第41話 決着



 クィエは瞼を閉じた。



 だがその瞬間は一向にやって来ない。



「おい!!」



 声が聞こえ、彼女は眼を開く。



「お兄様ぁ……?」



 彼女の眼前には、兄の力強い背中があった。彼は大百足の左右にある突出した牙を掴んで、突進を受け止めていたのだ。



「お兄様ぁっ!!」



 クィエにとって、兄は希望の象徴である。

 彼を求めるように彼女は叫んだ。



「クィエ、脚を動かせ!! 保ちそうにない!!」



 キャビーの脚元の地面が捲れ上がり、彼はジリジリと後方に押されている。



「早くしろ!!」



「う、うん!!」



 クィエは両手両脚を使い、その場から早急に離脱する。彼女が逃げるのを待ってから、キャビーもその場を退いた。



 大百足の魂及び身体の解析まで残り5秒程度──クィエに気を取られて、大百足を受け止めている間は解析が進んでいない。



 クィエの氷が破壊されるとなると、今後今のように力付くで止めるしかない。但し、解析も同時に行うのは少々難易度が高かった。



 更にいえば、大百足は長い身体をしている為、牙ではなくやはり身体の中央付近に触れたいところだ。



「さて、どうするか──」



 キャビーは言いながら、大百足の攻撃を交わしていく。



 大百足が森を破壊して回った為、目視でそれの姿を捉えらるようになった。



「相変わらず速い。それに──」



 それは身体を上下左右に振り、攻撃に変化を加えてくる。森が開けて視界が広がったことによる大百足なりの対応策なのだろう。



 高速で尚且つ強烈な突進は、実際避けずらくなった。一度身体を受け止められたからか、攻撃方法に噛み付きが無くなっている。



 人間が自身の身体に張り付こうとしているのを、直感的に気付いているのかも知れない。



 何度か攻撃を交わしていると、森に漂っていた霧が晴れた。



 クィエの魔法が遂に切れてしまったのだ。先程から徐々に霧が薄くなっていたのは分かっていた。かなり広範囲に展開されていた上に、氷の生成も多かった。森に残っていた氷の刃も、当然割れてしまった。



 魔力増幅率の高いコアを所有している彼女の身体は、長時間の魔法の使用を可能にする。恐らく魔力切れによる霧の消失ではない。



 彼女の集中力の問題だ。3歳の少女にこれ以上の魔法の行使は、流石に難しかったのだ。



  ──クィエは良くやった。



 アイネの姿が先程から見えない。

 大百足との決着を長引かせるのは、得策ではないだろう。



 無尽蔵な大百足の体力。最初と現在とでスピードも威力も然程変わっていない。



「く──っ!!」



 更に知能が高く、キャビーの回避に合わせて軌道を変え始めた。



 彼は吹き飛ばされ、背中から木に衝突する。



「このままでは──」



 ジリ貧だ。



 他の生物がやってくる可能性もある。

 現状それが最も避けたい事態であった。



「脚の数本切り飛ばしてでも──」



 キャビーは異空間から剣を取り出す。彼の身体の割に長身なそれは、兵士が使用しているのと同じものだ。



 魔力を込めると剣は空気を揺らし、同調する。落ちてきた葉は、それに触れた瞬間から真っ二つになった。

  


 大百足がキャビーに迫る。彼もタイミングを見計らい、立ち向かう──



「クィエちゃん──っ!!」



 不意にアイネの叫び声があった。



 瞬間、青い閃光が迸る。



 アイネは自身の拳から放たれたその光を、キャビーと大百足の方へ投げ捨てる。



 キラキラと陽光を反射させ、それは広範囲に広がった。



「──っ!?」


 

