第46話 姉妹 後編
「どっ、どうして分かった……っ!」
頭を踏まれ、地面に伏した獣人の男が、自身よりも遥かに小さな少年を必死に見上げて言う。
「一体どれの話をしている。大部隊の話か? それともお前たちの話か? ──この私を襲いたければ、集中を削ぐんだったな」
アイネには黙っていたが、かなり広範囲に顕現化した蝶を飛ばしていた。ある時、蝶が周回をやめ、一点を追い続けた。
それはつまり、要観察対象が発見されたということ。
移動速度から人間の類いだと断定する。それらは顕現化した鷹の居る方向へ向かっていたのだ。
つまり、カタリナ村の遠征隊を狙っている。
別働隊であるこの獣人については、湖のある広場に着く以前から気付いていた。
キャビーの闇魔法による空間探知は、広範囲に及ぶ。あくまで彼自身が、一定範囲までの空間認識能力を上昇させているに過ぎない──つまりバフのようなものである為、探知魔法の使用を敵に悟られ難い。
クィエの探知魔法との違いは、そこだ。
明らかに尾行している物体があったのだ。他の生物や、枝葉で形は捉え難いが、動きから人間だと分かった。
「奴隷ではない獣人が、どうしてここに居る」
ミャーファイナルのように一度でも奴隷になれば、耳に大きな穴が残る。この獣人の耳に、穴は見当たらない。
「アルトラル王国の国境付近に、お前達の住処でもあるのか?」
「お、俺が言うとでも思ったか……!? 口は割らない。殺したきゃ、殺せっ!!」
「そうか」
キャビーは異空間からサバイバルナイフを取り出す。獣人の肩に躊躇なく突き刺した。
「あぁあああっ!! くそぉっ!!」
獣人に対し、もう一度問う。
「お前達の目的は何だ?」
「お前達のようなクズに、言ってたまるか!!」
男は言い放った。
キャビーはナイフを獣人の肩から引き抜く。
今度は背中に突き付けた。
心臓を貫ける位置だ。
「大方の予想は付いている。お前達は──」
──何かが近付いてくる。
森の中では他の生物が探知の邪魔になる為、凡ゆる情報を捨て、向かって来るものだけに絞って意識を向けている。
何かが高速で迫ってくるのを、彼は捉えた。それは真っ直ぐ一直線に、キャビーの元へ辿り着く。
大きさは拳台で、球体の形をしている。
キャビーは飛んで来た球体を、ナイフで弾いた。
しかし、球体とナイフが接触した瞬間、強い衝撃が腕に加わり、ナイフは弾かれてしまった。球体は軌道を変え、キャビーの背後の地面に衝突した。
強い魔力が宿った鉄の塊だった。
「ははっ、避けるのが正解だったな」
獣人が嘲笑うかのように言う。
対してキャビーは、冷静に返した。
「アイネの言う通り、舐めているとこうなる訳か」
無論舐めてはいないが、確かに先程の砲弾は、確かに避けるべきだった。
「舐めてる、だと!? おいおい、俺達は獣人最強の隠密部隊だぜ!? ガキの癖に舐めてんじゃねぇぞっ!!」
喚く獣人の頭を、もう一度強く踏み付けた。
「うぼぐぅっ──」
「お前達は、奴隷を助けに来たのだろう?」
「……だ、だったら何だよ」
「もしそうなら、私はお前達の味方だ」
「な、何を言ってる……!? お前は人族だろ」
その時、暗闇に閃光が迸った。
敵が放った目眩しの魔法だ。
視力を奪うそれは、暗闇に慣れていたキャビーを襲う。
すかさず、彼の周囲を大百足が囲った。
「み、味方ってどういうことだよ」
獣人の男が聞いてくる。
「取引がしたい」
「──っ!? 何だと!?」
「私は1人の獣人の奴隷を助けたい。だが、10日程度の遠征を守り切るのは、少々面倒なんだ」
「な、何の話をしている!?」
「お前達はいずれ、兵士を襲いに来るのだろう? 共闘しようじゃないか──兵士どもを一緒に皆殺しにしよう」
