第49話 敵襲


 遠征作戦が2日目に突入した。



「では行ってくる。何かあったら分かっているね? ヴァージ」



 オエジェットとレイス、トッドの3名と護衛の兵士2名、そして奴隷が8名。



 彼らは、出発の準備を終えていた。



 馬車道のない森をを川に沿って先行していく。幾つかのポイントで水を採取するのが、彼らの目的となる。



 トッドはそれに同行し、水の採取場所や原生生物の調査などを行う予定だ。



「隊長。任せて下さい」



 ヴァージは拠点に残る兵士の内で、最も年長者であった。オエジェットとの付き合いも長く、隊長不在時の部隊のリーダーを任せられている。



「無理はしないように。時間はまだあるからね」



「ええ。ですが、俺とサイアスが居ます。安心して下さい」



「はっはっは。君は相変わらず頼りになるね。では──」


 

 オエジェットはそう言うと、脚を使って馬に合図を送る。ゆっくりと進み出した。彼の手には手綱と、奴隷の首に繋がれた鎖が握られている。



 トッドと兵士は馬に乗っているが、奴隷は徒歩だ。



 奴隷は、魔力に反応して収縮する首輪を付けている為、身体強化を使えない。馬のスピードが速くないとはいえ、駆け足で進む必要があった。



 馬に蹴飛ばされれば大怪我を負い、鎖が木に引っ掛かれば、後程罰則が与えられる。そうならないよう、彼らは日々歩行訓練を重ねてきたのだ。



 そんな奴隷を2人ずつ、兵士が所有する。オエジェットの奴隷は、カタリナ村で最も長く生存している2人が当てられた。



 ここから先は未開の地だ──



 巨大な木が天に聳え、地表に残された木々はか細く痩せている。



 それにより、見晴らしの良い森であった。枝葉も殆ど付いていないことから、何かが降ってくるといったアクシデントも少なそうだ。



 最も保護が優先されるトッドを中心に据え、馬が展開された。




 拠点の方では、残った兵士達14人が馬車道の整備を行うことになっている。



 リーダーであるヴァージが先頭に立ち、馬車道のルートを決定付ける。



「さっさと動け!! 今日の目標は300mだからな。そんなペースじゃ日が暮れちまうぞ!!」



 8人の兵士がヴァージに続き、か細い木々を切断していく。切った木を更に幾つかに分断し、奴隷に運ばせた。



 土魔法の得意な2人の兵士は、地面を掘り起こし、平らに固めていく。



 地面に日光が注ぎ易いこの森では、雑草がよく育つ。出来る限り深く地面を掘り起こし、雑草の根を除去する必要があった。そうすれば、将来的に手直しをする手間が減るのだ。



 最後に残った3人の兵士が、周囲の警戒に当たっている。



 2時間程度経過した頃、獣人の女が丸太を落としてしまった。落ちた勢いで丸太は転がり、作業が中断された。



「おい!!」



 ヴァージは先頭からその様子を見て、女の元に近付いていく。剣の切先を地面に突き刺すと、彼女は恐怖を顔に浮かべ、唇を振るわせた。



「も、申し訳御座いません。直ぐに拾いますから──ど、どうか許して下さいぃ……」



 獣人の女は頭を低くし、背を丸め、落とした丸太を拾いに上げいく。そんな彼女の肩を掴み、静止させた。



 ヴァージは鋭い目付きで睨み付ける。



「ひぃぃ」



 やや強面な彼の顔に、獣人の女は恐怖する。



「お前、腕を見せろ」



「はっ、はいぃ……」



 丸太を運ぶ際に怪我をしないよう、奴隷の手には手袋がはめてある。彼女も同様に手袋を着用していた。



 ヴァージはそれを取り外した。



「これ、いつからだ」



 彼は問う。獣人の女の手に、大きな瘤が出来ていたのだ。酷く腫れあがり、瘤の中心から出血があった。



「こ、これはっ、その……」



「なんだ。はっきりしろ」



「き、昨日の夜からです」



「馬鹿もの!! だったら、今朝報告しないか。今直ぐミャーファイナルに見て貰え」



 獣人の女は眼を丸くする。最悪の場合、殺されるかとも思っていたが、そうではないらしい。



「は、はい!」



 彼女は直ぐに医務室へ走っていった。



「作業を再開しろ!!」



 医務室は、地面に並べられた丸太の上に、村から持参した板を置いて作られた簡易的な一室だった。壁も丸太を組み合わせて作ってある。そこで、ミャーファイナルは一人快適に過ごしている。



