第53話 憎悪
問題の一つが、早速アイネの元にやってきてしまう。
オエジェットが、安全を考慮して隠していたトッドを、呼び戻したのだ。
トッドはアイネと再会を果たすことになった。だが、
決して感動的なものにはならない──
「ど、どういうことだ!! どうしてお前がここにいる!?」
「お、お父さん!? お父さんこそ、何で……!?」
トッドは言うまでもなく、水の調査に来ている。
アイネの方は、遠征作戦に彼が参加することを知らなかった。
過去の遠征から、生存率の低い作戦に、彼が同行することはなかった。だから今回もそうであろうと、決め付けてしまっていた。
「どうしてここに居るんだ!! 答えなさい!!」
トッドの怒鳴り声が響く。
「また父親に対しての当て付けか!? お前は何度邪魔をすれば気が済むんだ!! どうして言うことを聞けない!!」
彼は捲し立てる。
アイネは幼少期の頃から、父の言い付けを守らず、家の外を出歩いていた。
その鬱憤が、今回の度を越した彼女の行動で蘇ってきた。
彼はそもそも、アイネのことを良く思っていないのだ。
「お父さん……ア、アタシは──」
「くそっ!!」
トッドは頭を掻き毟り、苛立ちを露わにする。
彼はファイに好意を寄せていた。娘の所為で妻を失い、その1年後にファイと出会った。彼女が心の拠り所だっだのだが、「あの一件」でそれは失われた。
──アイネなんて居なければ。
完全に八つ当たりではあるが、実際そう思うようになってしまった。元はといえば、アイネを生んだ所為で、妻が死んだのだ。
アイネに詰め寄っていくトッドに、クィエが立ちはだかる。
「なっ、なんだお前は……っ!」
「クィエ、お前嫌い」
「なんだと!? この……っ」
しかし、クィエに対しては、ややトラウマがあった。腕を氷柱で貫かれた。顔の造形がファイに似ていることも、トラウトに拍車を掛けている。
出来ればもう、ファイを見たくはない。
トッドは狼狽え、後退る。
クィエの周囲に、ダイヤモンドの氷が落ち始めた。彼女が攻撃態勢を取ったのだ。
「クィエちゃん、駄目!! 止めて!!」
アイネは、すかさずクィエを自身の方へ向け、抱き締める。すると、薄く広がった霧が消えていった。
クィエはがっしりと、アイネを抱き締め返した。すー、とアイネを吸っている。
「お父さん!! アタシはメリーを守りに、ここへ来たの!! 今回の遠征を、アタシはメリーを守り抜いてみせるから!!」
「お前はまたっ!! 奴隷如きに!!」
「だから……これが終わったら、メリーを返して欲しい。アタシが責任を持って守るから。そうしたら、メリーをもう一度アタシに頂戴」
アイネは懇願する。それはトッドや、オエジェット、その他の兵士にも届くように言う。
「もうお父さんの邪魔はしないから。なんなら、もうアタシは……お父さんの子じゃなくていいから──」
それは、「トッドがアイネを嫌いになったら」の話である。決して自ら親子の縁を切ろうとはしていない。
しかし、ふと、トッドの中で何かが吹っ切れてしまった。
「お前……っ!! そうか、お前もか。お前もこの僕を馬鹿にして──ファイの馬鹿女と一緒に、この僕を笑っていたんだなっ──!! ずっと!!」
全ては、ファイに拒絶されたあの一件から狂い始めたのだ。いや、もっといえば、やはりアイネを生んだ日からか──
滅多に外出しなくなった彼は、全てに懐疑的になり、疑心暗鬼となり、
ファイに懐くアイネが、自分を馬鹿にしていると思い始めた。
「何っ!? 何言ってるの、何の話!? アタシがお父さんを馬鹿にする筈──」
「うるさいっ──!!」
トッドが怒鳴り、アイネは静かに涙を流した。
その時、アイネの心臓の鼓動を察知して、クィエが再び動き出した。アイネの腕から脱し、クィエはトッドを睨め付ける。
「またお前か、何なんだその眼は!!」
「お前、クィエのお母様、呼んだ? 馬鹿って、言った?」
「それが何だって──」
クィエの周囲──拠点の隅から隅までを濃い霧が覆う。殆どの視界が失われる。
今回、兵士達も初めてクィエの魔法を見た。驚愕と共に、危険を察知して騒めき始める。
