第55話 葛藤


 レイスが見守る中、アイネは2人分の死体を前にする。決心ができ次第、彼女は死体に触れ、顔を確かめた。



「違う。こっちも。メリーはもっと、耳が大きいし、鼻が小さい……でも──」



 死体を見るのはこれで2度目になる。それは人の形をしているが、人ではない何かのようで──しかし、明確な強い意思が宿っている。



 死の瞬間を写した絶望色の瞳が、いつまでも何かを訴えている。



「可哀想に……ちゃんと天国に行ってね」 



 アイネは彼女らの眼を閉ざしてあげると、手を合わせた。



「アイネ……? お前の奴隷じゃ、なかったんだな?」



「うん、師匠。それと、奴隷じゃなくて、メリーね」



「そ、そうか。悪かった。じゃ、じゃあ、メリーは獣人のところに居るのかもな……えっと、良かったな」



 レイスも奴隷を殺している1人である。嫌な顔ひとつせず向き合ってくれるアイネであっても、内心嫌悪しているに違いない。



 レイスはそう思い、遠慮がちに笑った。



「ア、アイネ? どこ見てるんだ?」



「一応、確かめておこうかなって。キャビーみたいに」



 積まれた死体の山を、彼女は上から順に見ていった。キャビーは自分の眼で見たものを信じていた。アイネもそれに習おうと思ったのだ。



「うん……居ない。師匠、死体はこれで全部なの……?」



「いや、実は向こうにもあってな……」



 川に沿った先──先行部隊が殺した獣人の死体が、そこに捨てられている。レイスは遂、言ってしまった。



「分かった。教えてくれて、有難う。師匠」



「ちょ、ちょっと待て! まさか確かめに行くつもりじゃないよな!?」



「行くよ。キャビーが着いて来てくれる。それにクィエもね」



「だ、だからって行かせられる訳ないだろ。トッドさんには何て説明する!? また怒られるぞ!?」



「それはもういいの。アタシはメリーを見つけるまで諦めない。キャビーがアタシを導いてくれるから」



 死体を確かめるよう言ってきた時、キャビーの任務に対する熱意を改めて知れた。アイネはそんな彼が、とても頼もしく見えた。



「お前もなんだな、アイネ」



「師匠、何の話?」



「いや」



 唯一の肉親であるトッドの言い付けを悉く破り、キャビーと同様に自分の我を押し通す。



「それは子供の特権か、それともお前達が特別か?」


  

 少し羨ましく思うのは、何故だろう。



 レイスは呟いた後、悪さをするならバレないように、と教え込んだ。



「俺が見つけたら、容赦なく立ちはだかるからな」



「うん、分かった。師匠」



 アイネはレイスの元を離れた。





「お兄様ぁ。ちゅーしよ。ちゅー」


 

 死体の傍に埋めてある装着を、キャビーは不意に発見した。杭のような形をしているが、上部には小さなコアが3つ装飾されている。



「これは……魔力増幅を応用したものか?」



 体内に1つのコア、それから体外に1つのコア。計2つのコアを用意すれば、通常よりも強力な魔法が放てる。



 しかし、魔法の使い方を身体が知っているように、魔法の許容量もまた身体が知っている。つまり、2度の魔力増幅を行えば、直感的な部分が狂い、扱いがかなり難しくなる。



 斬り合いの狭間に、コアを重ね掛けした魔法を放つのは、とても困難だ。無論、魔力操作を誤れば、自身を含めた周囲へのダメージは免れない。



 更に言えば、戦闘中、コアを常に身に付ける必要がある。それは、弱点を増やすことに他ならない。コアが破壊されると、膨大なエネルギーが放出されるからだ。



「ねぇお兄様ぁ。ちゅっちゅー」



「コアが3つも。それぞれが魔力増幅を繰り返し、無限に増幅し続けてしまう」



 この杭のようなものは、無限魔力増幅をコントロールする技術が付与されている。今は作動していない為、分からないが、恐らくそうだろう。



「人間はそこまで技術が発達しているのか」



 魔王との長きに渡る戦いを終えた直後、人間はたった100年と少しで、無限魔力増幅を克服した。



 無限魔力増幅といえば、より強力な魔法を発動させる為に、ある人間が引き起こした重大な事故が真っ先に思い浮かぶ。



 国をひとつ滅ぼしたといわれるそれは、超巨大な竜巻が、現在も永遠に起こり続けている。竜巻の中には、お宝があるなどの噂が魔族の間でも囁かれていた。それくらい有名であり、誰にも近付くことが出来ない場所だ。



