第42話 誕生

 

「顕現しろ」



 キャビーは、ストック化に成功した大百足を確認する為、顕現魔法を使用した。



 手を翳すと、彼の右肩付近の空間に歪みを形成し、体長10メートルを超える真っ黒な巨体が出現した。赤い眼を持ち、色合い以外は生前のそれと遜色の無い姿をしている。



 クィエは興奮して、それの元へ走って行く。



「わぁお兄様、これ乗っていい? 乗ってみてもいい!?」



 顕現化に成功して機嫌の良いキャビーは、彼女の希望を了承し、乗るのを手伝ってあげた。



「有難う、お兄様!」



 アイネは大百足の眼前に立った。



「ちょっとアンタ!!」



 大きな赤い眼に指を差して、怒鳴り付ける。



「よくもアタシを食べようとしてくれたわね!! それも何度も何度もしつっこくぅっ!!」



 大百足は怒られていることを理解し頭を低くする。



「弱い奴から狙うのは定石手段だからな」



「うっ……でも、アタシだって捕らえるの手伝ったんだからね!」



「それと弱いのと何か関係があるのか?」



「な、何よ。正論ばっかり言って──」



「お兄様見て見て!! 波なみぃ〜」



 その後、大百足は周囲の警戒に当たらせることとなった。



 一部の木が破壊されて陽光の侵入を許した森の中──キャビーらは倒れた木に座り、少し休憩する。



 今頃カタリナ村は、子供達が居ないことに対して酷い騒動になっている。アイネはそんな想像を膨らましている。



 特に彼女は、自身の父親がどのような反応をするのかが気になっていた。



 ちゃんと探してくれるんだろうか。

 放置されていたらどうしよう。


 

