第31話 作戦会議②

「先ず、遠征の目的についてだが──」


 

 キャビーが言う。



「馬車道の整備と、拠点の確保。そして、水質調査だ」



「ええ、合ってるわ」



 馬車道の整備は、これまで何度も行われている。具体的な作業方法は、馬車が通れる道を選択し、決定すれば土魔法で木々を切り倒して地面を平らにしていく。それだけである。



「拠点の確保も単純だな。切り倒した木々を用いて、簡易な家を建てる。つまり、安全な休憩場所を増やすみたいだ」



「どうやって建てるのかしら。この村みたいなのは、無理よね」



 カタリナ村に立っている家や、柵に用いられている木も、お咎め様の森で仕入れたもののである。腕利きの鍛治師によって作られ、防寒対策や防腐に優れた立派な建造物だ。



「無理だな。多分、風避けや周囲の敵性生物から身を隠すくらいに留める筈だ」



「そっかぁ、魔物も居るんだよね」



「何を今更言っている」



「いや、それはそうなんだけどさ。改めて怖いなって」



「というか、お前は来なくてもいい。そっちの方が私は動き易い」



「そ、そんなこと出来る訳ないじゃない! メリーが居なくなる方が怖いもん……それに、アタシだけ安全なところに居るなんて、出来ないよ」



 自己犠牲──弱者がわざわざ来る必要はない。人間らしい考え方だと、キャビーは思う。



「話を続ける。今回の遠征作戦で最も重要

とされているのは、水質調査だ」



「そ、そうね。アタシのお父さんは、お咎め様の森の環境や生態を調査してるけど、多分一番の研究は水だったと思う」



 それらを調べる第一拠点として、カタリナ村は作られている。



「アイネ。水を調べる目的は知っているのか? 水の中に何がある?」



「私が知ってるのは、コアに取って代わる第二のエネルギーってことくらい」



「だ、第二のエネルギー?!」



「うん。水に含まれている成分を抽出すると、ある結晶体が取れるんだって。そこに魔力を通すと、これまでとは違った作用を引き起こすみたい。でも、コントロールは凄く難しくて、得られる魔法の効果も未だ分かっていないの」



 アイネは、父親の書いた論文を読んだ、と後に説明した。



「そうか。みゃーさんからも聞いたが、ここまで詳しくなかったな。調査と銘打っているが、その結晶体を取りに行くわけか」



 キャビーはふと、疑問を投げかける。



「何故わざわざ上流まで行く必要がある。下流では取れないのか?」



「ううん。なんなら、王都でも取れるみたいだよ」



「だったら──」



「でも、凄く薄いの。下流に行くにつれ、何百倍もの水を汲んでやっと数ミリの結晶が得られるの」



「なるほど」



「それに結晶体の質もあまり良くないみたい」



「というと?」



「下流に行くにつれ、不必要なものがくっ付いちゃうみたい。だから、結晶体の濃度っていうのかな。それが薄いんだって」



 良く調べている、とキャビーは関心する。アイネのメリーに対しての熱意が分かる。



「水質調査の件は分かった。だが、実際に私達は、それらに関わる必要は無い。お前の奴隷を死なせないように、動くだけでいい」



 とはいえ、作戦概要を知っているのと、知らないのでは成功率に違いがある。



「そうね」



「チームは二つに分けられる。水質調査チームと拠点確保及び馬車道の整備チームだ」



「じゃあ、どっちにメリーが付くか分からないってことね」



「ああ。事前に分かれば楽だが、ぶっつけでも大した問題にはならない」



「分かったわ。それで、アタシ達はどう動いていけばいい?」



「私の想定では、貨物に侵入し現地まで待機する。過去に整備した道があるから、最初はぐんぐん奥に進んでいく筈だ」



 カタリナ村の周囲に散布されている幻影魔法は勘定に入れない。カタリナ村を出る以上、何かしらの対応は兵士達が行うからだ。



「馬車の後部は、周りから見えないようになっている筈だ。侵入さえすれば、バレることはまず無い」



「現地に着いてからは?」



「姿を見せる。どうせ引き返せないだろうし、そちらの方が守りやすい」



「分かった。アンタに任せる」



「当然だ。そしてお前は弱過ぎるから、残りの期間は体力作りと、魔力量の強化をしろ。それから、剣術及び魔法の訓練もだ。最低でも人間を殺せるくらいには、仕上げておけ」



「え、ええ。弱音は吐かない。やってみせるわ──あれ、人間は殺す必要ないよね?」



 そうして、子供だけの会議は幕を閉じた。



 いつの間にかクィエは、キャビーの元を離れ、母と戯れあっているのであった。




「ファイ。あれ、危なくないの?」



 カタリナ村で生産している高級果実──カクモ。蜜柑のように低木で実を付ける。



 しかし、非常に敏感な植物であり、病気が発生すると忽ち広がってしまう。また、虫による食害が起きるだけで、その木に成った実の味が低下する。



 ファイとリトは、葉を一つひとつ小まめに観察しているところだった。



「大丈夫よ。あの子は屋根の上、慣れてるから。アイネちゃんのことも、きっと守ってくれるわ」



「信じているのね。それか放任主義か」



「放任主義? あはは、そうかもね。それに、あの子は──」



 ファイは思い耽るようにキャビーとアイネを見やった。



「何、考えてるの?」



「えっ!? あ、ううん。何でもない。ただね、強い子に育って欲しいなって思うの」



「だから放任してるって?」



「そうだよ。私が仮に居なくても、生きていなくちゃいけない。ううん、生きて欲しいから」



 縁起でもないことを言ってしまい、ファイは硬直してしまう。



「なんかファイったら、大人びた?」



「……えっ? あ、そう? そうかなぁ? えへへ……」



「相変わらず魔法の使えないけどね」



「それは別にいいのぉー。キャビーちゃんもクィエちゃんも凄く上手いから」



「でもいつかは親離れするんじゃない? そうなったら、生活どうすんのさ」



「嫌だ嫌だ嫌だぁっ!! ずっと一緒に暮らすもん!!」



「26歳にもなって、何言ってんのさ」



 すると、走ってくる人影があった。白銀の癖っ毛をした少女──クィエだった。



「お母様!!」



 クィエはファイに飛び付く。



 3歳にしては背が高い彼女からの突撃は、それなりの衝撃があった。



「おっと! もう、危ないでしょ」



 ファイに注意されるも、クィエは嬉しそうに顔を擦り付けるのだった。



「クィエちゃん。お兄ちゃん達とは、もういいの?」



「うん!!」



「そう。じゃあ、リトにご挨拶して。ほら」



 リトは膝を曲げ、クィエに顔を寄せる。



 しかし、やはりというか、彼女は眼を合わせようとしない。



「リト、この子。恥ずかしがり屋さん?」



 ファイは思い返す。そういえば、クィエは殆どキャビーと行動を共にしている。



 そして肝心のキャビーは、人と接することをしない。



 自分の娘にも関わらず、他人とどのように接しているのか、いまいち分からない。ただひとつ、人間嫌いという点を除いては──



「クィエちゃん。ご挨拶しよ? 恥ずかしいの?」



 母からの問いに、クィエは顔を上げて答える。



「クィエ、この人間嫌い」



 その瞬間、まるで魔法が掛かったように、場が凍り付く。



 ピキピキとリトに青筋が立っていく。



「ク、クィエちゃーん……そんなこと言っちゃダメでしょう? ほら、リトおばちゃんにご挨拶しよぉ」

 


「っや!!」



 クィエはまた顔を埋めてしまう。



「ねぇ、ファイ」



「は、はい……」



 リトに呼ばれ、おずおずと答える。



 彼女は、笑顔でブチギレていた。



「教育、どうなってんの? 後、おばちゃんってなぁに?」



「リ、リト……落ち付いて。カクモは人間の感情も読み取るって、いつかのトッドさんが言ってたよ」



「んな訳ないでしょ。怒ってんだけど!?」



 男勝りなリトは腕を捲り、筋肉を露出させる。ファイは苦い顔をした。



「お母様、遊ぼ!! 追いかけっ子、しょー」



 空気を読まず、クィエが言った。



 彼女は眼を輝かせ、期待に満ちた眼差しを母に向ける。ファイは思わずリトを忘れ、ときめいてしまう。



「えっ!? ……クィエちゃん、もしかしてお母さんと遊んでくれるの!? やったぁ!! リトも、やろ! ──っね!?」



「この人間は、いらん」



 ファイの顔が引き攣ってしまう。リトの顔を見るのが怖く、眼を泳がせた。



「このダメ親子が──」



 リトは静かに呟き、トッドとの一件を思い出す。



 村民の中で唯一事情を知っている彼女だが、ファイにも原因があったんじゃないかと、思い始めるのだった。




『作者メモ』


 文章力の成長がまるでないのが、最近の悩みです。やはり他作品を読むべきなんでしょうね。


 キャビーがアイネの要望を引き受けた理由が、若干分かりにくいので、過去の話を改稿しないとです。


 顕現魔法のストックと、力を試したい、人類滅亡に向け予行演習として任務を実行する。一応、こんな感じです。

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