第51話 農園育ち 5月2日改稿

 獣人の部隊が兵士を襲撃する2時間前──



 キャビーは眠りから覚めた。



 虚ろ虚ろした頭を左右に揺らしながら、身体を起こす。背を丸めて隣で眠るクィエを見た。



 夢に彼女と、そして母が出てきた。

 ただの夢ではない。おかしな感覚だった。



 例えるなら「繋がっていた」だろうか。

 


 あれは一体何だったのだろう。



 キャビーは布一枚の布団を脱ぎ、やや肌寒い朝を感じる。早く家に帰りたい、なんて思ったりもして。



 クィエは、布団の中でアイネと抱き合うようにしていた。まるで姉妹のようだ。



「クィエ……」



 キャビーは、安心し切って熟睡しているクィエを、アイネから引き離した。その上で、アイネを起こす。



「おい、起きろアイネ」



 声に導かれ、アイネが眼を覚ます。欠伸混じりの声で「おはよう」と、彼に返した。



「もう朝かぁ。あっという間だね」



 沢山動いたからだろう。

 気付かぬ内に、3人は眠ってしまっていた。



 アイネはもう少し寝ていたい気持ちを抑え、クィエを起こす。



「クィエちゃん。起きてぇ、朝だよぉー」



 起きる気配のないクィエを、キャビーも揺すり起こす。



「クィエ、起きろ。朝だ」

「ちょっと、あんまり乱暴にしないでよ」



 うー、とクィエが唸った。



 そして、



「お母様ぁ……クィエ、空の魚ちゃう」



「何言ってんだ、お前」

「どんな夢見てんのよ」



 結局起きなかったクィエをアイネに任せ、キャビーは立ち上がる。とぐろを巻いて周囲を守ってくれた大百足の外へ出た。



 湖に顔を映す。



 白銀の髪に、青い瞳の少年が映る。

 若返った母と同じ顔が、そこにあった。



 湖に顔を付ける。次いでに水を飲む。



「相変わらず美味い……これ、母上にも──」



「い、いやいやいや。馬鹿か私は。何を言ってる」



「…………全く」



 キャビーはブツブツと唱えながら、大百足の方へ戻っていく。





 朝ご飯は、昨日の肉を解凍して食べることにした。胃もたれとは無縁の彼らは、喜んであり付く。



 残った骨や、焚き火、集めた枝葉などはキャビーが片付けを行う。



 それらの残骸に触れるか触れないかの、ぎりぎりの高さから、闇魔法──「消失」を利用した消失魔法を行使する。



 彼の場合は、手でなぞった箇所でしか効果は発揮されないが、ゴミが跡形も無く消えていく。



「凄く便利ね、それ」



「まぁな」



 しかし彼の消失魔法では、魔力を突破するのに時間が掛かる。実戦で使うには、やや物足りない。



「アタシも闇とか、光に適性あればなぁ」



「消失は、闇魔法の中でも簡単な方だ。生活魔法といっても差し支えない」



「クィエも出来る? お兄様ぁ」



「お前ならもっと凄い魔法が扱える。もう少し大きくなったら教えてやるからな」



「うひひ。ありがとう、お兄様ぁ」



「たまに良いお兄ちゃんしてるよね、アンタ」



「うるさい」



 全てのゴミを消し去り、痕跡を無くした彼らは、今日も馬車道を進んでいく。




 湖と繋がっている川──その上流に沿って伸びる馬車道を進む。



 左右に連なる森は、やや背が高くなっていった。しかし、それに伴い段々と細くなり、やがて痩せ細った森へと様相を変える。



「遂に来たね、キャビー!! ねぇ、クィエちゃん。凄くない?」



 アイネがいつになくはしゃいでいる。



 昨日から遠方に見えていた超巨大な木々が、すぐ目の前で聳え立っているのだ。それは巨大でありながら、視界に入るだけで4本──実際はその数倍以上生えているであろうことが分かる。