 流石にこの規模の事故は、以後起きていないが、コアを3つ以上使わないのが、当たり前の世の中だった。



「そういえば、メリーも言ってたな」



 ──装置がある。



 恐らくこの杭によって出力された幻影魔法で、カタリナ村の周囲を保護しているのだ。



 ここに辿り着く前、死体の山が消えていたのは、この杭が作動していたからだ。



「これ、貰っておこ」



「お兄様ぁ」



「なんだ、うるさいな」



「ちゅーしよ」



「ん、ほっぺな。口はキモい」



 キャビーは右頬をクィエに差し出す。彼女は大いに喜んで、キスをした。



「アイネの所為でまた変なことを……」



「アタシの、なんだって!?」



 すると、死体の山から離れたアイネが、直ぐ背後にやって来ていた。キャビーは振り返り、死体について尋ねる。



「どうだった?」



「全部メリーじゃなかったよ」



「そうか。では、やはり耳付き人間に連れて行かれたか」



「耳付き……? キャビーあのね。師匠から聞いたんだけど、川を上った先にも殺した獣人が居るんだって」



 恐らく水質調査チームと、拠点整備チームに別れていた。とアイネは説明した。



「だろうな。あの厄介な隊長が居て、ここまでの被害が出るとは思わない」



 キャビーはズラっと並んだ兵士の死体を見て、言う。



「うん。それで、向こうも見に行きたいんだけど。いいかな……?」



「当たり前だ。準備はしておけ」



 拠点を抜け出そうとすれば、どうしてもいずれかの兵士に見つかってしまうだろう。



 レイスならどうとでもなるが、その他の兵士はキャビーのことをあまり良く思っていないようだった。



 話し合いの結果、作戦は今夜決行するこに決まった。



 夕方まで時間を潰し、兵士が狩ってきた肉を食べた。ここで獲れた肉は、命晶体が含まれており、川の水同様にとても美味しかった。



 それから3人は、医務室に移動する。そこでは、ミャーファイナルが毛布を被り、楽な体勢で本を読んでいた。



「また来たのか、ガキども。面倒ごとはごめんにゃ。さっさとあっち行くにゃ」



「みゃーさん、ここで寝るので毛布を貸して下さい」



「今はみゃーが使ってるにゃ。寒かったら、抱き合って寝ればいいにゃ」



 そういえば鞄に毛布代わりの布が入っていた。しかし、そんなことをすっかり忘れている彼らは、ミャーファイナルに近付いていく。



「な、なんにゃ……これは貸してやんないにゃ」



「そこで寝るので脚を広げてください」



「にゃ!?」



 キャビーは強引に彼女の毛布を取り上げ、脚を押し広げる。クィエを真ん中に添えて、3人はミャーファイナルの股下で眠ることにした。



「ガキどもぉ……っ!!」



「それでは、おやすみなさい」



 常識枠だと思っていたアイネですら、キャビーの行動に眼を逸らし、ミャーファイナルの元で横になっている。



 彼女は悪態を吐きながらも、そのまま静かに本を読んだ。



 旅の疲れも相まって、3人は熟睡する。気が付けば、夜になっていた。



 アイネは眼を覚まし、毛布から顔を出す。ミャーファイナルは、隣で毛布を着ずに眠っていた。



「みゃーさん……」



 キャビーを起こし、アイネはクィエを背負った。



「また変な夢を見た気がする……」



 キャビーは頭を押さえ、呟く。



「変な夢……?」



「うん。母上がさ──あっいや、なんでもない」



 アイネは首を傾げる。しかし、キャビーが言いたそうにしないので、この話は聞かなかったことにした。



「みゃーさん、毛布を有難う」



 ミャーファイナルに毛布を返し、彼らは医務室を後にする。





 寝ている兵士の間を掻い潜り、3人は川の上流を目指して歩いていく。



 森は深い闇に包まれ、葉の付いていない木々は、枯れ木のように見えて雰囲気を煽る。



 昼間と比べ、空は非常に静かだ。夜目の利かない飛翔生物は、聳え立つ巨木で休んでいるのだろう。



 その変わり、死体を貪り食う夜行性の生物が活動を開始する。



「忘れてた。早く行かないと、死体が食べられちゃう」



 死体を探しに行くだけなので、荷物は最小限にしている。身軽な彼らは、いつもより速い速度で川辺を歩いた。



 馬車道の行き止まりまでやって来ると、唸り声が聞こえ始める。



 殺してくれ。

 助けて。

 頑張れ。



 など、様々な声があった。声の正体は、捕らえられた獣人達だ。今だに木に縛り付けられ、放置されている。



 野生生物に食われても別にいい。そんな扱いだ。



「アイネ。あれに構ってる暇はない」



「わ、分かってる。分かってるよぉ」



 そうは言っても、アイネは遠目に獣人達を捉えて、やはり不憫に思ってしまう。



 温厚なオエジェットでさえ、獣人の扱いはこの程度である。それが王国に仕える兵士としての姿勢らしい。



 彼らの獣人に対する扱いは、とても非情だ。



 それは既に、奴隷を一人残らず殺害している時点で分かっていたことだ。捕虜の悲惨な様子を見て、アイネの中で悪い想像が膨らんでしまう。



「クィエ、あれ殺して来る?」



「クィエちゃん、駄目よ。ファイさんからも言われてるんでしょ。お姉さんとも約束ね」



「わかた。約束ぅ」



 寝起きのクィエは、調子が良く、飛び跳ねながらアイネと手を繋いでいる。そんな彼女らに、いつしか慣れてしまったキャビーは、やや苛立ちを覚えつつも、何も言わず先を急いだ。



「どれくらい先かなぁ。流石にそこまで離れてないよね?」



「馬の足跡が一部だが、薄ら残ってる。徒歩だと少し遠いかもな」



 アイネは雑草の生えた地面を観察してみるも、足跡のことは良く分からなかった。



「暗いのに、良く分かるね」



 月が巨木に隠れてしまって、森の奥は洞窟の入り口のようになっている。川の勢いが増し、時折小魚が跳ねた。



 すると、浮遊体──エンミの仲間らしき生物が通り過ぎていく。それは薄いピンク色だったり、青かったりと、それぞれ姿形も違えば、色も違う。



 それらは、キャビー達を通り過ぎた後、暗闇に消えた。



「──っ」


 

 その時、キャビーがエンミの去った方向へ身体を向け、ナイフを構えた。続いて、クィエも戦闘準備に入る。



「な、何!? 敵……!?」



 側方の暗闇から、薄らと輪郭が生じ始めた。それはのっしりとし、巨体だった。背中はゴツゴツと幾つもの瘤があり、4足の太い脚で身体を支えている。



 頭部には鹿のような角があった。



 それは直ぐ近くまで来ると、停止した。キャビー達を豆粒のような小さな眼で、観察している。まるで敵意はなかった。



「敵じゃないのか」



「そう、みたいね……あっ、上! 上見て、エンミが瘤にくっついてるよ!」



 クラゲのような浮遊体──エンミは、瘤を覆うように張り付いている。



「わぁ、凄い。何してるんだろう。これって、資料には載って無かった気がする。だとしたら、新種の生物だ──クィエちゃん、凄いね」



「これ、怖くない……?」



 クィエは身体を縮めて、アイネに尋ねる。自身よりも遥かに巨大なそれは、既にクィエの射程圏内を超え、パーソナルスペースに侵入している。



 普段は氷で撃退するところを、今回は兄に習って攻撃しなかった。3歳の少女には、この巨体は怖かった。



「大丈夫。ほら見て、歯の形が尖ってないでしょ。この辺りは、他の森と違って雑草も生えてるし、この子は争いを好まない草食動物よ」



 瘤付きのそれも、人間を敵とは見做していないようだ。



「クィエも触る」



「うん、いいよ」



 アイネはクィエを抱っこし、触らせてあげる。



「どぉ? 短い毛が生えてて、意外とスルスル指が滑るでしょ。呼吸も力強くて、温かい」



「うむ」



 すると、それが「ウルルゥ」と唸り声を発し、ブルブルと身体を震わせた。



 クィエは驚いて、身体を反転させる。アイネに抱き着いた。



「嫌っ。嫌ぁぁ」



「あはははっ。ただ身体がこしょばかっただけよ。大丈夫だよ」



「そうなの……」



「うん!」



 クィエはそっと、それに向き直る。



 ひとしきり交流した後、エンミに動きがあった。



「見て見て、エンミが」



 瘤に吸い付き、それを持ち去ってしまった。その瞬間、巨体の中から大量のガスが放出される。



「うわっ!? ──ちょっと、臭っさいってっ!?」



 体内で生成された生暖かいガス。鼻が捻じ曲がりそうな程、臭かった。


 

 一行は鼻を摘み、顔を伏せた。それでも臭いのは変わらない。



「クィエ、絶対に吸うなよ。おいアイネ、これって──」



「言わないで。言わなくていいからね」



「く、くちゃい……」

 


 放出されたガスが止むと、何かが吹き出していることに気付く。綿が付いていて、空高く飛んでいくものもあれば、横に開いた突起物を羽代わりにして、浮き上がった後森の奥へ飛行するものもあった。



「凄い、これ全部植物の種だわ。食べた草に紛れた種を消化せず再利用するんだ。きっと種は凄く硬いか、体内で実るのかな……? エンミは、あの瘤をどうするんだろう」



 エンミの生態は、殆ど分かっていない。その一端を知れたことに、少し優越感が湧き上がった。父の資料に無い情報なのだ。



「こいつ、やたら小さくなったな」



 巨体は半分に、そしてスリムになっている。あの身体は全てガスだったらしい。



「しかし、アイネ。そろそろ行かないと」



「うん、そうだね」



 名残惜しさもありつつ、再び歩き始めた。


 

