにじり寄っていく。キャビーも、剣を引き摺ったまま、両手を柄に添えた。



「いくぞ、キャビー」



「ええ」



 静寂が彼らを包み込む。



 互いの呼吸が合わさった時、それは戦闘開始の合図となる。



 キャビーは地面を蹴ると、飛び出した。地を這うようにレイスへ接近する。斬り上げた剣は、レイスの首を標的としている。



 空気を斬り裂き、剣が迫る──



 刹那、金属音をひとつ鳴らした。

 火花が散り、夜の暗闇に瞬く。



 キャビーの剣をレイスが弾いたのだ。



 弾かれたことで角度を変え、キャビーの剣は大きく上に逸れてしまった。彼はその勢いを素直に受け入れ、身体を捻って後退する。


 

 レイスは剣を弾いた後、すぐさま左方から剣を振っており、キャビーに斬り掛かっていた。



 しかし、レイスの剣は、後退しているキャビーには当たらない。



 振り出しに戻り、



 キャビーはもう一度斬り掛かる。魔力の篭った縦斬りを、レイスは剣を寝かせて弾く。次に放たれた横斬りも、脚を下げて弾いた。



 レイスはキャビーの連撃を上手くいなしている。だが、キャビーの剣に込められた魔力の量や質は、レイスのそれよりも上回っている。



 レイスは一歩身を引くことで、身長が小さく、腕の短いキャビーの剣を、受け流すようにして弾いた。真正面からキャビーの剣を受けてしまえば、確実に押し負けてしまうのだ。



 それでも、キャビーは休むことなく迫っていく。攻撃にムラはなく、全ての剣が一撃必殺だ。



 それを可能にしているのは、8年間の研鑽と、ファイから貰った肉体──そして、レイスに教わった剣術だ。



 レイスは、防戦一方だった。



 しかし、これはカタリナ村での模擬戦で既に分かっていた。



 キャビーが3歳の時に行った初戦以降、幾度となく行った模擬戦は、全てレイスの敗退で終わっている。



 しかし、そのお陰でキャビーの能力を少しずつ知ることが出来たのだ。



 レイスはひたすら逃げながら、キャビーの剣を弾いていく。



 キャビーはあらゆる物体の位置が分かる。特に自身に向かってくる物体に関しては、過剰な反応を示す。



 レイスは逃げの一手を選択しながら、遂に無重力を付与した石を動かした。



 それはキャビーの剣が左方向に弾かれた時だった。反対方向、つまり右上空から小さな石が高速で飛来してきたのだ。



「──ッ!!」



 当然キャビーは、それを認識する。



 しかし、剣で防ぐには間に合わず、であるなら魔力で防御する他ない。



 幸い、弓矢などと違い、一点特化型の攻撃ではない。充分、魔力だけで防ぐことが可能だ。



 キャビーはレイスを捉え続けているが、僅かに視線をズレした。石に意識を向けたのだ。



 それは即ち、魔力が移動したことを示す。



 防御をするには、少なくとも対象と同量の魔力が必要になる。先程確認した石に宿った魔力──それを防げる程度の魔力をキャビーは準備しておく。



 だが、一方のレイスは、その隙を逃さない。



 防御に特化していた彼が、突如剣を振りかぶったのだ。そこには一度に出力出来るだけの魔力が込められている。



 レイスから放たれるは、強力な縦方向の斬撃。それが容赦なくキャビーを襲う。



 キャビーも、左方向に弾かれた剣を構え直す。



 互いの魔力がぶつかり合い、その衝撃は辺りに広がる。剣が重なり合えば、火花を散らした。



 レイスの殺意に対し、同じだけの気迫を込める。しかし、キャビーの場合は、飛来する石にも注意を裂かなければならない。

   


 放たれた小石が、彼に接近する──



 その時になって気付いた。



 小石には魔力が込められていなかったのだ。常時覆っている魔力だけで、充分に防げる。なんなら、防がなくとも良いレベルだ。



 つまりこれは、レイスの陽動だったらしい。



 鍔迫り合った剣は一瞬だけ均衡を保ったものの、しかし直ぐにレイスが優勢となる。



 ぐいぐいと押された後、


 

 キャビーの手から剣が抜け落ちた。


 

