第39話 捕獲


 アイネが森の中へ逃げ込んだ頃──



 走りの遅いクィエを抱え、キャビーはアイネを追った。



「お兄様、しゅき──」

「おい寝るな。馬鹿」



 暗い森の中に彼らも侵入していく。



「クィエ。あの化け物を顕現魔法のストックにする。あれを私の元へ誘導しろ──」

「うん!」

「可能なら捕えてもいいが、但しほぼ無傷でだ。特に身体の欠損は絶対に許さない」

「分かった! クィエ、頑張るよ!」



 クィエはキャビーの腕の中で意気込むと陽気な笑顔を作った。



「よし」



 キャビーはクィエを森の中で下ろし、自身も素早く木の上に移動する。



 クィエは木を背にしてべったりと座り込んだ。彼女を中心として、霧が展開されていく。



「あの人間役立たず。クィエの方が役に立つ──」



 雄弁に生態系を解説する人間の少女が気に食わない。兄を独占しようとするあの女が邪魔だ。



 きっとクィエから兄を奪おうとしているのだ。



 しかし、敬愛する兄の命令には従わなければならない。

 


 失望されたくないから──



 大百足がアイネを操り、襲おうとした瞬間だった。氷の刃が地面から突き出し、彼女と大百足との間に割り込んだ。



「キィッキィィイイィッ──!!」



 突如として現れた氷に驚いて、大百足は金切り声を上げる。頭部が大きく持ち上がり、そのまま逃げるように旋回する。



 クィエは閉じた眼をカッと開いた。



 地面や木の幹などから、次々に氷の刃が出現する。それは大百足に悉く立ちはだかり、進行方向を制限していく。

 


 ──絶対に逃さない。



 そんなクィエの強い意思によって、大百足は地面を這い回るしかなかった。



 アイネが眼を覚ます。

 ボーっと突っ立っていた彼女は平衡感覚を失い、つい倒れそうになる。



「──えっ!? な、何!?」



 暗くて霧の濃い森の中。

 彼女は自らの記憶を探る。


 

 何かが暴れている。

 大きな音がそこかしこで鳴っている。



 ──アタシは何をしていたの?



 鋭い冷気が充満している。

 吐く息が白い。

 とても寒い。



 アイネはその場で座り込んでしまった。腕を抱いて縮こまる。



 ズキリと頭が痛い。

 記憶を探ると、赤い大きな玉が全面に現れる。

 暗闇に居るのになんだか眩しい。



 すると、冷たいものが首筋に触れた。

 それを手に取ってみる。



 自身の指に火を灯すと、ダイヤモンドが掌に乗っていた。



「……クィエちゃん?」



 ダイヤモンドは冷たく、水に変わっていく。



「──これクィエちゃんの魔法だ!」



 アイネはハッとした。



 曖昧な記憶が鮮明になり始める



「ア、アタシ……また操られて──」



 ──何か手伝えることは。



 アイネはクィエの生成した氷を握り締め、行動を開始する。

 



「クィエのやつ、なんて力だ」



 何度もクィエの魔法を見てきたキャビーだが、彼女の本気をこれ程の規模で見るのは初めてだった。



 攻撃範囲、攻撃の手数、質量、正確性。そのどれを取っても、彼女に欠点は見当たらない。



 霧は彼女の身体の一部といっても過言ではない。まるで幼児がアリの行手を阻むように──クィエにとって大百足との戦いは、それと同義なのだろう。



 次から次へと生成される氷の刃により、順調に誘導が進められている。



 木の上に隠れたキャビーは、異空間からサバイバルナイフを取り出した。それは刃渡20センチ近くもあり、カタリナ村の兵士が公式に採用している武器だ。



 100年前から改良が続けられ、溶けるように魔力が浸透するようになった。



 大百足の硬い外骨格をも、これなら容易に突き破ることが出来るだろう。



 キャビーはじっと機を待つ。

 すると遂に大百足が彼の元へやって来た。



「良い子だ、クィエ」



 キャビーは口角を上げ、タイミングを見計らう。



 そして勢いよく飛び降りた。



 高速で移動する大百足の背にナイフを突き刺す。ナイフは予想通り外骨格を貫通した。



 キャビーは大百足に張り付くことに成功した。



「キィゥインッ!! キッ、キッ、キィィイイィィッ──!!」



 大百足は身体に異物が取り付いたのを察知し、独特な鳴き声を発する。異物を振り払おうと、先程よりも力強く暴れ回る。



「くっ──」



 張り付いたキャビーは大百足の背中で、右往左往に振り回される。歯を食いしばってしがみ付くも、苛立ちが湧き上がってきた。



「こら、大人しくしないかっ!!」



 顕現魔法のストックにするには、対象の魂と身体の形を知る必要がある。



 対象に直接触れなければ魂の形を測ることは出来ない。また、調べ終えた段階の姿でしか顕現させることは出来ず、部位の欠損も可能な限り避けたいところだ。



 無論、瀕死状態にするのもNGである。



 このサイズの百足ならば、脚の一本くらい欠損しても能力に著しい低下は見られない。



 だがそれをしないのは、彼のプライドが許さないからだ。



 最低でも20秒間──張り付いた状態を維持する必要があった。



「後でぶつ切りにして食ってやるからな……っ」



 キャビーは自身を振り回す大百足に悪態を垂れる。顕現魔法のストック化まで、残り5秒を切った──



 しかし突然、キャビーの身体が宙に飛ばされた。



「な──っ!?」



 ナイフから手が離れた訳ではない。

 彼の右手にしっかりと握られている。


 