 キャビーは咄嗟に、全ての魔力を防御に回した。大百足の突進に備える。



 直後宙に舞った青い瞬きは、大量の水に変換され──



「今よっ!! クィエちゃんっ!!」



 アイネが更に叫ぶ。



 変換された水が何倍にも膨れ上がった。それは意思を持ち、キャビーの前に立ち塞がると──



 大海の如き質量を持って、大百足を飲み込んでしまった。



 金切り声が水中から聞こえてくる。



 水は徐々に流動を止め、凍ってしまった。



 大百足は氷の中で僅かにもがいている。完全に凍らせた訳ではなく、中は空洞になっているようだ。



「キャビーっ!!」



 アイネはキャビーの元へ走っていき、飛び付いた。



「やった!! やったよ、キャビー!!」



「アイネ……っ!? は、離せ、アイネ」



「あっ、ご、ごめん……」



 しゅんとアイネは肩を竦める。

 そういえばと、彼女は馬車の中で「気安く触れるな」と言われたことを思い出した。



 そんな彼女の頭に手を置いたのは、キャビーだった。



「これはお前の作戦なんだな? ふーん、悪くない」



「え、えへへ」



 アイネは恥ずかしそうに笑うのだった。



「クィエもよく頑張ったな」



「うひひぃ。クィエ、凄い?」



「ああ。流石私の妹だ」



 クィエは嬉しそうに頭を抱え、クネクネとする。



 さて──



 キャビーは氷の牢獄で捕らえられた大百足の上に乗る。



 右手を氷に付け、闇魔法の司る「消失」を利用し、氷に穴を開けた。



 大百足の身体に触れる。



 先程の青い閃光はコアを破壊した際に出たものだ。アイネが加工されたコアの欠片を破壊したのだろう。



 命を燃やした瞬間的な高エネルギーを、大量の水に変換したのはアイネだ。彼女であっても、あれ程の水を出せようになるのだ。



 意外なのは、アイネがあの膨大なエネルギーをコントロールし、水に変換出来たことだ。



 コアを破壊した際に出るエネルギーを全てコントロールしなければ、魔法の発動が出来ない。それがコアを加工し、小さく欠片にする理由である。



 アイネの魔力操作は特筆しているらしい。



 そして、水を更に膨れ上がらせたのは、言うまでもなくクィエだ。



「完璧だ」



 キャビーの表情に自然と笑みが浮かんだ。



 氷の牢獄から降りると、クィエが擦り寄ってきた。



「でも、ごめんなさい。お兄様ぁ──クィエ、上手く出来なかった」



 先程の嬉しそうな顔から一変していた。クィエは口を尖らせ、眉を顰めている。



「クィエ。如何に失敗に対応するかが、戦いを制する鍵だ。敵も頭を使うからな──成功と失敗に一喜一憂する必要はない」



「お前は私の期待を超えた」



 そう付け足して、キャビーはクィエの頭を撫でる。彼女は兄のお腹に顔を貼り付けて、照れるのだった。



「キャビー。最初からこの方法を取ってれば、楽勝だったね。あはは」



「コアを消費した戦闘は本来想定しないから、頭に無かった──すまない」



 アイネは眼を見開く。

 キャビーが謝罪したことに、驚いたのだ。



 らしくない。そうアイネは思うのだが、



 キャビーは冷静に見えて、戦闘の余波で心が昂っている。元より今の彼は、いつもの彼ではない。



「べ、別に攻めた訳じゃないの。ただ、最初からこうすれば良かった。って後悔したくないねって」



 これは今回の作戦──メリーの保護についてのことを言っているのだ。



「戦いの中で閃くこともある。つまり、その過程は無駄じゃない」



「そ、そうだね。アンタ意外とポジティブよね」



 アイネは笑う。



「それとアイネ。最初から最終手段を使うのは、絶対にしない方がいい」



「え、そうなの? だって倒せるなら、最初から奥の手で──」



「レイスに言われただろ。雑魚は雑魚なりに雑魚に徹しろと」


 