「──ッ!!」



 僅かに勢いを失ったレイスの剣だが、やや軌道を変えてキャビーへ襲い掛かる。



 剣を落とした彼は、瞬時に身を引くが、間に合わなかった。



 振り下ろされた剣が、キャビーの身体を斬り裂く。



 そして、彼が動揺している内に、もう一刀が迫る。



 レイスは振り下ろした剣を切り返していた。脚を更に踏み込んで、下から上へ──剣を振るう。



 それはキャビーの右胸を捉えて、骨を断ち切った。



 鮮血が飛ぶ──



 キャビーは後退り、膝を地面に落とした。



 息を上げる。



 キャビーは自分の身体を確認する。右の鎖骨が切断されたいた。左胸から右の骨盤、そして右胸から右肩に掛けて斬られてしまったようだ。



 特に、追撃された右側の傷が深い。



「……はぁ……はぁ」



 レイスは先の一刀、そして次のもう一刀にも、ありったけの魔力を集中させていた。その割には、受けた傷は浅いが。



 キャビーは白いラットのコアを手に取り、骨を治そうとする。だが、その前にレイスが肉薄した。



 キャビーの首に目掛けて剣が振り抜かれ、彼は大きく身体を下げて交わした。



 だが、動きを読んでいたレイスは、彼の腹を蹴り、突き飛ばす。



 キャビーは地面に仰向けで倒れた。



 彼はそのまま、立ち上がろうとしない。


 

「はぁはぁ……おい、キャビー!! どうしたもう終わりなのか!?」



 そんなキャビーに、レイスは言う。



「さっきまでの威勢はどうした」



 彼はキャビーに近付くと、馬乗りになった。キャビーは眼をギュッと狭めていた。



「なんだお前……やけに弱気じゃないか」



「……結構、痛くて──」



 一部の骨が断ち切られ、胸の傷は皮下組織を超えて筋肉に到達している。



 キャビーは痛みのあまり、顔を顰めた。



「ここまでの怪我は初めてか」



 魔族時代に怪我をしたことはあったが、人間のそれとは痛みのレベルが違う。



 徐々に痛みが増す。



 こっちの方が断然痛かった。



「ええ」



「そりゃそうか。やっぱりガキだな、お前」



 レイスは冷たくそう言うと、捲し立てる。



「これはアイネじゃなく、お前の立てた作戦であってるな!? 獣人どもがお前みたいなガキと交渉するとでも思ったのか!? それも敵の拠点でだぞ!?  お前はもう少し頭が良いと思ったんだがなぁ」



 キャビーは顰めた顔で、レイスを睨み返す。



「私を侮辱するのは止めてください」



「こんな無様な格好でよく言えるな、お前」



 レイスは腰に付けたナイフを抜く。周囲を見回し、大きな黒い生物やそこで熟睡しているクィエを確認する。



 それらが動く気配はない。他の獣人達も、唖然と様子を伺うだけだ。



 ──気持ち悪い。



 キャビーが孕んだこの不気味な雰囲気が、どうもレイスには引っ掛かっている。何かを企んでいるのだろうか。



 しかし、レイスはこの機を逃す訳にはいかない。



 キャビーは、ここで殺しておいた方がいい。王国の未来の為にも、悪魔のようなこの子供は殺害すべきだ。



 彼はナイフを、キャビーの心臓に定めた。



 その時、アイネが地中から這い上がってくる。まるで黒い池のようなところから、出現した。



 彼女はレイスとキャビーに気付くと、下半身を地中に埋めた状態で叫んだ。



「師匠ぉっ!?」



 キャビーが負けた。それにも驚いているが、何よりレイスの殺意を彼女も感じ取ったのだ。



「ま待って!! 止めて、殺さないで!!」



 アイネは必死に訴え掛け、身体を表世界に引き出していく。



 しかし、そうしている間にナイフは下ろされた。



「──キャビーぃっ!!」



 レイスから剣を奪われたのは、今回で3度目になる。何らかの魔法が、彼の剣には掛かっているのだ。



 1度目は単純に魔力や筋力の差、自身の握力の低さなど、そういった要因によって、剣を落としたのだと思った。



 しかし、これが彼の魔法であると確信したのは、拠点での戦闘からだ。



 まるで力が抜けてしまった。



 レイスの剣が触れた瞬間、魔力が無くなったのだ。魔力が喪失したのか、吸収されたのか、出なくなったのか──



 キャビーは、突き下されたナイフを右手で掴み取った。そのまま、それは拮抗する。



「と、止めた!? くそっ──」



 レイスは驚愕に眼を見開く。



 突き下ろしたナイフにも、キャビーの魔力を突き破る為の、例の魔法が仕込んであった。


 