 キャビーは空中から大百足の姿を探す。



 見つけた──



 大百足は後方に居て、静かに身を竦めていた。



「お、お兄様──!?」



 勢いよく空中へ放り出されたキャビーは、受け身が取れず木に激突する。魔力で保護された彼の身体は、この程度では傷付かない。



 だが、衝撃はしっかりと脳に伝わった。

 軽い眩暈を起こす。



 辛うじて敵を視界に捉えると、それは森の影に潜むように低い姿勢を維持していた。



 大百足は急停止したらしい。



 キャビーは張り付いた時──ナイフをそれの進行方向側にやや傾けていた。



 つまり、返しのようにナイフを突き刺していた。



 そうすれば後ろ向きに進むことのない大百足から、ナイフがすっぽ抜けることはない。そうキャビーは踏んでいたのだ。



 だがそれは大百足も理解していた。



 急停止した際の慣性を利用し、突き刺さっていたナイフを抜いたのだ。



 止まっていた大百足が動き出す。キャビーに目掛けて、強靭なアゴによる噛み付きを繰り出した。



 彼は側方に飛んで交わす。



 しかし最短距離で旋回してきた大百足が、続けてキャビーを襲う。



「速い……っ」



 キャビーは身体を逸らしつつ、ナイフを用いてガードする。硬い爪を有した脚とナイフが擦れ合い、火花を散らせる。



 彼を通り過ぎていく大百足は、身体をムチのように振り、キャビーを吹き飛ばした。



 当然防御は成功しているが、衝撃は相当なものだった。



 更に大百足は襲い来る。

 キャビーは刃を構えて迎え打つ。



 その時、氷の障壁が彼らの戦いを中断させる。



「クィエか!?」



 大百足は氷の出現に一度その場を退避する。



「お兄様、大丈夫?」



 クィエが近付いて来た。



「アイネはどうした? 無事だろうな?」



「……知らない」



 クィエはぶっきらぼうに答える。



「ねぇお兄様お兄様ぁ。それより、あれどうする?」



 暗闇であっても、二人は探知系統の魔法でそれぞれの位置を確認している。アイネは身を潜めているのか、彼らの探知では生き物と断定出来ない状況だった。



 キャビーはアイネが気掛かりだったが、クィエが示した方向に意識を向ける。巨大な物体が動き回っている。彼女の氷は尚も逃さないよう、生成し続けてくれている。



「あれは必ず顕現魔法のストックにする。クィエもう一度やれるな?」



「うん、クィエ余裕ぅ」


 

「作戦はさっきと同じだ。準備しろ──」



 クィエに告げると、キャビーはその場から離脱する。



 残り5秒程度。それくらいの時間があれば、容易に解析が終わる。



 キャビーはもう一度木の上に身を隠した。



 大百足が戻ってくる。クィエは氷で跳ね除け、再び兄の元へそれを誘導していく。



「お兄様お兄様お兄様お兄様ぁ」



 クィエの心に反応し、より鋭く、より複雑に── 氷の刃から更に氷の刃が出現する。



 大百足は術中に嵌り、逃げ場を失っていく。



 上手く誘導出来ていた──



 だがしかし、大百足が突如として方向を変えた。木を破壊しながら移動を始めたのだ。



「えっ──!?」



 森の中に日光が差し込む。

 身を隠していた生物が露わになり、森の中に逃げていく。



 クィエは動揺していた。



 木を障害物のひとつとして計算していたのに、氷を出しても出しても、それは木を突っ切ってしまう。



 上手く誘導出来ない。



「なんでぇ……? なんでなんでっ!?」



 さっきまで木を迂回していた筈なのに、何故今になって──



 でもまだ大丈夫。

 木を障害物として勘定に入れず、氷を生成していけばいいだけ。



 しかし、動揺により集中が途切れてしまった。



「ど、どうしよ。どうしよぉ……このっ!! このっ!! このっ!!」



 まるで地団駄を踏むみたいにしてクィエは、氷を何本も出現させる。雑に出現させたそれでは、大百足の誘導が出来ない。



 元より必要とあらば木を突っ切ってしまう。



「な、なんでぇ……」



「お兄様に嫌われちゃう。役に立たないって思われる」



 クィエの涙が氷となって現れる。



 すると大百足は彼女の心を感じ取ったらしい。突然身体を捻って進行方向を変える。狙うは、氷の術者であるクィエだった。



 クィエはカッとなって両手を広げ、そして閉じる。彼女の前方に、氷が何重にも生成された。



 しかし──



 ドンッ、ドンッ、と障壁が砕けていく。次々に氷の破片が飛び散っていく。



「え?」



 今まで氷を破壊することは無かった。

 それは木についても同じことがいえる。



 どうして今になって──



 最後の氷の障壁が破壊された。



 クィエに巨大な怪物が迫る。



 そうだ。大百足と最初に対面した時、氷を破壊されている。氷を破壊出来ないのではなく、しなかったのだ。氷を破壊出来るのだから、木だって破壊出来るだろう。



 全てはこの瞬間の為、怪物は爪を隠していたらしい。



「お母様ぁ……」



 クィエの弱々しい声が母を呼ぶのだった。



『作者メモ』


 薬を飲んでいるので、たまに一日中眠い日があるのですが、今日でした。なんとか書ききったので、あまり見返せてないですが、アップします。


 そういえば、前回の途中から台詞の間を無くしました。戦闘シーンだとか、一部の場面で採用します。


 クィエの魔法ですが、霧→水→氷を瞬時に変えています。霧→水の際に指定した空間を倍加させ、水を沢山作ってます。ですが、水の状態を維持するのが苦手な為、大量の水を作ることは出来ません。直ぐに氷になっちゃうわけです。


 後、水分子とかの話は無しでいきます(というか、あまり分からない)。よく空気中の水分が、みたいな台詞?発言?がありますが、クィエの魔法もそんな感じです。つまり、霧をいっぱいくっ付ければ、水になります。

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