第58話 決闘
大百足を橋代わりにして、川を渡る。
そのまま東へ真っ直ぐ進んでいく。
「キャビー。道は分かってるのよね」
「私の蝶が待機している。そこを目指して歩くだけだ」
大体2時間程度は歩く必要があった。到着するころには、朝の日差しを拝むことが出来るだろう。
「どうして獣人達は、まだ残ってるのかなぁ」
「コイツらを助けに来るつもりだったのか、怪我の手当て等で明日に持ち越したのか。それとも首輪を外してるのかもな」
奴隷に付けられた首輪は、魔力で形を変えるとても硬い金属が用いられている。融点が高く、加工するには専用の溶解炉が必要になるとのこと。加工の際に、別の金属を混ぜると、魔力に反応して収縮を始めるようになる。首輪は最終的に球体となり、停止する。
これを外すには、相当時間が掛かるらしい。
何にせよ、危険な森を進むには万全の状態で挑むのが良いだろう。
「どうせ兵士が攻めて来ることはないしな」
「そっか。じゃあ、急いで逃げる必要もないのか」
今回はそれが功を奏した。10人の奴隷を国に持ち去られていたら、かなり厄介なことになっていた。
「クィエちゃん。眠っちゃったね」
クィエは大百足の脚に抱かれて眠っていた。拠点で早めに就寝したはいいものの、限界が来たらしい。
「到着すれば戦闘になるかも知れないし。それにいざとなれば、人間どもを皆殺しに──」
キャビーはそこで言葉を切ると、立ち止まった。
「ん……? キャビー今、何て言ったの!?」
詰め寄ってくるアイネの口を閉ざす。
何かが、つけて来ている気がしたのだ。
キャビーは、闇魔法の探知範囲を広げる。
幾つかの蝶を顕現させ、飛ばした。
「んんんー」
口を塞がれたアイネは抵抗して、腕を振り回す。
「アイネ。お前、本当に誰にもバレていないだろうな!?」
「ん……!?」
アイネは頷いてみせるが、キャビーの探知には映っている。木の背後に、人間サイズの塊があった。
放った蝶が、その対象を発見する。
やはり人間だったようだ。蝶は激しく暴れ、それを伝えてきた。
拠点の方角から、つけている。
兵士に違いない。
「アイネ」
キャビーはアイネを間近に、睨み付ける。
「殺していいんだったよな」
ブルブルと彼女は首を振る。
キャビーは舌打ちをし、アイネを離した。
「迎え討つ。これ以上つけられるのは、面倒だ」
獣人の拠点の位置を兵士は知らない。尾行されれば、最悪増援が来ることもある。
今は捕虜を連れている為、歩くスピードは遅い。だが、兵士らが馬を走らせれば、ものの十数分で追い付かれるだろう。
「キャビー……ごめんね」
「分かったから、失せろ。戦闘の邪魔だ」
尾行している人間は、かなり慎重に動いていた。キャビーの探知外で動き、基本的に動きを止め、木に化けて移動している。
キャビーの能力をある程度知っている動き方だ。
しかし、その兵士は尾行にバレたことを悟り、あっさり姿を現した。
「やはり貴方でしたか」
「えっ、し、師匠!?」
月下に佇んでいたのは、彼らの師匠を務めるレイス・キャミラーだった。彼の瞳は夜風よりも冷たく、失望と嫌悪を讃えている。
既に剣を抜いており、キャビー達を敵と見做しているようだ。鎧を身に纏い、完全武装で歩いてくるところを見るに、最初から戦う気だったらしい。
「まさかお前達がここまでするとはな」
「し、師匠っ……聞いて! あのね──」
「黙れ、アイネ!! 俺は言った筈だぞ!! 容赦はしないと。それにこれは立派な利敵行為だ。王国民として、直ちに処刑されても文句はいえない」
レイスは言い放つ。そんな彼の怒りに触れ、アイネはおずおずと彼を呼ぶことしか出来ない。
「し、師匠ぉ……っ」
「お前達は、この獣人が何をしたのか分かっているのか!? 兵士14人を惨殺した。全員……俺の仲間だった……っ!! お前達はそれを逃そうとしている!!」
彼は獣人3人を順に指を差した。
戦いである以上、仲間を失うのは仕方がないことだ。王国の兵士として、彼は割り切っている。
だが、それを無下に扱う輩が居る。
許せる筈もなかった。
「言い訳があるのなら言ってみろ、アイネ」
「そ、それは……」
確かにそうだ、とアイネは納得し、狼狽する。
そう言えば、兵士らの想いを考えた事も無かった。