 巨木は、キノコのように枝葉を伸ばしていた。



「すごぉい。アイネお姉さん……あの垂れてるの、なにぃ?」



 クィエは顔をぐいんと上げて、巨木の上部を指し示す。巨木の枝から、糸のようなもので何かが吊るされていた。



「あれは確か、カッコウケブラのような怪鳥の巣だね。多分、雛が居るんだと思う。ああやって吊るしておくと、昆虫や爬虫類から身を守り易いんだって」



 周囲には大きな飛翔生物が飛び、吊るされた巣に止まった。



「じゃあ、アレは?」



 今度は、クィエは後ろを振り向いて指を刺した。



「え? ──きゃあっ!?」



 突然、一向の上空を大きな影が通り過ぎていった。



「もう、びっくりしたぁ」



 それは長い2本の手を利用して、木々を伝っている。いや歩いている。ずんぐりと太った瓢箪のような身体を持ち上げ、胴体の真下に見え隠れする牙で獲物を狙うのだ。



「イチヂヅラね。身体の下が裂けていて口になってるの。因みに上側はダミーの顔だよ」



「へぇ。アイネお姉さん、いっぱい知ってる。物知りだね──しゅてき」



 クィエはアイネに擦り寄っていき、腕を組み始める。隣に居る兄の様子に気を付けながら、彼女に甘える。



 キャビーはというと、妹が人間に取られてしまい、拗ねるように口を尖らした。



「アイネおねぇーしゃん」



「も、もう。調子の良い子なんだから……」



 それから2時間程度歩いて、キャビーはとあることに気付く。顕現化した鷹と蝶が同じ場所に居たのだ。



 つまり、兵士と獣人の部隊が同じ場所に居ることを示している。

 


「アイネ、昼頃には付けるぞ。良かったな」



「え!? ほんと!? やっとだぁっ!!」



 これは、アイネに伝える必要はないだろう。



 獣人の目的は、ほぼ間違いなく奴隷の救出にある。であれば、奴隷を傷付けるようなことはしない筈だ。



 しかし、どうやって拠点の場所を特定したのかは分からない。馬車道を追っていれば、確かにいずれ辿り着く。だが、追跡させていた蝶は、馬車道から遠く離れたところに居た。



「つまり、既に履修済みという訳か」



 獣人は、前持って馬車道の終着点を把握していた。遠征作戦の決行日や時間は、以前レイスが言っていた脱走した奴隷から漏れたか、奴隷の中にスパイが紛れ込んでいたかの何方かだ。



「キャビー?」



「なんでもない、気にするな」



 兵士と獣人との戦闘。どちらが勝利するかで、話が変わってくる。



 奴隷が殺されていなければいいが──



 キャビーはややペースを速めて、拠点へ急ぐのだった。





 獣人の部隊が兵士を襲撃する5分前──



 トッドを護衛しつつ、馬車道のない森を突き進んでいく先行部隊──そこに配置されたレイスは、現在離れた位置で周囲の警戒に当たっていた。



 トッドらは、水の採取や検査を行なっているところだ。



 奴隷の鎖を金属製の長い杭に繋ぎ、地面に差し込んでおく。そうすることで奴隷は逃げられず、いざとなれば原生生物の餌にできる。レイス自身が逃走する為の時間稼ぎにもなった。



 奴隷は腰に短刀を所持しており、許可があるまで何があっても抜くことは許されない。抜けば、即刻死刑だ。



「相変わらず、でっけぇ木だな」



 2人の奴隷に周囲を警戒させ、レイスは細い木にもたれ掛かった。



 聳え立つ巨木を見上げて言う。



 奴隷にも聞こえる声量だったが、返ってくる言葉はない。



 やたら顔に寄ってくる羽虫を払い、彼は何を思ったか声を掛けていた。



「おい、お前」



「……? は、はい! 私、でしょうか」



 おどおどした女奴隷が返事をした。



「そうだ。何処出身だ?」



「え、えっと……の、農園ですが」



 レイスはもう1人の奴隷にも尋ねる。



「私も、農園です」



「農園……お前もかよ」



 爪や歯が短く、容姿の優れた獣人同士で子を生ませ続け、まるで家畜のように管理して育てる。それが農園だ。



 奴隷の出荷時期はまちまちで、使用用途によっても変わる。重労働や家政婦、掃除、性奴隷など、様々な使い道があった。



 また、



 現在王国が死力を尽くして進めている、『エネルギー開発』と『<命晶体>の人体適合実験』──前者は<無限魔力増幅>を応用した半永久的なエネルギー、後者はお咎め様の森の水に含まれる命晶体が、コアの代わりを果たすかどうかについて。