「アイネ。お前に試して貰いたいことがある」



 キャビーからそう言われ、アイネはネガティブになり掛けていた思考を中断する。



「ん?」



 彼はその辺りに落ちている適当な葉を取り、アイネに手渡した。



「お前のコアは確か3色だったな」



「え? うん。火と風と雷ね」



「割合は?」



「わ、割合!? そんなの覚えてないよぉ。うーん、雷が1番少ないけど……」



 キャビーは呆れる。コアに於ける色の割合は非常に大切だ。多ければ多い程、魔法適性が高いことになる。



「次にコア写しをする際は、ちゃんと割合を見ておけ」



「あ、うん。分かった」



「じゃあ、取り敢えず。その葉を風で浮かせることは出来るか?」



 キャビーに言われ、アイネは人差し指を立てる。風を起こす魔法は生活魔法レベルだ。得手不得手はあっても、適性があれば先ず出来ないことはない。



「じゃ、じゃあ、やってみるよ?」



 アイネは人差し指の先に竜巻状の風を起こす。その上に葉を乗せた。



「こ、これでどう?」



「悪くない。次はもっと自由に動かしてみろ」



「え!?」



 やったことがない。

 アイネは少し緊張しながら実行する。



 竜巻を強化し、葉を上空に飛ばす。

 両手を使って風を操りながら、葉が落ちてこないように調節する。



 左右にも葉を移動させた。



「ど、どう!?」



 初めてにしては、上手く出来た方だと自画自賛する。



 キャビーは得意気にしているアイネを見て、緑のコアを異空間から取り出す。



 上空に飛んでいる葉を狙って、風を起こした。撃ち抜かれた葉は、バランスを崩し落下してしまう。



「ああ!? な、何すんのよ!!」



「さっさとバランスを取り戻せ。次はもっと強く撃ち抜く」



「ちょっ!? 待って、そんないきなり!?」



 一体何をされているんだろう。アイネはそう思いつつ、キャビーの指示に従う。



 彼が風魔法で横槍を入れる中、アイネは頑張って葉を滞空させ続けた。



「うん。筋は悪くない」



「何その上から目線。アンタ、風魔法適性無いんでしょ!? 風魔法だったらアタシの方が上なんだからね!?」



 キャビーは安い挑発に乗らない。何故なら、この程度であればラットのコアで十分再現可能なのだ。



「因みに、他に何が出来る」



「え!? うーんと……」



 アイネは高く葉を飛ばすと、握り拳を縦にして突き出す。立てた親指を引き絞るようにし、閉じた。



 するて目視可能な風の刃が形成され、葉を真っ二つに撃ち抜いた。



「こ、これでどうよ……っ!」



「なるほど」



 キャビーは素直に関心する。



「風をこう、細く掴むようなイメージでするの。教えてあげよっか!?」



「いらん」



「はぁっ……!?」



「それよりお前は、魔力操作がやはり得意らしいな」



「へ?」



 当然自覚のない彼女に、キャビーは説明する。



「えっ、あれってそんなに難しいの!?」



「コアを破壊した際のエネルギーは、たとえラットのコアでも相当なものだ」



「そ、そうなんだ」



 アイネは褒められて気がして、少し嬉しくなった。



「ちょっと疑問なんだけど、どうしてラットのコアを破壊して使わないの?」



 大量生産が可能なラットのコアがあれば、わざわざコアを加工せずとも良い気がする。



「質の良いコアを加工するからこそ意味がある。それに大きさも自由自在だからな」



「まぁ確かに? でも最悪、ラットのコアでも良いよね」



「私のように異空間を感知出来るのであれば、その戦法も悪くない。だが、ラットのコアを1つ破壊した程度で変わる戦況なんてない」



「そ、そっかぁ。確かに何個も持って戦うのは、嫌ね」



 話を切り上げ、キャビーは最後に魔力操作の訓練を怠らないようアイネに告げるのだった。



 クィエは彼らが話し始める前から、兄の膝で寝ている。アイネはそんな彼女を背負い、馬車道を目指した。



 一先ず、捨ててきた荷物を回収する必要があるのだ。



「キャビー、何してるのー?」



 キャビーは馬主道に戻る前に、大百足の死体の元に寄った。



「これ食えるかな?」



「えぇ〜。そんなキモいの嫌だなぁ」



 切断された断面は、果肉のような半透明の粒が幾つも詰まっていた。



 キャビーは適当な大きさを切り、異空間に閉まった。



 馬車道へ戻り、クィエを起こす。彼女はアイネにおぶられていたことに不満を抱き、癇癪を起こていた。



「私の放った鷹が旋回を始めた」



「鷹? あー、顕現化したやつね」



「そうだ。旋回はつまり、兵士が乗った馬車が目的地に到着したことを示している」



「え!?」



 アイネは、心臓がぴくりと怯えたのを感じた。馬車が到着したということは、いよいよ奴隷が本格的に消費され始めるということだ。



「……そっか。もう10時間経ったんだ」



「ああ。初日は仮拠点の設営だったな」



 木を伐採し、風避けや医療所等を目的とした簡易拠点を立てる。そこでも奴隷は働かなければならない。



「い、急いで行かないと。今日中は無理でも、明日には──」



「明日は無理だ。かなり距離がある」



「そ、そっか……初日は兎も角、2日目の死亡率は5%──1人から2人は死んでしまう」



「メリーは確か、奴隷の中でも階級が低いのだろ?」



 厳密な決まりはないが、奴隷内で暗黙のルールがあった。食事の配給量や寝床の位置、雑務等、カタリナ村で奴隷をこなした年数に応じて、待遇が変わる。



 また、模範的な奴隷や特異的な能力を持った奴隷は、より死に辛い役割を兵士から任せられることもあった。



 オエジェットの護衛として配置される奴隷は、実質的な階級が高いことになる。



 最前線での見張りに抜擢される奴隷は、最も死亡率が高いとえる。メリーはそこに当てられる可能性が高いのだ。



「私もメリーに死なれては困る。我々も危険な目に遭う可能性もあるが、近道が可能だ。それともこのまま、安全に確実に行くか? お前が決めろ」



 クィエに抱き付かれたキャビーから、そのような提案が為された。



 残酷な提案だが、他人に任せるよりは後悔が少ないともいえる。それは彼なりの気遣いなのだろうか、とアイネは考える。



「分かった。近道にする!!」



 アイネは探知魔法が使えない為、真っ暗闇の中をキャビーと手を繋いで歩くことになった。「怖くない」とブツブツ言いながら、約2時間── 大百足との戦闘があった暗い森を歩き続けた。



