第47話 初夜

 転生して8年、初めて人間を殺害した。それはとても、気分が高揚する瞬間だった。



 キャビーは冷めやらぬ殺意を纏ったまま、狩りから戻る。



「キャビー……アンタ、血が出てるよ」



 先に狩りから戻っていたアイネが、おずおずと言った。



 傍で焚かれている焚き火は、とても良い匂いが発している。肉が焼かれているのだ。



 キャビーはそれを横目で見つつ、頬の傷に触れた。女の獣人から傷を貰っていたのを、思い出した。



「ちょっと切ったみたいだ」



「え? じゃ、じゃあ応急──」



「いらない」



 アイネが鞄を漁りに行く前に、キャビーは彼女を静止させる。



 血は、手で拭き取った。



「そ、そう」



 クィエは兄にまとわり付いた殺意に怯え、アイネの背後に隠れている。



 そんな彼女をキャビーが睨み付けた。



「クィエ。お前一体いつからアイネと……?」



 クィエはアイネの手を握り締めていた。

 それがキャビーには不快でならないのだ。



「ね、ねぇキャビー。あれ見てよ! 大きな獲物取って来たんだよ」



 アイネが彼の視線を遮るように立って言う。キャビーの関心が、焼かれた肉に向いた。



 クィエはアイネの背中に顔を押し付け、怖かったことを暗に伝えた。



「どぉ? す、凄いでしょ!?」



「ああ」



「クィエが──あ、ううん。頑張って2人で取ったのよ」



 クィエのことを言ってしまうと、キャビーの関心がまた彼女に向いてしまう。アイネは一先ず、彼の調子を戻すことに注力する。



「い、一応。それっぽく捌いておいたし。キャビーは……何も、取れなかったの?」



「ああ」



「そ、そう……」



 突然狩りに行こうと言っておいて、獲物が取れなかった。仕方がないとはいえ、彼らしくないのは事実だ。



「キャビー……? な、何かあったの?」



 キャビーは「特に」と答える。隠す必要は無いかも知れないが、彼の咄嗟の判断だった。



「それならいいけど……さ」



 捌いた肉塊は8つにぶつ切りにしている。内臓は不味そうだった為、皮と一緒に捨てることにした。少し勿体無いけど、そもそも食べ切れる量じゃない。



 肉塊3つを焼き、残りはクィエが氷漬けにしている。可能であれば、キャビーに異空間に入れて貰う算段だ。



「出来るまでもうちょっとだよ。美味しいかどうかは保障しないけどね」



 とはいえ、匂い自体は悪くなく、期待感が増してくる。



 暫くして、肉がこんがり焼けた。



 枝に刺したそれを、キャビーに手渡す。



「はい、どーぞ」



 相変わらず、彼は何かに神経を尖らせているようだ。その所為で、クィエは今だに兄に近付けないでいた。



「はい、クィエちゃんの分。ナイフで少し切れ目を入れるから、そこから噛みちぎってね。よく噛んで食べるのよ」



「うん……!」



 馬車にあった調味料で、肉に味付けをしている。見よう見まね、というか勘で振り掛けただけだが。



 アイネは自分の分の肉を、恐る恐る齧った。



「あっ、美味しい……! 普通にイケるじゃん!」



 やや臭みはあるものの、柔らかくて美味しい。疲れた身体に、エネルギーが宿っていく感じがした。



「クィエ、美味しいね!」



「うん!」



 クィエも満足してくれているようだ。



「キャビーはどう……かな?」



 無言で食べているキャビーにも聞いてみる。


「……うん、凄くうまい」



「良かった。沢山食べてね」



 まるで誰かを殺してきたかのように研ぎ澄まされていた彼だが、食欲に気を取られたらしい。やや生気が戻った。



 しかし、一体何だったのだろう。



 アイネは怪訝に思うも、それについてはやはり聞くことが出来なかった。



 そうして──



「それでね、自分と全く同じ姿をしたそれは、人知れず生活をしていて──もしそれを見てしまうとぉ……不幸なことが起こるの!! というか、絶対誰かが死ぬみたい」



「おぉー!」



「いや、喜ぶ場面じゃない筈だけど……王都の都市伝説、どうだった!?」



 食事を終え、寝床を整備した彼らは、横になりながらアイネの怖い話を聞いていた。



 因みに彼女が勝手に話し始め、怖い話もとい都市伝説は全てリトから聞いたものだ。



「同じ魂は存在出来ない。嘘だな、それは」



「えー。ドッペルゲンガーってカッコいい名前まで存在するのに。じゃあ、これは?? 帰り道、着いてくる人影──」



「それはただの賊だろ」



「まだ続きがあるのぉーっ!!」



 キャビーの抱えていた殺意は、美しい夜の空に浄化されていく。星が彼らの旅を讃え、流れ行く川に乗せて会話が弾む。



 そうしているうちに、段々と眠くなってきた。



 葉っぱを敷いて布を被せれば、簡易的なベッドの完成だ。更に大百足に囲わせ、風避けも完備している。



 もう1枚布を用意し、3人は同じベッドで眠りに着いた。



「お兄様ぁ。もっとこっち来て……ぇ」



 クィエが甘えた声で言った。



「……主人に動かさせるな。お前がこっちに来ればいいだろう」



「いいのぉ……?」



「当たり前だ。私とお前は兄妹なのだから、いちいち遠慮するな」



 クィエは「うへへ」とだらしなく笑うと、兄に擦り寄っていく。



「アイネお姉さんもこっち」



 クィエはアイネの服を引っ張って、彼女も引き寄せる。



「はいはい」



 2人に挟まれ、クィエはご満悦だ。

 だが、キャビーは違った。



 狩りから戻って来た途端、クィエがアイネを拒絶しなくなった。そして今の「アイネお姉さん」という言葉を聞いて、確信したのだ。



 2人は知らぬ間に、仲良くなっている。



「おい待て。アイネお姉さんだと……っ!? クィエ、どういうつもりだ」



「ひぃっ」



「ちょっとキャビー! アタシの妹をイジメないでよね」



「な、なんだと!? クィエ、お前──」



 キャビーの追求を諌めるのに数十分を要し、ようやく彼らは眠りに付くのだった。





 離れ離れとなった母を思い出し、母も彼らを想う。3人は同じ時、同じ夢で邂逅する。



 今までにない不思議な感覚だった──



 白い空間。母がクィエと一緒に居た。



「何故母上がここに……?」



「それは貴方が私の子供で、私が貴方の母親だからよ──ほら、キャビーちゃんもおいで」



「……ええ、母上。今行きます」





『作者メモ』


 かなり短いですが、お昼にアップしたいので載せます。そっちの方が読まれるんですよね。


 次の展開を少し考え中です……


 夢の展開は伏線になります。

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