第40話 その時 4月28日一番最後に伏線追加

「クィエちゃんっ!!」



 昼を目前にし、ファイの眼はもう一度開かれた。彼女の頬は既に涙で濡れてしまっている。



「あれ……クィエちゃん?」



 ほんの一瞬だけ娘が助けを求めている気がした。夢なのかも知れないが。



 でも──



 彼女は導かれるように外へ飛び出していく。



 硬く閉ざされたカタリナ村の門──2人の門兵がそこを守っている。



 平時ならば軽装甲の彼らだが、今日は重たい鎧をぶら下げている。長い槍を持ち、警戒を強めていた。



 彼らの元にファイが走ってきた。何かに取り憑かれたような表情をし、まともではない。



「ファ、ファイさん!? また来たんですか!?」



 今朝。



 子供達の不在に気付いた彼女が、カタリナ村の外へ出ようとした。それを彼らは止めたのだ。



「あの子が! クィエちゃんが助けを求めてるの。私を外に出して下さい!」



 彼女は息を切らしながら言う。



 眼を赤く腫らし、綺麗な髪が乱れてしまっている。たった少しの時間で、美しかった彼女は何処かへ行ってしまった。見ているだけで苦しくなる。



「ファイさん、落ち着いて下さい! ──ゆ、夢を見られたんですよね!?」



 ファイは小刻みに頭を揺らす。



「ちっ違う夢じゃない……っ!! 子供達が危ないんです!! 本当なんです!!」



 兵士らは顔を見合わせる。



「ファイさん落ち着いて」

「先ずお子さんが今何処に居るのか分かっているのですか?」



「それは……分からないわ。でも危ないのは本当なのっ!! 信じて下さいっ!!」



 ファイは声を荒げる。

 そんな様子に村民が集まり始める。



「信じています。信じていますが、だからどうしろっていうのですか!?」

「今は隊長が居ないんです。我々に出来ることはありません!」



 今朝、彼らはオエジェットからの命令を破りカタリナ村の外へ出た。幻影魔法より手前までだが、念の為ファイの子供を探し回ったのだ。



 探している間、彼女には帰ってもらった。



「私を外に出して。それだけでいいんです。貴方達に迷惑は掛けないから……っ」



 弱々しく彼女は言った。



「それが出来ないと言っているんです」

「門を開ける度、村が危険に晒されます」



「どうして……っ。どうして、どうしてっ!! どうして分かってくれないの!!」



 ファイは脚を踏み出して、兵士の鎧を掴んだ。



「クィエちゃんが危険なの──っ!! 私の助けを待ってる。私が助けてあげないと。私を出しなさい!! 今直ぐにっ!!」



「くそっ──!!」



 必死に訴え掛けてくる彼女に鎧を揺らされ、彼らは彼女を突き飛ばした。



 ファイは背中から地面に倒れ込んだ。

 倒れたまま俯き、動かない。



 そんな彼女に対し、兵士は思わず言い放つ。



「どうやって出たのか分かりませんが、外は危険です」

「それに森は暗くて、広過ぎる。探せる訳ないでしょう!?」



「子供のことはもう諦めて下さい!!」



「……っ!!」



 兵士らは言ってから僅かに狼狽える。

 だがもう言ってしまったものは仕方がない。捲し立てるように1人が続ける。



「子供達が揃って居なくなったのは、ファイさんから逃げたんじゃないですか!? 虐待の可能性は?? 気付いていないだけで、嫌われていたのでは!?」

「お、おい。その辺に──」



 もう片方の兵士が腕を掴み、静止させる。



「なんだよっ」

「全て憶測だ。それにそんな素振りは無かったろ」

「それは、まぁ……」



 2人はファイを改めて見やると、彼女は立ち上がっていた。



「なっ──!?」



 ファイの身体から6枚の翼が出現していた。強力な輝きを帯び、瞬いている。



「な、何だこの魔法は!?」



 兵士にとってそれは未知の魔法だった。

 槍を持った腕に力が入る。


  