年端もいかない少年の口からとんでもない言葉が放たれる。
人間じゃない。獣人の男は、彼のことをそのように思う。
「……お、お前は一体何者なんだ」
「私か? 私は──」
先程の閃光に乗じて5つの物体が配置に着いたようだ。キャビーはそれを感じ取り、警戒を強める。あれらは、この獣人の仲間だ。
「私は魔族だ」
「な、何!? そんなわけ──」
少年の発言や振る舞い、そして不気味な雰囲気。そんな筈はない、と頭では分かっているものの、やはり否定し切れない何かが、少年にはあった。
「お、おい、待て。分かった。取引に応じる。離してくれ」
死を覚悟していた筈の獣人は、あっさり取引を受け入れた。強固な意志に、歪みが生じた瞬間だった。
キャビーは口角を上げる。丁度頭上から、顕現化した巨大な蜘蛛が降り立った。それは獣人の男に覆い被さる。
「まっ、待てよっ!! 何だこれは!? 何の真似だ。取引はどうなった!?」
「取引は無効だ。お前は要らない」
生き残りは元より1人で充分だ。
「待て! お、おお俺なら話を通して──」
キャビーは大蜘蛛に目を向け「食っていいぞ」と命令する。大蜘蛛は獣人の背中に喰らい付いた。
5人の敵が戦闘体勢を取っている。キャビーの周囲を大百足が囲っている為、攻撃は出来ないようだが、距離を詰められてしまった。
木の上と、木の後ろに1人ずつ。少し離れた位置に3人だ。
隠れて様子を伺っている彼らだったが、キャビーに捕らえられた獣人の悲鳴を聞いて、遂に動き出した。
キャビーも、大百足のとぐろを解除して迎え打つ。
大百足は地面を這い、後方に居る獣人を襲いに向かった。
遠方で既に、キャビーの放った顕現体が獣人を襲っている。悲鳴がひとつ、鳴った。
キャビーは異空間から剣を取り出すと、最も近い標的を狙う。
木の後ろから僅かに身を乗り出した獣人。それに向かい、彼は肉薄する。
獣人が隠れている木諸共、キャビーは切断した。
すると、キャビーの剣を避けた獣人の女が姿をみせる。刹那、キャビーに剣を突き出した。
彼の頬を掠めていき、切り傷を与えた。
キャビーもすかさず反撃するが、獣人の女は軽い身のこなしで、後方へ飛び退く。
「やれ」
ドラゴンモドキは既に1人、獣人を殺していた。それは、食いちぎった獣人の頭を捨て、キャビーの指示を優先する。
獣人の女に向け、突風を起こした。枝葉を切断し、木々を薙ぎ倒していく。
カマイタチによる斬撃が、風の中に生じている。獣人の女に斬撃が命中し、悲鳴が上がった。
風が止んだと同時に、キャビーは追撃する。
彼による切り上げの剣技は、彼女の首を捉えるも、間一髪で避けらた。
キャビーは更に攻撃を重ねる。
「ガキの癖に……っ!!」
獣人の女は土魔法で煙幕を張り、逃亡を試みた。
暗闇にも関わらず、煙にも関わらず、少年は彼女を正確に捉え続ける。
「コイツっ!!」
彼女は、仕方なく剣を交えることにする。
キャビーの放つ薙ぎ払いや、縦振りを彼女は弾く。それの返しとして彼女は、何度も剣を突き出した。
だが、全て避けられるか、剣で弾かれてしまう。
──勝ち目がない。
獣人の女はそう思う。
彼女は決心し、自身のコアに魔力を通す。
更に剣に付属しているコアにも、魔力を通した。
コアの2重掛け。
コアに魔力を通せば、属性の宿った魔力が増幅して出力される。それを体外に用意したコアにも通せば、更に増幅して出力される。
コアを2重に通した際の力は、とても強力な分、非常にコントロールが難しい。間違えれば魔力暴走を引き起こし、最悪の場合死に至る。
獣人の女は、声を出して気合いを入れた。
コアを2重に掛け、強大な土魔法を出力する。それを剣に纏わせて、振るった。
空気が振動し、空間が揺れる。
その剣に触れない方がいい。
キャビーは直感的に、そう思う。
