第48話 四神闘気
身体強化を使い、全速力で森を駆け抜ける。
彼女の名前はミレッタ・ソート。
翼のような耳を持つ赤髪の獣人だ。
尾行していた人間の少年に、隊の全員が殺害された。8年間同じ釜の飯を食った仲間が、全員居なくなった。
助けることも出来ず、逃げてしまった。
いっそ自分も死んだ方が良かったのではないか。そう思ってしまう。
だが、同胞を想い、行動するのが獣人の誇りだ。
この情報は、届けなければならない。
それで少しでも彼らの死が報われるのなら──
★
直径数百メートルにも及ぶ巨木が、キロ毎に生えている。高さは、果てしない。
それらに囲われて育つ地表の木々は、栄養を吸われたかのようにか細い。
ここは、大小2つの森が存在している。
四神闘気の1人──キンキが率いる30人の獣人部隊は、各々が戦闘準備をしていた。
巨木の根本に拠点を設け、そこはちょうど、人間の兵士が集まる遠征作戦の現拠点から、4キロ程度離れたところにあった。
キンキは痺れを切らしている。
「兵士どもは、もう寝ている時間だ。今から襲撃して、ぶち殺そうぜ! あれを皆殺しにするなんざ、俺だけで充分だろ!?」
キンキは女性の獣人だ。大きな垂れ耳をチャームポイントとしている。ただ、幼少期の頃はそれが嫌で、切ってしまおうかと悩んでいた。
短い髪は整えることを知らず、無造作に跳ねている。女性でありながら、非常に勝気な性格をしていた。
そんな、今にも走って行きそうな彼女を、部隊の副リーダーを務めるハオが諌めていた。
彼は、青み掛かった長髪の獣人だ。
「待って下さい。あっちにはオエジェットが居ます。いくら貴方でも敵いません」
「んだとぉっ!?」
キンキは自身の武器である真っ黒なグローブ──指の間に金属が仕込まれ、メリケンサックのような扱いが可能である──それを握り締め、ハオに詰め寄った。
いつものことなので、ハオは動じない。
「考えてみて下さい、キンキ。オエジェットとは相性が悪いでしょう?」
「幻影魔法のことかぁ?? んなもん、蒸発させちまえばいいだろうが」
幻影魔法に対するキンキの回答に、ハオは頭を抱える。
「幻影魔法は蒸発させても、効果は残りますよ」
「あ? んなわけねぇだろうが。霧ん中に幻影効果が仕込まれてんだろ!?」
「幻影を見せる成分は、霧を蒸発させた時点で気化されます。結局吸い込んでしまうことになります」
キンキは眉を顰める。
何を言っているのか分かっていないのだ。
「キンキ……兎に角、幻影魔法を回避する術はないということです」
「よく分かんねぇけどよぉ。だったら、どうすりゃいいんだよ」
「彼の幻影魔法の唯一の弱点は、味方を巻き込んでしまうことです。乱戦にすれば、そう簡単には幻影魔法を使ってこないでしょう」
「だったら俺らの十八番じゃねぇか。身体能力の高い獣人の俺らが負ける筈がねぇ」
キンキはやる気を露わにし、拳を上に向けた。彼女の身体から火の粉が舞う。
「落ち着いて下さい。オエジェットは部下の死を嫌います。彼1人で迎え討ってくる可能性もあります」
「つまり、俺ら全員をたった1人で相手にすんのか!? 有り得ねぇだろ」
「いえ、その通りです。幻影魔法とはそれを可能にする程強力なのです。彼自身の剣技も相当なものだと聞き及んでいます」
キンキは怪訝そうにハオを見る。だが、彼のことを誰よりも信頼している。彼が言うのであれば、それも間違いではないだろう。
「そんなに強ぇのか。あいつは──」
しかし、逆に闘争本能が沸いてくる。
「ええ。ですから、彼が居ない時を狙うしかありません。少しでも同胞を助けるのです」
キンキは渋々納得し、頷く。
オエジェットと単騎で戦いたい欲求はあった。しかし、同胞──奴隷となっている獣人を助ける為に、今は危険な森に入っているのだ。目的を忘れる訳にはいかない。
「わぁったよ。密偵からの情報だと、明日の朝にオエジェットが拠点から離れるんだな」
「はい。その後、存分に暴れて下さい」
話を終え、キンキが武装を解除すると、他の獣人達も武器を置いた。キンキは喧嘩っ早い。彼女が飛び出せば、それに続かねばならない。中には鎧を装着し、完全武装している獣人も居たが──