「あ、あのぉ」



 流石に扉は付いていなかった為、獣人の女は覗き込むようにして、丸太の壁を叩いた。



「何にゃ。今良い所にゃ」



 ぶっきらぼうに答えたミャーファイナルは、寝転びながら脚を組み、本を読んでいる。薄い毛布を被っているが、ほぼ裸同然の姿だった。



「も、申し訳御座いません。出直しますぅ」



 去って行こうとする獣人の女を、彼女は慌てて止める。



「お、おい、嘘にゃ。素直に帰るやつがあるかにゃ」



 すると、獣人の女はひょっこりと顔を出した。



「ほら、早く入ってくるにゃ」



 本を置き、面倒臭そうに手招きをする。獣人の女は部屋の様子を伺い、何故か頭を低くして部屋に入った。


  

 ミャーファイナルが床を叩き、座るように指示を出す。



「で? 何しに来たんにゃ」



 獣人の女は座ると、手に出来た瘤を見せた。



「これまた酷いにゃ。今朝出来たものじゃないにゃ。どうしてもっと早く持って来なかったんにゃ」



「も、申し訳御座いません……」



「みゃーは医者じゃないにゃ……全く面倒にゃ」



 ミャーファイナルは悪態を吐くと、彼女の手を診始める。



 獣人の女はチラチラと、眼を上げる。ミャーファイナルの耳に開けられた穴が気になったようだ。



「みゃーの耳に何か文句でもあるのかにゃ?」



「も、申し訳御座いませ──い、痛いっ!?」



 ミャーファイナルがナイフを握り締めていた。既に血が付着しており、獣人の女の瘤を切り開いたところだった。



「引っ掛かったにゃ。別にもう慣れてるにゃ。獣人からは特に注目されるからにゃ」



「え……? あ、はいぃ……」



 それについて、女はホッとするが、腕の痛みは酷いものであった。どうしてナイフを使ったのかを尋ねてみると、



「血管の中に幼虫が入ってるっぽいにゃ。ほら、ここ。ちょっと膨らんでうにょうにょしてるにゃ」


 

 手首から10cm程度離れたところ。皮膚が膨らみ、気持ち悪く左右に揺れていた。



「お前、これ痛くないのかにゃ?」



「いえ、痛いのは瘤くらいで……」



 その瘤はというと、押し出すとナイフの切れ目から血液と共に、白いドロドロが溢れ出てくる。



「な、何ですか、これ……!?」



「慌てるなにゃ。筋肉が溶けているだけにゃ。出さないと、そのうち腐って壊死するにゃ」



 そんな恐ろしいことを言いながら、ミャーファイナルは楽しそうに押し出している。



 物凄く痛かった。



「これでよし。じゃあ、次は芋虫を引っ張り出すにゃ」



「ど、どうするんですか?? い、痛いのはもう……」



「安心するにゃ。ビリビリするだけにゃ」



 ミャーファイナルは女の腕を持ち、幼虫の入った血管に触れる。雷魔法により電気を流した。



「こうすると、幼虫は逃げてくにゃ」


 

 彼女の言った通り、血管に出来た膨らみは、徐々に瘤へ向かっていく。するりと、幼虫が飛び出した。同時に血が溢れ出て、瘤だった部分に溜まっていく。



「こ、ここれは大丈夫なんでしょうか?!」



「だから落ち着くにゃ。うるさい奴だにゃぁ。血を少し出してから、後は治癒魔法で──」



 彼女は手際良く処置を施していく。



「これでおっけーにゃ」



「あ、有難う御座います……」



「まぁ、これがみゃーの存在価値だからにゃ」



 ミャーファイナルは鼻を高くして言うと、出てきた幼虫をぱくりと食べた。不味かったようで舌を出して、眼を細くした。



 とてもワイルドな様だが、獣人であっても他人の血管に潜んでいた幼虫を食べるのは、彼女くらいだ。



「あの……凄いですね。よく対処方法が分かりましたね……」



「お前、1年前の新入りかにゃ?」



 1年前というと、奴隷商人のジシシがカタリナ村に奴隷を補充しに来た時だ。



「え? は、はい。まぁ……」



「じゃあ、知らなくて当然にゃ」



 獣人の女はよく分からず、首を傾げる。



「何をですか?」



「こういった未知の情報は全部、獣人の犠牲の元に出来ているのにゃ」



「そ、そんな……」



「トッドのクズも、好奇心で何人も獣人を殺してるにゃ。あいつの生態資料はそうやって作られているのにゃ」


 

