第52話 合流

「到ぉ着ぅ〜!! アタシが1番乗りだぁ〜!! あはははっ」



 アイネは拠点が見えてくると、居ても立っても居られずに走り出した。



 それに続いて、キャビーはクィエを抱きかかえて走った。



「おい。もう一度だ。お前は先にスタートしたし、私はクィエをおぶっていた」



「駄目ぇ〜!! アタシがもう着いちゃったもん」



「くっ」



 唇を噛んで苛立ちを露わにするキャビーに、アイネは困惑する。



「えぇ……アンタさ、たまに負けず嫌い発揮するよね」



 荷物を投げ置いてから、アイネは拠点を物色していく。



 拠点には誰も居なかった。



「皆んな狩りに行っちゃったのかなぁ」



 汚れた剣が幾つも立て掛けてあった。

 赤黒く固まった血が付着しているものもある。



「うぇ、動物の血? もう、早く綺麗にしなさいよ」



 付近に水の入ったバケツや濡れたタオル、ブラシがあるので、綺麗にしているところだった。



「あ、さっきまでやってたのね……ってことは、近くに……」



「アイネ」



 キャビーがアイネを呼ぶ。

 彼女は振り返り、返事をする。



「なにぃ──」



 だがその時、彼女の眼に飛び込んで来たのは、何重にも積まれた人間の山だった。



「──えっ!?」



 人間の顔は絶望色で染まり、口を開けて身体を反らしている。そんな死体が、沢山積み上げられている。



「嘘……っ。何これ……」



 拠点に来る途中は間違いなく無かった。

 なのに、それは急に現れた。



 アイネは口に手を当て、後退る。

 踵が立て掛けた剣に触れ、ドミノ式に倒れて音を立てた。



 その時──



「お前達!! そこを動くんじゃないっ!!」



「──!? な、何!?」



 建物の影や、積まれた丸太の後ろ等から、隠れていた兵士が姿を現す。



「動くなと言ってるだろ!!」



 その全員が、アイネに剣を向けてきた。



「えぇ……なに……」

 


 大人達が見せた本気の脅し。

 彼女は恐怖し、眼に涙を浮かべる。



「どうして……? なんで……? 師匠ぉ、オエジェットさんまで」



 剣を向ける4人の大人達は、全員知っている顔だ。



「動くなと言っているのが聞こえないのか!!」



「も、もぅっ! 動いてないじゃなぃ……っ!!」



 アイネは弱々しく、でも相手に聞こえるように泣きながら訴え掛ける。



 すると、アイネの背中に衝撃があった。

 クィエが抱き着いてきた。

 頭をぐりぐりと押し付けてくる。



「きゃあっ──ク、クィエちゃん!? それにキャビーも」



 キャビーはアイネの前に立ち、兵士らに剣を向けた。



「アイネ。こいつらは私達の顔を忘れたのか?」



「いや、そんなことは──」



 刹那、小さな火の玉が飛んでくる。



 それはキャビーを通り過ぎ、アイネの鼻先を掠め、木造の建築物に当たった。



 アイネは遅れて飛び上がり、腰を地面に付けた。



「なっ、何なのよぉ」



「アイネお姉さん。クィエ、アイネお姉さん、しゅき」



 アイネが尻餅を付いたことで、クィエはすかさず彼女の腿と腹に挟まれるように、頭を突っ込んだ。



「ク、クィエちゃん……!? 今それどころじゃ……っ」



「動くんじゃない!! 次動けば、攻撃するぞ!!」



 兵士達は迫真だった。

 しかし、キャビーは動じていない様子だった。



 クィエに至っては、



「アイネお姉さん。この人間なに? 殺していいの?」



 と、顔を挙げて問い掛けてきた。



「だ、駄目に決まってるでしょぉ。攻撃しちゃ駄目。今は静かに……」



「わかた!」



 クィエは短く返すと、疲れた身体をアイネに押し付けて眠る。



 一方で、彼女らに代わって剣を向けられ、包囲されているキャビーは、兵士を睨み付けている。



「レイスさん。私とやる気ですか?」



 明らかに兵士らの様子がおかしい。



 キャビー自身でも覚えている顔があるというのに、彼らが子供達の顔を忘れる筈がない。



「お前、キャビーか……??」



 最も見知った顔であるレイスでさえ、剣を向けてくる。



「どういう意味です……?」



「カイシン、やれ」



 レイスが同僚の兵士に告げた。

 


 カイシンと呼ばれた兵士が、火の玉を飛ばしてくる。今度は、直撃コースだった。



 キャビーはそれを剣で弾くと、火の玉は簡単に消え去った。大した威力で無かったのは、様子見の意味も込めているのだろう。



 しかし、そんなことは知ったことではない。



 キャビーは剣を逆手に持ち替え、カイシンに向けて投擲する。容赦なく全力で投げられたそれは、カイシンの溝落ちに狙いを定められた。



 彼は腕の鎧を使って、投擲された剣の軌道を変える。それで精一杯だった。剣は胴体の鎧を貫通し、脇腹を裂いた。



「ぐぁっ──!?」



「やはり呪いの類いだったか!! 攻撃しろ!!」



 レイスと兵士1人が迫り来る。更にその後ろからオエジェットが歩いて来るのが見えた。



 キャビーは、倒れた血の付着した剣を両手に持った。



 キャビーから見て右側──兵士の縦振りが迫る。彼は2本の剣を同じ方向から薙ぎ払い、それを弾いた。2本の剣が同時に弾いたことで威力が増し、兵士の剣は吹き飛んでいく。



 キャビーは攻撃してきた兵士を斬り殺そうとするが、その前に背後から剣が迫った。



「──っ」



 カイシンが体勢を立て直し、レイスよりも先に剣を振るっていた。



 キャビーは振り返り、左手の剣で防御する。彼の剣と、カイシンのそれがぶつかり、拮抗する。



 キャビーは右手の剣で、カイシンの手首を狙う。



 だが、それをレイスは許さない。



 キャビーが振るおうとした剣を、レイスが止める。



 2人の剣が触れ合った瞬間、キャビーの右手からすっぽりと剣が抜け落ちた。レイスの力に負けたのかといえば、そういう感じではなかった。



「──っ!!」



 キャビーは左手に持った剣の角度をずらし、カイシンとの鍔迫り合いから脱する。



 地面に剣を刺して、それを支えに身体を持ち上げた。剣を構え直した直後のレイスに、足蹴りを食らわせる。それは頭部に命中し、レイスはその場で膝を付いた。



 そうしている間にも、オエジェットが迫る。直ぐそこまで来ていた。



 キャビーは兵士らの間を抜け、彼に狙いを定める。



 だが、オエジェットを斬った途端、彼の姿は煙のように消えてしまう。



 幻影だったらしい。



「これが幻影魔法ですか……」



 キャビーの眼には、既に何も映っていない。兵士や拠点、アイネにクィエ、死体の山が、綺麗さっぱり無くなっている。



 勿論、オエジェットも居ない。



 彼は今、空き地のど真ん中に立っている。

 つまり、幻影魔法の渦中にいるのだ。



 一度手合わせをしてみたかったが、殺し合いになるとは思わなかった。



「……どうしよ」



 唯一の救いは、他の兵士による追撃がないことだ。オエジェットの魔法は恐らくではあるが、無差別に作用している。



 ただ、遠距離攻撃をされれば、どうしようもない。しかし、こうなってしまえば、オエジェット以外を気にしている余裕は無かった。



 さて──



 カタリナ村の幻影魔法の効果は「必ず引き返してしまう」というものだ。



 前に進んでも、横に進んでも、眼を閉じても、必ず引き返してしまう。



 方向感覚が狂っている。

 五感全てが狂っている、といっても過言ではない。



 だが、狂っていることは分からない。

 何せ、気付かぬ内に引き返しているのだから。



 それは厄介な効果ではあるが、逆に救いでもある。五感を狂わされて立つことすら出来ない、といった状況ではないからだ。

 


 キャビーは感覚を研ぎ澄まし、集中した。



 彼の闇魔法は、凡ゆる物体の位置が分かる。それは、たとえ五感の全てが狂っていようが、関係ない。



 キャビーのそれは、第六感に近い代物なのだ。



 迫ってくる物体は、即ちそれがオエジェットの剣になる。それにのみ、注意を向ければいい。



 すると、オエジェットが見えた。



 闇魔法は反応しない。幻影だ。



 案の定、幻影はキャビーを斬った後、煙のように姿を消した。それが何度も繰り返されたが、彼は気にしない。



 そして、幻影に紛れて、迫る物体があった。



 キャビーはその方向に、サバイバルナイフを投げる。しかし、直撃する筈だったそれは、遠くの木に命中した。



「やはり──」



 やはり、方向感覚が狂っている所為で、実際に投げた方向が違うのだ。



 前を向いていると思っていても、実際は前を向いていない。



 カタリナ村に張られた幻影魔法と同じだ。

 今更ではあるが、あれを張ったのは間違いなくオエジェットだ。



 オエジェットの剣が間近まで迫る。



 キャビーは渋々大百足を顕現させ、全方位を守らせた。



 ガンッと音を鳴らし、防ぐことに成功する。



 また話が戻ってしまうが、



 カタリナ村の幻影魔法は、直ぐに引き返す訳ではない。少し進んだ後に引き返すのだ。



 正解のルートが存在する可能性がある。



 方向感覚がバグっていようが、ある一定のルートを進めば、引き返すことなく進める。



 つまり、方向を修正して進めば、真っ直ぐ歩くことが出来る筈である。



 大百足が斬られた箇所は、右45度だった。



 探知魔法で把握したオエジェットの位置を前方に捉えた場合、



 実際のキャビーは、オエジェットから見て右45度の位置を見ていることになる。



 次はそれを踏まえて、受け斬るのみだ。


  

 また幻影が何度も斬り掛かってくる。それに合わせて、本物のオエジェットが迫ってきた。



 キャビーはギリギリまで引き付けて、斬り掛かった。無論、45度をズラしてだ。



 オエジェットの剣と、キャビーの剣が交差する。弾くことに成功した。



「……ほう」



 オエジェットが感嘆の声をあげる。



 すると、彼は幻影を見せるのを止め、その場でキャビーに連撃を放った。



 キャビーはそれを受け切るが、やはり感覚が狂っている所為で、防御するのが関の山だった。



 オエジェットの剣技は凄まじく、レイスやその他の兵士とは隔絶している。強力な魔力が篭り、彼の剣はかなり重たかった。



 少なくとも単純な技量では、彼に勝てない。



 やがてキャビーは受け切れなくなり──



 遂に彼の首に、オエジェットの剣が触れた。キャビーは剣を捨て、軽く手を挙げる。



「動かないように」



「はい。動かないので、斬らないで下さい」



 するとオエジェットは、キャビーの頭をわしゃわしゃと撫でた。



「なっ、何ですか!? 辞めて下さい!!」



「ハッハッハ。君は本当に優秀だな。私の剣を受け止めたのは、そうだね──勇者との模擬戦以来かな」



 すぅっと、幻影魔法の効果が消え、オエジェットの本物の髭面が映る。キャビーは睨み付けた。



「勇者……ですか?」



「そのうち会えるよ」



 オエジェットは高らかに笑い、剣を収めた。彼は兵士らの元へ向かっていく。



「レイス。君の当ては外れたね。この子達は本物だよ」



「も、申し訳御座いませんでした……」



 キャビーは剣を拾うと、腰を抜かしているアイネの元へ戻った。



「おい、クィエ」



兄が戦っているというのに、アイネの膝で眠るクィエをギロリと睨む。



 キャビーの声に気付いて、クィエは眼を開ける。瞬時に身体を起こした。



「はひぃっ」



「お前ならここに居る奴らを皆殺しに出来ただろ。何故しなかった」



「だっ、だって……この人間達、アイネお姉さんが傷付けちゃ駄目って……それにお母様もぉ」



「ちょっとキャビー……滅多なこと言わないでよ。兵士さんは味方でしょ」



「オエジェットさんが手を抜いていたから良かったものを、下手したら全滅だった」



「いや、手を抜いてくれてたんだったら尚更殺しちゃ駄目でしょうが!!」



 一悶着あったが、キャビー達は無事に遠征部隊と合流することが出来た。



 しかし、問題は多い。

 そのうちの一つが早速やって来てしまう。



『作者メモ』


 昨日は更新出来ず、申し訳御座いません。


 今回の戦闘描写、どうでしょうか……。

 特にオエジェットとの戦闘、意味分かりましたかね? 深く考えるとおかしな点があると思いますが、浅く考えて下さい。


 第五感を狂わせている→はい、第六感後出しぃ


 のところですが一応初期から、キャビーはそういう感覚で空間を見ている、と私は想定していたのですが、ちょっと後出し感ありますかね? いや、後出しも何も、ただのとんちを利かせているだけなんですが……


 一瞬でも納得されたのなら、良いのですが。疑問や気になるところがあれば、是非教えて下さい。


 次回分はもう完成しております。GW中は更新し辛いので、溜めますね。後、次回はややしんどいです。トッドの馬鹿の所為で……

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