 ファイはキッと彼らを睨み付けると、詰め寄っていく。



「私の子供は絶対に死なせない……っ!! 嫌われていたとしても、私があの子達を最後まで守るの!! 私にはあの子達しか居ないの!!」



 そこを退きなさい、とファイは脚を踏み出す。



「わ、我々を脅すつもりですか!?」

「正気じゃない……」



 迫る未知の魔法──



 兵士はやむなく抵抗する。

 腕を前方に出し、拳を握る。



 すると地面から生成された小岩が、ファイの両手を枷のように挟み込んだ。



 兵士が腕を振り上げるのと同時に、彼女の両手が突き上がった。枷は空中で固定された。



「うっ──そ、そんなっ!? は、離してっ!! 私を外に出して!!」



 ファイの背中から出現していた6枚の翼が割れる。光の粒子となって消滅した。



 しかし、尚も彼女は暴れる。



「こんなもの……っ!! 私を外に出しなさい!!」



「貴方1人の為にここを危険に晒せる訳ないでしょう!?」



「く──っ!」



 ファイは歯を食い縛り、腕に力を込めた。岩の枷を外すそうと、全身全霊を掛けて腕を引き抜こうとする。



「いっ、いけない! 腕が引き千切れます!!」



「腕なんて要らない──っ!! あの子達が助けを──もうっ早く外れてよぉっ!! このっ!!」



 ファイの腕に激痛が走る。

 ビチビチビチッと皮膚が避け始めた。



「この女、イカれてる」

「ファイさん……っ」



 ファイは歯を剥き出しにして兵士を睨み付ける。普段の美しい彼女からは想像も出来ない。歪んだ形相をしていた。



 すると、騒ぎを聞いて自宅から駆け付けたリトが、ファイの前に立ち塞がる。



「ファイ!? あ、あんた何やってんの!? 待って。う、腕が……!?」



 ファイから流れる血流を見て、リトが絶句する。何をどうすれば、ここまで血を出せるのか。



 リトは彼女を抱き締めて、落ち着かせる為に頭を撫でた。



「ファイ止めて。お願い腕が……っ」



 しかし、ファイは唸り声をあげて力を振り絞る。



 右手が枷から外れた。

 彼女の腕の皮は捲れ、筋繊維が千切れてしまっている。



 次は左腕を外そうと、ファイはもう一度力を込める。



「もう止めて!! 落ち着いて、ファイ」



「リト退きなさい! 邪魔よ!!」



「だ、駄目っ。ファイお願い止めて。う、腕が……あぁ!!」



「腕なんて必要ないのよ!! ──私に必要なのはあの子達だけ!!」



 ファイの変貌ぶりに、兵士は唖然としていた。しかし、ハッとしてリトの加勢に入る。岩の枷は危険だった為、解除された。



「お、落ち着いて下さい!」

「ファイ、私も手伝うから。先ずはお話ししよ? だから、暴れるのは止めて!」



 3人掛かりで押さえ付けられ、ファイは倒れ込んでしまう。力の無い彼女が抵抗することは出来ず、歯軋りをするだけだった。



「離してよぉっ──!! それじゃあ遅いの!! あの子達が私を待ってるんだから!!」



「だからって皆んなの命も大切でしょ!?」



「知らない!! お前たちの命なんて!!」



 それは、優しくて鈍臭いファイらしからぬ発言だった。



 異常なまでにある子供への執着心。

 何が彼女をこうさせるのか、子供の居ないリトには全く分からない。



「ファ、ファイ……?」



 リトは少し怖くなって「彼女が本当にファイなのか」確かめる。



 押さえつけられた彼女は、野生動物のように抵抗を続け、



「早く離せっ!! ──この人間如きがっ!!」



 そう言うのだ。


 

「い、今なんて……っ!?」



 思わず取り押さえた3人の力が抜ける。その隙に彼女は拘束から抜け出そうとするが──



「ごめんね、ファイ」



 リトは彼女の首に触れた。パチンッと電気が走り、ファイの意識は無くなった。



 その眼に涙を残して、ファイは地面に伏せるのだった。



 ファイは自宅のベッドで眼を覚ました。カーテンから暖かな日差しが漏れ出している。



 室内を見渡しても我が子はいない。子供達の失踪が改めて胸に突き付けられた。



 しかし、今回は代わりにリトが側に着いていてくれていた。彼女は優しげな表情を浮かべ、ファイの髪を払う。



「ファイ、起きたの?」



「リト……?」



「あんた、寝ている時もずっと泣いてたから心配で……」



 確かに泣いていたような気がする。

 と、ファイは心の中で思う。



 夢の中で泣いていたのは、子供時代のシキマだったけれど。



「……迷惑掛けて御免なさい」



「いいのよ。お互い助け合う。それが村のルールだからね」



 リトは元気付けようと微笑んでみる。しかし、返ってきたのは辛そうな笑みだった。



 それから身体を起こしたファイは、自身の血だらけの腕を見て、笑みが消え失せる。



「包帯、明日の朝変えましょう。治癒魔法は掛けてあるけど、今はミャーファイナルも居ないから……」



「うん」



「ファイはまだ知らないだろうけど、実はアイネも居ないのよ」



「アイネちゃんも……!? ど、どうして……」


  