父やオエジェットに怒られてしまう。
自分のことしか、頭に無かった。
言い返せない。
だが、アイネは声を震わせながら、必死に伝える。
「ア、アタシは……こ、この3人と、メリーを、交換して貰いに……」
「な、何だそれ……」
レイスは呆れて、言葉に詰まる。
「そ、そんなことを考えていたのか!? なんて幼稚な──っ!!」
レイスは剣を振り、更に一歩近付いてくる。そんな彼の威圧が アイネを怯えさせる。
「お前はファイさんの子供を巻き込んで、俺達全員の気持ちを踏み躙り……自分勝手な行いに何の疑問も抱かなかったのか!? 年長者として、恥ずかしくないのか!?」
アイネは口を動かし、想いを伝えようとするが、声が出なかった。脚も竦んでしまい、後はもう泣き喚くしかない。
そんな時、キャビーが言う。
「それの何が悪いんです?」
開き直った訳ではない。
キャビーは純粋にそう尋ねているのだ。
「キャビー、お前……」
「私の目的はメリーの保護です。その為に全力を尽くしている。そもそも、遠征前にメリーを返してくれれば良かったんです」
「お前の奴隷じゃないだろ。何故お前がそこまでするんだ……!?」
キャビーが普通の人間とは違うことを、以前からレイスは感じていた。あのファイから生まれたのだから、ある程度納得してしまっていたが。
そんなキャビーが、他人の為にここまでするというのは、正直違和感でしかない。
そして、案の定キャビーは言い放つのだ。
「ええ。これはただの予行演習です。まぁ勿論、それだけではありませんが」
「な、何の話をしている。よ、予行演出……? つまりお前にとってこれは、遊びか!?」
「訓練といってください」
人類を滅ぼす為の、リハビリ代わりの訓練だ。
レイスは背中から倒れるように後退り、首を横に振る。
「い、い意味が分からん。これが訓練……? こ、これは命が掛かった本番なんだぞ!?」
「貴方に分かって貰う必要はありません」
「奴隷の命は軽いって話をしたよな!? 俺達の行動は確かに非情に見えたかも知れないが、全ては王国の為に行っている。国や家族、民を守る為に行っている。お前は俺達や王国、ファイさんまでも裏切るつもりか!?」
「知ったことか」
キャビーは一蹴する。
「私は元より、お前達の仲間ではない」
とんでもない発言だ。これを聞いているのが自分1人で良かった、とレイスはこの期に及んで思う。
「キャビネット・クライン。お前は一体、何なんだ!?」
「レイスさんが知る必要はありません。ここで殺します」
平然とキャビーは言っているが、それが虚言ではないとレイスは知っている。
「この俺と、本気でやる気なのか。キャビーっ!!」
レイスは剣を構え、キャビーも戦闘態勢に移る。そこでようやくアイネの仲裁が入る。
「ま、待ってキャビー!! 師匠も!!」
彼らの真ん中に立ち、両手を広げて、止めに掛かる。
「お、お願い止めて!!」
「アイネ。捕虜を返せ!! メリーは獣人のところで生きているんだろ!? 何故それじゃ駄目だった!!」
アイネはまた迷ってしまう。皆んなに嫌われてまで、自分勝手に生きるなんて出来ない。
だが、メリーに会いたい。念の為、生きていることを確認しておきたい。
もし見に行くだけなら、この捕虜は必要無いのかも知れない。そう思い至る。
「キャ、キャビー……あ、あのさ」
すると、いつの間にか隣に立っていたキャビーに、肩を叩かれる。
「キャビー……?」
「メリーを取り返す。これは私のプライドに賭けて絶対だ。この人間如きに阻まれて堪るものか。もし捕虜を返すというのなら、私とクィエで獣人どもを皆殺しにする──それでもいいのか?」
「え……? そ、そんなの駄目」
「だろうな。邪魔だから退け」
キャビーはアイネを突き飛ばす。彼女は背中から倒れ込み──
地面から突然姿を現した大浪に、裏世界へ引き摺り込まれていった。
「なんだ、今のは……」
レイスは小さく呟く。
「邪魔は居なくなりました。容赦しませんよ」
キャビーは空中から剣を抜き出すと、力なく腕を下ろした。剣先が地面に刺さり、ずるずると引き摺られて、レイスに近付いていく。
「こっちもだ──」
レイスは右手で剣構えた後、左手を地面と平行に横へ伸ばした。