 約1時間程度進んだ先に、それは見えて来た。



 肉食の小さな獣──10体程度、何かに群がっている。



 全て同じ種だが、数匹噛み殺された死体があった。それですら、貪り食っている。



 非情に凶暴らしい。



「キャビー。死体を食べてる。もしかして──」



 獣人の死体の可能性が高い。



「3体は無傷で、後は殺せ」



 キャビーは顕現魔法を使い、大百足と大蜘蛛、そしてドラゴンモドキを顕現させる。



「行け」



 彼の命令に、各自行進を開始した。



 獣の方も此方に気付き、鋭い牙を剥き出しにして威嚇する。更に前脚に付いた大きな鉤爪で地面を叩いた。



それらの戦闘が始まる中で、やがて1匹の獣が疾走してくる。大蜘蛛の糸をスルリと交わし、もの凄い勢いでキャビー達に迫る。



「キャビー!!」



「分かってる。クィエは手を出すなよ」



 キャビーは囮となるべく、脚を踏み出す。すると獣は彼に狙いを定め、飛び付いた。



 彼らは絡み合い、飛び付かれた勢いのまま後方へ転がった。



「キャビー!? ──ちょっと、大丈夫……?」



「くそ──っ」



 キャビーは前脚の付け根、脇辺りを掴んでいるが、獣の爪が肌に傷を付けていた。



「くそって何なの!? 助けた方がいい!?」



 返事は返ってこない。



 キャビーは顔面に繰り出された噛み付きを、顔を傾けて避ける。しかし、それは暴れ回っており、遂に、前脚の爪が肌を突き破り、首筋にめり込んでしまった。



「ちょっと、ヤバいじゃない!? クィエちゃん、やっつけて!! 今直ぐに!!」



「駄目。お兄様の指示だもん」



「そ、そんな──」



 キャビーは痛みに耐え、解析を進める。顔を背けて、獣が垂れた涎が口や眼に入らないようにした。



 そうしているうちに、解析が終了した。



 その瞬間、彼は指を獣に深く食い込ませ、そして突き破る。獣は悲鳴を上げた。彼を刺していた爪も外され、キャビーはそれを蹴り飛ばした。



「全く……っ!」



 キャビーは立ち上がると、蹴り飛ばした獣に、異空間から取り出した剣を投げ付ける。見事腹部を貫通し、それの動きは停止した。



「ちょっとキャビー、何だったのよ」



「あれの爪には魔力を削る力があった。ここの魔物は、皆んなウザいっ!」



「そ、そんな情け無い癇癪起こさないでよ……らしくない」



 戦闘力は顕現体の方が高いが、敵は数が多く、やや戦況は劣勢だった。実質的に魔力で身体を構築された顕現体との相性は悪いのだ。



「クィエ、私達も参戦する。但し、少なくとも2匹は無傷で捕獲するからな」



「うん! 任せて、お兄様」



 クィエは待ってましたとばかりに、霧の効果範囲を広げる。顕現体に取り付いた獣を、早速貫いていった。



 キャビーは投げた剣を引き抜くと、乱戦状態となった戦場へ赴く。



 飛び掛かってきた獣の首を、彼は掴み──先程のような失敗はしない。大蜘蛛と連携して、牙と前脚の爪2本の自由を奪い取った。



「これくらい安全に解析出来れば、2秒も掛からんな」



 彼は獣の首を握り潰し、殺害する。そうしている間に、1匹を残してクィエが全て殲滅していた。



 辺りに氷の刃が突き出ており、その全ての先端に獣が突き刺さっていた。これには顕現体も唖然としている。



「お、お見事……圧勝? だね」



 アイネが走って来て、キャビーに言う。



「ほぼクィエが倒したけどな」



 そうして、糸で絡まった最後の獣を顕現魔法のストック化に成功した。



 顕現体には周囲の警戒をさせ、死体に眼を落とす。案の定、貪っていたのは獣人の死体だった。



「……死体。結構食べられちゃったね」



 獣人の死体は、性別の判別すら難しいほど、食い散らかされている。



「クィエちゃん、平気……?」



「ん? 全然平気」



 寧ろ、クィエは死体の上で跳ねそうなくらいご機嫌だった。彼女は人間が死んで、嬉しいらしい。



「アイネ。手や耳、尻尾。全て確認しろ。残った部位、全てだ」



 キャビーの指示に、アイネは嫌な顔で返したら。



 死体を漁ることが嫌なのではなく、死体を弄ぶことが彼女の気分を害しているのだ。



「……でも、分かった」



 だがアイネは決意し、死体に手を突っ込んだ。



 死体は全部で6体だ。それぞれ、メリーの判別が出来る部位を探していく。



 ぬめぬめして気持ち悪い。異臭もする。骨が剥き出しになって、とても見ていられない。



 死体に対する礼儀とかは関係なく、純粋にそう思う。



 アイネは、数十分掛けて全て調べ切った。



 キャビーに報告しようとすると、彼は獣の死体を夢中で弄っていた。特に爪あたりを──



「どうだ? メリーはいたか?」



「え……? あ、ううん。居なかったよ。間違いなくね」



 アイネはクィエの水魔法で手を洗い、両手を叩く。



「何してるの? アイネお姉さん」



「これはね、祈りよ。無事に魂が浄土へ還りますようにって」