 そしてようやく景色が変わる。

 暗い森を抜けることが出来たのだ。



 森の境目はくっきりしており、ある一線を越えれば、そこはもう別世界だった。



「な、何これ……」



 背の高い木が群生しており、やや湿気が多い。特徴的なのは、赤い血のような膜が辺りに張り巡らされているところだろうか。



「クィエちょっと怖いかもぉ。お兄様ぁ?」



 クィエがキャビーに抱き付いた。彼の方は森の風景に見惚れ、彼女の肩を支えるだけに留まる。



「アイネ、これは?」



「わ、分からない……この赤いのなんだろう」



 赤い膜は木の幹から出ているようだ。



 触れてみるとやや粘着質だった。

 弾力性もあり簡単に破けることはない。



「この木が出しているのよね。葉が殆ど無いし、日光を集めているのかな?」



「虫を捕らえる網の可能性はあるか? ここに虫が引っ掛かっているが」



 見ると、確かに赤い膜の上に虫が引っ掛かっている。



「虫を捕まえてどうするんだろう……」



「虫は木にとって有害だよな? 防御策とかはどうだ?」



 アイネは頷く。その可能性は非常に高いと思ったのだ。



「これなぁに?」



 クィエは、地面に落ちていた蕾のようなものを手に取った。それの色合いは、木に掛かっている赤い膜と同じだった。



 クィエは徐に蕾の中を開け始める。

 粘ついた黒い液体が漏れた。

 


 驚いた彼女は、蕾を地面に落としてしまった。



「うぇぇ。これ何だろう」



 アイネは枝を折り、クィエの落とした蕾の中を弄り出す。殆どが液状化しているが──


 

「きゃあ──っ!?」


 

 アイネは思わず叫んでしまう。



「何だ」



「こっ、これ見て! これっ!」



 アイネが指し示したのは、赤い蕾の中から出てきたもの──黒い液体に混じって白い固体があった。



 骨だった。それも人間と同じ形をした頭蓋だった。



「ど、どうして人間の頭蓋骨が入ってんのよ!?」



 よく見れば、頭蓋骨の他にも様々なパーツの骨が入っている。



「人間ではないよな? 流石に」



「う、うん。小さ過ぎるし。小人みたい……童話の生物だわ」



「ちっちゃい人間、クィエの敵?」



 クィエがキャビーに聞いてくる。

 彼は少し考え、肯定した。



「じゃあ、居たら殺すぅ!!」



「ま、待った!! な、何てこと教えてんの!? 殺しちゃ駄目だからね!?」



「お前の言うこと、クィエ聞かない」



「キャビーもちゃんと否定してよ!!」



「クィエ。先ずは調査したいから、殺す前に私に見せろ」



「うい」



「ち、違うでしょぉ!?」



 だが、結局その小人の正体は分からず、彼らは歩みを進める。



「やっぱりこれ、生物を捕まえているんだわ。ほら、こっちには溶けている途中の虫がいるよ」



 赤い膜を付けた木々が、この先も続いている。赤い膜で包まれた蕾も、道中に幾つも見つけた。



「捕獲すると包まれて落ちてくるのか」



「そうみたい。うーん、不必要になったから捨てた? それとも種だったりするのかな?」



 クィエの霧も合わさって、視界はあまり良いとは言えない。



 周囲は大百足が警戒している。時折それはキャビーの元へ近付いて来て、口から何かを吐き出す。



 大百足が捕獲に成功した小動物だった。そうやってキャビーは、顕現魔法のストックを少しずつ増やしている。



 不意に何かが飛んできた。



「お兄様、これ。捕まえたぁ」



 クィエは展開した霧で凍らせ、キャビーに見せた。



「えっ、何!? 敵!?」



 クィエの氷に付いていたのは、頭の先端が尖ったムシだった。脚が4本あり、大きな棘状の頭が胴体とひと続きになっている。燻んだ緑と灰色の身体は、木の幹に同化出来そうだ。