 リトは肩を竦める。



「ね、何か思い出せない? 変わったこととか。3人まとめて居ないなら、きっと何かある筈よ」



「……遠征。馬車。もしかして、それで出て行ったの?」



「まぁそうでしょうね」



 ファイは口に手を当て、思い返す。



 真っ先に思い出されるのは、当然昨夜のキャビーについてだ。



 様子は間違いなくおかしかった。



 彼が落としたであろうナイフ。

 物を出し入れする魔法を度々使用しているのは知っている。誤って落としたとすれば、それは多分遠征に着いて行く為の準備をしていたのだ。



 でなければ、

 


 ──私を殺そうとしたか。



「何か気になることあった?」



「ええ。アイネちゃんは多分、奴隷の子を取り返しに行ったのよ」



「奴隷?」



「うん。メリーちゃんっていうの。トッドさんが解雇しちゃって、兵役に就いたの。アイネちゃん、それで凄く泣いちゃって──」



「トッドか。全くあいつは……」



「オエジェットさんやレイスさんにも言ってみたけど、トッドさんには逆らえないみたいで……私がもっと──」



「あんたの所為じゃないでしょ。で、キャビーとクィエは?」



「クィエちゃんはキャビーちゃんに着いて行っただけだと思う。でもキャビーちゃんは──」



 我が子のことなのに、彼の考えが分からなかった。外の世界に興味がある素振りは、確かに見せていたが、本当にそれだけだろうか。



 昨夜のキャビーの異変。

 あれは彼なりのお別れだったのだ。



 頭の良いキャビーなら、お咎め様の森が危険であることを承知の筈だ。



 もっと抱き締めておけば良かった。



 ファイは我が子の身体の感触を思い出し、自分の腕を抱き締めた。



 腕の痛みは、胸の痛みに比べれば大したことはない。



「ファイ……?」



「キャビーちゃんは外の世界を見たかったんだと思う。それと──これはちょっと自信が無いのだけど、彼の魔法は生物を生み出すことができるの。よく蝶を出していたわ。だから外の生き物を見たかった。とかなのかなって」



「なるほど。まぁ子供らしいね」



「どれも推測でしかないけど」



「いいのよ、それで。じゃあ、生きて帰って来るんじゃない?」



 リトはにこりと笑って言う。



「えっ?」



「だって計画していたんでしょ? あのキャビーが。それに兵士も付いているし。きっと大丈夫よ」



「う、うん……! 皆んな強いから。助け合って──大丈夫よね?」



「絶対大丈夫よ! あーあ、あたしは神隠しにでも逢っていたらどうしようかと──」



「神隠し……?」



「王都で流行ってる都市伝説よ」



 リトは希望を抱かせてしまい、少し罪悪感を覚える。それでもファイは元気を取り戻してくれた。



 もうあんな彼女は見たくない。



 ファイは「身体を動かそう」とリトに誘われ、農家の仕事に戻ることになった。



 後程、門兵にも謝罪を済ませた。



「ところでファイさ。人間如き、って何……?」



「あっ……ご、御免なさい。酷いこと言って」



「まぁ本音じゃないのは分かってるけどさ。だからって人間如きなんて……普通言う??」



「えっと、その……キャビーちゃん達と魔族ごっこをよくしていて。つ、つい癖が出ちゃった。みたいな?」



「今直ぐ辞めなさい、そんな悪趣味な遊び」



 農家の仕事、それ以外も、リトはファイの傍を離れなかった。食事を一緒に取り、談笑も交わす。少しずつ、持ち前の明るい性格を取り戻していく。



「ファイ。何やっているの?」



 ファイは壁に向かって膝を付き、包帯が巻かれた両手を合わせて、祈っている様子だった。



「お祈り。3人の子供達に祝福と幸運、そして無事に帰って来ますようにって──」



「神様、信じてないんじゃなかった?」



「うん」



 ファイは神様の存在──いや、寧ろその概念すら、理解出来なかった。



 神様という言葉の意味は分かるが、誰も居ない空に、何故人間が祈りを捧げるのか、共感出来ない。



 だが、たった今その気持ちが分かった。



 今日この時から、ファイは毎日3回祈りを捧げることになる。不思議なことに、彼女が祈りを捧げる向きは、常に子供達が居る方向であった。



 それは母親としての勘か、それとももっと深いところにある何か──


 

『作者メモ』


 ファイがご乱心のせいで、ムカデと決着付きませんでした。御免なさい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る