 特にアイネが幼少期の頃と、それ以前。トッドは国王からの命令を盾に、沢山の獣人を実験体にし、お咎め様の森のあらゆる研究を行っていたという。



「そ、そうなんですね……」



「でも彼奴が実質トップだから、みゃーらはどうしようもないにゃ。誰か王国をぶっ壊して欲しいにゃ」



「ふふ。それは聞かなかったことにします。怪我、有難う御座います。助かりました。私は作業に戻りますね」



 獣人の女は微笑み、立ち上がる。するとミャーファイナルは片目を開けて、彼女を見た。



 恐らく農園出身の獣人の女だ。ミャーファイナルには、そんな彼女が何処か少し気高くみえた。



「休んでいくといいにゃ」



「えっ? で、ですがそれでは……」



「経過観察もしたいし、どうせ遠征で死ぬなら、今ちょっとくらい休んだって罰は当たらないにゃ」



「う、うーん……」



 自分だけいいのだろうか。

 そんなことが頭を過ぎる。



 奴隷は罰則を受ける際、連帯責任を負わされる。ここでサボっていたことがバレれば、どのような罰則が与えられるか分からない。



 それに、元より獣人は同胞思いなのだ。例え農園育ちだろうが、本質は変わらない。



「早くするのにゃ」



 バシバシと床が叩かれ、ミャーファイナルから急かされる。獣人の女は、遠慮がちに座るのだった。



「──そんなことを気にしてたのかにゃ? お前は随分と弱虫な獣人にゃ」



「あはは……でも良かったです。私、ちょっと怖かったんです」



「みゃーのことかにゃ? 噂は噂にゃ。別にみゃーは人間の味方じゃないにゃ。生きる為に、やってるだけにゃ」



「あ、いえそうではなく……ここの兵士さんのことです。私てっきり、兵役に就く獣人はそのぉ」



「あー、なるほどにゃ。奴隷といっても、ちゃんと働いて貰わな困るからにゃ。いざという時、囮にも出来ないし。でも使い捨ては、使い捨てにゃ。だから、こうして適当にやってるのがいいのにゃ」




「確かにそうですね。あはは──」



 そうして暫く、談笑を重ねた。



 しかし、それは突然訪れる。



「て、敵襲!! 敵襲だぁっ!!」



 若い兵士の声が、拠点中に響いた。彼の焦りに満ちた叫びは、奴隷達に動揺を広げる。



 リーダーであるヴァージは、



「奴隷は丸太を置き、此方へ来い!! 急いで鎖を繋げぇい!! これは訓練じゃないぞ!! おら、急げっ!!」



 そうやって明確な指示を出し、戸惑う彼らを諌めた。



 医務室からは距離が離れている筈だが、ヴァージの声がはっきりと聴こえてきた。緊迫した様子が伝わってくる。



「あ、あのっ。私はどうしたら……?」



「慌てるなにゃ。お前はみゃーと居るにゃ」



「わ、分かりました……」



 兵士と奴隷が馬車の方に集まり始めた。武器を取りに来たのだ。



 奴隷は兵士の盾となるべく戦う。

 恐らくこの戦闘で奴隷の1割は死亡するだろう。



 ミャーファイナルはそう予想しているが、実際はそんな生優しいものでは無かった。



「奴隷は全員殺せ!!」



 突然、そんな命令が下されたのだ。

 そして上空に高々と打ち上がり、破裂する爆弾。そして、遠方から迫る雄叫び──



「な、何が起きてるにゃ!? ──ま、まさか」



 更に外では、奴隷の中でも取り分け年数が長い1人の獣人が叫ぶ。



「四神闘気様が助けに来て下さったぞ!! 今こそ反旗を翻す時だ!! 兵士どもをころ──がぁっ!?」



 その獣人を、真っ先にヴァージは殺した。



「急げっ!! もう敵は間近だ!! ──奪われる前に、奴隷を全員殺せ!!」



 奴隷の中には農園育ちが大勢居る。彼らは公にしていい存在ではないのだ。1人2人なら兎も角、十数人いっぺんに逃げられるのは避けたいところだった。



 ヴァージは獣人の胸から剣を抜き取る。剣が真っ赤に染まり、獣人はその場に倒れ込んだ。



 それを合図として、兵士は次々と奴隷を殺し始める。



 鎖が付けられている所為で、奴隷は遠くへは逃げられない。彼らの一部は各自剣を持ち、兵士達に次々と襲い掛かる。



 例え兵士に敵わなくとも、彼らの士気は下がらなかった。



 何故なら彼らの眼にも既に映っているのだ。自身を助けに来た獣人の軍勢が──



 その先頭を走る烈火の如き獣人の姿が──




『作者メモ』


 遅くなりました。


 今日眠くて全然書けなかった、と思ったんですが、約9000字書いてました……(6000字かと思ってました)


 2話に分けます。というか、土日は投稿怪しいので、明日投稿します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る