 この2点に関して、農園で生まれた獣人が大量に消費されているという噂もあった。



 魔王が倒され、人類の敵は居なくなった。



 王国の市民は今、敵を求めている。他者を否定し、自己を高める。一致団結していた時代は、当の昔に終わったのだ。



 農園も、敵のひとつだ。但し、存在自体が公にされておらず、拠点も発見されていない。



 否定的な意見は、あくまで凡ゆる噂から各々が勝手に解釈して導いたものだ。



 王国の4割の労働を、農園出身の奴隷が賄っている。そんな都合の悪い事実は、最初から無かったことにし、市民は農園を弾圧する。



 それが正しいことであると、疑わない。



 ──危うい正義だ。



 善悪の概念を持ち合わせない──魔王が王国には必要なのかも知れない。



 レイスは、農園について否定的な考えを持つ1人だ。深い思考に陥っている彼を、2人の奴隷は黙って見つめる。



 すると、彼は顔を上げて言う。



「……農園はどんなところだ。楽しいか?」



「え? あ、はい。楽しいです」

「兄弟が沢山居ます」

「体力を付ける為に走ったりもします」

「後、お勉強も」



「勉強って? どんなだ?」



「王国の歴史と、獣人の成り立ちです」

「はい。いかに人間様が優れていて、獣人である私達が劣っているかを学びます。早く優れた人間様になる為に、ご奉仕するのです」



「そ、そうか……で? 実際に見てみて、人間は優れていて、お前たちは劣っていたか?」



 獣人の2人は顔を見合わせる。これは口裏を合わせようという意味なのか、それともどうだったかを確認し合う純粋な行動か。



「は、はい」

「それはとっても。凄く優秀でした。早く追い付けるように頑張りたいです」



 1人は薄い反応を残し、もう1人は握り拳を作って笑っていた。



「そうか」



 なんて健気で、そして可哀想で馬鹿な奴らなんだ。レイスは正直にそう思った。



「なぁ、そっちの。お前だ、お前」



 兵役に就いている獣人に、名前を付けてはならない。



 それは、人間と獣人の格差を知らしめる為の決まり──というのは、獣人視点での話。人間視点では、彼らに愛着を持たせないようにする為の施策だった。



 いざという時に、殺さなければならない。



「は、はい……! なんでしょうか」



「お前はどうして──」



 その時、大きな爆発音が鳴った。



 拠点の方からだ。



 奴隷2人は不思議そうに音のした方向を見ている。レイスは、じっと待っていた。



「おい、マジかよ……くそ。早く……早く。もう1発はまだか」


 