すると、手首の「内側」に装飾されたコアが輝く。地面から小さな石が浮き上がり、凡ゆる方向に広がっていく。
レイスが作った簡易的なフィールドが出来上がった。
「何ですかこれ」
「俺の魔法は見たことが無かったろ。土魔法──重力魔法だ」
レイスの体内に宿るコア──僅かな土魔法適性。それを手首に装飾したコアで強化したのだ。
キャビーは目前にある小石に触れる。すると、レイスが込めた魔力と強く反発し、それは飛んでいく。
「なるほど。指定したエリアを石限定で無重力にするのではなく、石に直接付与しているのですね」
浮かせている間、継続して魔力消費を必要としないのが強みのようだ。その証拠に、レイスの手首にあるコアが光っていない。付与した時に体外のコアが必要であるなら、維持する時にも必要になる筈である。
「これを私に飛ばして来るのですか?」
レイスの強い魔力が込められている。彼が威力を強化する為に、追加で付与したものだ。
もっと大きな石であれば、あえて追加魔力を付与する必要もない。その代わり、浮かす際の魔力が増えてしまう。
威力と消費魔力の相関関係が出来ている。
当然、石を飛ばすにも魔力を消費する。重力を受けない分、安く済む筈だが。
「もの凄く効率、悪くないですか? 確かに沢山あって何処から飛んで来るのかは分かりませんが」
「勝手に言ってろ」
「ただの小細工ですね」
レイスは両手で剣を握り、摺り足でにじり寄っていく。キャビーも、剣を引き摺ったまま、両手を柄に添えた。
「いくぞ、キャビー」
「ええ」
静寂が彼らを包み込む。
互いの呼吸が合わさった時、それは戦闘開始の合図となる。
キャビーは地面を蹴ると、飛び出した。地を這うようにレイスへ接近する。斬り上げた剣は、レイスの首を標的としている。
空気を斬り裂き、剣が迫る──
刹那、金属音をひとつ鳴らした。
火花が散り、夜の暗闇に瞬く。
キャビーの剣をレイスが弾いたのだ。
弾かれたことで角度を変え、キャビーの剣は大きく上に逸れてしまった。彼はその勢いを素直に受け入れ、身体を捻って後退する。
レイスは剣を弾いた後、すぐさま左方から剣を振っており、キャビーに斬り掛かっていた。
しかし、レイスの剣は、後退しているキャビーには当たらない。
振り出しに戻り、
キャビーはもう一度斬り掛かる。魔力の篭った縦斬りを、レイスは剣を寝かせて弾く。次に放たれた横斬りも、脚を下げて弾いた。
レイスはキャビーの連撃を上手くいなしている。だが、キャビーの剣に込められた魔力の量や質は、レイスのそれよりも上回っている。
レイスは一歩身を引くことで、身長が小さく、腕の短いキャビーの剣を、受け流すようにして弾いた。真正面からキャビーの剣を受けてしまえば、確実に押し負けてしまうのだ。
それでも、キャビーは休むことなく迫っていく。攻撃にムラはなく、全ての剣が一撃必殺だ。
それを可能にしているのは、8年間の研鑽と、ファイから貰った肉体──そして、レイスに教わった剣術だ。
レイスは、防戦一方だった。
しかし、これはカタリナ村での模擬戦で既に分かっていた。
キャビーが3歳の時に行った初戦以降、幾度となく行った模擬戦は、全てレイスの敗退で終わっている。
しかし、そのお陰でキャビーの能力を少しずつ知ることが出来たのだ。
レイスはひたすら逃げながら、キャビーの剣を弾いていく。
キャビーはあらゆる物体の位置が分かる。特に自身に向かってくる物体に関しては、過剰な反応を示す。
レイスは逃げの一手を選択しながら、遂に無重力を付与した石を動かした。
それはキャビーの剣が左方向に弾かれた時だった。反対方向、つまり右上空から小さな石が高速で飛来してきたのだ。
「──ッ!!」
当然キャビーは、それを認識する。
しかし、剣で防ぐには間に合わず、であるなら魔力で防御する他ない。
幸い、弓矢などと違い、一点特化型の攻撃ではない。充分、魔力だけで防ぐことが可能だ。
キャビーはレイスを捉え続けているが、僅かに視線をズレした。石に意識を向けたのだ。
それは即ち、魔力が移動したことを示す。
防御をするには、少なくとも対象と同量の魔力が必要になる。先程確認した石に宿った魔力──それを防げる程度の魔力をキャビーは準備しておく。
