第50話 惨殺 4月30日誤字修正



「レリック、エット。お前らは獣人を足止めしろ!!」



「「了解!!」」



 ヴァージの命令により、2名の兵士が獣人の軍勢を迎え討つ。馬車道の整備に於いて地面の整地を担当する彼らは、土魔法を最も得意としている。



 レリックとエットは、共同で岩の玉を生成すると、そこまで迫った獣人の軍勢に撃ち放す。



 当然獣人からの攻撃もあるが、走りながらの彼らよりも狙いは正確だった。



 連続して岩の玉が放たれ、幾つかは獣人に命中する。しかし、異彩を放つ獣人が1人──先頭を走っている。



 先程奴隷から名前の上がった四神闘気という強者だ。ミャーファイナルからも報告があった。



 炎を纏っていることから、彼女は四神闘気のキンキであることが分かる。



 レリックとエットは、彼女を集中的に狙い撃つ。



「へっ、舐めやがって」



 キンキは迫る岩を、装着したグローブで殴り割った。走る速度は変わらず、彼女は誰よりも速く疾走する。



「くそっ!! 剣を取れ。迎え討つ」

「ああ」



 レリックとエットは、目前に迫るキンキに対し、剣を構えた。



「退けやぁっ!!」



 キンキが叫ぶ。彼女の身に纏う炎が勢いを増し、火の粉が舞う。彼女の通り過ぎた草木は炎上し、もの凄い速さで炭と化した。



 レリックとエットが、キンキに向けて剣を振るった。しかし、彼女は瞬間的に加速し、剣が自身に届くより先に、彼らの腹を鎧ごと貫いた。



 キンキの勢いは止まらない。両腕に貫いた兵士を乗せたまま、突き進む。そして地面に叩き付けて、速度を殺した。



 凄まじい音と衝撃が、拠点に響く。



 奴隷を殺害していた兵士らの動きが、一時止まった。砂煙に姿を現した、凶暴な殺意を抱えた獣人の女を捉える。



「チッ!! お前ら、覚悟は出来てんだろうなぁっ!?」



 キンキは纏っといた炎を消した。万が一奴隷の首輪に魔力が触れれば、殺してしまうからだ。


 

 代わりに彼女は、闘気を燃やしている。



「サイアス。俺と来い。2人で彼奴を殺る」



「了解」



 ヴァージは、この場に居る中で最も腕の立つサイアスを指名し、キンキに挑む。



 他の兵士は奴隷の殺害を続行しつつ、獣人の迎撃に当たった。



「今度はお前らが相手かぁ!?」



 キンキの腕に魔力が集中する。早速ヴァージに狙いを定めた。リーダーから落とすのが、彼女のいつもの作戦だ。



 キンキは戦いに飢えた猛獣の如く笑みを浮かべ、ヴァージに飛び掛かる。彼に右拳を突き放った。



「──っ!!」

 


 ヴァージはそれを剣で弾くことに成功するが、腕が痺れてしまう。キンキが放ったのは、勢いも程々な、ただの身体強化による打撃だ。しかし、その衝撃は骨に伝わり、結果痛みと痺れを腕に残した。