「やっぱり人間ってゴミしかいない。お兄様の言う通りだぁ。やっぱり全部お兄様が正しい──殺した方がいい」
氷の刃が全ての兵士、それとトッドに牙を剥く。
「迎撃しなさい。決して子供達に危害を加えないように!!」
オエジェットの指示が飛んだ。
今回は彼も、少々焦りを覚えていた。
同じ水魔法使いだからこそ、物量と質量に優れるそれの危険性を理解している。
「おい何をしている!! オエジェット、僕を守らないか!! それかその子供を今直ぐ殺すんだ!!」
オエジェットはトッドを庇うように立ち、剣を構える。
「王国の兵士がそんなこと出来る筈無いでしょう。トッドさんは私の傍を離れないようにしてください」
準備が整ったクィエは、近付いてきた兄に頭を寄せる。
「お兄様ぁ、殺していい?」
「お前は本当に良い魔族だな」
「全員殺せ──」
キャビーは小さな声で伝える。
うひひ、とクィエは笑った。
キャビーも落ちている剣を拾い、タイミングを伺う。
「死ね」
クィエが呟くと、氷の刃は鋭さを増し、明確な殺意を彼らに伝えた。
トッドの情けない悲鳴が聞こえてくる。
遂に氷の刃が彼らを襲い始める。
トッドを護衛していた兵士達は、拠点に残っていたヴァージを除くと、上位の戦闘力を誇る。
身体に傷を受けながらも、致命傷となる氷は全て剣で弾いていく。
「隊長……こ、これ不味いですよ。捌き切れない」
「そうだね。魔力切れを待つしか──上だ、レイス」
「は、はい」
兵士達はトッドを囲いつつ、一箇所に集まった。オールレンジ攻撃を放つクィエの魔法を対処するには、それがベストだった。
上から、横から、前から。
休みなく氷を浴びせられる。
「馬鹿みたいな魔法っすね。あの子、3歳ですよ」
「馬鹿、は禁句じゃないのかな」
「うっ」
キャビーは剣を握り、ひたすらタイミングを伺っていた。狙うは、オエジェットだ。彼さえ殺せれば、後はキャビーがどうとでも出来る。
「待って……止めて!! クィエちゃん、止めて!! ──お願いっ」
トッドから「うるさい」と一蹴されてしまったアイネは、「何がいけなかった」のかを考えていた。結局結論は出ず、気が付けば周囲はこんな有様である。
彼女は、魔法の発動者であるクィエの身体を自身に向け、もう一度抱き締めた。
「お願い、止めて。こんなことしないで──キャビーぃ!! アンタからも言って!!」
キャビーは、必死に叫んでいるアイネを見た。
「こいつらは殺す。特にオエジェットは今殺しておかないと、後々面倒だ」
「な、何言ってるの……!?」
キャビーは当てに出来ない。そう悟ったアイネは、未だに魔法を発動し続けるクィエと眼を合わせる。
「ねぇお願い。止めて? アタシのお願い、聞いてくれるでしょ?」
しかし、クィエと眼が合わない。
彼女の焦点は遠いところにあった。
魔法に集中しているのだ。
「クィエちゃん……?」
「クィエ」
「クィエ!! 止めなさいって言ってるでしょ!!」
アイネはどうしたらいいか分からず、でも止めないと死人が出てしまうと理解している。
キャビーは役に立たず、クィエは話を聞いてくれない。
「あぁ、もぉおおーっ!! 皆んなして、怒ったからね!!」
トッドとのこともあり、むしゃくしゃしていた。
──思わず手が出そうになった。
しかし、自身の握られた拳に気付いて、はっと思い留まる。
「駄目。暴力は駄目……落ち付け、アタシ」
アイネは集中しているクィエを見て、思い切る。
「こんのぉぉっ──!!」
クィエの口に力強くキスをし、押し倒した。
「──!?」
アイネの唇と、クィエの唇が触れ合い、惑わし、心臓を高鳴らせる。
それはクィエにとって、未知の感覚だった。そもそもキスという概念すら、まだ知らない。
魔法は、完全に停止された──
霧は全て、粉雪のように落下していき、兵士の姿がはっきりと見えるようになる。
「止んだ、のか?」
「そうらしいね」
「クィエは──って、アイネ!?」
クィエの上に乗って、熱い口づけを交わしているアイネが居た。
言っている場合ではないが、思わずレイスは呟く。
「は、何これ。何してんの、あいつら」