 しかし、受け止められてしまった。



「レイスさん。ずっと気になっていたんですよ。剣を3度も奪われてしまって──どんな魔法なんだろうって」



「……いわゆる初見殺しってヤツだ。俺を甘く見ていただろ、キャビーっ!!」



 レイスは更に魔力を込めて、キャビーを殺そうとする。だが、空中に固定されたように動かない。



「くそっ、なんでだ!?」



「剣が触れた時、私の魔力が消えました。強制的に引っ込んだのか、それとも出なくなったのか、喪失したのか──」



 キャビーはナイフを押さえながら、雄弁に語り始める。



「レイスさんの、あの一振りは全力でしたね。左側の傷は浅いですが」



 2撃目は油断しました、とキャビーは陽気に言う。



「よく喋るな、お前。勝った気でいるのか!?」



「まさか。レイスさん──やはり貴方の魔法は、魔力を喪失させるものです。闇魔法で、間違いないでしょう」



 レイスの剣に込めらたのは、彼が一度に出力出来るだけの全力の魔力だった。



 対してキャビーは、それを受け止めるだけの魔力を剣に乗せた。



 小石を飛ばしたのは、注意力と魔力を分散させる為──魔力の総量や質など、全てで劣っているレイスは、出来る限り、キャビーの剣から魔力を割きたかったらしい。



「貴方が全力で振ってくれたお陰で、何となく分かりました」



「なんだと!?」



「私もそこそこ魔力を出力しましたからね。剣が触れた時、魔力が消えました。ですが、全てではありませんでした」



 一度に消せる魔力には、限度があった。



「誤算だったのは、剣に宿った魔力だけでなく、腕というか、全身の魔力も消してしまうんですね」



 だから、失った魔力で押し負けた、という感覚ではなく、ただ剣が弾かれてすっぽ抜けてしまった。



「でもまぁ、良かったです。魔力を出せなくなるや、吸収される。完全に消し去る、とかであれば、このナイフを受け止めることは出来なかったでしょう」



「だから俺が消せる魔力よりも、更に多くの魔力を出力してるってか!?」



「ええ」



「舐めやがって!! この化け物がっ!!」



 大量の魔力を消費することになるが、それはレイスも同じだ。



 とても強力な魔法である代わりに、魔力消費も大きい。



 レイスの顔が険しくなる。

 カチカチと拮抗したナイフが揺れ始め、レイスの方に押されている。



「レイスさん。貴方は限界のようですね」



「……ああ、そうだ。俺のコアは増幅率が悪くてな。だが、お前はどうだ。これから獣人のところに行くんだろう? 魔力は持つのか?」



「まぁ確かに」



 レイスが突き下ろしたナイフに対抗する為には、消失する魔力を出力し続け、その上で彼の全力と同等の魔力でナイフを持たなければならない。

 