「次ぃっ!!」



 右拳を上手く弾かれてしまったキンキ馬、体勢を立て直し、再度ヴァージに攻撃する。



 彼は攻撃を交わし、一度距離を取った。



 その頃、獣人の軍勢が兵士と交戦を開始し、後方は乱戦となった。



 だが、ヴァージとサイアスは、目の前の敵で精一杯だ。



「サイアス。攻撃は正面から受けるな。流すか交わすかだ」

「了解!」



 キンキは舌打ちをする。



「つまんねぇ、作戦立てんなや」



 サイアスは水の弾丸を自身の周囲に形成すると、キンキに向けて発砲する。高速で回転した弾丸は、彼女の腕に弾かれてしまった。



「あぁ?」



 弾丸は1発や2発では無かった。次々にそれは形成され、飛んで来る。キンキは腕を用いて弾き切るが、片脚を引いてやや距離を取った。



 遠距離攻撃に対して距離を取るのは悪手だ。しかし、単純に球数が多く、物理的に腕が間に合わなかったのだ。



 水の弾丸を真正面から捌いているキンキに、ヴァージが肉薄する。風魔法を操る彼は、剣にそれを纏わせていた。



 風を切り、肉を断つ一刀は、キンキの防御を突破することはなかった。だが、体勢を崩すことには成功し、サイアスが続く──



 2人の兵士は連携し、斬撃を食らわせていく。キンキに上手く弾かれてはいるが、彼女に攻撃する暇は与えない。



「はぁあっ──!!」



 それぞれの斬撃に、全力を乗せる。完全に彼らのペースだった。



 押し切れる──



 サイアスの切り上げにより、キンキの両腕が浮き上がる。彼女は体勢を崩し、思わず片脚が退がる。



 ヴァージはその隙を見逃さない。彼の、風魔法が宿った切断力の高い剣が、彼女の左脇に迫る。命中すれば、左脇から右の腰へ抜けて、斜めに彼女の身体を両断出来る。



 キンキは退げた脚で踏ん張っている。



 ──イケる!!



 彼の攻撃は見事キンキに命中し──刃は左脇から入り、左胸の肋骨までを切断した。



 しかし、そこで剣は止まる。



 キンキの左手が、剣をがっしりと掴んで、止め切ったのだ。



「なに──っ!?」



 ヴァージは剣を引き抜こうとするが、びくともしない。



 彼女は我が身を犠牲にしたというのに、得意気に笑っている。それが不気味でならない。


 

 キンキはそのまま踏ん張った脚で前進してくる。前進したことで、彼女の身体と剣が擦れ合い、キンキ自らにダメージを与える。



 彼女はそれすら厭わない。構わず前進し、ヴァージに肉薄した。


 

