第57話 捕虜


 大浪を倒し、川沿いに沿って歩く。



 試しに顕現化させた大浪は、分裂前の姿だった。真っ黒な身体はそのままに、3つの細長い眼がバラバラに視点を定める。電気を纏い、生前のそれと同じだ。



「お兄様見て見てぇ。ワンちゃん、面白ぉい」



 クィエは氷で作ったボールを飛ばしていた。それを大浪は、喜んで取りに行くのだ。



 ほんの僅かな時間で野生を失ってしまった。キャビーは呆れて、「良かったな」と返す。



 思えば、大浪の頭はあまり良くないように思える。特に3体に分裂した際の頭脳は、幼児並みに悪い。



 ただ喚くばかりで、逃走を選択するまでに時間を要していた。加えて、逃走ルートは3体とも同じ方向だった。全員別々の方向に逃げていれば、捕まえるのは困難だっただろう。



 分裂する行為は、大浪にとってもリスクがあったようだ。



「クィエちゃん、楽しそうね」

「うん!」

「アタシもいーれて」

「いいよぉ」

「じゃあ、鬼ごっこしよっか」

「クィエ、鬼ちゃう」



 大浪の魂はとても小さく歪な形をしている。3体に分裂した際は、もっと不思議な形態を取っていた。



 3体で1つの魂を共有していたのだ。



 全員が同じ魂を持っているのではなく、どちらといえば、全員魂を持っていなかった。それは、彼らの外側にあったのだ。



 つまり、司令塔が外部にあるということ。



 逃走の際、3体の狼の動きがシンクロしていたのも、魂の共有が関係していると思われる。



 その外部という概念については、よく分からなかった。顕現魔法のように、主となるものがあるのらだろうが。



 3体に分裂し、頭が悪くなったとしても、キャビーが手動で操作──厳密には頭の中で指示を出し続ければ、それなりの戦闘力が得られる筈だ。



 顕現魔法に限れば、分裂はメリットにもなり得る。



 最後に、あれは元々3体の狼が合体していたのではないらしい。あくまで1体の大浪が本来の姿だ。



「アイネお姉さん。好き好き」



 クィエはボール遊びに飽きたらしい。ボールを持ち帰ってきた大浪は、舌を出して投げてくれるのを待っている。しかし、クィエが外方を向いてしまった為、耳を垂らして落ち込んだ。