 すると、クィエの氷が周囲に幾つも出現する。



「きゃあっ!? ──な、何っ!? 何か飛んできたよ!?」



 先程と全く同じ棘状の生物を、クィエは全て捕えきった。



「どうやら、そいつの狩場に踏み入ったみたいだな」



 キャビーは言うと、大百足に命令を下す。



「おい。動物を生きたままここへ連れて来い」



 大百足は持ち場を離れ、もの凄い勢いで先行する。



「うわー、めっちゃ頼りになるぅ」



「お兄様、これどうしたらいい?」



「3匹以外は全て殺していいぞ」



 クィエは嬉しそうに返すと、1匹ずつゆっくりと氷で潰していく。



 暫くして、大百足が帰ってくる。



 身体の真ん中付近で、大型の動物を締め上げていた。



「でかいな」

「でかいね。めっちゃ褒めて欲しそうにしてる」



 キャビーは捕獲してきた動物に手を触れてストック化した後、棘状の虫を突き刺してみた。



「離していいぞ」



 動物は解放され、風船のような丸っこい身体が姿を現す。それは空気を吸い込み、膨らみ始める。



 体長の何倍も膨らんだが、しかし腹の側方から空気が抜けてしまった。虫が刺さった場所だ。



「身体を溶かすのか」



 よく見ると、虫の棘の部分に口のような突起があった。生物の身体を溶かしながら、体液を吸うらしい。



「溶かすの? 最悪ぅ」

「速度も申し分ない。採用だな」



 キャビーは手に持った2匹の虫と、突き刺した1匹の虫を踏み潰して殺す。次いでに、もがいている風船状の動物も殺害した。



「キャビーの顕現魔法って、何体まで保存出来るの?」



「大きさにもよるが、数十体近くは保存可能だ」



「へぇ、多いね」



「ああ。同じ生物であれば、容量の節約が可能ということも確認済みだ。だが、同じ生物とて魂の形は違うからな。毎回調べないといけない」



「ふーん。そうなんだぁ」



 そうして、また暫く歩みを進める。



 太陽は折り返し地点を過ぎ、これからは徐々に落ち始める。昼食として乾パンを食べた彼らだが、夕食をどうするか悩んでいた。



「取り敢えずその辺にあるものを根こそぎ取っていくか?」



「駄目よ。流石に未知の植物が多過ぎるわ」



 曰く、森の植物は外敵に対して何かしらの防衛策を取っているらしい。



 お咎め様の森の植物には、種同士で遺伝子レベルの網(※ネットワーク)が形成されている。外敵を意図的に選別することが出来るのだ。



 生物の種類が圧倒的に多いこの森では、その半数からの食害を防ぐだけで生存率が大幅に上昇する。



 半分の生物には食べられるが、半分の生物には食べられない。森の生物も、食べれる植物を理解している。



 そんなネットワークに人間は入っていない

。基本的に致死性は低いが、やはり何処か不調をきたしてしまう可能性が高いとのことだった。



「厄介な話だな。つまり、肉なら大丈夫なのか?」



「うん。今の話は動けない植物の生存戦略というか、お咎め様の森は森が主役だから。森全体で一部の植物が絶滅しないように管理してるの」



「なるほど」



「クィエ、難しい話分かんない」



 木の実や野草、果実等、幾つか食べられそうなものが目に入ったが、全て諦めた。因みにキノコは、先のネットワークに入っていない為、食べることが出来る。



 しかし、キノコはそもそも毒性が強い種が存在する為、食べない方が吉であった。



 そうしていると、前方に何かが見えてきた。



 糸が張り巡らされ、中央にその主が居る。更に白い輝きが周囲を飛行している。



「に、人間っ!?」



 アイネは思わず、声を出す。



 張り巡らされた糸は主を支え、中央に大きな女性が腰を落ち付けている。



 眼を閉じ、しかしお腹は血塗れだった。



「人間にしてはデカいな。魔族か?」



「クィエの仲間かな!?」


 

 クィエのテンションが妙に上がっている。



「少なくとも人間じゃない。見て、虫みたいな羽が生えてる」



 萎れてしまっているが、翅脈を持つ透明な羽が背中に4枚生えている。



 辺りにいる白い輝きを放つ飛翔体も、同じような羽を持っていた。よく見れば、人間とは程遠いが、比較的近しい姿をしている。



「いや、それより腹だろう。どうして裂けてる」



 その女性の寝顔は、穏やかだった。

 そして綺麗だった。



 しかし一方で、痛々しい腹周りは内側から何かが飛び出したかのように裂けている。



「何かが生まれたみたい。女の人は死んじゃったよね?」



「血は未だ固まってないぞ」



「生まれたばかり!?」



 その瞬間だった。



「ギャァアァァアアッ──!!!!」



 悲鳴のような叫び声が、後方から迫ってきた。彼らは振り返る──



 それは赤黒い血が付着した醜い化け物だった。



『作者メモ』


 ストックに一切無い話です。


 最後に出て来た女性は、フロムゲームから着想を得ています。しかし、私は未プレイです。


 ネットワークという単語は、インターネットが出来る前からあったりします?

 最初、遺伝子ネットワークと書いていましたが、現実世界にその単語があるので辞めました。意味も違いますし。

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