「ぶぅはぁぁっ」
息継ぎをする為、アイネが背中を逸らして顔を上げる。もう一度、キスをしてやろうとした時──
全員が注目していることに気付いた。
「な、何──!? あ、あれ? 魔法止まった?」
氷も砕け散り、溶けた水さえも消え失せていた。
アイネはホッとし、クィエに眼を落とす。
クィエは何かを感じてしまったようで、恥ずかしそうにしていた。
「ちょっ、止めてよ。そんな反応……女同士じゃん」
クィエはアイネを退かし、キャビーの元へ走っていく。彼に抱き着いた。
「アイネ」
「な、何よ。アンタまで」
「それは子作りの時にするやつだと、お前から聞いてたが? こんな時に発情か?」
「ううう、うっさいわね。違うわよ!! でも仕方ないじゃない。てか、止まったんだから、いいじゃない」
そうして危険は去ったが、トッドの怒りは収まらない。命を狙われた上に、妙に緩まった雰囲気が気に食わなかった。
「オエジェット、何してる。あのガキ共をひっ捕えないか!!」
彼はキャビーとクィエに指を差して、怒鳴った。
「トッドさん。もう止めましょう。見たでしょう? 彼らの力を」
「お前は……っ。それでも王国騎士団の隊長か!?」
「ファイさんの子供達は、単色のコアを保有しています。私達とは見えている世界が違う。本気で殺しに来られたら、今度こそ負けますよ」
「何だよ、くそっ!! 役立たずが」
すると、アイネはトッドへ歩み寄る。
「お父さん、御免なさい……もう止めよ? 一回ゼロからやり直そ? メリーはアタシ達だけで守る。もう迷惑を掛けたりしないから」
その時、兵士達が困った顔を見せる。
トッドは鼻で笑っていた。
「え、何……?」
「やり直したきゃ、お前達の方が居なくなってしまえばいいだろ! ここは、あそこは僕の村なんだぞ!」
「お、お父さん……?」
「それにおい。気付いてないのか? 奴隷は皆殺しにしたんだよ。お前が名付けたメリーもこ、いつらが刺し殺した。ちゃんとこの眼で見たから、確実だ」
「え……?」
アイネはポカンと口を開ける。
そうだ。死体の山があった。
いざこざで忘れていたが、たった今思い出した。
アイネは振り返り、死体の山を見る。
獣人ばかりだった。兵士の死体は顔を隠し、横に並べられている。
「そんな……嘘。ヤダぁ……」
「ト、トッドさん。そこまでです。大人気ないですよ……と、取り敢えず、子供達の話を僕が聞いておきますから、隊長と作戦会議の続きを──」
レイスが割り込んで言う。
「そうですな。さ、トッドさんは向こうへ」
オエジェットも続き、トッドを連れて行こうとする。しかし彼は、打ちひしがれた憎き我が子へ、追い討ちを掛ける。
「あんな鈍臭い奴隷は、ここへ連れて来て正解だった。目障りな奴だった。やっと殺せて、清々した」
勝ち誇ったように、トッドは笑った。
「トッドさん、あんた!! もういいでしょ!!」
レイスが強引に、トッドを連れて行く。
アイネは脚から崩れ、地面に座り込んだ。
そして、下を向いて呟くのだった。
「何で、どうして……メリーが何したの。アタシが何したの……」
「──お父さんが死ねば良かったのに」
そんな彼女を、キャビーはじっと見つめた。
『作者メモ』
えー、登場人物が多くて、ごちゃごちゃになってませんかね? 分かりにくいところがあれば、教えて下さい。
ちょっと整理します。
トッドの妻は、アイネの出産で出血死してます。トッドは、アイネが妻を殺したと思うようになり、心の何処かで憎んでいました。
この辺りの描写をもっと前に、匂わせておくべきでした。追加する可能性ありです。
ファイという超絶美人が村に来たので、ワンチャンあるんじゃね、と長年恋をする訳です。というより、妻の代わりを探してしまってます。失恋直後に直ぐ付き合う、みたいな状況です。
ですが、ファイにフラれてしまい、アイネに対する憎悪も復活しちゃった感じです。
うーん、描写不足な気がしますね。
では、また読んでくださいm(_ _)m
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