「どうしたの急に。甘えたくなった?」

「うん。ちゅっ」



 そんな、アイネに寄り添うクィエを、キャビーはひと睨みする。すると、彼女はそこを離れて、兄に愛を告げるのだった。



「クィエ、お兄様が1番。好ぅきっ」



「よし」



「いや、よしじゃないし。アンタ、本当に独占欲が強いわよね。アタシ帰ったら、何されちゃうのかしら……」



 アイネは、カタリナ村に帰った後のことを憂う。何をしてもいいと言った手前、約束を反故にすることは無いが、どのような要望をされてしまうのだろう。



 彼女は両手を抱き、ブルブルと震えた。



「着いた。奴隷を解放するぞ」



 また1時間程度を要して、拠点付近に戻ってきた。ここは丁度、馬車道の行き止まりだ。



「あの3人よね」



「クィエの敵でしょ?」



「クィエちゃん。あの人達を傷付けちゃだめよ」



「分かってるよぉ」



「あら。そうだったの。はぁ良かった……」



 奴隷と2人の獣人は、優に12時間以上木に縛り付けらている。現在は眼を閉じ、眠っているようだが、その顔は険しい。とても休めている様子はない。



 キャビーは顕現化した大百足の頭に乗り、剣を抜いた。



「おい、起きろ」



 彼の声に反応して、真っ先に眼を覚ましたのは奴隷の獣人だった。彼女は状況を理解すると、答える。



「はぃ……ご用でしょうか」



 とても辛そうにしているが、奴隷根性は伊達じゃない。彼女はこんな状態でも礼儀をわきまえ、傷だらけの顔で笑顔を向けた。



「私の言うことを聞けば、逃してやる」



 奴隷は閉じ切った片方の眼を僅かに開いて、驚きの表情を浮かべる。



「ど、どうして……?」



「奴隷の分際で私に問い掛けるな。はい、か、いいえだ」



 子供の言うことだ。大人達の同意は恐らくないだろう。後が怖い──



 しかし、彼女にとっては、これが最後の希望に思えた。奴隷といえど、生きたいのだ。僅かな活力が、彼女に溢れる。



 彼女は何度も頷いた。



「よし」



 キャビーは剣を振るうと、縄が切れた。彼女は倒れ込み、疲れ切った脚を休める。



「だ、大丈夫……?」



 アイネの介抱を、奴隷は素直に受け入れる。



「酷い……ここまでする必要あるの?」



 近くで見ると、思ったよりも傷が酷かった。アイネは、これを行った大人に怒りを覚える。



「キャビー。アタシ、拠点に戻って道具を取ってくるね。応急処置しないと──」



「兵士にバレたら、皆殺しにする。それでもいいなら、行ってこい」



 アイネは唾を呑み、「分かった」と決意を露わに了承した。



 それから、獣人の兵士も順に眼を覚ました。彼らはキャビーの向けた剣に気付くと、反抗心を剥き出しにする。



「お、おいっ。嘘だろ!?」

「まだ痛み付け足りないってのか!?」

「つこ、どうして人間のガキが──」



 すると、少年にしては身長が高いことに気付き、彼らは下を見る。



 牙を携えた赤眼の怪物が、睨み付けていた。



「ひぃっ──!?」

「な、なんだコイツは!?」



「黙れ」



 キャビーは言うと、剣を振るう。切先が獣人の口に当たり、僅かに裂ける。斬られた獣人は悶絶する。



「ここから逃してやる。だが、私の言うことは絶対遵守だ」



 これに対し、2人の獣人は互いに顔を見合わせた。彼らも驚きを隠せないようだ。



「な、何が目的だ」



 少年の意図を計りかねて、尋ね返してみる。だが、少年は「黙れ」と一蹴するのであった。



「ここで死ぬか、逃げるか。どっちだ」



 これ以上、少年を刺激するのは良くない。そう判断した獣人達は「逃げる」を選択し、頷くのであった。



 キャビーは縄を切り、彼らを解放する。



 奴隷と同じく、彼らも倒れ込んだ。縛り付けられていたとはいえ、長時間立ち続けていたのだ。



 アイネが戻ってくるまでの僅かな時間を、獣人達は休息に当てる。



 少して、アイネが戻ってきた。



「バレてないだろうな」



「うん。ねぇキャビー、このコアで傷を治せたりしない?」



 アイネは、加工された白いコアの欠片を1つ、キャビーに差し出した。



 それはキャビーが所持しているラットのコアよりも、遥かに質が良い。ラットのコアでは、骨を修復することしか出来なかった。



 皮膚を治せないのは、キャビーの癖によるものだ。だが、質の良いコアを破壊すれば、或いは傷を治すことも出来るかも知れない。



「みゃーさんからくすねて来たな」



 良くやった、とキャビーはコアの欠片を受け取った。アイネは笑顔になり、



「じゃあ──」


 

 と、期待を向けるが。



「これはいざとなったら使う。私の為にな」



「えっ!? な、なんでよぉっ!?」



「このゴミどもには勿体無い」



 ピクリと、獣人の兵士が反応する。彼らは口を閉ざして、少年を睨み付けた。



「アイネ、それに見てみろ。奴隷の首を」



 奴隷の首には、当然ながら魔力に反応して収縮する首輪が付けられている。



「あれって……」



「そうだ。魔力に触れただけで、コイツらは死ぬ」



「取り外すことは……?」



「鍵がなければ無理だな」



 身体強化を使って取り外そうものなら、その前に首が絞まってしまうのだ。



「わ、分かった。じゃあ、包帯と薬。それから乾パンも持ってきたから」



 そう言って、アイネは奴隷から処置していく。奴隷は乾パンを遠慮なく食らい付いた。



「相当、お腹が減っていたのね」



 獣人の兵士にも乾パンを渡したが、彼らは受け取らなかった。



 厳しい訓練によって鍛えられた彼らの精神は、人間による施しを拒絶したのだ。



「人間から施しは要らない!」

「解放して貰ったことには感謝するが、それ以外は不要だ。俺達はお前らを絶対に許さないっ!」



 獣人の兵士らも、奴隷と同じく傷付いている。戦いで仕方ないとはいえ、アイネの心を苦しめる結果となった。



「ご、ごめんなさい……」



 彼女は眉を顰めて、彼らの元から身を引く。それから奴隷の応急処置を再開する。



「ごめんなさい。全然、上手く出来なくて」



 だが、やはり傷の量が多く、包帯や消毒は焼石に水だった。



「いえ。有難う御座います。お陰で元気になりました」



 奴隷は気を使って笑う。アイネはそんな純粋な笑顔でさえ、苦しくなるのだった。



「アイネ、行くぞ。もう時間がない」



「う、うん。でも……」



「放っておけ。本来なら生かす価値の無い人間だ」



「そ、そんな言い方しなくたって──」



 目的地は獣人達の拠点だ。其処には、キャビーが顕現化した蝶が尾行している。



 キャビーは先頭を歩き扇動する。顕現体が獣人と奴隷を煽り、歩かせた。



 彼らは獣人の拠点を目指し、出発するのであった。



『作者メモ』



 昨日、投稿出来ませんでし。


 今回の話はめっちゃ薄いんですが、まぁ少しは必要な描写だと思うので……


 話が薄いので、本当は次回の話と一緒に投稿しようとしていたのですが、全く纏まりませんでした。今日中に作成し、明日投稿します。


 宜しくお願い致します。

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