 キャビーであっても、結構な魔力消費となる。そもそも消失する魔力が大きい。



 これから獣人と、戦闘があるかも知れないのだ。無駄遣いは、確かに避けたいところだ。



 キャビーが次の手を打つ直前、アイネが叫んだ。裏世界から完全に抜け出したらしい。



「し、師匠ぉっ!! キャビーを離して!!」



 アイネは落ちていた剣を拾い、レイスにその剣先を向けていた。



「アイネ、何の真似だ」



 レイスが険しい顔で、しかし溜息混じりに言う。



「ア、アタシだって訓練したんです。メリーを救う為に……キャビーが必要なんです!!」



「震えているじゃないか。そんな状態で俺を切れるのか?」



 アイネは両手で構えた剣をビクビクと震わせていた。



 だが、決して彼を斬ることに躊躇していたからではない。



「なに──っ!?」



 アイネは剣を突き出し、レイスの二の腕を刺した。



 自分自身の為であれば他人を傷付けることも厭わない。そんな自分にガッカリし、恐怖していたのだ。



 レイスは思わず態勢を崩してしまう。



 キャビーは即座に彼を押し退け、拘束から逃れると、脚を蹴り上げた。



 それはレイスの顎にヒットする。



「ぐぁ……っ!? くそっ──」



 顎に強い衝撃を受けたことで、軽い脳震盪を起こす。なんとか意識を保っているものの、身体強化による保護が薄い箇所を狙われてしまった。



 すると、黒い巨体が彼の腹に噛み付き、そのまま木に叩き付けた。



 怪物の牙が、レイスを噛み砕こうとしている。



「こ、こいつはぁっ!?」



 ずっと待機していた大きな黒い百足だった。見ると、クィエが欠伸をして身体を伸ばしている。



 そんなクィエと共に、キャビーとアイネの3人がレイスの元へ訪れる。



「ア、アイネ……お前」



「ごめんね、師匠」



 アイネは剣を捨て、心苦しく胸に手を当てた。



「アタシはキャビーと行く。自分勝手だけど、間違ったことはしていないと思うから」



「これの何処が──」



「師匠……!! じゃあさ。何で、あの獣人達は、凄く怪我してるの……?」



 レイスは眼だけを獣人に向けた後、口篭る。



「獣人が取り返しに来たら、怒っちゃわない? そうなったら、また沢山死んじゃうよ……?」



「だからお前が返すのか? それでハッピーエンドってか? そんなのは、ただの理想でしかない」



「うん。でもアタシには、キャビーがいる。それにクィエも」



 クィエは、アイネに頭を押し付けると、レイスのことを見た。何が起きているのか、クィエは知らない。



 だが、雰囲気から察するに、レイスは敵であると判断した。姉に近付くものは容赦なく殺すと言わんばかりに、彼女はレイスを睨み付けた。



「それにアタシね。師匠が思ってるほど、理想論者じゃないよ──」



「必要であれば殺すのか……?」



 アイネは寂しそうに微笑み、「うん」と言った。



「呆れた奴だ。結局自分勝手で我儘なガキじゃねぇか」



「だって、あんな惨状を見たらさ、無理だって思うよ」



 レイスはまた言葉に詰まってしまった。

 あんな惨状というのは、おそらく兵士と獣人の死体の山のことだ。



「やっぱり犠牲は仕方ないよ。でも、アンタ達みたいに、痛め付けたりはしない」



 ハッピーエンドを、アタシは諦めたりしないよ。



 アイネはそう締め括った。



 大百足の牙が絞まり、レイスの鎧が折れ曲がる。



「キャビー……?」



「ああ、分かっている。お前は戻って獣人どもの見張りをしていろ」



 大百足に指示を出し、それはレイスを離して戻っていく。



 力なく地面に倒れたレイスと、キャビーは向き合う。



「もう傷は治したのか」



「骨だけでする。ラットのコアでは、それが限界でして」



「そうか。何故、あの百足を戦いに出さなかった」



 それについて、キャビーは答えず、会話を終える。



「レイスさん、今回は私の負けです」

「じゃあ師匠……またね」


 

 キャビーとアイネ、そしてクィエは、レイスの元から去っていく。立ち止まらず、彼らは先を進む。



 取り残されたレイスは、しがらみを物ともしない彼らを、少し羨ましく思い、見送った。



「まだ師匠って呼んでくれるのか──」



『作者メモ』


 さて、また小難しいことを書いてますが、やってることは簡単です。


 何が正しくて、何が間違っているのか、私にも分かりませんので、きっとアイネにも分からないでしょう。しかし、優柔不断なところはありますが、レイスを拒否し、先へ進むことを決意しました。まぁ殆ど戦ったのは、キャビーですがね……


 レイス戦はストック時に考えました。つまり、プロットの時は無かった話です。剣を使った戦闘させたいなぁ、ってことで、一応師匠であるレイスを作成しました。プロット段階では、ただのモブキャラです。


 今回の話、個人的には熱い展開ですが、如何ですかね。また、宜しくお願い致します。

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