彼は彼女の剣を避け、反撃のチャンスを伺う。
すると、獣人の女は突然、剣を逆手に持ち替えた。キャビーの胸に目掛けて、剣を投擲してくる。
わざわざ剣を投げる距離ではない。
何か意図がある筈だ。
キャビーは考えるが、答えが出るより先に剣が迫ってくる。
「──っ!」
彼は身体を半身にして、剣を避けた。
しかし、剣は真後ろにあった木に突き刺さる。
「くそっ──」
その瞬間、木は弾け、周囲に衝撃波を起こした。キャビーは吹き飛ばされ、木を破壊しながら転がっていく。
顕現魔法で呼び出した個体──風船のように膨らむ獣によって、彼は受け止められた。
キャビーは立ち上がり、身体に付いた土を払う。
──やられた。
悔しい。だが、素直に称賛する一手であった。それ程、綺麗にやられた。
敵の剣に集中するあまり、背後の確認を怠っていた。
獣人の女は、やはり姿を消してる。
「逃げられたか」
キャビーは受け止めてくれた顕現体を撫で、その他4人の獣人の様子を見に行くことにした。
1人は、大百足が締め付けて捕獲していた。
「殺せ」
キャビーは命令すると、大百足は獣人の頭を捕食し、死亡する。
1人は、大ガエルが口に咥えていた。
「良い子だ。食っていいぞ」
「お、おい!? やめ──」
大ガエルが獣人を飲み込み、ゆっくりと消化していく。
1人は、大蜘蛛によって追い詰められていた。
逃げ場を無くした獣人の男は、キャビーに命乞いをする。
「た、助けてくれ。頼む……お、俺は何もしていないだろ!?」
当然、人間に慈悲はない。
嘲笑うような殺意を引っ提げて、キャビーはそれの首を切断した。
最後の1人は、背中を大蜘蛛に食われ、既に絶命している。
10歳にも満たない少年に、獣人が誇る隠密部隊は1人を残して壊滅するのだった。
★
アイネとクィエは再び歩き出していた。
仲良く手を繋いでいるが、クィエは未だ慣れておらず、少し緊張している。
「なかなか見つからないねー。やっぱり逃げちゃってるのかな」
すると、クィエが恥ずかしそうに言う。
「……してない」
「え? ごめん、よく聴こえなかった。もう一度言って貰える?」
「あ、あんまり霧……広くしてない」
言っている意味も、言いたいことも良く分からないが、アイネは取り敢えず相槌を送る。
「えっと、それってつまり……探知範囲が狭ばるのよね?」
「いっぱい生き物居るから、ちょっと気持ち悪い」
「あー、そっかそっか」
そういえば、キャビーも似たようなことを言っていた。
後、生き物いっぱい居たんだ。とアイネは思う。
「つまり、逆に情報過多になっちゃうのね?」
「カタ? 肩? かたかた? うん……?」
「よし分かった。クィエちゃんは霧を解除していいよ! アタシに考えがあるから」
胸に手を当てるアイネの姿は、何処か頼もしく映る。暗闇の中で、それに僅かな輝きを見出したクィエは、「うん」と頷いて全権を委ねることにする。
彼女らは先ず、木の上に登った。
「ほら、手を伸ばして!」
「頑張って、もう少しだから」
何とかクィエを連れて、高さ3メートル程度の太い枝に座り込む。
「ちょっと怖い……」
クィエは兄の言い付けを破って、霧を解除してしまった。探知が出来ず、盲目というのを彼女は身を持って感じている。
アイネは笑い、クィエと肩を寄せた。
「怖かったらもっとくっ付いていいよ。アタシはお姉ちゃんなんだから」
「う、うん」
クィエはアイネにしがみ付く。でも少し控えめに、彼女の手はアイネの服を握っていた。
アイネは、馬車の荷台に積んでいたロープを鞄から取り出した。
「何するの?」
「ふっふっふ。頭脳を使った人間の狩りだよ」
「クィエ、人間ちゃう」
アイネは得意気な顔をして、ロープを地面から1メートルのところまで垂らした。