 爆発音2回は「問題発生、帰還求む」。



 爆発音1回は「獣人の襲撃」だ。



 数年前から度々獣人の襲撃に関する報告が、王都から上がっていた。こういう場合に備え、遠方にも伝えられる連絡手段を用意していた。



「くそっ」



 レイスは剣を抜いた。鋭い刃は陽光を反射し、瞬いた。



 遠くを見ている奴隷の腹を、剣で貫いた。するりと腹の中に剣が収まり、穿った。



「えっ──?」



 奴隷は口から血を吐き出し、レイスに寄り掛かる。



「あ……ご、ごめんなさい」



 彼女が最期に絞り出したのは、命乞いでもなく、言い残したい言葉でもない。



 誤って人間様に触れてしまったことに対する謝罪を、彼女は口にしたのだ。



 ──本当に馬鹿な奴だ。



 レイスは彼女の腹から剣を引き抜く。大量の血が溢れ出した。レイスから滑り落ちるようにして、名もなき奴隷は死亡した。



 彼は剣の切先を、もう1人の奴隷に向けた。



 しかし彼女もまた、命乞いはしなかった。恐怖すらしていない。それが運命かのように受け入れている。



「何なんだよ──」



「何なんだよっ!! お前らはさぁっ!!」



 レイスは剣を下ろし、睨み付ける。



 奴隷を何人も殺害してきた彼なら知っている。このような挙動をするのは、決まって農園育ちの獣人なのだ。



「これの何処が人間様なんだ……っ!! お前、言ってみろ!! 何処がお前らより優秀なんだ!!」



 レイスはもう一度、剣を向ける。



 不意に、何対もの翅を付けた飛翔昆虫が、目の前を通り過ぎて行った。奴隷はそれを眼で追い──じっと、記憶に焼き付けていた。



 思えば、こっちの奴隷はしきりに辺りを見ていた気がする。



「何なんだよ……」



 すると、奴隷が口を開く。



「私は──」


「私はここに来れて幸せでした。とても美しい景色、不思議な生物──きっと殆どの獣人は、これを見ずに生を終えることでしょう」



「……お前、死ぬのが怖くないのか」



「はい。最期に外に出れて、満足です」



「そうか」



 レイスは剣を構える。



「何か言い残すことは?」



「……ありません」



 静かに死を待つ彼女は、女神のような美しさがあった。レイスは噛み締め、彼女に向けて剣を振るうのだった。





 そして、現在──



 四神闘気、獣人部隊の撤退直後。



「刺して悪かったにゃ」



「いえ。貴方様の命が助かったのなら、私の身体なんて──」



 医務室へ押し入ってきた獣人の兵士に対し、奴隷を盾に取って、ミャーファイナルは難を逃れていた。



「ちょっと外を見に行くにゃ」



 2人は医務室を出て、目の当たりにする。



「お、お前たち……」

「ひ、酷い……」



 数え切れない程の死体が、至るところに転がっていた。人間の兵士も、奴隷も、獣人の兵士も、関係なく死んでいる。



「四神闘気って言ってにゃ。戦ったのはヴァージとサイアスかにゃ。レリック、エット。お前たちもかにゃ」



 ミャーファイナルは、倒れている兵士を順に確認していく。



「駄目にゃ。皆んな死んでるにゃ」



 ヴァージとサイアス、レリック、エットは全員1発ずつ、身体に受けている。それ以外の兵士は、執拗に切り刻まれ、殺されていた。



「酷い死に方にゃ。兵士も奴隷も、一体何人居るんにゃ」



 拠点に残っていた30人の奴隷──その半数程度は死亡しているように見える。兵士は14人、全員死亡している。



 そして獣人の兵士も、相当数死んでいる。



「取り敢えず、人間の兵士は全滅と。隊長に報告するのが怖いにゃ」



 言っていると、オエジェットのチームが戻ってくる。見慣れぬ2人の獣人を鎖で縛り、連れていた。逆に見知った獣人は1人も居ない。



 拠点の惨状を彼らも目にし、呆然と立ち尽くした。



 レイスは、唯一の生存者であるミャーファイナルの姿を見付けると、走っていく。



 彼女にハグをした。



「なっ、何にゃ!? レイス、お前気でも狂ったのかにゃ」



「無事で良かった。本当に──っ」



 泣きそうな声で言う彼は、何処か様子がおかしい。



「お、お前、何かあったのかにゃ? ──いや、無理もないのかにゃ」



 レイス達が奴隷を連れていないということは、全員その場で処刑してきたのだろう。



 万が一獣人が攻めて来た際に備えて、予定されていた行動だ。



 奴隷を敵に渡すことは出来ない。

 カタリナ村の情報や農園について、農園の位置など、情報漏洩に繋がってはならない。



 少なからず獣人が嫌いな兵士もいるが、かと言って殺すことに何も思わない訳ではない。



「生存者は!?」



 ミャーファイナルを離したレイスが聞いてくる。彼女は淡々とありのままを伝えた。



「死んでるにゃ。全員は確認出来ていないが、少なくとも兵士は全滅にゃ」



「……そ、そうか。ヴァージの奴も死んだか。生き残りは、お前とその奴隷だけってことか」



「そうにゃ」



 レイスは眼を落として、死亡した仲間に想いを馳せる。小さく頷き、表面上は納得を示す。



 生き残った奴隷は、自身の立場が悪いことを察して、バツが悪そうにペコリと、レイスに頭を下げた。



「おい!! これらはどういうことなんだ、オエジェット!!」



 すると、トッドが声を荒げた。彼もこの惨状に驚いている1人だが、レイスと違い、兵士らの心配はしていない。



 彼が何よりも優先しているのは、遠征の目的が達成出来ないことだ。



「全員やられているじゃないか!!」



「ええ。分かっていますよ。敵の中に手練れが居たようですな」



 オエジェットは左右に伸びた髭を弄り、答えた。彼の冷静な返答が気に食わなかったのか、トッドは更に怒りをぶつける。



「どうするつもりだ、オエジェット!! 作戦は実行出来るんだろうな!?」



「うーむ、そうですねぇ」



 ミャーファイナルは、四神闘気が来ていたことをオエジェットに伝える。



「有難う、情報通りだね。しかし、私が居ない時間まで漏れていたとは──これは私の失態だ」



「当たり前だ! 隊長であるお前が……一体どう責任を取るつもりだ! 言っておくが、ここまで来て撤退はさせないからな」



 そんなトッドの言葉に対して、レイスが反論する。



「て、撤退しないんですか!? 奴隷も1人しか残っていない。捕虜を助けに、また攻めて来たらどうするんです!?」



 無茶ですよ、と彼は死体を指し示して伝える。



「そんなの返り討ちにすればいいじゃないか。オエジェットも居るんだ」



「そ、そんな簡単に……一度戻って立て直した方が──」



「駄目だ!! 敵よりも早く、一刻も早く、純度の高い命晶体が必要なんだ」



「ど、どうしてそこまで……」



「王国の民として、当然だろ。それに国王陛下から直々のお達しだ──オエジェット、僕は言った筈たぞ!?」



 トッドはオエジェットに向けて言い放つ。



「ええ、聞いています。レイス、君は残った者を集めて、死体を整理しなさい。私はトッドさんと、今後の方針を話し合うから」



「りょ、了解しました……あっ、奴隷と捕虜についてはどうしましょうか」



 これに対しては、トッドが答える。



「拷問して情報を引き出せ!!」



「そうですね。トッドさんの言う通り、相手の能力や数、拠点の位置など、聞き出しなさい」



 遠慮は要らないからね、とオエジェットはレイスの肩を叩く。



「し、しかし……」



「1人を痛めつけ、もう1人に口を割らせなさい。奴隷も殺して構いません──君は悔しさよりも、何か別の感情が勝っているようだね?」



 レイスは不意を突かれて、狼狽える。



「私はね、こう見えて凄く悔しいんだ。皆んなの仇だ、出来るね?」



 オエジェットは優しい口調で、レイスに諭す。そんな彼の瞳はしかし、酷く冷たかった。



「わ、分かりました」



 レイスは、隊長の冷気に当てられ、気を引き締め直す。決心し、ミャーファイナルの隣から離れない奴隷に眼を向けた。



「そういう訳だ。悪いが、お前には死んで貰う」



 彼はそう言ったものの、奴隷の反応には最初から興味はなかった。同じ獣人であるミャーファイナルに、彼の眼は向き直った。



「な、なんでみゃーを見るのにゃ。好きにすればいいにゃ。ほら──」



 彼女は奴隷の背中を押して、レイスに引き渡す。



「みゃーはあくまでこっち側にゃ。恨むなら、レイスにするにゃ」



 彼女は自分の大きな耳を両手で折り畳み、眉を顰める。



「いえ、助けて頂き、有難う御座いました」



 反対に奴隷は、笑顔で一礼する。

 その所作に恐れは見当たらなかった。



「全く。農園育ちというのは、よく分からないにゃ」



 レイスは奴隷と捕虜2人を連れ、場所を移す。それから数時間に及び、拷問するのだった。





「皆んな驚くかなぁ? 驚くよねぇ? ちょっと楽しみかも」



 拠点の惨状を知る由もないアイネは、ワクワクしていた。



「お兄様ぁ。この冒険って何するの?」



「ん?」

「あー、クィエちゃんって、そもそも知らないんだっけ」



 遠征前の作戦会議に度々参加していたクィエだが、当時2歳だった為、話の内容は一切理解していない。



「アタシの獣人を取り戻しに行くのよ。クィエちゃんも力を貸してね」



「獣人……? 人間のことぉ?」



「人間? 違う違う。獣人と人間は──」



 アイネが訂正しようとするのを、キャビーは止める。



 魔族から見れば、獣人も人間だ。折角洗脳したのに、勝手に知識を変えられては困る。



「クィエ、人間であってる。要は捨てたゴミを回収しに行くんだ」



「おぉー!!」



 クィエは両手をぱちぱちして理解する。



「ちょっ、そんな言い方ないでしょ!? それにメリーは捨ててないし。クィエちゃんも納得しないでよ」



「だがアイネ。お前は捨ててなくとも、メリーの方は捨てられたと思うんじゃないか? そもそもお前は彼女を嫌っていたようだし」



「だから嫌ってないってば!! ……うーん」



 メリーに酷く当たった日もあったが、嫌ったことはなかった。でも確かに、彼女が居なくなってから、途端に寂しくなったのは本当だ。



 それまでは、居て当たり前の存在だった。



 解雇してから、殆どメリーとアイネは会っていない。キャビーの言った通り、メリーからすれば、やはり捨てられたと思うのは仕方ないのかも知れない。



「うわーん。もうキャビーが不安になること言うからぁ」



 太陽は巨木よりも高い位置から照り付けている。数時間歩いて、ようやく昼が目前に迫っていた。



 一向は乾パンを齧り、立ち止まることなく歩いていく。直進した先に、人工物が見えてきた。



 木を積み上げて作られた建物と、放置された丸太の数々。度々目にしてきた円形の広間。馬車もあった。



 歩き始めて、およそ35時間──



 ようやく彼らは、遠征部隊に辿り着いたのだ。



『作者メモ』



 更新が遅くなりました。


 また話が長いですが、そのまま投稿します。

 ちょっと時系列が分かりにくかったら、申し訳ないです。



 また、宜しくお願いします。

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