だが、一方のレイスは、その隙を逃さない。
防御に特化していた彼が、突如剣を振りかぶったのだ。そこには一度に出力出来るだけの魔力が込められている。
レイスから放たれるは、強力な縦方向の斬撃。それが容赦なくキャビーを襲う。
キャビーも、左方向に弾かれた剣を構え直す。
互いの魔力がぶつかり合い、その衝撃は辺りに広がる。剣が重なり合えば、火花を散らした。
レイスの殺意に対し、同じだけの気迫を込める。しかし、キャビーの場合は、飛来する石にも注意を裂かなければならない。
放たれた小石が、彼に接近する──
その時になって気付いた。
小石には魔力が込められていなかったのだ。常時覆っている魔力だけで、充分に防げる。なんなら、防がなくとも良いレベルだ。
つまりこれは、レイスの陽動だったらしい。
鍔迫り合った剣は一瞬だけ均衡を保ったものの、しかし直ぐにレイスが優勢となる。
ぐいぐいと押された後、
キャビーの手から剣が抜け落ちた。
「──ッ!!」
僅かに勢いを失ったレイスの剣だが、やや軌道を変えてキャビーへ襲い掛かる。
剣を落とした彼は、瞬時に身を引くが、間に合わなかった。
振り下ろされた剣が、キャビーの身体を斬り裂く。
そして、彼が動揺している内に、もう一刀が迫る。
レイスは振り下ろした剣を切り返していた。脚を更に踏み込んで、下から上へ──剣を振るう。
それはキャビーの右胸を捉えて、骨を断ち切った。
鮮血が飛ぶ──
キャビーは後退り、膝を地面に落とした。
息を上げる。
キャビーは自分の身体を確認する。右の鎖骨が切断されたいた。左胸から右の骨盤、そして右胸から右肩に掛けて斬られてしまったようだ。
特に、追撃された右側の傷が深い。
「……はぁ……はぁ」
レイスは先の一刀、そして次のもう一刀にも、ありったけの魔力を集中させていた。その割には、受けた傷は浅いが。
キャビーは白いラットのコアを手に取り、骨を治そうとする。だが、その前にレイスが肉薄した。
キャビーの首に目掛けて剣が振り抜かれ、彼は大きく身体を下げて交わした。
だが、動きを読んでいたレイスは、彼の腹を蹴り、突き飛ばす。
キャビーは地面に仰向けで倒れた。
彼はそのまま、立ち上がろうとしない。
「はぁはぁ……おい、キャビー!! どうしたもう終わりなのか!?」
そんなキャビーに、レイスは言う。
「さっきまでの威勢はどうした」
彼はキャビーに近付くと、馬乗りになった。キャビーは眼をギュッと狭めていた。
「なんだお前……やけに弱気じゃないか」
「……結構、痛くて──」
一部の骨が断ち切られ、胸の傷は皮下組織を超えて筋肉に到達している。
キャビーは痛みのあまり、顔を顰めた。
「ここまでの怪我は初めてか」
魔族時代に怪我をしたことはあったが、人間のそれとは痛みのレベルが違う。
徐々に痛みが増す。
こっちの方が断然痛かった。
「ええ」
「そりゃそうか。やっぱりガキだな、お前」
レイスは冷たくそう言うと、捲し立てる。
「これはアイネじゃなく、お前の立てた作戦であってるな!? 獣人どもがお前みたいなガキと交渉するとでも思ったのか!? それも敵の拠点でだぞ!? お前はもう少し頭が良いと思ったんだがなぁ」
キャビーは顰めた顔で、レイスを睨み返す。
「私を侮辱するのは止めてください」
「こんな無様な格好でよく言えるな、お前」
レイスは腰に付けたナイフを抜く。周囲を見回し、大きな黒い生物やそこで熟睡しているクィエを確認する。
それらが動く気配はない。他の獣人達も、唖然と様子を伺うだけだ。
──気持ち悪い。
キャビーが孕んだこの不気味な雰囲気が、どうもレイスには引っ掛かっている。何かを企んでいるのだろうか。
しかし、レイスはこの機を逃す訳にはいかない。
キャビーは、ここで殺しておいた方がいい。王国の未来の為にも、悪魔のようなこの子供は殺害すべきだ。
彼はナイフを、キャビーの心臓に定めた。
その時、アイネが地中から這い上がってくる。まるで黒い池のようなところから、出現した。
彼女はレイスとキャビーに気付くと、下半身を地中に埋めた状態で叫んだ。
「師匠ぉっ!?」
キャビーが負けた。それにも驚いているが、何よりレイスの殺意を彼女も感じ取ったのだ。