すると、ロープの先端が燃え始める。
「アタシの得意な魔法は火魔法よ。触れたものを伝って先端を燃やせるの。でも発火している場所は熱くならないのよ」
指を出してみて、とクィエに言う。
「こぉ?」
アイネは彼女の手首に触れると、人差し指に火が灯る。
「どうよ、凄いでしょ! あ、触ったら火傷するからね。火傷しないの発火場所だけ」
「おぉ〜。あんまりスゲくない……」
「キャビーやクィエちゃんに比べたら、まぁそうかぁ」
気を取り直して、再びロープに触れる。離してしまうと火が消えてしまう為、彼女は触れ続ける必要があるのだ。
「これでどうするの?」
「誘き寄せるのよ。ムカデ戦を思い出してみて。あれは光を灯して、アタシ達を誘ってたでしょ」
「おぉー」
さっきよりも好感触な感嘆の声が上がる。
「ふふん」
実際上手くいくか分からない。
でも良いところを見せたいアイネは、信じて待ち続ける。大百足同様、ゆらゆらと揺らしてみたり、工夫を施した。
すると羽虫や、夜行性の小動物が寄ってくる。木の上にも、手が届く距離にも、順繰りに色んな生物が現れた。
クィエの言った通り、沢山生物は居るらしい。
だが、狙うは大物だ。
2人は、木の一部となって待ち続ける。
その時、小動物達の目が一点に向いた。身体を伸ばして、様子を伺っている。
まるで捕食者から逃げ出すように、走り去ってしまった。
「──何か来るよ」
アイネは小声で呟く。
ずしずしと、足音が聴こえてくる。草木を掻き分け、それが姿を現した。
四足歩行の大きな背中。黒い毛は暗闇に紛れるのに丁度良い。鋭い爪はひとつだけ大きく湾曲し、獲物の命を刈り取る形状をしている。
食べられるのかは定かではないが、初めて遭った大型の動物だ。何としても捕らえたい。アイネはゆっくりとロープを引き上げる。
小さな灯火を追って、怪物は顔を上げる。アイネは剣を握りしめ、それに魔力を込めた。
顔を狙い、突き刺そうとした。
その時、不意に肩を叩かれる。
クィエが、待ったを掛けたのだ。
「クィエに任せて」
その言葉で全てを察し、アイネは剣を納めた。
ヒンヤリと冷気が漂う。
刹那、鋭い氷の刃が怪物の心臓を捉えた。コアが破壊されて、青紫の閃光が放たれる。怪物は息絶えて、その場で倒れた。
あっという間の出来事に、アイネは唖然としてしまう。
だが、徐々に成功した実感が湧いてきて、彼女らは手を取り合って喜びを表現するのだった。
「やった!! やったよ、クィエちゃん!!」
「うん」
「良く頑張ったね。これでキャビーにも──わぁっ!?」
「わわっ!?」
勢い余って、2人は木から落ちそうになる。互いに支え合い、なんとか留まることに成功した。
彼女らは見つめ合い、高鳴る心臓から笑いが込み上げてきた。声を出して、高らかに笑った。
その後、他の肉食動物が血の匂いに誘われて寄って来ることを考慮し、早々に離脱する。
倒した動物は身体強化を使用し、引き摺って持ち帰った。
森を抜け、湖のある広間に着いた。
月光を頼りに、キャビーの帰りを待つのだった。
『作者メモ』
44話ですが、物凄く文章が変だったので、修正しています。内容はほぼ同じなので、読み直し必要はありません。(眠気に耐えながら書いたら、ああなりました……)
やっとアイネとクィエが仲良くなりました。
これ言ったか覚えてないのですが、アイネが「クィエちゃん」呼びに変わってます。確か呼び捨てでしたよね。ファイに合わせて、そう呼んでます。(時間がある時に以前の話を修正します。御免なさい)
また、「アンタ」→「貴方」一部こうなっているのは仕様です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます