第30話 作戦会議①

 ファイは自宅に帰り、クィエを絨毯の上におろした。クィエはやや不満気な様子を見せたが、兄の耳を食べ始めると、機嫌が治った。



「キャビーちゃん、ちょっといいかな」



 どういう訳かクィエと一緒に助けに来てくれたキャビーに対して、ファイは優しく告げる。



 彼は今から何が行われるのか、不思議に思いつつ、取り敢えず絨毯の上で話を聞く。



「キャビーちゃんとクィエちゃんに、聞きたいことがあって──」



 ファイはそのように口火を切る。



 トッドとの一件がまだ尾を引いていた。



 頭は冷静でも、心臓が煩く鼓動を繰り返している。あまり気持ちの良い興奮ではない。


 

 そんな状況もあって、軽い世間話すら思い付かず、いきなり本題に入った。



「お父さんに会いたい……?」



 それは子供達にとっては突然の問いだった。特にキャビーは、あの家で起きた出来事を知らない。



「母上、いきなり何の話ですか」



 キャビーが尋ねる。



「キャビーちゃん。あのね──」



 王都に帰った時、尾行されているなんて思いもしなかった。



 トッドはきっと、不倫の容疑を誰かに話してしまうだろう。もしかすると、キャビー本人に言ってしまうかも知れない。



 どちらにせよ、キャビーの耳に入るのは時間の問題だ。

 


 ファイは正直に、話すことにする。



「──っていうことがあってね」



「はい」



「で、でも悪いことはしてないよ。内緒にしてる私が言っても信じられないかもだけど、でも──」



「信じるも何も、それの何がいけないのか私には分かりません」



「えっ?」



 ファイは、ハッとする。



 そうだ──



 キャビーとクィエは、社会をそもそも知らない。この村では子供が少なく、結婚している村民も、決して多いとはいえない。



 閉鎖された村で生まれた弊害だ。



「あ、あのね。結婚している人は、他の男の人と、その……関係を持ってはいけないの。それでね──」



 直接的な言葉は使わず、可能な範囲で説明をする。クィエは話を全く聞かず、兄の耳をずっとパクパクしている。



 キャビーは終始首を傾げていたが「なるほど」といって理解してくれた。その上で、彼は尋ね返す。



「ですが、複数の男と子を成すのは、とても良いことでは?」



「良いこと……? そ、そうかなぁ。お母さんはあんまり……」



「母上は良い身体をしているので、沢山の人と子を成すべきかと」



 とんでもない言葉が息子の口から放たれ、ファイは頬を赤くする。想像するだけで背筋に悪寒が走ってしまう。



 彼女はすっと身体を背けた。



「エッチ」



「はい?」



「キャビーちゃんのエッチ! スケベ!」



「あーはいはい。アイネからそれは全て学びました」



「えぇ……ちょ、全てってどれくらい……?」


  

 キャビーは僅かに溜めて、答える。



「全てです」

 


 ファイは唖然とする。



 我が子に何てことを教えてくれたんだ。



「……まぁいいわ。え、因みになんだけど、キャビーちゃんは、私が色んな人と子供を作って欲しいってこと……? つまり、兄弟が欲しいの?」



「いえ、それはまた別です。客観的に見て、という話です」



「そ、そうなのね……ちょっと安心かも。あはは……」



 何はともあれ、キャビーは気にしていないことが分かった。クィエはそもそも何の話をしているか、理解すらしていない様子だ。



 ファイは溜息をひとつ溢す。



 ただ一応、聞いておきたい。



 トッドはクィエに直接言ってしまったのだ。仮に話の内容が分からなくとも、直感で不安を感じてしまっている可能性もある。



「クィエちゃん。お兄ちゃんの耳、食べちゃダメでしょ?」


 

 クィエは涎を付けて、兄の耳から離れた。



 ちょこんと座り直し、母を見る。



「クィエちゃんはさ、お父さん欲しい?」



 聞いてみると、彼女は直ぐに首を横に振った。



「えっ、そうなの? でもほら、リトの家はリーベルさんが居るでしょ? 他の家も男性と女性、2人が居るじゃない? クィエちゃんは──」



「いらない」



 クィエはあっさりと言って、キャビーの膝に寝転がってしまった。



「そ、そう……」



 呆気ないほどに話が終わった。



 ここまでクィエが父親という存在に関心が無いとは思ってもみなかった。



 少し気負い過ぎたのかも、とファイは安藤する。もっと我が子を信じないと──



 ファイは微笑み、2人に手を伸ばす。



 その時、右手首がズキッと痛む。思わず、手を引っ込めた。



「母上、どうかしましたか」



「いや、多分……っ。ちょっと、骨にヒビが入ったみたい。トッドさんに掴まれた時だわ」



「見せて下さい」



 徐に、キャビーが手を差し伸べてくる。ファイは自身の右手を、彼に預けた。



「では、診てみるとしましょう」


 

 彼は何処からともなく白いコアを取り出す。手首に触れ、ファイに僅かな痛みが生じる。



「ここですか?」



「そ、そうね……」



 痛みに歪んだ顔で答える。



 キャビーは眉間に皺を寄せ、険しい眼差しで母の手首を診始めた。



 すると、所持していた白いコアを、ファイの右手首に近付ける。コアに光りが灯った。



 やがて光りは失われ、キャビーは彼女の手首を軽く叩く。



「ちょっ、ちょっと!? ──あれ、痛くない」



「成功です」



「ええっ、どうして叩いたのっ!! ふぇぇえん、意地悪だなぁもう──っ!!」



 ファイはぷっくりと頬を膨らます。その頬に向かって、キャビーは無心で指を伸ばすも、はっと我に帰って中断する。



「でも、有難う! キャビーちゃんは本当に凄いのね」



「いえ、借り物の力です」



「え、手に持っているコアの話……? そういえば、みゃーさんが治癒魔法は適性がかなり難しいって……」



「いえ、そうではありません」



 キャビーは否定する。彼の前世──ギィーラは赤と白のコアを有していた。火と光魔法に関しては、ある程度コツを知っているのだ。



 遠征作戦に向けて準備をしている最中、改めて思う──



 前世で適性があったとはいえ、適性の無い現在の身体で、それも質の悪いラットのコアを用いて治癒魔法の行使が出来ている。



 それを可能にしているのは、紛れもなくファイが生み出した身体のお陰だ。



「キャビーちゃん……? 何にせよ、凄いと思うよ?」



 ファイはそのように言ってくれるが、プライドの高い彼は素直に喜べないでいた。



 自分の力ではない。

 この力を奮ってもいいのだろうか。



 そんな感情さえ、抱いてしまう始末だ。



「母上の方が凄いです。私の身体を作ったのですから」



「作った……うーん、まぁ正しくはあるんだけど。そうねぇ」



 ファイは、彼が何を悩んでいるのか熟考する。



 そもそもファイとキャビーでは考え方が正反対だった。



 ファイは「作った」では無く「来てくれた」という思いしかないのだ。



「キャビーちゃんは、だから自分の力では無いって言いたいの?」



「ええ、母上の力です」



「そう……でも、私は魔法使えないよ? キャビーちゃんだから、使えるんだよ」



「そういうことではありません」



「じゃあ──」



 何度か問答するも、彼はなかなか納得しない。



「キャビーちゃん、考え方の問題だと思うの」



「は、はぁ」



「私はキャビーに貸した覚えは無いんだけど、それでも借り物の力だって思っちゃうなら──あげるよ! その力ってのを」



「あげる?」



「そう!」



 ファイはキャビーの両肩に手を乗せ、



「はい! あーげた。返却は出来ませーん。あはは」


 

 そう笑うのだった。



「これで、今日からその力も才能も、全部キャビーちゃんのものだからね!」



「あ、有難う御座います……」



 キャビーはまだ少し納得していない様子だった。しかし、その表情は何処か笑っているようにも見えた。





 トッドの一件は「誤って試作品のコアが暴発した」と適当な嘘をでっち上げられた。



 ファイとの和解は人伝に行われた為、2人が顔を合わすことは当分ない。トッドは家に篭りがちになってしまった。


 

 その数ヶ月後──



 アイネは10歳、キャビーは8歳、クィエは3歳になった。



 遠征作戦まで、残り猶予は半年と少しである。

 


 転生してからの初めての任務──キャビーは、燃えていた。



 アイネという人間の駒が増えること。お咎め様の森に住む未知の生物を顕現魔法のストックに出来ること。


 

 最後にカタリナ村を脱出すること。



 そういったメリットの他に「自身の力を試したい」という願望もあった。



「早速作戦会議といこうか」

「いこう、いこう!!」



「何でクィエちゃんが居るのよ」



 子供達3人は、キャビーの自宅の屋根の上で、作戦会議を行なっていた。



「言っただろう。クィエは私の仲間だ」



「何それ。この前に言ってた魔族ってやつ? ばっかみたい」



 キャビーは「その通りだ」と、相変わらず得意気に言う。



「はぁ、そうですか。クィエちゃん、こんなのに付き合わされて、アンタも大変ね」



 アイネは、キャビーを背もたれ代わりにしているクィエに向かう。しかし、クィエは彼女から顔を背け、反抗の意を示した。



「え、ちょっと。アタシ、クィエちゃんに嫌われてる!?」



 どうしてなの、とキャビーに尋ねるが、それに対してはクィエが答える。



「クィエ、この人間嫌い」



「えぇ……っ!? ア、アタシはクィエちゃんのこと好きよ? 仲良くしようよ、女同士で」



 クィエはしかし、外方を向いた。



 その様子に満足外な兄が1人いた。



「ほら、情報交換を始める」



「えー、アタシ嫌われたままなの?」



 アイネとキャビーが一緒に入浴してからというもの、彼らは各自で情報を集めていた。



 アイネは父親であるトッドの仕事部屋にて、資料を漁った。



 キャビーは兵士の訓練所に赴き、訓練と称して様々なことを聞いた。兵士達は子供に対してだからか、若干口が緩く、今回ばかりは自分の身体に感謝するのだった。



「先ず、遠征の目的についてだが──」



『作者メモ』


 まーた長過ぎたんで、半分に分けます……

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