「ま待って!! 止めて、殺さないで!!」
アイネは必死に訴え掛け、身体を表世界に引き出していく。
しかし、そうしている間にナイフは下ろされた。
「──キャビーぃっ!!」
レイスから剣を奪われたのは、今回で3度目になる。何らかの魔法が、彼の剣には掛かっているのだ。
1度目は単純に魔力や筋力の差、自身の握力の低さなど、そういった要因によって、剣を落としたのだと思った。
しかし、これが彼の魔法であると確信したのは、拠点での戦闘からだ。
まるで力が抜けてしまった。
レイスの剣が触れた瞬間、魔力が無くなったのだ。魔力が喪失したのか、吸収されたのか、出なくなったのか──
キャビーは、突き下されたナイフを右手で掴み取った。そのまま、それは拮抗する。
「と、止めた!? くそっ──」
レイスは驚愕に眼を見開く。
突き下ろしたナイフにも、キャビーの魔力を突き破る為の、例の魔法が仕込んであった。
しかし、受け止められてしまった。
「レイスさん。ずっと気になっていたんですよ。剣を3度も奪われてしまって──どんな魔法なんだろうって」
「……いわゆる初見殺しってヤツだ。俺を甘く見ていただろ、キャビーっ!!」
レイスは更に魔力を込めて、キャビーを殺そうとする。だが、空中に固定されたように動かない。
「くそっ、なんでだ!?」
「剣が触れた時、私の魔力が消えました。強制的に引っ込んだのか、それとも出なくなったのか、喪失したのか──」
キャビーはナイフを押さえながら、雄弁に語り始める。
「レイスさんの、あの一振りは全力でしたね。左側の傷は浅いですが」
2撃目は油断しました、とキャビーは陽気に言う。
「よく喋るな、お前。勝った気でいるのか!?」
「まさか。レイスさん──やはり貴方の魔法は、魔力を喪失させるものです。闇魔法で、間違いないでしょう」
レイスの剣に込めらたのは、彼が一度に出力出来るだけの全力の魔力だった。
対してキャビーは、それを受け止めるだけの魔力を剣に乗せた。
小石を飛ばしたのは、注意力と魔力を分散させる為──魔力の総量や質など、全てで劣っているレイスは、出来る限り、キャビーの剣から魔力を割きたかったらしい。
「貴方が全力で振ってくれたお陰で、何となく分かりました」
「なんだと!?」
「私もそこそこ魔力を出力しましたからね。剣が触れた時、魔力が消えました。ですが、全てではありませんでした」
一度に消せる魔力には、限度があった。
「誤算だったのは、剣に宿った魔力だけでなく、腕というか、全身の魔力も消してしまうんですね」
だから、失った魔力で押し負けた、という感覚ではなく、ただ剣が弾かれてすっぽ抜けてしまった。
「でもまぁ、良かったです。魔力を出せなくなるや、吸収される。完全に消し去る、とかであれば、このナイフを受け止めることは出来なかったでしょう」
「だから俺が消せる魔力よりも、更に多くの魔力を出力してるってか!?」
「ええ」
「舐めやがって!! この化け物がっ!!」
大量の魔力を消費することになるが、それはレイスも同じだ。
とても強力な魔法である代わりに、魔力消費も大きい。
レイスの顔が険しくなる。
カチカチと拮抗したナイフが揺れ始め、レイスの方に押されている。
「レイスさん。貴方は限界のようですね」
「……ああ、そうだ。俺のコアは増幅率が悪くてな。だが、お前はどうだ。これから獣人のところに行くんだろう? 魔力は持つのか?」
「まぁ確かに」
レイスが突き下ろしたナイフに対抗する為には、消失する魔力を出力し続け、その上で彼の全力と同等の魔力でナイフを持たなければならない。
キャビーであっても、結構な魔力消費となる。そもそも消失する魔力が大きい。
これから獣人と、戦闘があるかも知れないのだ。無駄遣いは、確かに避けたいところだ。
キャビーが次の手を打つ直前、アイネが叫んだ。裏世界から完全に抜け出したらしい。
「し、師匠ぉっ!! キャビーを離して!!」
アイネは落ちていた剣を拾い、レイスにその剣先を向けていた。
「アイネ、何の真似だ」
レイスが険しい顔で、しかし溜息混じりに言う。
「ア、アタシだって訓練したんです。メリーを救う為に……キャビーが必要なんです!!」