 ふーん、とクィエは言う。直感的にやる必要がないと思った彼女は、ぶらぶらと別の場所を歩いた。



「アイネ。ここに魂はない」



「え、何それ」



「黒のコアは、魂も知覚出来る。ここに魂はない」



 アイネは祈るのを止め、膨れる。



「そういう問題じゃないっての。全く、これだから魔族は──」



 夜は耽けていく。小腹が空き、乾パンを頬張った。



 殺した獣を食べようかとキャビーに提案されたが、アイネは全力で拒否した。



「センキュリーは人を食べたんだよ!? それを食べたら共食いになるじゃん!!」



 センキュリーとは、獣の名前だ。アイネが死体調べている最中に判明した。オーソドックスな夜の徘徊者だ。



「おいおい、私達が狩ってる生き物の中にも、人間を食ってる奴もいるだろ」



「クィエ、人間ちゃうし」



 アイネがああ言うので、乾パンを食べながら来た道を戻る。その道中、次に何をするかを、彼らは話し合った。



「獣人の元へ向かう。幸い、遠方に拠点を構えているからな」



「また何かを尾行させてたの?」



「ああ」



「油断も隙もない……」



「獣人のところへ行き、交渉する。メリーを返して貰うようにな」



「素直に返してくれるとは思えないけどぉ……?」



「あの捕虜共を使えばいい。手土産にしよう」



「ほ、本当に……!? 怒られない!?」



「今更だな。人間如きに怒られたって気にもならないだろ」



「まぁ……今更だけど。うーん」



「アイネ。決心しろ」

 


「そ、そうね……やろう! ここまで来たんだから。アタシ達は止まれない」



 クィエもアイネを応援するように肯定する。次の作戦が決まったところで、彼らは拠点へ急いだ。



 このペースで進めば、作戦の決行日は、日を跨いだ2時頃になる。丁度、カタリナ村を出て48時間だ。



 もう直ぐでメリーに逢える。そんな期待を持ってもいいのだろうか。またガッカリしないだろうか。



 作戦を練っている時も、キャビーが戦っている時も、原生生物にときめいている時も、アイネはずっと自問自答し続けている。



「キャビーはさ。どうして、こんなにしてくれるの……?」



 悩み過ぎて、アイネはつい言葉にしていた。



「あっ、ご、ごめんね。手伝ってくれてるのに……ただ、アタシよりも頑張ってくれてて、何だかアタシ……滑稽だなって」



 それは実質、メリーを思う気持ちがキャビーに負けていることを示しているのだ。



「無理もない。私とお前では経験が違う。今回、もし上手く行かなければ、お前は後悔するだろうな。だがそれは、次の作戦で活かされる。決して無駄にはならない──だから、私は頑張っている」



 既に一度死を味わい、その結果魔王の死後の世界で生まれ変わってしまった。これ以上ないくらい、取り返しが付かない状況だ。



 その事実は彼の心に、後悔として深く刻み込まれている。



「後悔が人を強くするって話……? うーん。本当かなぁ」



「違う。後悔が魔族を強くするんだ」



「はいはい、もういいから」



「おい、なんだそれは。というか、アイネ。お前は実際、強くなっただろ。メリーを失って、肉体的にな」



「それはだって……まぁそうだけど。ああ、もう──アンタ、急にどうしたのよ。貶されるか、一蹴されて終わると思ったのに」



「お前は私に殺されたいのか?」



 アイネは、ふふっと笑う。ちょっと納得してしまった部分もあった。



 ──無駄じゃない。



 その言葉だけで、どれほど頑張れるだろうか。



 迷いが消えた彼女の頭の中は、非常に晴れやかだった。



「アイネ、止まれ。何か来る」

 


 その時、彼らの前に立ちはだかる影があった。それは文字通り、影のように暗い。 



 カチリと牙を鳴らした衝撃で、電気が発生し毛並みを伝う。骨格が露わとなった。体長は大人よりも2倍程度大きそうだ。



 細い鼻先に向かって、3つの切長の眼が付いている。その内の1つは、額にあった。



 毛並みは静電気によって、それぞれが針のように尖っている。



「オゥゥ」



 と低い唸り声を上げて、彼らを伺っていた。



「また敵!? 夜は闇に紛れる生物が多い。これもその一種みたい。気を付けて!!」

  


「ああ、当然だ」



 戦闘は免れない。一行は戦闘準備に入ると、オオカミ型のそれは牙を打ち鳴らした。



 森の奥地に棲む生物は、特異な能力を持つことがある。キャビー達はそれを知らずに、今回も捕獲を試みるのだった。




『作者メモ』


 長い……。


 後、戦闘多過ぎ問題もあるんですが、正直道中はそこまで語ること無いんですよね……。


 ただ、最後のオオカミちゃんは、意味のある敵ですね。そろそろ大詰めです。


 作中時間でもう1年くらい経過してそうですが、まだ2日です。ファイの登場が長引く文、彼女が登場する回は期待して貰って大丈夫ですよ!

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