すると、1人の獣人がハオの元にやってくる。
「ハオ様。ミレッタから連絡がありました。現在、退却中とのことです」
土魔法が司る「振動」──空気を揺らし、特定の周波数を届ける。それがミレッタの魔法だった。
「分かった。帰還次第、連れて来なさい。報告を聞きたい」
「承知しました」
暫くして、獣人が誇る隠密部隊が帰還する。しかし、帰って来たのは、たった1人だった。
ミレッタは、ハオとキンキの前で跪く。涼しげな夜にも関わらず、額から汗を滲ませている。かなり急いで走ってきたらしい。
ハオとキンキは怪訝な面持ちで迎えると、彼女は語り出す。
「申し訳御座いません……人間の少年に、エライザとシッツ、ミレニア、ソルト、イコライ、私以外の全員が殺されました」
「何だと……!?」
「おいおい、人間の少年って。マジで言ってんのか!? 人数は何人だ」
ミレッタは上官の顔を見ることもままならず、辛い表情を地面に向けている。人間の子供たった1人に壊滅させられた──それは死んだ彼らの名誉の為にも、言い辛かった。
「答えなさい、ミレッタ。敵は何人ですか」
「そ、それは……」
ミレッタは観念して答える。
「ひ、1人です……」
「た、たった1人……だと!? 確か、兵士どもの跡を追う不可解な影を見つけたと言っていたな。もっと詳しく話しなさい!」
「は、はい……それが──」
ミレッタは、キャビーとの戦闘について伝えた。
「な、なんという……私は攻撃の命令を与えていなかった筈だが?」
「も、申し訳御座いません。気付かれてしまい、止むなくシッツが交戦。私達も順に加わりましたが……」
「相手は本当に少年だったのか!?」
「は、はい……」
キンキが苛立ちを露わにし、口を開く。
「おいおい、んなことはどうでもいいだろうが。大事なのは、隠密に長けたお前らが発見され、あまつさえ得意な環境で負けたことだろ?」
殆どの獣人は、エルフ程ではないが自然と共に過ごしている。この森は、原生生物は兎も角、生まれ育った環境と大差ないのだ。
特に森は隠れる場所が豊富にあり、彼女らのホームグラウンドも同然だ。その上で負けるとあっては、キンキにとっても警戒すべき敵となる。
「そもそも何故気付かれたんだ?」
「お、恐らく探知系統の魔法かと。我々は一切隙を与えておりません」
「探知の種類は?」
「広範囲に及ぶ空間の把握。闇魔法しか考えられません」
「探知の最高峰か。才能に恵まれて羨ましいねぇ。しかし、森ん中でよくお前らが見分けられたな」
「簡易的ですが、デコイも放ちました。でも……かなり高次元に鍛えられた闇魔法です」
「攻撃手段は?」
「生き物を操る魔法と、剣を出し入れする魔法です。その他は分かりません」
「生き物を操る? そんな魔法があるのか?」
キンキの問いに、ハオが答える。
「魔法は人によって様々です。ですが行き着く先は、どれも似通っています。人族の想像力を超えない限り、人それぞれといっても、同じ魔法を使う者は必ず存在します」
「おい、何が言いてぇんだよ」
「おっと失礼しました。悪癖が出てしまいました。生き物を操る魔法であれば、光魔法の精神汚染か、闇の顕現魔法です。後者は、非常に稀有な魔法ですが、過去に使い手は存在しています。所謂、複製体を作る魔法です。空間の探知が可能なら、あり得るかと」
「無駄に博識だな、お前」
「その少年が我々の敵かどうかですが、まぁ敵と判断していいでしょうね。そんな強力な敵が後──12時間後には、兵士と合流しそうですね」
「どうしますか? キンキ隊長」
ハオは、最終的な決定権を持つキンキに尋ねる。キンキは唇を指で押さえて考える。徐々に笑みを浮かんでくる。
彼女の中で既に答えは決まっているのだ。
「兵士どもをぶち殺しに行ってから、その少年も殺害する」
「まぁそう言うと思いました。ミレッタ、ご苦労だった。同胞の敵討ちは、もう少しで出来るぞ。今は休みなさい」
「あ、有難う御座います。それでは失礼致します」
『作者メモ』
という訳で、新キャラです。
短めです。すいません……
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