「震えているじゃないか。そんな状態で俺を切れるのか?」
アイネは両手で構えた剣をビクビクと震わせていた。
だが、決して彼を斬ることに躊躇していたからではない。
「なに──っ!?」
アイネは剣を突き出し、レイスの二の腕を刺した。
自分自身の為であれば他人を傷付けることも厭わない。そんな自分にガッカリし、恐怖していたのだ。
レイスは思わず態勢を崩してしまう。
キャビーは即座に彼を押し退け、拘束から逃れると、脚を蹴り上げた。
それはレイスの顎にヒットする。
「ぐぁ……っ!? くそっ──」
顎に強い衝撃を受けたことで、軽い脳震盪を起こす。なんとか意識を保っているものの、身体強化による保護が薄い箇所を狙われてしまった。
すると、黒い巨体が彼の腹に噛み付き、そのまま木に叩き付けた。
怪物の牙が、レイスを噛み砕こうとしている。
「こ、こいつはぁっ!?」
ずっと待機していた大きな黒い百足だった。見ると、クィエが欠伸をして身体を伸ばしている。
そんなクィエと共に、キャビーとアイネの3人がレイスの元へ訪れる。
「ア、アイネ……お前」
「ごめんね、師匠」
アイネは剣を捨て、心苦しく胸に手を当てた。
「アタシはキャビーと行く。自分勝手だけど、間違ったことはしていないと思うから」
「これの何処が──」
「師匠……!! じゃあさ。何で、あの獣人達は、凄く怪我してるの……?」
レイスは眼だけを獣人に向けた後、口篭る。
「獣人が取り返しに来たら、怒っちゃわない? そうなったら、また沢山死んじゃうよ……?」
「だからお前が返すのか? それでハッピーエンドってか? そんなのは、ただの理想でしかない」
「うん。でもアタシには、キャビーがいる。それにクィエも」
クィエは、アイネに頭を押し付けると、レイスのことを見た。何が起きているのか、クィエは知らない。
だが、雰囲気から察するに、レイスは敵であると判断した。姉に近付くものは容赦なく殺すと言わんばかりに、彼女はレイスを睨み付けた。
「それにアタシね。師匠が思ってるほど、理想論者じゃないよ──」
「必要であれば殺すのか……?」
アイネは寂しそうに微笑み、「うん」と言った。
「呆れた奴だ。結局自分勝手で我儘なガキじゃねぇか」
「だって、あんな惨状を見たらさ、無理だって思うよ」
レイスはまた言葉に詰まってしまった。
あんな惨状というのは、おそらく兵士と獣人の死体の山のことだ。
「やっぱり犠牲は仕方ないよ。でも、アンタ達みたいに、痛め付けたりはしない」
ハッピーエンドを、アタシは諦めたりしないよ。
アイネはそう締め括った。
大百足の牙が絞まり、レイスの鎧が折れ曲がる。
「キャビー……?」
「ああ、分かっている。お前は戻って獣人どもの見張りをしていろ」
大百足に指示を出し、それはレイスを離して戻っていく。
力なく地面に倒れたレイスと、キャビーは向き合う。
「もう傷は治したのか」
「骨だけでする。ラットのコアでは、それが限界でして」
「そうか。何故、あの百足を戦いに出さなかった」
それについて、キャビーは答えず、会話を終える。
「レイスさん、今回は私の負けです」
「じゃあ師匠……またね」
キャビーとアイネ、そしてクィエは、レイスの元から去っていく。立ち止まらず、彼らは先を進む。
取り残されたレイスは、しがらみを物ともしない彼らを、少し羨ましく思い、見送った。
「まだ師匠って呼んでくれるのか──」
『作者メモ』
さて、また小難しいことを書いてますが、やってることは簡単です。
何が正しくて、何が間違っているのか、私にも分かりませんので、きっとアイネにも分からないでしょう。しかし、優柔不断なところはありますが、レイスを拒否し、先へ進むことを決意しました。まぁ殆ど戦ったのは、キャビーですがね……
レイス戦はストック時に考えました。つまり、プロットの時は無かった話です。剣を使った戦闘させたいなぁ、ってことで、一応師匠であるレイスを作成しました。プロット段階では、ただのモブキャラです。
今回の話、個人的には熱い展開ですが、如何ですかね。また、宜しくお願い致します。
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