 現に大百足はクィエの氷の破壊を、ギリギリまで温存していた。



「そっ、そこまで言われてないわよ!!」



 アイネは脚で地面を踏み付けて抗議するも、キャビーは彼女を通り過ぎていく。



 そして彼は準備体操しながら言うのだ。



「さぁクィエ。溶かしていいぞ──」





 クィエが氷を溶かし始める。



 それを見たアイネは、口を開いた。



「ちょっ、ちょっと待って!? 殺さないの!?」



「アイネ、邪魔だ。退いていろ」



「いやいや、殺そうよ。今溶かしちゃ駄目じゃない!?」



「だから今から殺す。お前が居ては邪魔だ」



「えぇ……」



 キャビーは聞く耳を持たず、身体を解している。アイネはクィエの方に駆け寄った。



「クィエちゃん。氷でブチュッて潰しちゃおうよ。出来ないの?」



 しかしクィエは、アイネに対して敵意を露わにする。歯を剥き出しにし、まるで獣みたいだ。



「クィエちゃん……?」



「お兄様に近付くな、人間の癖にっ」



 兄に褒められたアイネが、やはり気に食わないのだ。



「クィエちゃん。アンタも人間だからね!?」



「んんん゛っ!!」



「ご、ごめんよぉ。アタシにそんな眼を向けないで──」



 これ以上クィエを刺激しては、自分の身が危ない。アイネは引き下がる。



 クィエはキャビーに催促され、大百足を解放した。



 自由になった大百足は怒り狂っていた。アイネは悲鳴をあげ、クィエの背後に隠れる。



「こっちだ、ムカデ」



 キャビーの挑発に、大百足は乗る。最も殺したい相手は、彼なのだ。


 

 大百足は標的を絞ると、彼に向かって全身全霊を掛けて突進する。キャビーは身体強化を使用し、大百足から逃げるように疾走した。



 大百足の方が圧倒的に脚は速く、直ぐに追いつかれそうになる。しかし──



 キャビーは進行方向にある木を蹴って宙返りを取った。



 大百足は木を破壊し、そのまま直進する。



 宙で身を回転させたキャビーは、異空間から剣を取り出していた。



 真下を通り過ぎていく大百足に対し、彼は剣を横凪に振るった。



 大百足とは垂直に迸る一閃──



 キャビーが地面に着地すると、その背後で大百足が真っ二つに切断されていた。



「はいっ!?」



 アイネが驚愕の声をあげる。



 身体の半分が無くなった大百足は、甲高い悲鳴で踠き苦しむ。



 やがて下半身は動かなくなり、頭部のある上半身は最後のチカラを振り絞った。



 キャビーに勝てないと知った今、それの標的は最も身体の小さいクィエに移る。



 大百足が突進する。



「まだ生きて──っ!? クィエちゃんっ!!」



 クィエは迫る大百足を不快そうに見据えると、霧が展開された。



 衝突の寸前──大百足を真下から出現した氷の刃が貫く。それの頭部は浮き上がり、四方八方から生成された氷の刃が、更に追い討ちを掛けた。



 大百足の頭部はぺしゃんこに潰れ、緑の血を噴出させる。クィエは手を横に振って、大百足を側方に突き飛ばした。



 それは完全に息絶え、動かなくなる。



「はぁぁあっ!? ──ちょっと待って。えっ!? そ、そんなあっさり殺れるの!?」



 アイネはキャビーに詰め寄った。



「こんなに簡単だったら、最初から殺りなさいよ!! 全滅するところだったじゃん!!」



「何言ってる。クィエも私の指示が無ければ、この程度瞬殺だった。満身創痍だったのはお前だけだ」



 アイネはクィエを睨み付ける。

 クィエは得意気に頷き返した。



「ま、まじぃ?」



 彼女は情けない声を発し、その場にしゃがみ込む。



「それと今回の戦いは、無傷で捕獲することにあった。殺すよりも難しい」



「む、無傷で……? ばっ、馬っ鹿じゃないの!? 聞いてないよ、そんなのぉ」



 アイネの抗議は、森の中に響いていく。



『作者メモ』



 さて、(私にとって)第一の関門が終了しました。


 最初からそうやれば良かったじゃん。って色んな漫画やアニメで思いますが、キャビーらが私の代わりに言い訳してくれてますね。とはいえ、そうならないよう気をつけます。

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