 その時、サイアスの刃がキンキの右肩に命中する。鎖骨辺りまで彼女の身体を切断するが、またしても止まった。



 だが、今回はキンキの魔力による防御に負けたのだ。ヴァージと違い、サイアスの剣技に切断力はない。



「マズイっ──!!」



 ヴァージは動かない剣を捨て、身を引くが──キンキの右腕は既に彼の腹を貫いていた。



「かはっ──!?」



 3名の動きはそこで止まる。



 キンキは顔を上げ、ヴァージを見る。彼女の顔は平然とし、一方でヴァージは痛みに顔を歪めている。



 致命傷だった。



「ふっふっふ、あはははっ!!」



 キンキは勝ち誇り、盛大に笑う。



 ヴァージは力なく、後退する。サイアスは剣を抜き、彼を支えた。一度距離を取った。



「ヴァージさん……っ! す、直ぐに治癒魔法を──」

「いや、いい」

「し、しかし……!」

「これは治せない……無理だ」



 サイアスはヴァージを地面に寝かせた。とても辛そうだった。



 彼は最後の力を振り絞り、サイアスの手を取った。



 サイアスにとっては尊敬すべき先輩だ。剣術を付けて貰うこともあった。そんな彼の手から力が抜けて行く。



「後は頼んだ」



 と、声はもう出せなかったが、ヴァージは暗に伝える。サイアスはそれを受け取り、彼の眼を閉ざした。



 キンキに向き直る。

 彼女を睨み付ける。



 彼女も相当な怪我を負っている。少なくとも肺が破れ、息をするのも苦しい筈だ。



 しかし、彼女にそんな様子はない。



 キンキはヴァージの剣を抜き、放り捨てた。



「痛ぇ。痛えが、まだまだだ──」



 彼女はコアに魔力を込める。すると、右腕の手首の、内側に装飾された白いコアが輝いた。



 体内に赤と白のコアを有し、体外にも同様のコアを身に付けている。



 瞬く間に、怪我が治っていった。



「何だと……っ!?」



 サイアスは驚愕する。深手を一瞬で回復された。ミャーファイナルよりも遥かに高い治癒魔法の技術を誇っている。



「くそっ」



 彼女を倒すには、心臓を破壊するしかないらしい。ヴァージが居れば兎も角、サイアス1人では難しい案件だった。



 彼は唇を噛み、絶望する。しかし、打ちひしがれることはない。ヴァージに託されているのだ。それが現状、彼にとっての唯一心の支えとなっている。



 既にキンキとの戦力差は明白だが、彼はもう一度剣を構えた。それを見たキンキは、言う。



「そう来なくっちゃなぁっ!!」



 サイアスが水の弾丸を飛ばす。

 キンキはそれを弾き、彼に接近する。



 拳を突き出した。しかし、水の弾丸同様に、何処からともなく現れた水泡が剣に乗せられ、彼女の打撃を受け流す。



 もう一度。

 何度も受け流す。



「ウゼェなぁ、おい!!」



 サイアスの強みは、魔法発動に於けるイメージを、完全に思考と切り離して行えることにあった。つまり、彼は剣を振りながら、魔法の発動を行えるのだ。


 

 それは予備動作を必要としないことにも通ずる。両手を自由に使えて、相手からも悟られ辛い。凡人の彼にとって、最大の武器となり得た。



 彼はその能力で、キンキの攻撃を受け流しつつ、水の弾丸を間近で発泡する。



 それは彼女の脚や身体に命中し、皮膚を突き破った。



「ちっ……」



 サイアスはひたすら、それを続ける。

 狙いは、キンキの魔力切れだった。



 治癒魔法は消費魔力が多いと、ミャーファイナルから聞いている。キンキの総魔力量や、魔力消費量は不明だが、それに賭けるしか彼の勝機はなかった。



 当然、サイアス自身の魔力切れ有り得る。だからこれは、魔力量の戦いだった。



 幸い、彼の魔力消費は少ない。



「狡い戦い方してんじゃねぇぞ、おい」



 サイアスは無視する。僅かな勝機を目指して行動するのみだ。



 だが彼は、目前の敵に集中するあまり、背後から迫る刃に気付けなかった。魔力消費を抑えるため、背中は生身同然の状態だった。



 既に戦いの音は止んでいる──



 サイアスの鎧を容易に貫通し、背中から溝落ちを、剣が貫いた。



「──っ!? な、何っ!?」



 突如彼に激痛が襲い、自分の胸から現れた銀色の刃で、状況を悟った。



 獣人の軍勢に、既に兵士は全滅させられていた。最後に残った彼の死を持って、戦いは終わる。



 サイアスは膝を付き、倒れた。



「おいおい、何やってくれてんだ。ハオ」



 血で染まった剣を拭き、サイアスを殺した張本人──ハオは呆れたように言う。



「それはコチラの台詞です。遊んでいる暇はありませんよ」



「別に遊んでねーよ。お前が火を纏うなっつったんだろうが」



「奴隷の近くで、と言いましたよ。私は」



「あ? 紛らわしいんだよ」



 ハオは溜息を吐く。



「で、魔力は?」



「結構やられちまった。ははっ」



「笑い事ではありません。燃費悪いのですから。さぁ、帰りますよ。オエジェットが向かっています」



「こいつら割と強かったんだよ。仕方ねぇだろぉ? ──で、何でオエジェットが向かってんだよ。いねぇ筈だろ」



 ハオは構わず、部隊に命令する。



「撤収です。生き残った者を連れ、拠点まで急ぎなさい。ほら、はやく!」



 部隊は戦利品を奪い、早々に離脱していく。



「キンキ。此方が放った斥候が2人、オエジェットに捕まったそうです。上空に打ち上げられた爆発物。やはりあれが合図でした」



「助けなくていいのかよ」



「先ずは撤退です。いいですね。目的の物も一部入手してます」



「目的の……? ああ、あれのことか。分かったよ」



 キンキは聞き入れ、ハオと拠点に戻っていく。


 

 この場に残されたのは、ヴァージとサイアスの死体──奴隷と獣人。そして、倍以上の獣人に惨殺された全兵士達だった。



『作者メモ』


 はよキャビーを出せ、というか、はよファイを出せって感じなんですが、物語の設計上どうしてもこうなってます。


 ちゃんと出番あるので、キャビーらの冒険にお付き合い下さい。


 それはそれとして、鬼滅の猗窩座がカッコいいなぁって思い、キンキというキャラを作ってます。炎を纏うのは、四神と煉獄さんからで、自己回復能力と武闘家は猗窩座さんからですね。


 鬼滅、遊郭編で止まってるんですけどね……

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